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続・樹の散歩道
 ある樹木園の試練
  シュガーメープルなのかシルバーメープルなのか


 ある樹木園で、「サトウカエデ」(シュガーメープル)として樹名板を付して植栽されている樹木について、正しくは「シルバーメープル」ではないかとの指摘がしばしば寄せられているとの話を関係者から聞いた。大学の理学部附属の植物園であれば、さすがに大学のメンツがかかっているから信頼性が高いが、そうでない場合は、たまに怪しいものが存在するのは仕方がないことである。また、外国樹種となるとなかなか厳しいものがある。
 サトウカエデなら即カナダの国旗をイメージしているものの、形態の似たものが多いから、個人的にはこれらの識別には特に関心はなかったが、樹木にかなり詳しい人がしばしば徘徊して、樹木園に対してある程度の緊張感をもたらしているとすれば、その樹木園にとって少々煙たいとしても大いに結構なことであり、また、樹種名訂正に至るような話題は野次馬としては実に楽しい。街中の植物大好きおじさんやおばさんの生き生きした表情が目に浮かぶ。【2014.1】
 


   それと似た話である。あるとき、たまたま自然観察会に参加しているグループと遭遇して、これ幸いとしばらくそのグループに潜り込んで説明者の講釈をフムフムとうなずきながら聞いていたときのことである。説明者がある草本植物を指して、「確か○○科であったと思います・・」と、少々自信なさそうに説明したとき、グループの中のちょっと上品で知的な雰囲気の漂うおばちゃんが、「うーん、それは一寸違うかな・・・」とにこやかな表情で発言し、説明者を傷つけないように気を遣いながら正解を紹介しているのをみかけた。

 最近は特に植物に詳しいおばちゃんが多いのは承知しているが、大都市周辺となると、ひょっとすると理学部の生物学科を出たおばちゃんが紛れ込んで、健康管理のためのお散歩をしているかもしれない。そのとおりであったら説明者にとっては冷や汗ものであるが、やはりいい意味の緊張感が生じることとなり、その会も知的な雰囲気がみなぎって大いに盛り上がるし、大変好ましいことである。

 さて、怪しいサトウカエデの件である。ちょっぴり事前学習をしてから、改めて看板どおりのものと信じきっていたその樹木を改めて見ると、確かに葉裏が白っぽいし、切れ込みも深い。「うーん、これは確かにシルバーメープルに違いない!!」 と、あっさりと多くの指摘に追随・同調した自主的な結論を出してしまった。

 植物はずっとその場にいてくれるから、季節の変化を気長に待てば新たな判断材料を提供してくれる。このシルバーメープルらしきものであるが、翌春、他のカエデ類に先駆けて個性的な花を付けた姿を目にし、正真正銘のシルバーメープルであることを確信できた。

 これを機会に以下に似たものを並べ、学習のために改めてじっくり眺めて目慣らしをすることとした。
 (国内種の概説は主として「日本の野生植物」による。)
 
 
     
 シルバーメープル(Silver maple)、ギンヨウカエデ、ギンカエデ Acer saccharinum

 北米東部原産で樹高は18メートルになる。雌雄同株(雄花と雌花は別々の花序)又は雌雄異株。葉の裏面が銀白色。
 
   
 
 シルバーメープルの葉表 シルバーメープルの葉裏  葉表と葉裏の対比 
     
 
 シルバーメープルの雌花 シルバーメープルの雄花  成熟途中の果実 
 
     
 
