トップページへ  樹の散歩道目次へ   続・樹の散歩道目次へ
続・樹の散歩道
 カラスムギの芒(のぎ)がくるくるまわって種子が土に
 ねじ込まれるなどということが本当にあり得るのか?


 巷のうわさでは、カラスムギには面白い個性があって、ねじれた芒(のぎ)は濡れるとねじれがゆっくり戻ってほぼ直角に曲がった先端部がくるくる回転し、これが何かに引っ掛かると種子(穎果)自身がドリルのように回転することになって土の中にもぐり込むというのである。芒が回る様子はユーチューブにも投稿されていて、多くの人の興味を惹いていることがよくわかる。ただ、土の中にもぐるという説明は論理的には理解しにくく、直ちにガッテンとはならない。【2017.7】 


                  個性的なノギを持つカラスムギの種子(穎果)
 
                     カラスムギのねじれたノギの様子
 カラスムギはヨーロッパ、西アジア原産のイネ科カラスムギ属の1〜2年草 Avena fatua
 麦と一緒に古い時代に日本に入ったと考えられている。和名はカラスが食べる麦であるからとか役に立たない麦だかともいうが、はっきりしない。英名はワイルド・オーツ(wild oat)で、オート麦(Avena sativa)の原種とされる。牛糞、堆肥の中でも生存し、輸出穀物に混入することが遠方への拡散の原因となっている(日本帰化植物写真図鑑)という。
 濡れた芒は回転しながらねじれが戻るとともに真っ直ぐになり、乾燥するとまた元の通りにねじれる。
 基部から屈曲部までの芒の様子を見ると、2本の幅の異なるテープを巻いたような模様が確認でき、屈曲部から先は2本のテープのような部材がねじれることなく次第に細くなりつつ合着しているように見える。
 
 
 
      カラスムギのノギ(ねじれ部)
  微細な上向きのトゲに覆われている。
   カラスムギのノギ(折れ曲がった先の部分)
 先端部はもう少し大きなトゲに覆われている。
 
     
   イネ科植物のノギの機能に関しては、総論的には、表面に細かいトゲがあることで鳥獣による食害から趣旨を保護する役割や、動物の毛に絡まって種子の拡散に役だっているのであろうと理解されている模様であるが、先の写真のトゲを見る限りでは、そうなのかなと受け止められる。   
     
 まずは直感的な感想から  
 
 知り合いからもらったカラスムギの種子を前にして、腕組みをして3分間考えた結果は以下のとおりである。

 カラスムギの芒が水に濡れるとねじれが戻って回転すること自体はは広く知られているとおりで、かつては子供があそびに使った(後述)とも言われるし、実際にやってみれば簡単にその様子を確認することができる。しかし、だからといって、この動きによって種子が土にねじ込まれるなどというのは、妄想と空想が核融合した暴走と感じてしまう。わかりやすくいえば、軽いものがいくらジタバタと転がったとしても、土の中にもぐり込む力は生まれないと思われるからである。仮に曲がった芒の先端が他物に引っ掛かったとしても、事態に何ら変わりはないと思われる。カラスムギ自身も、こんな理解が蔓延していることを聞いたらびっくりするに違いない。どう考えても芒の回転運動は、地面に落ちた種子が幾らか転がって動くことに貢献するだけと考えられる。種子が少し転がることで、わずかな土の凹みに落ち込むことがあれば、それだけでもう十分であろう。

 地味なカラスムギに係わる意外な話題として、このストーリーは面白いが、変な妄想は健全な青少年を惑わす恐れがあり、仮にエネルギーを余しているのであれば、カラスムギの芒に強いねじれが生じるとともに、直角に曲がる不思議な現象について、そのメカニズムを解明することに努力願った方がよいと感じた次第である。
 
     
 次に書籍での実際の記述例を探すと  
 
 カラスムギの種子が自分で土にもぐるなどということは、図鑑で触れている例は見られず、植物観察事典でも全く触れていない。本当に普遍性のある特性として従前から確認されていれば、これに言及しているはずであるが、そうではないということは、その明確な裏付けがほとんどない(あるいはまたくない)と解される。ところが「種子たちの知恵」でカラスムギが採り上げられていて、項目の副題に「自然が生んだミニドリル」とある!!その要旨は次のとおりである。  
 
 【種子たちの知恵】(要旨)
 カラスムギの種子には全長4cm のノギがあり、実が熟す時期になるとカマのように折れ曲がり、水に濡れると回転し、乾くときも回転する(「乾湿運動」)。何かにぶつかってノギの回転が妨げられると、種子自体が回り、先端がドリルとなり、土にもぐり始める。先端の逆毛が逆戻りを防ぎ、ぬれたときも乾くときも、土にどんどんもぐるうまく土にもぐった種子は無事、翌年に芽を出す。 
 
