木あそび 木櫛は未だ健在也!!
櫛(くし)は生活道具として、また髪を装う小物としても長い歴史を持っていて、縄文時代の遺跡から漆塗りの櫛が発見されたことは広く知られている(福井県鳥浜貝塚遺跡の赤漆塗櫛。ヤブツバキ製))。装飾性が特に高まった江戸時代、髪飾りとしての櫛の素材は象牙、べっ甲、木質下地に漆塗り等で、実用品としての櫛の素材は木の素地のものが一般的であったとされる。【2007】 |
具体的に使用された木材の種類としては、ツゲが最良品で、ツバキ、ビワ、ズミ、カシヲシミ(ネジキ)、マユミ、エゴノキ、イヌツゲ、モチノキ、サルスベリ、ヒイラギ、シャムツゲは全てツゲの模擬材になり、その他イス櫛(イスノキ)、ウメ櫛(ナシの赤味材)、ミネバリ櫛(オノオレカンバ)、ナツメ櫛があったという。ナシの白太はイスノキの模擬材となり、モモ、リンゴはウメ櫛(ナシ)の模擬材で、ミネバリ櫛は木曽の名産でミズメはこの模擬材になり、ナツメ櫛,モッコク櫛は関西で利用され、ツバキをナツメの模擬材としたという。また、塗櫛の材としてはミズメ、ブナ、カツラ、シラカンバ、ダケカンバ、サクラ、コブシ、ハンノキ、ヤシャブシ、ヒトツバ(注:地方名として多様な樹種を指し、ここでは何を指しているのかは不明)、ニレ等を用いたという。(明治45年刊 「木材の工藝的利用」より) 櫛はブラシと同様に頭に毛がある限りお世話になるが、素材は合成樹脂に席巻されて久しい感がある。しかし、特につげ櫛は全国的にも生存しており、合成樹脂と違って静電気を発生しないことや、椿油等になじませた櫛歯が髪に優しいことが評価されているようである。こうして支持されて愛用する人がいて、木櫛が生存していることは喜ばしいことである。 |
||||||||
つげ櫛 | ||||||||
ツゲは材質が緻密で櫛の用材として最適であることが経験的に知られている。この材が精密な彫りを必要とする印判の材料としても長きにわたって利用されてきたことが、その特性を物語っている。 産地としては鹿児島の薩摩ツゲ、伊豆諸島の三宅島,御蔵島産の島つげが良質なものとして知られている。しかし、生長が遅く、大径材とはならないこのツゲの材の需給動向は謎で、安定的に供給されているとはとても思えない。庭木としてのツゲは別にして用材目的の人工植栽が実施されているとも聞かない。また、長期間寝かせる必要もあることから、ストックで食いつないでいるのではと心配になってしまう。 本当のツゲではないものが古くから出回っていることを意識してか、あるいはイヌツゲではないことを主張しているのか、製品に「本つげ」と焼き印されているのが普通であるが、東京の上野池之端の「十三や」さんの場合は、従前からの方針で製品には焼き印を入れないそうである。 写真のつげ櫛の素性は記憶になく不明。 |
||||||||
お六櫛 (お六櫛の手持ちはないため写真なし) | ||||||||
お六櫛は長野県の木曽谷、薮原地区でつくられている櫛で、 その歴史は江戸時代にさかのぼり、 長野県知事伝統的工芸品に指定されている。材料はカバノキ科のオノオレカンバを使用するのが本来で、現地では「ミネバリ」と呼んでいる。オノオレカンバは産出量が少ないため、古くから同じカバノキ科のミズメ(ヨグソミネバリとも)が代替材として使用されていたことが知られている。ツゲを使用した櫛も生産しており、これには「本つげ」と表示している。また、一部にイスノキを素材として制作している例も見られる。 現在、オノオレカンバの使用率がどの程度なのかはわからないが、興味を感じる。 お六櫛誕生の説話はいろいろな場で紹介されているが、以下は昔購入したお六櫛の製品に添付されていた「しおり」の内容である。 |
||||||||
- 木曽のお六ぐし由来 - 享和年間、木曽に美人で評判の高い18歳になる「お六」という娘があった。彼女の美人は近郷近在に知れわたっていたが、頭痛になやまされていた。 頭痛さえなければと思案にあまった彼女はある日、霊験あらたかな御嶽神社に祈願をこめようと唯一人山道を御嶽山に登っていった。 お六は家人にも告げないで白装束に身をかため、夜のあけぬうち、こっそりわが家をぬけだした。長い金剛杖一本をたよりに六根清浄をとなえながら朝霧をあび、藪をわけ、熊笹をふみ、岩場をはうようにして、ひたすら頂上へ頂上へと進んでいったが、乙女心の一心は恐ろしいもので遂に雪の頂上にたどりつき、御嶽の本宮に達し3、7.21日、参篭となった。いよいよ満願の夜である。 うとうととねむるともなくねむるうちに、枕辺に忽然と一人の老翁が現れ、「我は御嶽大権現である。汝の難病はこの御嶽の霊地よりミネバリの木を伐りてすき櫛を造り髪をとけば忽ちなおるべし。」と告げたと思うと、老翁のすがたは御嶽山の霧とともに消えさった。 神の御告げにありがた涙を流して喜んだお六は、早速お告げ通りミネバリの木で小さな木櫛を造り、それを使うと不思議か頭痛はケロリと忘れたように全快した。 お六は同病の婦人のためにと神秘な霊験を語り伝え、ミネバリの木櫛をすすめた。奇蹟は忽ち評判となって、村から村へと広まった。 これを「お六櫛」と名づけ現に産地木曽薮原の特産品として名声を保持している。 信州木曽薮原 お六櫛製造元 岩原 蔦夫 |