 ・  葉は掌状に掌状に5深裂する。【日本の樹木】 
 ・  別名 silverleaf maple , white maple , river maple , swamp maple , water maple 
 ・  種小名の saccharinum はシュガーメープルの種小名“saccharum”と同様に、いずれもギリシャ語の “sakcharon”に由来し、「砂糖、甘い」の意。
 ・  シルバーメープルは、米国東部及び中西部で最も成長の早い落葉樹のひとつである。1年に3~7フィート成長する前駆樹種であり耐陰性はない。シルバーメープルは北米では最初に開花するカエデで、その材はソフトメープルに区分されている。
 シルバーメイプルはしばしばアメリカハナノキ(Red Maple)と混在自生しているが、識別は容易である。シルバーメイプルは本来より大きな果実(samara と呼ばれる)をつけるより大きな木である。なお、両者は米国内では唯一春に種子を散布するカエデ類である。
 本種はバイオ燃料生産について真剣に検討されるほどの成長速度を有する数少ない種である。最近では灌木のヤナギやポプラのハイブリッドがより注目されているところであるが、シルバーメープルはこの利用のための試験が米国中西部で続けられてきた。
 アメリカの原住民はこの樹液を咳、差し込み、赤痢、爛れ目、はしか、長く続く痛み、利尿剤、性病等の多くの治療に利用していた。
 良好な土地のシルバーメープルは木材用として経営可能で、しばしばレッドメープルと一緒にして“ソフトメープル”として伐採・販売される。
 シルバーメープルの材はかなり硬く、肌目は均一で、ややもろく、加工性はよい。家具、高級家具、鏡板、フローリング、旋削、化粧板、楽器、箱や木工作、道具柄、ワゴン、カート、横木に利用される。
 シルバーメープルは、移植が容易で、土地適応性が広く、成長が早く、樹型がよいことから、多くの都市部で鑑賞樹として大量に植栽されてきた。【USDA】
 
 ・  かつては人気のある景観樹であったが、現在では枝や小枝がもろくて折れやすく、地上を散らかすことや園地や芝生に大量の種をまき散らすことから、しばしば園地から排除されている。【Britannica Online】 
 
     
 シュガーメープル(Sugar maple)、サトウカエデ Acer saccharum
 
     
 
シュガーメープルの葉  シュガーメープルの紅葉   紅葉と黄葉の様子
     
 シュガーメープルの花  シュガーメープルの若い果実 カナダ国旗
(メープルリーフ・フラッグ) 
 
     
 
 ・  北米東部原産で樹高は25~37m。多くは雄株又は雌株のいずれか(本種は本来雌雄異株)であるが、しばしば雄花と雌花が同じ木に同居(つまり雌雄胴株)するものがあり、さらにこれらが別々の枝につく場合がある。
 別名hard maple ハードメイプル, rock maple , head maple , sugartree ,(bird's-eye maple)【usda】
 
 ・  葉は掌状に3-5裂する。秋の葉色は多様性に富む。 
 ・  種小名の saccharum は砂糖の意で、属名としての Saccharum は「サトウキビ属」の意でもある。  
 ・  シュガーメープルは、その樹液中に、他のカエデ類の2倍に及ぶ糖分含有量があり、今日、商業的なシロップ生産に供される唯一の樹木となっている。樹液はふつう春に採取され、煮詰めるか、逆浸透により濃縮され、35~40リットルの樹液から1リットルのシロップが得られる。1本の木で1年に50から60リットルの樹液が得られる。
 シュガーメープルは鑑賞樹あるいは緑陰樹として広く植栽され、多くの栽培品種がその成長、樹冠の形、成熟期の樹高、秋の葉色、葉形、気温耐性等の違いに基づいて選抜されてきた。
 シュガーメープルは材が硬くて重く、強いことが評価されている重要な木材であり、一般に家具、鏡板、フローリング、化粧板に利用される。さらに銃床や道具柄、ダイボード、木製品、小物類、スポーツ用品、ボーリングピン、楽器にも利用される。【USDA】
 
 ・  シュガーメープルの葉はカナダの国章である。【Britannnica Online】 
 ・  カナダの国旗にはこの木(サトウカエデ)の葉が1枚描かれている。【平凡社世界大百科事典】 
 ・  カナダの国旗はこの葉(サトウカエデ)の葉をデザインしたもの。【山渓 日本の森林】
 ・  以前は樹皮を深く傷つけ、集めた樹液をくり抜いた切り株に注ぎ入れ、熱した石を放り込んで水分を蒸発させ、メープルシロップを作っていた.今日では、樹液は幹に軽く刻み目をつけて直接プラスチック製の桶に入れ、管で中央の貯蔵タンクにつないでいる.【樹木(新樹社 )】

 
(注)カナダの国旗や国章にはカエデの葉がデザインとして取り入れられていることが知られている。カナダ政府関係のHPでは単に 「メープル・リーフ・(フラッグ)」the Maple Leaf (Flag)と呼んでいて、カエデの種類については特に明記していない。実態的にはメープルシロップの主たる供給源として先住民以来、特に利用されてきたサトウカエデが強くイメージされていて、これに言及した説明・講釈も多く目にする。しかし、葉形の似たカエデが複数あって、単純化したデザインとして取り扱っていることや、サトウカエデがカナダ東南部に偏在することなどから、公式にはあえて種名にこだわり特定するような解釈・解説は積極的には行っていないように思われる。
 右の写真はメープル・リーフ・ペニーを透かし彫りにしたネクタイピンで、この1セント硬貨自体は既に流通が終了している。
 カナダの1セント硬貨を加工したネクタイピン(部分)
    