 
 迷うことなく断定的に堂々と書いている。しかも、種子の基部の毛は土にもぐった場合の逆戻り防止の機能まであるとする内容は、益々怪しい雰囲気を感じざるを得ない。
 
 また、現場の理科担当者向けの図書にカラスムギが採り上げられていて、驚くべきことに次のような記述がみられた。 
 
 
 
 【植物観察実験法】(抄) 
 乾湿運動の観察:
 カラスムギの乾いた芒は、くの字型に曲がっている.芒の基部をルーペで観察すると、らせん状にねじれている。この部分に水を2〜3滴落とすと、芒は3〜4回回転しながら、まっすぐになっていく。これは吸水によりねじれがもどる乾湿運動である。土の上に芒をつけたえい果を置き水滴を落とすと、芒の先端を支点にして、えい果はドリルのように回転しながらもぐり込むのが観察できる。
 
     
    さらにウィキペディアの日本語版にも次のようにある。  
     
 【ウィキペディア日本語版】(抄)
 野生のカラスムギの穎果を覆う穎には屈曲した長い芒(のぎ)があり、穂から脱落するとこの芒が乾湿運動によって屈曲点を軸に回転を繰り返す。この回転運動によって穎果は土壌に押し込まれ、発芽に有利な位置に置かれる。(出典は明記されていない。) 
 
 
 これらをみたら、間違いなく多くの人はカラスムギの種子は常にこういった挙動を示すと受け止めることになってしまう。

 そこで、本種は外来種であるから、まずは海外情報に頼ってみることにした。
 
     
 そこで海外情報をみると  
 
 カラスムギは麦の栽培に際してのやっかいな雑草となっていて、これに対処するための各種防除技術に関する多くの情報が見られ、基本的な情報として芒の回転運動にも言及している例が多数見られた。そして、誠に残念なことであるが、捩れた芒は濡れたときに戻り、土に穴を開けるとする主旨の定型的な表現が多数確認された。信じ難いことであるが、これが広く一般的な認識となっているようである。

 以下はその例である。
 
 
 【Keys and Fact Sheets】(抄訳)
 カラスムギ(野生オーツ)は穀草種子の混入物として人や家畜、汚染された共用の農業用器具を通じて広がっている。カラスムギ種子の芒は乾燥状態でらせん状にねじれていて、濡れるとねじれが元に戻り、それによって種子を土壌にねじ込む。 
 【cabi.org】(抄訳)
 カラスムギ種子の芒は乾燥時にねじれ、濡れるとねじれが戻り、それによって種子を土壌にねじ込む(Stinson and Peterson, 1979)。膝折り状の芒は種子が自分で土にもぐるためになくてなはらない。雨は土にもぐるために必要ではなく、また土壌表面にわらが存在しても土にもぐるのは妨げられなかった (Somody et al., 1985)。
:引用論文の全文は確認していない。どの程度の頻度で種子がもぐるのかはわからない。 
 
 
 ところで国内の研究者の見解は  
 
 この件は特に研究者による誇張のない客観的な記述に期待したいところであるが、農水省農業研究センターの以下の記事を目にした。  
     
 
 【麦作のカラスムギ問題とその対策/浅井元朗(農業研究センター 耕地利用部 畑雑草研究室)】
 カラスムギ種子の護穎背面には捻転し、屈曲した芒がある。芒には重要な機能がある。芒は乾湿に伴って回転運動をする。すなわち、水分を吸収すると捩れがほどけて芒は伸びる。乾燥すると再びかたく絞るように折れ曲がる。これを繰り返すと、種子はてこの原理で自己を回転させて地表面を転がり、やがては亀裂や窪みにはまる。
護穎には上向きの毛が密生している。それがつっかい棒の役割を果たし、落ち込んだ窪みに種子を固定する。さらに芒がよじれて種子を回転させ、土壌中に押し込んでゆき、種子は自ら土中にもぐってゆく。

 ただし、カラスムギの結実は日本では梅雨にあたる。水分を含んだ土壌は重く、実際に自己埋没にはそれほど成功してはいないようである。筆者の観察では6月上旬に地表面に放置した種子の多くは潜れずに、スズメなどの食害を受けていた。また、埋没してもその深さはせいぜい穎果長までである。護穎背面の剛毛の密度には種内に明らかな変異があり、それが埋没の成功に関わっているかもしれない。
地表面に放置された種子の生存率は低い。自力で、あるいは耕起によって土中に潜り込めた種子の多くは秋期に発芽する。 
 
