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木あそび
  通草紙の試作


 カミヤツデの髄を使用した通草紙の周辺情報とその製作方法(作り方)について別項で調べたところであるが、シート状の通草紙が国内ではほとんど目にすることができない存在となっていることがわかった。もちろん、国内での生産者はいないし、現在では台湾での生産もなくなり、中国だけの生産となっている模様である。そこで、少々細めであるが、“通脱した” カミヤツデの髄を既に手に入れているので、通草紙の製作を体験してみることにした。 【2014.12】


   書道にお手本がつきものであるように、通草紙に関してもベテランの手によって上質な製品が生まれる際の雰囲気を知る必要があり、きれいな写真を拝んでから取りかかることとする。次の写真は台湾での出版物「台湾通草紙」の表紙に掲げられた写真である。ソフトな質感で、完璧に均質であり、極薄の不織布のような質感に見えて、やや透けているようにも見える。いいお手本である。   
     
 
                カミヤツデの髄から生まれる通草紙の風景
                 台湾の書籍 「台湾通草紙」の表紙より
                (財団法人 樹火紀年紙文化基金会 2006年5月)
  
     
   カミヤツデの髄の採取

 カミヤツデの茎(幹)から髄を取り出す方法は、古来広く知られているヤマブキの髄の採取の場合と同様である。カミヤツデのナマの髄も非常に弾力性に富んでいて、復元力があるため、棒で簡単に押し出すことができる。その際、ポンと音を立てて、まるで山吹鉄砲のようである。ヤマブキより遥かに太めの真っ白できめの細かく美しい髄が飛び出す様は快感を覚える。採取した髄の径は16ミリほどで、本当はもっと太めの髄を確保したかったが、贅沢を言っても仕方がない。 
 
     
 
  カミヤツデの髄と採取後の穴の様子
  髄の径は14〜18ミリ程度であった。髄はきれいに抜き取ることができる。
        抜き出したカミヤツデのきれいな髄
 髄の中心部は階段状の隔壁が存在する。
 
   
   得られた髄の表面には縦筋があり、これは茎の内側の縦筋模様そのままの転写模様である。これをまずは天日で乾燥することになっている。   
     
   乾燥によって髄は軽く、硬くなるが、もちろん、水で戻せば元の弾力性を取り戻す。
 乾燥で、少々曲がったものもあって、そのままで元に戻そうとしたところ、パキンと折れてしまった。 要はこういった質感でもある。やや危うい印象があるが、この乾燥した髄からシートをつくるのだそうである。
 
     
   作業台の調製

 ベニヤ板の細い切れ端で、刃物を浮かすレールをつくり、髄を転がす部分には滑り止めのためにサンドペーパーを両面テープで固定した。ベニヤ板は3ミリ厚であるが、本能的予感ではこれでもたぶん厚すぎるであろうと感じていた。しかし、現地で作業風景を見たとする報告(小林良生 百万塔第125号H18.10.31)では刃を浮かせるための帯の厚さは約5ミリであったとしている。問題があれば薄くする方針で臨んだ。 
 
     
   スライス(桂剥き)

 使用刃物は、我が家の菜切り包丁である。なるべく刃が直腺状である方が使い易いからである。 
 乾燥した髄は少々硬くなっているから、大きな不安を感じつつも別項で調べた要領で桂剥きしようとしたが、乾燥状態で3ミリ厚に桂剥きすることは全く困難であることを確認した。要は剥こうしても軸方向に割れが生じてしまうのである。

 実は先行して顕微鏡で観察するために髄をいろいろな方向で刻んでいて、髄の感触はおおよそ承知していた。ナマの状体では弾力性に富み、刃物でサクサクと刻むことが可能である。一方、乾燥すると硬くなり、刃物でサクサク切れる点は変わりないが、硬さに伴う脆さが生じるため、これを薄く桂剥きするというのは、なかなかイメージしにくいのが正直なところである。まずは、3ミリ厚では物理的に難しいことを認識したわけで、したがって、5ミリ厚で硬いものを桂剥きするなど土台不可能であることを確信した。

 そこで、5ミリ厚というのは絶対に怪しいと感じて、小林氏の古い報告(小林良生 百万塔第98号 H9.10.31)を見ると、こちらには台の帯(管理者注:スペーサーのこと)の厚さは0.5ミリ程度とある!! 何と、平成18年の報告の数値は明らかにひどい誤植であった!! もうがっかりである。そもそも5ミリ厚ではそれほど太くない髄から長い帯状のシートなど採取できるわけがない!!

 さらに先にも触れたもうひとつの問題である。念のために、間違いなく乾燥状態のものを桂剥きにしているのかを報告で改めて確認すると、記憶のとおり平成18年の報告には明確に「乾燥した髄をシートにするのは女性のナイフ裁ちである。」としている。しかし、乾燥して硬くなったものをふわふわの薄いシートにシュルシュルと削るというのは、神の手でなければ困難に思える。例えば、丸太からロータリー単板を桂剥きするするにも、丸太をしっかりと煮て軟らかくしてから刃物を当てており、やはり、カミヤツデの髄も吸水させてから刃物にかけるのが本当なのではないかとも思える。

 以上の検討から、作戦変更である。包丁を浮かす帯の厚さは、0.5ミリ厚の使える薄板がとりあえず見つからないため、小型の差し金(厚さ1.1ミリ)を使用することとした。素人の遊び半分の体験であり、薄く透けるようなシートを目指すものではないから、これで十分である。それから、肝心な髄の扱いであるが、乾燥したものと、それとは別にしばらく水に浸漬して吸水させ、採取時と同様の弾力のある状態に復元したものの両方で試すこととした。
 結果は次の写真のとおりである。とても通草紙とは呼べるような代物でなない。。 
 
     
 
     再吸水させた髄からつくったシート
 
弾力性があるものを抑えながら転がす場合は、厚さが安定しないことが判明した。 
          乾燥した髄からつくったシート
 
1ミリちょっとの厚さであるが、縦に細かな割れが入って、全く紙(シート)の体をなしていない。 
 
     
   別項で調べた水中花の(たぶん)通草紙の薄さと均質感は一体どのようにして生まれるのか、全く想像もつかないほどの技術的な格差を感じてしまう。国内には先達はいないから、うなっていてもどうしようもないし、何がコツなのかもわからない。まずは、キッチリ研いだ刃物を使用し、最低限、0.5ミリ程度の厚さめ目指さなければ話にならないようである。達人(台湾ではおばちゃんたちがこの仕事をしていたという。)の技に頭を垂れるのみである。    
     
  <さらなる挑戦>   
   これで終わってしまったら癪に障るため、やはり 0.5ミリ厚を試す必要を感じた。そこで、考えたところ、15センチの小形のステンレスの直尺があることを思いだした。この厚さを測ったところ、何と0.5ミリピッタリであった。で、早速ながら再試行である。   
     
 
 
           0.5ミリ厚で設定した通草紙の試作品
 少し練習しただけでは、均一にきれいに仕上げるのは難儀である。
    同左部分の質感
 比較的大きな細胞の配列構造が確認できる。
 
     
   やはり、熟練が必要なことを痛感した次第で、慣れる前に随の素材の在庫が払底してしまった。まあ、確認のための体験であるから、この程度で我慢である。改めて、冒頭で掲げた美しい通草紙を見ると、その技術が神業に見えてくる。