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続・樹の散歩道 カラスムギの芒(のぎ)がくるくるまわって種子が土に
ねじ込まれるなどということが本当にあり得るのか?
巷のうわさでは、カラスムギには面白い個性があって、ねじれた芒(のぎ)は濡れるとねじれがゆっくり戻ってほぼ直角に曲がった先端部がくるくる回転し、これが何かに引っ掛かると種子(穎果)自身がドリルのように回転することになって土の中にもぐり込むというのである。芒が回る様子はユーチューブにも投稿されていて、多くの人の興味を惹いていることがよくわかる。ただ、土の中にもぐるという説明は論理的には理解しにくく、直ちにガッテンとはならない。【2017.7】 |
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イネ科植物のノギの機能に関しては、総論的には、表面に細かいトゲがあることで鳥獣による食害から趣旨を保護する役割や、動物の毛に絡まって種子の拡散に役だっているのであろうと理解されている模様であるが、先の写真のトゲを見る限りでは、そうなのかなと受け止められる。 | ||||||||||
1 | まずは直感的な感想から | |||||||||
知り合いからもらったカラスムギの種子を前にして、腕組みをして3分間考えた結果は以下のとおりである。 カラスムギの芒が水に濡れるとねじれが戻って回転すること自体はは広く知られているとおりで、かつては子供があそびに使った(後述)とも言われるし、実際にやってみれば簡単にその様子を確認することができる。しかし、だからといって、この動きによって種子が土にねじ込まれるなどというのは、妄想と空想が核融合した暴走と感じてしまう。わかりやすくいえば、軽いものがいくらジタバタと転がったとしても、土の中にもぐり込む力は生まれないと思われるからである。仮に曲がった芒の先端が他物に引っ掛かったとしても、事態に何ら変わりはないと思われる。カラスムギ自身も、こんな理解が蔓延していることを聞いたらびっくりするに違いない。どう考えても芒の回転運動は、地面に落ちた種子が幾らか転がって動くことに貢献するだけと考えられる。種子が少し転がることで、わずかな土の凹みに落ち込むことがあれば、それだけでもう十分であろう。 地味なカラスムギに係わる意外な話題として、このストーリーは面白いが、変な妄想は健全な青少年を惑わす恐れがあり、仮にエネルギーを余しているのであれば、カラスムギの芒に強いねじれが生じるとともに、直角に曲がる不思議な現象について、そのメカニズムを解明することに努力願った方がよいと感じた次第である。 |
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2 | 次に書籍での実際の記述例を探すと | |||||||||
カラスムギの種子が自分で土にもぐるなどということは、図鑑で触れている例は見られず、植物観察事典でも全く触れていない。本当に普遍性のある特性として従前から確認されていれば、これに言及しているはずであるが、そうではないということは、その明確な裏付けがほとんどない(あるいはまたくない)と解される。ところが「種子たちの知恵」でカラスムギが採り上げられていて、項目の副題に「自然が生んだミニドリル」とある!!その要旨は次のとおりである。 | ||||||||||
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迷うことなく断定的に堂々と書いている。しかも、種子の基部の毛は土にもぐった場合の逆戻り防止の機能まであるとする内容は、益々怪しい雰囲気を感じざるを得ない。 また、現場の理科担当者向けの図書にカラスムギが採り上げられていて、驚くべきことに次のような記述がみられた。 |
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さらにウィキペディアの日本語版にも次のようにある。 | ||||||||||
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これらをみたら、間違いなく多くの人はカラスムギの種子は常にこういった挙動を示すと受け止めることになってしまう。 そこで、本種は外来種であるから、まずは海外情報に頼ってみることにした。 |
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3 | そこで海外情報をみると | |||||||||
カラスムギは麦の栽培に際してのやっかいな雑草となっていて、これに対処するための各種防除技術に関する多くの情報が見られ、基本的な情報として芒の回転運動にも言及している例が多数見られた。そして、誠に残念なことであるが、捩れた芒は濡れたときに戻り、土に穴を開けるとする主旨の定型的な表現が多数確認された。信じ難いことであるが、これが広く一般的な認識となっているようである。 以下はその例である。 |
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4 | ところで国内の研究者の見解は | |||||||||
この件は特に研究者による誇張のない客観的な記述に期待したいところであるが、農水省農業研究センターの以下の記事を目にした。 | ||||||||||
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本文の内容から推定すると、種子が土にもぐるという見解は、主に海外の文献情報がベースとなっていると思われる。筆者の観察では土にもぐる種子は多くないようであり、これは安心材料である。しかし、わずかながらも土にもぐる種子があるというのは誠に残念なことであるが認めざるを得ない。 | ||||||||||
5 | 念のために実際に試してみると | |||||||||
