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木あそび 燻製用木材チップ(スモークチップ)の使い分け
樹種別にどんな特性が知られているのか
生ハムや合鴨、、牛タン、ホタテ貝柱などの燻製・・・と燻製食品には美味しいものがたくさんあり、思い浮かべただけでよだれが出てくる。このため、燻製にしたら何でもさらに美味しくなるような気がして、多くの人がこの魔法の調理法に挑戦する誘惑を経験しているはずである。ホームセンターにもスモーカー(燻製器)をはじめとする自家製の燻製つくりに必要な道具類と合わせて多くの樹種の袋入りスモークチップや棒状のスモークウッドが販売されていて、その袋には複数の樹種の特性に関して色々試したくなるような説明書きがあるのがふつうである。通常とはちょっと異なる燃材としての木材利用の一形態であり、また、食に関連した長きにわたる(主は西欧文化であるが)知恵の集積でもある。そこで、改めてスモークチップとしてどんな樹種の製品が販売されていて、さらに、これらに関して総論的にどんな講釈がなされているのかを興味本位に調べてみた。 【2016.9】 |
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1 | 市販製品をチェック 業務用の実態はわからないが、少なくとも趣味的な燻製つくりであれば、あまりにも多くの種類のスモークチップを取り揃えたところで消費者がついて行けないから、一般的な製品の樹種は従前から目にしていた範疇であり、大きな変化は見られない。しかし、趣味が高じてくれば、多分、さらなる高みを目指して未経験の樹種による新たな風味を体験したくなるなるのは自然で、やはりこだわり的な製品も若干提供されている。 |
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@ | 国内定番製品 お馴染みの樹種は、ヒッコリー(米国産)、サクラ、リンゴ、ナラ、ブナ、オニグルミである。 |
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A | 国内その他の製品 オレンジ、ピーチ、ブドウの名で販売されている製品が見られた。 |
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B | 英米の事例 一般向けのスモークチップの定番として、例えば以下に掲げたような樹種を目にした。
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一般人が使いこなすには限界があるから、やはり、商品としてはただ種類が多ければよいというものでもないと思われる。 英米の製品をざっと見ると、オーソドックスなスモークチップ smoking wood chips のほかに、蓋付きのバーベキューグリルで追加的に燻煙して香り付けするための木材の小ブロックであるウッドチャンク wood Chunks 、木粉を固めたスモーキングビスケットsmoking bisquettes の呼称を持つ燻煙材も広く利用されている印象がある。空間的に余裕のある住環境を背景とした風景が想像される |
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2 | スモークチップとしての樹種特性 これはあくまで感性の問題で、経験を重ねればそれぞれの好みで選択できると思われるが、ヨーロッパの長きにわたる肉食文化の中で、総論的には一定の評価が定着しているようである。こうしたことを踏まえてか、国内の複数の書籍の解説文も、一般的、定型的な記述をそのまま踏襲しているため、やや退屈で面白味に欠けている。できれば、燻製づくりの熟練職人が多数の樹種による燻製つくりを長年にわたって実践した経験を基盤とし、確たる自信の下に自らの言葉で蘊蓄を開陳しているような興味深い記述があれば楽しめるのであるが、残念ながらそうしたものは見つからない。多数の樹種に言及した英語のウェブ情報と合わせて備忘録として以下に列挙してみる。 |
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3 | 果樹の材のスモークチップには本当に甘い香りがあるのか 木材にはそれぞれの成分の個性、違いに由来して、固有の香りがあることは経験則で知られているところであるが、スモークチップの講釈を見ていると、各種の果樹由来のスモークチップでは、それぞれ甘い香りがあるという表現が多く、そのほかに花の香りがある(ライラック)とか、全く未知の世界が展開する。 前項の事例から抽出すれば、果樹ではチェリー、リンゴ(アップル)、アプリコット、プラム、西洋ナシ、ピーチが該当し、果樹以外でもアーモンド、メープルについても「甘い」とする表現が見られる。 これらはもちろん感性に基づく表現で、一般的には燻煙自体と、仕上がった燻製品の香りの両方を指しているように思われるが、どちらを指しているのかが必ずしも明確に表現されていない。一方で、しばしば薪ストーブの薪として例えばりんごや梨、桃、サクラの材を焚くと甘い香りがするとも言われているし、薪を販売する事業者が割りたてのりんごの薪の断面からは濃厚なりんごの香りが漂ってくるとして説明している事例も目にする。こうした記述を目にしても、これらの材(生材、乾燥材を問わず)が、それぞれの果実の甘い香りがあるとは聞いたこともないし、まずあり得ないと考えるが、燻煙中には何らかの共通する成分が含まれているのかもしれない。 実体験として多くの樹種(生材、乾燥材、燻煙、燻製品)について語れる者は少ないと思われるからこそ、できればこれに共通する由来物質が何なのかを知りたいものである。 ちなみに、りんごのスモークチップ(もちろん乾燥材)で材と燻煙の匂いを確認してみたが、甘い匂いを実感することはできなかった。ひょっとするとイヌのような優れた臭覚がないと講釈できないのかも知れない。 *本件については、追記すべき事項があれば、後日メモすることとしたい。 |