 
     
 クロビイタヤ Acer miyabei
 
     
 
クロビイタヤの葉  クロビイタヤの雌花 
   
クロビイタヤの雄花  クロビイタヤの果実  
 
     
 
 ・  日本固有。雌雄同株で雄花と両性花は別々の花序につく場合と雌雄雑居する場合がある。北海道南部・秋田県北部及び岩手県に産し、長野県菅平に隔離分布している。 
 ・  温帯の山地の湿った林に生える落葉高木、高さ25mにもなる。 
 
     
 カジカエデ Acer diabolicum オニモミジ、オニカエデ
 
     
 
カジカエデの葉 1  カジカエデの葉 2 
   
 
カジカエデの雄花  カジカエデの果実 
 
     
 
 ・  日本固有。雌雄異株。本州(宮城県以南)・四国・九州に自生する。東北地方の日本海側、新潟・富山両県、長野県北部にはない。 
 ・  暖帯及び温帯の山地林内に生える落葉小高木ないし高木、高さ20mに及ぶ。 
 
     
 アメリカハナノキ Red maple(ルブルムカエデ、ベニカエデ)Acer rubrum
 
     
 
アメリカハナノキの葉 1  アメリカハナノキの葉 2  アメリカハナノキの葉 3 
     
アメリカハナノキの紅葉  アメリカハナノキの雌花  アメリカハナノキの雄花 
 
     
 
 ・  北米原産。雌雄異株。別名swamp maple 
 ・  葉は3~5中裂する。材はソフトメイプルに区分される。 
 ・  アメリカハナノキはほとんどの土地、場所によく適応可能で、広く分布する樹木である。アメリカハナノキは植生回復工事や園地造成に際して大量に利用されている。この樹は過湿に対して比較的強いことから、重要な水辺の緩衝植物となっている。材は製材品や単板としては適当ではない。 
 
   葉の形には多様性が見られる。   
     
  【2016.4 追記】   
   アメリカハナノキは雌雄異株とされるが、雌雄同株の個体を目にした。1本だけの植栽樹であるが、まるで単木での繁殖に適応したかのように、ちゃんと結実する。以下はその個体での花の様子である。(皇居東御苑) 
 
 
     
 
   
    アメリカハナノキの雌花
 小さな雄しべは退化雄しべと理解。
    アメリカハナノキの雄花
  花粉を放出中の雄花。 
  雌花と雄花が同居した様子
 
 
     
  <比較用:ハナノキ(ハナカエデ) Acer pycnanthum var. pycnanthum   
     
 
ハナノキの葉 1  ハナノキの葉 2  ハナノキの雌花  ハナノキの果実 
 
     
 
 ・  日本固有。雌雄異株。岐阜・長野両県南部及び愛知県北東部の3県境一帯に自生し、長野県大町市に隔離分布している。 (注:ハナノキでも時に雌雄同株の個体が見られるという。) 
 ・  温帯の山間の湿地に散生する落葉高木。高さは30mにもなる。葉の切れ込みの深さには個体差がある。 
 
     
 ノルウェーカエデ Norway maple(ヨーロッパカエデ) Acer platanoides
 
     
 
   
ノルウェーカエデの葉 1  ノルウェーカエデの葉 2 
   
   
 ノルウェーカエデの雄花 1 ノルウェーカエデの雄花 2 
 
     
 
 ・  ヨーロッパ、西アジア原産。 
 ・  葉は掌状に5裂する。【日本の樹木】
 ① 雌雄同株又は雌雄異株。【illinoiswildflowers.info】
 ② 通常は雌雄異株。【Verginia Tech】
 
 ・  葉の形が特にシュガーメイプルに似ているが、本種は葉を採ると葉柄から乳白色の樹液が確認できることで区別できる。その他果実、樹皮でも区別できる。【invasive.org ほか】 
 ・  葉裏は鮮緑色で光沢がある。【日本の樹木】 
 