     
   本文の内容から推定すると、種子が土にもぐるという見解は、主に海外の文献情報がベースとなっていると思われる。筆者の観察では土にもぐる種子は多くないようであり、これは安心材料である。しかし、わずかながらも土にもぐる種子があるというのは誠に残念なことであるが認めざるを得ない。   
     
5   念のために実際に試してみると   
     
   適度に荒らした植木鉢の土の上に5粒の種子を置き、定期的に軽く水を与えたのであるが、種子が土にもぐる気配は全く見られなかった。ということは、複数の要因がことごとく種子にとって都合のよい条件となったときに限って可能なのかも知れない。

 結局のところ、海外発信の情報(詳細は不明)がベースにあって、国内でほとんど検証のないままに、興味本位の情報が流布していた印象がある。そのため、カラスムギの種子は常に土にもぐるものといったニュアンスで、いかにも科学的な客観性に欠けた表現がまかり通っていたようである。

 したがって、カラスムギの種子は自分で土の中にもぐる通性を持つと受け止めるのは正しい理解ではない。これを念頭に置けば、子供たちの前でもこんな話を安易かつ得意げに講釈しない方がよいと思われる。

 仮に話すとすれば、謙虚にかつ努めて客観的に「カラスムギの種子はノギが湿るとるとくるくる回って(乾くと今度は逆に回って)、ほんのわずかに土の中にもぐることがまれにあります。」くらいの表現がふさわしいと思われる。 
 
     
6   考えられる土にもぐるメカニズム   
     
   わずかながらも土にもぐることがあることについて、どんな条件下で可能なのかを考えてみる。ますは、落ちた種子が水平な状態となっている場合、芒が回転すれば、Lの字の先端部が下を向く度にギッコンバッタンと種子をわずかずつ動かすだけであり、種子本体が回転してもやはり土にもぐるきっかけは得られない。また、落ちた種子が垂直な状態にはならないし、仮に土の小さな穴に種子が垂直に立ったとしても、芒が空転するだけである。となると、例えば以下の図のような状態に置かれたときが想定される。この状態で種子本体がくるくる回れば、種子の毛が土の攪乱に貢献して、わずかながらも土に頭を突っ込むかもしれない。   
     
 
 そこで、改めて左の図のような条件を人為的に設定して、確かめてみた。しかし、残年ながら種子は芒の回転で溝の方向に転がって水平状態となってしまって、全く土にもぐり込む気配はなかった。
 それならと、今度は蟻地獄のすり鉢状の凹みをつくって種子を置いて試してみたところが、
どんどんもぐるなどという風景は一切見られなかった。  
落下したカラスムギ種子の模式図例   
 
     
   カラスムギの種子のためにこんなことまでして手伝ってあげるのも馬鹿馬鹿しくなったため、これで打ち止めである。要は様々な要因(例えば土壌の粒度と水分の状態、表面の起伏状態、表面の夾雑物の状況等が考えられる。)がたまたまカラスムギの種子にとって都合のいい状態となれば、種子の先端部が土の粒子にまみれた状態となるのかも知れない。そこで、ポイントを整理すると以下のとおりになると思われる。   
     
 
 穂から落下したカラスムギの種子は、濡れると地表の状態により芒が回ったり、種子が回ったりする。つまり、芒が何かに引っかかった状態となれば、種子が回ることになる。芒が乾燥すると逆の動きを示して元のねじれた状態となる。 
 芒が回れば種子がわずかに移動することになり、種子が回転すれば、種子基部の毛でわずかに土壌が攪乱される。芒はこうした両方の効果を狙った細工と考えられる。 
B  種子が水平になった状態では、芒が回っても、種子が回っても、種子本体が土にもぐり込むきっかけは生まれない。 
 種子の基部がわずかに下向きとなった状態で、種子が回転した場合は、種子基部の毛が粒状の土壌を攪乱して、わずかながら種子が土にもぐることに貢献する可能性がある。 
 
     
    と、この程度のことと思われる。

 なお、面白半分にカラスムギの種子を植木鉢で我慢強く継続観察している知り合いが2名いて、たぶん挫折することが予想されるが、意外な結果が得られたら、追って紹介することとしたい。

→ (追記)
 