||||||||
イスノキの櫛 (イスノキの櫛の手持ちはないため写真なし)) | ||||||||
イスノキは別項でも触れたが、国産の木とは思えないくらい硬く、紫檀や黒檀の仲間と思えるほどである。近年、材はほとんど産出されていないが、九州では床材として、あるいは木刀の材料として高い評価を得ていた。しかし、工芸品としてはほとんど見かけない。この加工困難な材を櫛の材料としてきた歴史があるが、どうもその理由がはっきりしない。しかし、その硬さゆえに、丁寧に磨き上げればいい艶を生じるであろうことは想像できる。 身近でイスノキの櫛の製品を見ることはほとんどないが、お六櫛の木曽薮原で、篠原 武氏が現在でもイスノキの櫛を作成している模様である。解説には以下のようにある。 「かつて大奥や宮中でのみ使われた高級櫛材。上品なイス(柞)の「男櫛」「解かし櫛」。厳選された国産イス(柞)材が、一級上の品格を演出します。」 ということだそうである。 ■木祖村お六櫛保存会 長野県木曽郡木祖村藪原1046 (http://www.069-kushi.com/ippinten/shohinpage/shinot.html) イスノキ製の櫛に関しては、次のような情報を目にする。
特に、現在の皇室での扱いは果たしてどうなのか関心があるが、情報が全くないため詳細は不明である。 |
||||||||
百均櫛その1 | ||||||||
ダイソーの男櫛(「桃の木」 中国製)百円也 モモはもちろん古い時代に大陸から導入されたものであるが、材の利用はそれほど一般的ではない。木の大百科(平井信二)によれば、「モモは材質重硬で割裂しにくく、おおよそウメの材に似ているので、同様の目的に使われる。すなわち器具材が主で、櫛(ウメ櫛の模擬材)、漆器木地、玩具、旋削してそろばん玉などがあげられる。」とある。ウメのように赤味のある材色がいい感じである。購入後にツバキ油で拭いているため、色合いにしっとり感が増している。 これが百円とは・・・・ ■株式会社 大創産業 東広島市西条吉行東1丁目4番14号 |
||||||||
百均櫛その2 | ||||||||
キャンドゥーのセット櫛(「本つげ」、「木(黄楊木)」)中国製)百円也 しっかり「本つげ」としているが、見慣れた国産ツゲに比べると、色がやや白くて軽く、独特のニオイがあった。ツゲ属の別種のツゲ類なのか、あるいはツゲもどきなのか見ただけでは素性は分からないが、普通の国産ツゲの材の緻密さとは全く異質な印象である。「十三や」の主人は、古くから輸入され利用されてきたシャムツゲ(アカネ科クチナシ属の樹木とされる。)と国産のツゲとの区別は容易であると言っていた。いわゆるツゲ科ツゲ属のツゲ類は日本、朝鮮半島、中国、等の東アジアを含む世界に分布しているという。 この櫛の材料の本当の種(しゅ)を何とか知りたいものであるが、仕方なく材種の詮索はあきらめることとするにしても、木製の櫛が百円で提供されていることは、やはり驚異的である。 なお、これも購入後ツバキ油で拭いている。 ■株式会社 キャンドゥ 東京都板橋区板橋3丁目9番7号 <参考> 中国産のものに関して次のような記述を目にした。 「近年は中国雲南省から入る外材が「黄楊櫛」として売られているが、艶、粘りとも国内産のものには及ばない。」(出山健示:匠の姿 VOL1(1999.5.21、二玄社)) |
||||||||
【追記 2013.8】 ある方から、この櫛の謎の素材に関して、「水黄楊木」の可能性を指摘するコメントを頂いた。そこで、早速ながらこのこの中国名を調べてみた。結果は以下のとおりである。 学名は Polygala caudata 、中国での一般的な名称は、「尾葉遠志」(中国高等植物図鑑)又は「毛籽紅山桂」(雲南)で、中国原産のヒメハギ科(遠志科)ヒメハギ属(遠志属)の高さ3メートル程に達する灌木である。中国ではこの樹の根が生薬として利用されていて、「水黄楊木」又は「烏棒子」の生薬名がある。中国語の百度百科には、水黄楊木の製品として、複数の櫛の写真が掲載されていた。 加工品の素材名に「水黄楊木」の名を使用しているのは、多分、この材より上質な素材である「黄楊木」(ツゲの意)の文字が充てられていることによるイメージのメリットを期待しているのかもしれない。かん木とされるから、木取り可能な径の素材が潤沢に得られるのか等わからない点があって断定はできないが、高い可能性を感じる。 |
||||||||
<木櫛関連別項> 櫛の十三や 東京と京都 どちらが本家? 繊細で美しい梳き櫛 その時代背景 「よのや」は櫛のバラエティーショップ 尾州のつげ櫛は黒光り ツゲとシャムツゲ |