適度に荒らした植木鉢の土の上に5粒の種子を置き、定期的に軽く水を与えたのであるが、種子が土にもぐる気配は全く見られなかった。ということは、複数の要因がことごとく種子にとって都合のよい条件となったときに限って可能なのかも知れない。 結局のところ、海外発信の情報(詳細は不明)がベースにあって、国内でほとんど検証のないままに、興味本位の情報が流布していた印象がある。そのため、カラスムギの種子は常に土にもぐるものといったニュアンスで、いかにも科学的な客観性に欠けた表現がまかり通っていたようである。 したがって、カラスムギの種子は自分で土の中にもぐる通性を持つと受け止めるのは正しい理解ではない。これを念頭に置けば、子供たちの前でもこんな話を安易かつ得意げに講釈しない方がよいと思われる。 仮に話すとすれば、謙虚にかつ努めて客観的に「カラスムギの種子はノギが湿るとるとくるくる回って(乾くと今度は逆に回って)、ほんのわずかに土の中にもぐることがまれにあります。」くらいの表現がふさわしいと思われる。 |
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6 | 考えられる土にもぐるメカニズム | |||||||||
わずかながらも土にもぐることがあることについて、どんな条件下で可能なのかを考えてみる。ますは、落ちた種子が水平な状態となっている場合、芒が回転すれば、Lの字の先端部が下を向く度にギッコンバッタンと種子をわずかずつ動かすだけであり、種子本体が回転してもやはり土にもぐるきっかけは得られない。また、落ちた種子が垂直な状態にはならないし、仮に土の小さな穴に種子が垂直に立ったとしても、芒が空転するだけである。となると、例えば以下の図のような状態に置かれたときが想定される。この状態で種子本体がくるくる回れば、種子の毛が土の攪乱に貢献して、わずかながらも土に頭を突っ込むかもしれない。 | ||||||||||
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カラスムギの種子のためにこんなことまでして手伝ってあげるのも馬鹿馬鹿しくなったため、これで打ち止めである。要は様々な要因(例えば土壌の粒度と水分の状態、表面の起伏状態、表面の夾雑物の状況等が考えられる。)がたまたまカラスムギの種子にとって都合のいい状態となれば、種子の先端部が土の粒子にまみれた状態となるのかも知れない。そこで、ポイントを整理すると以下のとおりになると思われる。 | ||||||||||
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と、この程度のことと思われる。 なお、面白半分にカラスムギの種子を植木鉢で我慢強く継続観察している知り合いが2名いて、たぶん挫折することが予想されるが、意外な結果が得られたら、追って紹介することとしたい。 → (追記) 後日様子を聞いたところ、案の定、種子が土にもぐり込む姿を観察することはできなかったそうである。 |
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7 | 芒の構造を改めて確認すると・・・・・ | |||||||||
芒の様子を確認するため、水に濡らした上でねじれ部を切断して断面を見ようとしたところ、ねじれ部のノギの切断部は2つに分離してしまった。分離した部分から簡単に2つに引き裂くことができた。冒頭でも見たとおり、ねじれ部のノギは幅の異なるテープ状の部材が巻いた構造となっていることが確認された。屈曲部は幅の狭い部材が内側となっている。屈曲部から先の部分は2種の幅の部材はねじれることなく合着しているが、引き裂けば簡単に2つに分離した。吸水による可逆的なねじれの戻りは、膨張率の異なる繊維で構成されていることによるものと思われるが、詳細な不明である。 | ||||||||||
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8 | 「茶挽草」の名前の由来となったという遊び方がよくわからない! | |||||||||
茶挽草(ちゃひきぐさ)はカラスムギの別名で、子供の遊びからきた名前とされる。たぶん、芒がくるくる回る状態をつくりだして、その様子を回る茶臼の取っ手の動きをイメージしたものであろうが、その実際の遊び方についてはわかりにくく、 一般的な図鑑では自信が持てないのか、具体的な内容にまで及んだ説明を記述していることは少ない。こうしたなかで、やや詳しく記述している例があった。 | ||||||||||
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これらを眺めてもよくわからない。 @とAは同様の内容であるが、そもそもなぜ唾を付けた爪の上にのせなければならないのかがわからない。毛のある種子を爪の上の唾で固定するのか? しかも吹いても芒は回らないし、思い切り息をかけてもダメであり、詳細がわからない。 B〜Dは唾(つば)が油に代わっていて、こんどは穂に油をつけて爪にのせるのだという。唾でさえ何だかよくわからないが、突然に油が登場するのも奇妙である。ひょっとすると唾より上品に勝手にアレンジされた情報に依拠したのであろうか。しかし子供の遊びにわざわざ油を持ち出さなければならないのは、どうみても不自然である。 CとDはほとんど同じで、たぶん、DはCの内容を踏襲したものであろう。ただし、@〜Bで爪(つめ)とされているものが、C(もちろんとDも)では突然にウリ(瓜)となっている。これらは明らかに近年の恐るべき国語能力の低下が反映しているものと思われ、支離滅裂の内容となっていて問題外である。 結局のところ調べてみても正しい遊び方≠ヘわからない。しかし、そもそも難しいことではないから、屋外で芒がくるくる回るのを見みたいのであれば、爪にのせることなく種子を指でつまみ、芒を口に含んでタップリ唾をつければ、それだけで芒の回転を目にすることができるはずである。ということではあるが、かつての子供たちの素朴な遊びが誰にでもわかるように正しく伝承されていないというのも情けないことである。残念ながら本件はとりあえずは保留である。 なお、余談であるが、「茶挽草」の語には、客がなくて暇な遊女、芸者のたとえにもされたという。 |
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