後日様子を聞いたところ、案の定、種子が土にもぐり込む姿を観察することはできなかったそうである。
 
     
   芒の構造を改めて確認すると・・・・・  
     
   芒の様子を確認するため、水に濡らした上でねじれ部を切断して断面を見ようとしたところ、ねじれ部のノギの切断部は2つに分離してしまった。分離した部分から簡単に2つに引き裂くことができた。冒頭でも見たとおり、ねじれ部のノギは幅の異なるテープ状の部材が巻いた構造となっていることが確認された。屈曲部は幅の狭い部材が内側となっている。屈曲部から先の部分は2種の幅の部材はねじれることなく合着しているが、引き裂けば簡単に2つに分離した。吸水による可逆的なねじれの戻りは、膨張率の異なる繊維で構成されていることによるものと思われるが、詳細な不明である。   
     
 
 
                  カラスムギのノギ(ねじれ部と先端部)
 先端部は鳥の嘴のように筋が入っている。これはねじれ部の2つの部材の延長である。
 
 
                      カラスムギのノギ A
 ねじれ部の2種の幅の部材を分離した状態である。幅の狭い部材は幅の広いものの2分の1以下の幅となっている。
 
 
                     カラスムギのノギ B
 こちらのノギでは、幅の狭い部材は幅の広いものの約2分の1程度に見える。
 
     
8   「茶挽草」の名前の由来となったという遊び方がよくわからない!   
     
   茶挽草(ちゃひきぐさ)はカラスムギの別名で、子供の遊びからきた名前とされる。たぶん、芒がくるくる回る状態をつくりだして、その様子を回る茶臼の取っ手の動きをイメージしたものであろうが、その実際の遊び方についてはわかりにくく、 一般的な図鑑では自信が持てないのか、具体的な内容にまで及んだ説明を記述していることは少ない。こうしたなかで、やや詳しく記述している例があった。   
     
 
@【新牧野日本植物図鑑】
カラスムギ(チャヒキグサ):和名のカラスムギ(烏麦)は烏の食べる麦の意味で、茶挽草は子供がその穂を採り、をつけた爪(つめ)の上にのせ、吹けば茶臼を挽くように廻るのでこのようにいう。 
A【広辞苑】
ちゃひきぐさ(茶挽き草・茶引き草):カラスムギの異称。の甲に唾(つば)をつけ、その実をのせて吹くと、茶臼をひくように回るから名づける。 
B【日本語大辞典】
ちゃひきぐさ(茶引草):カラスムギの異名。穂にをつけて爪(つめ)の上におき、吹くと茶臼をひくように回るからという。 
C【野に咲く花】カラスムギ 別名チャヒキグサ:
和名は食用にならず、カラスが食べる麦の意味。別名の茶挽草は小穂にをつけ、ウリの上にのせて息を吹きかけると茶臼をひくように回ることからきた名といわれる。 
D【雑草や野草がよーくわかる本】カラスムギ:
この小穂をひとつ取り、を塗って瓜(うり)の上に置き息を吹きかけると回転します。それが茶臼を挽いているようにみえるので、茶挽草(ちゃひきそう)ともいいます。 
 
     
   これらを眺めてもよくわからない。

 @とAは同様の内容であるが、そもそもなぜ唾を付けた爪の上にのせなければならないのかがわからない。毛のある種子を爪の上の唾で固定するのか? しかも吹いても芒は回らないし、思い切り息をかけてもダメであり、詳細がわからない。

 B〜Dは唾(つば)が油に代わっていて、こんどは穂に油をつけて爪にのせるのだという。唾でさえ何だかよくわからないが、突然に油が登場するのも奇妙である。ひょっとすると唾より上品に勝手にアレンジされた情報に依拠したのであろうか。しかし子供の遊びにわざわざ油を持ち出さなければならないのは、どうみても不自然である。

 CとDはほとんど同じで、たぶん、DはCの内容を踏襲したものであろう。ただし、@〜Bで爪(つめ)とされているものが、C(もちろんとDも)では突然にウリ(瓜)となっている。これらは明らかに近年の恐るべき国語能力の低下が反映しているものと思われ、支離滅裂の内容となっていて問題外である。

 結局のところ調べてみても正しい遊び方≠ヘわからない。しかし、そもそも難しいことではないから、屋外で芒がくるくる回るのを見みたいのであれば、爪にのせることなく種子を指でつまみ、芒を口に含んでタップリ唾をつければ、それだけで芒の回転を目にすることができるはずである。ということではあるが、かつての子供たちの素朴な遊びが誰にでもわかるように正しく伝承されていないというのも情けないことである。残念ながら本件はとりあえずは保留である。

 なお、余談であるが、「茶挽草」の語には、客がなくて暇な遊女、芸者のたとえにもされたという。