     
   こうして葉の形態が類似するカエデ類をいくつかを並べてみたところであるが、看板なしで植栽されていたら、自信を持って即座に同定することなどやはり困難であることを痛感する。北米でも加えて個体の変異、さらには交雑種がふつうに存在して識別をさらに困難にしている模様である。
 
     
  <余談:カナダドル札のはなし>   
     
   様々なカエデ類の種類に関連して、2011年11月以来、順次各額面が発行されてきたカナダのプラスチック製(ポリマーの薄いシート製)の新ドル札について、印刷されているカエデの葉のデザインがカナダの在来種ではないノルウェーカエデ(前出)の形態そのものであるとして、ある植物学者が指摘(当局は頑なに否定)したために話題となった経過がある。このため、カナダ国民もカエデの種類を突然意識することになってしまったというのは愉快な話であった。    
     
 
 
                カナダの新100ドル札
 札の右側にはカナダ国旗のメープルリーフと同様の形態のシルエットが縁飾りに使われている。この部分については特に問題はない。
       新札の左側の部分
 しかし、札の左側に配された葉形が明らかに国旗と異なることから物議を醸したという。
 
   
  <参考:ハードメープルとソフトメープル>

 ソフトメイプル Soft Maple の語はカエデ類の特定の種を指すものではなく、複数の異なるカエデ類を含む広い呼称である。ソフトメイプルの語は単にこれらの種をハードメイプル Hard Maple と区別するために用いられる。
 一方、ハードメイプルの語は、一般に特定の種類のカエデ Acer saccharum サトウカエデ を指している。ハードメイプルはロックメイプル Rock Maple又はシュガーメイプルSugar Mapleの名でも知られている。この1種に加えて、米国内ではブラックメイプル Black Maple (クロカエデとも)をしばしばハードメイプルに含めている。(米国内の)地域によって、ソフトメイプルとして販売される材はそれぞれ異なっている可能性がある。ソフトメイプルとして区分される最も一般的なカエデの仲間は次のとおりである。

• Bigleaf Maple (Acer macrophyllum) オオバカエデ
• Box Elder (Acer negundo) ボックス・エルダー(ネグンドカエデ))
• Red Maple (Acer rubrum) レッド・メイプル(ルブルムカエデ)
• Silver Maple (Acer saccharinum) シルバー・メイプル(ギンヨウカエデ)
• Striped Maple (Acer pensylvanicum) ペンシルベニア・カエデ

これらの個々の材の強度、堅さ、重さ等はそれぞれであるが、総じてハードメイプルほどの堅さや強度は有していない。
【woos-database.com】 
 
     
  <参考:カナダの自生カエデ>
 

 カナダに自生するカエデとして、次の10種がしばしば紹介されている。和名も困るほどに多様である  
 
 
     
英名 その他英名 学名 和名 取引区分
Sugar Maple Hard Maple
Rock Maple
Acer saccharum サトウカエデ
シュガーメープル
ハードメープル
Black Maple Black sugar Maple Acer nigrum クロカエデ
アメリカクロカエデ
ブラックメープル
(ハードメープル)
Big Leaf Maple Oregon Maple
Pacific maple
Acer macrophyllum オオバカエデ
アメリカオオバカエデ
ヒロハカエデ
アメリカカジカエデ
オレゴンカエデ
ソフトメープル
Douglas Maple Rocky Mountain Maple Acer glabrum subsp. douglasii ダグラスメープル
Manitoba Maple Ash Leaf Maple
Box elder
Acer negundo ネグンドカエデ
トネリコバノカエデ
ソフトメープル
Mountain Maple - Acer spicatum アメリカヤマモミジ
Red Maple Swamp Maple
Soft Maple
Acer rubrum ベニカエデ
アカカエデ
アメリカハナノキ
ルブラカエデ
ルブルムカエデ
ソフトメープル
Silver Maple White Maple
River Maple
Water Maple
Swamp Maple
Acer saccharinum ギンカエデ
ギンヨウカエデ
ウラジロサトウカエデ
シロサトウカエデ
シルバーメープル
ソフトメープル
Striped Maple Moosewood
Moose bark
Snake bark Maple
Pennsylvania Maple
Goosefoot
Acer pensylvanicum シロスジカエデ
ペンシルベニア・カエデ
ソフトメープル
Vine Maple   Acer circinatum ツタカエデ