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刃物あそび
毛抜きは何のために存在するのか
刃物ではないが、毛抜きは刃物屋さんでは必ず扱っている。実は、個人的には日常的に毛抜きの必要性は全く感じていない。したがって特に強い関心は持っていなかった。むしろ毛抜きではなく「とげ抜き」として使用に耐える製品があればよいという程度の感じである。ところで、商品としての毛抜きには一万円もする高級品もあったりするが、さて、皆さんはこれを何に使っているのか? 【2007.11】 |
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そもそも総論が理解できていないので平凡社の百科事典で「毛抜き」を調べてみると、要旨は以下のとおりである。
その他の情報も合わせて総合すると、毛抜きとはどうやら睫毛(まつげ)、眉毛(まゆげ)、ヒゲ、むだ毛の手入れに使用するものらしい。まつげ用については先端が細い専用のまつげ抜き(昔から慣用的に「松毛抜き」と呼んでいる。)も並び存在するから、昔から需要があったのであろう。逆さまつげの退治に使われる。ただし、まつげ専用ということではなく、攻撃対象を絞った繊細な利用に適した道具として存在するものと思われる。眉毛の場合は周辺部の存在自体がうれしくないものを攻撃するのであろう。むだ毛の処理方法についてはいろいろな方法があるから、毛抜きの使用は一つの選択肢ということになる。一方、ヒゲについては通常は剃るのが普通であるから、抜くというのは理解しにくい。相当神経質な行為と理解される。ただ、注目すべきは毛を抜く行為自体がクセになってしまっている場合があるらしいことである。それはストレス解消であったり、それ自体が快感となっている場合があるらしく、したがって通常の利用とは全く別の実に人間的、メンタルな行為である。 次に、毛抜きを道具としてみた場合の形態や特性について少々観察してみた。 |
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2 | 毛抜きの構造 毛抜きは実にシンプルな形態で、特に「構造」を論じるほどのものではないが、次の2種類が見られる。 |
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@ | U字型 日本の伝統的な毛抜き、とげ抜きは、すべてこのタイプで、握り鋏のようにUの字の曲げた部分がバネになっている。欧米の製品でも一部にこのタイプが見られる。 U字型の特性は次の項で論じることに関連するが、向き合う2枚の金属板がやや離れているため、肉厚の頑丈な形態に仕上げることが可能である。しかし、実用上の支障はないものの噛み合わせが少々左右にブレる宿命がある。 |
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A | ピンセット型 2枚の金属板を重ねて、持ち手の端の部分をスポット溶接したものである。欧米の製品はほとんどがこのタイプである。英語ではトウィーザズ(tweezers 、カタカナでは慣用的に「ツイザー」とも。)と呼んでいる。この構造に由来して、U字型のように左右のブレは生じにくいが、大胆に肉厚の頑丈な形態に仕上げることは困難である。 |
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3 | 毛抜きの素材 毛抜きの素材は、現在は18-8ステンレス(クロム18%、ニッケル8%を含む)が一般的とされる。家庭用ステンレス製品と同じ組成であり、刃物用ステンレス鋼を使用するほどの硬度は必要ないようである。なお、ニッケル価格の高騰に伴い、ニッケル抜きのステンレスにシフトしているかも知れない。 |
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4 | 毛抜きの形態 |
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@ | 柄部の肉の厚さ 価格の差はこの部分で端的に見られる。普及品はU字部分も含めて全体がほぼ同じ厚さになっているのに対して、価格の高いものほど柄の中心部が肉厚になっている。これは考えてみれば明らかで、この部分が薄くて弱いと強くつまんだ場合に湾曲して、先端部が開いてしまうのである。つまり、先端部のグリップ力を高めるためには特に柄の中心部分の剛性が必要であることから、上質なものほど柄の中心部分を肉厚にして剛性を高めていることがわかる。 |
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A | 先端部の仕上げ 先端部は毛をつかむというこの道具のいのちの部分であるため、価格の差はその仕上げの差となって現れるものと思われる。普及品と普及品に毛の生えた製品を比較すると、後者の方が明らかに先端部がピッチリと閉じる仕上げとなっている。しかし、多少仕上げ精度が良くない製品であっても自分で改善できないものでもない。800番程度のサンドペーパーがあれば補正は可能である。1の@で触れたように、いくら高価なものであっても噛み合わせは少々左右にブレるものであって、決して精密工具のようなわけにはいかない。 |
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毛抜きの上級品いろいろ 大手刃物メーカーその他多くのメーカーから普及品の毛抜き、まゆ毛抜きを発売していて、価格も300円程度である。毛を抜かない人でもとげ抜きをして常備しているものと思われる。わが家にも同様の製品がとげ抜き用としてあって、実用上は何ら支障ない。 一方、販売されている高価格の製品を調べてみると、1万円前後の製品は特定のものに限られていて、これらが広く販売されている。その製品の説明では「1000分の5ミリのうぶ毛さえ、確実に捕らえ軽く抜きとる」との表現が定型となっている。オーソドックスなタイプの製品は共通して「いろは毛抜き」と呼んでいる。 具体的には @ 倉田福太郎 作 A 倉田義之 作 B 倉田満峰 作 の3種が広く販売されている。まるで大工鋸の「中屋○○○」の銘のようである。一体どういった関係なのか。一族なのか、それとも同門なのか。気になって問い合わせたところ、次のとおりであることが判明した。 義之氏は福太郎氏の子息で、満峰氏は福太郎氏の妹の子息、つまり福太郎氏と満峰氏はいとこ同士ということであった。要は一族である。3氏の製品はインターネットの通販でも非常に広く扱われている。 ■有限会社倉田製作所(明治8年創業) 初 代 倉田米吉郎 二代目 倉田福太郎 三代目 倉田義之(現代表取締役) 四代目(予定)倉田聖史(現在修行中) 東京都荒川区西尾久6-12-3 電話 03-3894-4310 なお、倉田義之氏は「江戸時代からの伝統の毛抜き製法を受け継ぐ、日本で唯一の本手打職人三代目」といわれているが、これは手道具(鎚)による伝統的な製法によっているという意味である。 ■倉田満峰毛抜製作所 倉田満峰 東京都足立区梅島3丁目7-18 電話 03-3887-3245 壱萬円近い価格をどう受け止めるかは人それぞれである。ただし、刃物との違い(正確には毛抜きも刃物の仲間である。)は研ぎ減りがないからこちらは一生ものである。いいものは先端部調整のアフターケアもしてもらえる。上に紹介した以外にも老舗刃物店が自らの銘を入れた上級品をそれぞれ販売している。こうして江戸の鍛冶職の伝統の技が継承されていることは実に安心材料である。なお、ふと少し距離を置いて見た場合、毛を1本でも温存・維持したくて大切にしている人がある一方で、ピンピンと根気よく抜いている人がいるとは、また何とも面白い風景である。 |