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木あそび
  かんじきの話 その3
   かんじき素材としてのサルナシとヤマブドウ


 アイヌのかんじき素材として、ツルを利用する場合は主としてサルナシが利用されたといわれていて、山では同様に多く見られるヤマブドウはほとんど存在感がない。その辺の事情を知るためにはやはり実地検分するのが一番であり、ついでにかんじき作りをしてみれば、それぞれの質感を楽しみながら知ることもできそうである。【2013.4】 


 1  サルナシ(コクワ)とヤマブドウのツルの外観 
   
 @  サルナシ(コクワ)のツルの様子 
   
 
  サルナシのツル 1 
  自然状態
   サルナシのツル 2
   粗皮を剥がした状態 
   サルナシのツル 3
   樹皮を剥がした状態 
    サルナシのツル 4
    縦断面
    髄の隔壁が特徴的
   かんじきの素材としては、@−3 の状態で使用する。 
   
 A  ヤマブドウのツルの様子 
   
 
   
    ヤマブドウのツル 1
    自然状態
    ヤマブドウのツル 2
    粗皮を剥がした状態 
     ヤマブドウのツル 3
 木口からは寒天状物質(樹脂様成分)が吹き出す。特に味はない。 
   かんじきの素材としては、A−2 の状態で使用する。    
   
   ヤマブドウとサルナシのかんじきの試作品
 
 練習のため、以下の2種を試作してみた。 
   
 
その1 ヤマブドウのかんじき(複輪型)

 前輪と後輪の接する部分を少々削って、針金で固定しただけである。先端部には少々反りを加えた。

 いずれもとりあえずは紐を掛けていないのは、ロープのコストが馬鹿にならないためである。 
その2 サルナシ+ヤマブドウのかんじき
     (複輪型・爪付き)
 

 前輪はサルナシ、後輪はヤマブドウの複合型である。ミズナラ材の爪付きとした。こちらも先端部に少々反りを加えた。

 曲げ木に際しては、湯で煮ることは昔からの一般的な手法であるが、つるは比較的曲げやすい素材であるため、特別に熱を加える必要性はないと思われる。しかし、作業性を高めるため、あるいはかんじきであれば先端に反り(鼻上げ)を加えるため、湯で煮たり、蒸気に曝したりする方法は選択肢としてはあり得ると思われる。
   
    気づきの点等

 サルナシとヤマブドウを比較しての主な気づきの点は以下のとおりである。 
   
 
 区 分 サルナシ  ヤマブドウ 
外観   樹皮の外観は灰褐色で、表面の粗皮は不規則に薄く浮いて剥がれる。粗皮を落とすと、その下の皮は白みを帯びて表面が粉っぽい。  樹皮の外観は暗褐色で、表面の粗皮は縦に長く不規則に裂けて浮き上がる。  
性状   ツルは比較的通直で、質のよい素材を手に入れやすい印象がある。   ツルは葉枝を出した部分で屈曲し、節くれる傾向があり、特に細いツルではジグザグ状になっているのが普通で、通直な素材を得にくい印象がある。
 ツルそのものを利用する場合は冬期に採取するのが望ましいと思われる。 
樹皮の特性   樹皮は比較的厚くてスポンジ状である。かんじきとして利用したり、ツルを裂いて緊縛結束用として使う場合は、この柔らかい樹皮は邪魔でしかないため、当然ながら剥ぎ取ることになる。採取時期は、ツルを利用する場合は冬期に採取するのが好ましいかもしれない。しかし、こうした時期では樹皮をツルッと剥ぐことができない。そのため、刃物の背等でガリガリと削ぎ落とす必要がある。そこで、実際に試してみると、樹皮と木部はかなりの硬さの差があるため多少の手間はかかるもののそれほど困難ではないことを確認した。(夏期に採取すれば簡単に剥皮できるが、意外にも木部は乾燥に伴い表面のみが黒変する。
 樹皮は強い繊維質ではなく、靭性もないからかご編みの素材にはならないが、古くは紙の原料となったとする記述を目にした。  
 粗皮の下の皮はかご編みに利用される強靱な皮であり、かんじきとしてツルを利用する場合は当然この皮はそのままとする。(かご編み用の皮を採取する場合は、皮を剥がしやすい夏期でなければならない。) 
木部の特性 
 