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4 | 日本における燻煙の文化 国内で食品を明確に意識して燻煙処理するという文化はそれほど一般的ではなく、「鰹節(かつおぶし)」と「いぶり漬け(いぶりがっこは登録商標)」が古くから存在する典型的な事例となっている。歴史的には、たぶん囲炉裏の上方はそれぞれの地域で生活の知恵としていろいろな利用がされてきたものと思われる。 |
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@ | 鰹節の焙乾 鰹節の製造工程では、燻煙乾燥することを焙乾(燻乾)と呼んでいて、主としてブナ科の樹種(ナラ、クヌギ、カシ等)やサクラなどが使用されていて、これらは一般的ないわゆる“身近な雑木”であり、樹種の選定について特にこだわりがあるとか神経質になっているといった印象はない。カビ付けをしない荒節では薫香が残るのに対して、カビ付けをする枯節では、焙乾の主たる目的は水分を飛ばすことにあり、煙成分については殺菌・防腐効果を期待するものの、“燻香”に関してはそれほ意識はないと思われる。 |
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A | いぶり漬け(いぶりがっこ)の燻煙 元々は保存食品としてのたくわん漬けを作るに当たって、屋外での乾燥が難しい気象条件にあったために、専ら乾燥することに主眼を置いて囲炉裏の上方に大根をつるし、その後に漬け込む方法を採用したものとされる。したがって燻香自体は結果的なものと理解される。薪は一般的な広葉樹が使用されている模様である。 なお、大根を燻煙することで、本来大根に含まれているアミノ酸が増加することが知られている。 |
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5 | 燻製食品でふと気になること 燻製づくりに手を出した経験があれば、たぶん誰もがちょっと気になることがあったはずである。そもそも燻製のマジックは、木材を不完全燃焼させて、食品を一定の熱に晒しつつ、煙の成分を付着させることに他ならない。煙となると、タールなどの発がん性物質が必ず一定量含まれているのは明らかである。仮に、長い時間燻せば、蚊取り線香皿のふたの内側のように、ヤニでベタベタになることは間違いない。ただし、その点は加減しているから直ちに深刻な事態が待ち構えているとは思えないが、科学的な評価がなされているのか、健康リスクについて行政がどんな見解を持ち、現にどんな施策(規制や指導)を講じているのかなど、常識としてやはり承知しておくべきであろう。 以下はにわか勉強によるポイントである。 |
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(1) | 問題の所在 木材の不完全燃焼で発生する多環芳香族炭化水素(PAHs)には発がん性が確認されている物資が多くあるとされる。中でもベンゾピレン(BaP)は、発がん性物質として有名な存在で、脂たっぷりの肉や魚を高温で焼いた場合にも生成するとされる。 |
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(2) | 諸外国等での対応 食品中のPAHsについては、BaP についての基準値が、欧州(食用油脂、乳幼児用食品、燻製等)、カナダ(オリーブポーマスオイル)、韓国(食用油脂、燻製魚等)、中国(食用油脂)等で設定されている(食品安全委員会)という。 また、国連機関でもPAHの低減のための実施規範を示している。その一部の内容を抜粋すれば以下のとおりである。 燻煙及び直接乾燥工程における食品の多環芳香族炭化水素(PAH)汚染の低減に関する 実施規範(FAO・WHO(2009)) ・ 燻煙された魚類及び肉類、炙り焼きされた食品は、通常他の食品よりPAH濃度が高い ・ PAH 濃度を低減するにはリグニン、樹脂の少ない燃材がよい。 ・ 脂肪が直火に滴り落ちることでPAHが増加する可能性がある。 ・ 直接燻煙を間接燻煙(煙を別途浄化する方法)に置き換えることで、燻製食品の汚染が大幅に低減され得る。 なお、EUはカツオ節について、いぶす際に基準値を超える発がん性物質のベンゾピレンが発生するとして、けしからんことに輸入を認めていない。このため、個別の事業者がEU基準に対応した取組をしている事例も見られる。 |
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(3) | 日本での対応 日本では、食品中のPAHsについての基準値は設定されておらず、腰が引けた印象があるが、特定の業界が自主的な低減ガイドラインを定めている。かつおぶしや削りぶしの一部でベンゾピレンをはじめとする多環芳香族炭化水素類が高い濃度で含むものが確認されたことを背景としたものである。(他の分野では特に積極的な動きはないようである。) その中では、PAHの付着を低減し、製品の安全性を高めるため、例えば、@針葉樹の使用を避ける、Aタールの二次的な付着を避ける、B過剰な焙乾を避ける、C高濃度のPAHを含む荒節の表面はていねいに削り落とす等々の具体策を示している。(平成25年3月鰹節安全委員会 (社)日本鰹節協会・(社)全国削節工業協会 かつおぶし・削りぶしの製造における多環芳香族炭化水素類(PAHs)の低減ガイドライン −安全性の向上のために− より) なお、燻製は手間がかかるため、事業的にはくん液(燻液 smoke liquid )の名の添加物(煙成分を水に溶かした濃縮液)を使用して燻製風の風味を簡便に付加する方法が既に一般化しているほか、燻製シート smoking sheet の名の一般向けの匂い付けの商品が一般に販売されていて、これにより燻製風の風味を付加することも可能となっている。特段の規制はないようである。 |
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