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刃物あそび
  
  日独 洋鋏対決!!
             


 使いやすい机上の実用的なはさみとしては、大きさはそこそこで、持ちやすく、すり合わせがしっとりと軽く、サクサクとよく切れればまったく問題はない。加えてデザインがスマートで、仕上がりが美しければ手にする楽しみ、使う楽しみが得られ、そして何よりも愛着が持てるはずである。 
 
 そこで、周囲を見渡した場合、従来から「洋鋏」と呼んでいたステンレス鏡面仕上げあるいはクロム、ニッケルメッキの事務ばさみの上質なものが意外と少ないことに気付く。かつての安物のイメージが確かにあるが、まじめに高品質のものを手間を掛けて作っても、価格的に市場では広く受け入れられないと見ているのかも知れない。今でもクロムメッキタイプの普及価格(数百円)の製品を供給している国内メーカーもあるが、低価格のステンレス鋼板の打ち抜きタイプが広く普及している中にあっては状況は厳しいものと思われる。結果として上質の洋鋏については、日本的裁鋏や日本が強いとされる理美容鋏は別にして、ドイツ製品が世界の広い市場を抱えて幅を利かせている。【2007】


@ ドボ(DOVO)ドイツ ゾリンゲン 6 1/2" R POL No.285
(ステンレス鍛造 鏡面仕上げ 17センチ) 3,255円(銀座伊東屋扱い)

 ドボ社は1906年創業のドイツのゾリンゲンにある企業で、家庭用、プロ用の各種鋏、ネイルケア用品、カミソリ等を生産。社名は創業者の Dorp氏とVoos氏の名前に由来する。従業員は86名で、製品の75%が120カ国に輸出されている。(2001年末時点)
 各種の仕様があり、仕上げの違いではステンレス鏡面仕上げ、ステンレスサテン仕上げ、ニッケルメッキがある。なお、サテン仕上げの製品は理由は分からないが裏スキはなく、刃裏は全くのフラットになっていたが、すり合わせは軽くスムーズで、特に気になるところはなかった。
さて、写真の製品について、デザインは歴史の中で行き着いたといった印象で、すり合わせも心地よく、まったく不満はない。品質に対する自信と安定性を感じさせる製品である。

The DOVO Company
Bocklinstr. 10
42719 Solingen Germany
http://www.dovo.com/
A アドラー ドイツ ゾリンゲン 
STAINLESS 285
(ステンレス鍛造 鏡面仕上げ 17センチ) 6,090円(日本橋木屋扱い)

 デザインはドボとほとんど同じで、唯一、カシメのねじ先の仕上げ形状が少々異なるのみである。そこで、木屋に確認してみたところ、「Adler アドラー」は木屋の国内販売向けの登録商標で、この製品の発注先は先のドイツのドボ社であることが分かった。道理で似ているはずである。ただし、価格はドボの商標で輸入販売されている製品の倍近い価格となっており、使用鋼材の仕様の違いの有無やその他の詳細、価格差の理由はわからない。

 なお、アドラーの商標では、他に鋼鍛造でニッケルメッキした製品があり、デザインはステンレス製とほぼ同様で、発注先はイタリアのコマックス社とされる。価格はステンレスのみがきタイプの半額程度(ドボの商標のステンレス製品とほぼ同じ)で、価格と連動した仕上げの差なのか、すり合わせは少し重い。

 さて、写真の製品の印象は、先のドボの製品と同様で、揺るぎのない作り慣れた製品であることを感じる。

 なお、この手の鋏のデザインは、イタリア、フランス、スペインの他の複数メーカーの製品が国内で販売されており、かの国では様式化された標準的なデザインであることがわかる。
B 増太郎 クラフトハサミ AP (総ミガキ No.000584 20センチ)10,000円

 このメーカーは1949年(昭和24年)現在の代表取締役 岩田 増太郎(ますたろう)氏が前身となる増太郎鋏製作所を創業したもので、もちろん「東鋏会」の会員である。また、東京都及び葛飾区の伝統工芸士でもある。作業場を都内葛飾区の金町に置き、現在は子息の岩田仁男(きみお)氏とともに2名体制で製作に当たっている。
現在の社名は増太郎裁鋏製作所とあるように、裁鋏(東鋏)が本業であるが、ほかにキッチン鋏やデザイナー鋏、テープカット鋏、さらには産業用の特殊な鋏(アラミド繊維、カーボン繊維用)等も製作していて、特に、キッチン鋏は雑誌、マスコミで採り上げられ、広く知られるところとなり、また評価が高い。

 写真の製品はインターネットでお目にかかれるが、現物を手にとって確認できる店が見つからないため、直接製作所におじゃまして購入したものである。お陰で二代目にいろいろ教えてもらうこともできた。
デザインは素っ気ないくらいにシンプルであるが、全長が20センチあり、肉厚で心地よい重さである。刃部の裏スキ、全体の磨きもきれいで、すり合わせはもう夢見心地である。・・・
 などと、うっとりしていても仕方がないので、切れ味を確認するため、今までやったことのない「ラップフィルムの試し切り試験」を実施した。どれもよく切れる。ついでに普段使いのはさみでも試してみたところ、同じくよく切れる。ということで本試験はまったく比較の決め手にはならないことがよくわかった。まあ、みんな大切にしてあげよう。

【追記】
本製品は2013.11 に生産終了

株式会社 増太郎裁鋏製作所
東京都葛飾区金町2-15-10
http://www.masutaro.com/
[補足]
銀座の刃物店の「菊秀」で、国産の質のよい洋鋏を目撃した。「菊秀」の銘が入っており、この店が国内発注して、店名の商標で販売しているものである。デザインはいわゆる洋鋏に倣ったタイプで、ステンレス鍛造。すり合わせも良好である。ただ、手間が掛かるうえに、多分小規模生産なのであろう、価格はドボ社の製品よりも高い。いいものを作る技術があっても市場で生き残るのは容易ではないことがよくわかる。【2007】