サルナシのツルの断面 

 上の写真(剥皮済み)でわかるように、サルナシは大きな道管が多数あって、乾燥したツルは非常に軽い。
  つるは丈夫で腐りにくいといわれている。このつるが使用されている徳島県の「祖谷のかずら橋」は3年ごとに架け替えられ、使用されるのはシラクチカズラ(サルナシの地域名)の30〜50 年生に限られるという。
 
ヤマブドウのツルの断面 
 
 サルナシよりも木部の空隙が少なく、乾燥したツルはサルナシよりも重くて硬い。外周部の色の濃い部分が内皮で、かご編みの素材となる部分である。
 ヤマブドウのツルは乾燥によって激しく収縮する。そのため、未乾燥で針金を巻くと、乾燥後にはゆるゆるになってしまう。 
   
   かんじき素材としてサルナシが多用された理由を改めて考えてみると、やはり通直な素性のよい素材が手に入れやすかったことによるものと思われる。

 なお、サルナシのツルはステッキ(杖)に利用されたり、太いものは「横切りは木目模様がきれいで土瓶敷になる」(平凡社世界大百科事典)ともいわれているが、剥皮した素地のツルは非常に軽いが、質感に魅力があるとは言えず、また、輪切りについても道管が散らかっているだけで、きれいな木目は見当たらず、何だかよくわからない。 
   
  <参考1:サルナシトヤマブドウの花と果実> 
    サルナシ(雌雄異株)
 
    サルナシの花(両性花)
 白色の放射状に開いたものが花柱。
     サルナシの花(雄花)
 葯は黒紫色。
      サルナシの果実
 サルナシは山のキウイで、サルに食べさせるにはもったいないおいしさである。
     
 
 食べ頃のサルナシの果実 サルナシ果実の横断面 サルナシ果実の縦断面 
   
  【比較用】キウイフルーツ(雌雄異株)
 
キウイはサルナシと同じマタタビ属の中国原産であるオニマタタビを品種改良したものとされる。  
 
   キウイフルーツの花(両性花)    キウイフルーツの花(雄花)      キウイフルーツの果実
   
    ヤマブドウ(雌雄異株)
 
   ヤマブドウの雌株(両性花)
 雌花の雄しべの花粉は発芽能力を持たないとされる。慣用的に雌花と呼んでいる場合が多いが、両性花あるいは「機能的には雌花」と呼んだりと定まらず、もどかしい。
     ヤマブドウの雄花(雄株)
 花弁は両性花と同様の帽子状で、開花時には脱落してしまう。
     ヤマブドウの果実
 選抜した個体によるワインも知られている。
   
  <参考2:サルナシとヤマフジの闘い>  
   
 


 サルナシとヤマフジがもつれ合って闘っているように見える。しかし、本当のところは実に一方的で、いやがるサルナシをヤマフジが締め上げている風景と思われる。

 サルナシは他の樹木に巻き付くような振る舞いはそれほど多くは見られない。一方、ヤマフジは大きな木の最上部まで絡みつき、花時期には多くの花を付け、遠目には実に美しい。しかし、有名な森の殺し屋で、他の樹木に執拗に螺旋状(右巻き)に巻き付き、締め上げ、油断すると植栽した若い樹木など簡単に台無しにしてしまうならず者である。 

   
  <参考2:剥皮後に黒変したサルナシの材の様子> 
   
 
 夏期にサルナシの皮を剥いだところ、左の写真のように、材面が黒く変色した。

 冬期に剥皮するよりもはるかに容易で、表面もきれいな上にツヤもある。

 サルナシのツルがステッキに利用されたとする記述がしばしば見られるが、写真の色合いの方がふさわしいかも知れない。