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刃物あそび
   謎の槌と鎚


 ホームセンターの大工道具等のコーナーをうろついていると、何に使うのか全くわからない道具を目にすることがある。これで価格表示だけで商品名もない場合はお手上げである。しばしその前で考えるものの、考えてわかるものではないからまもなく通り過ぎることになる。もちろん、必要とする人にわかればいい訳で、この展示状態で誰も迷惑するわけではないから、やや不満を感じるものの改善を求めることもできない。
 何かの機会に目にするこうした謎は、道具好きには楽しいネタである。【2010.6】


(謎の道具その1) 
 
 まずはホームセンターで見かけた製品である。 
 
 何とも不思議は平たい方形の木槌である。これは一体何なのか。価格表示はあるが、特段の商品名はないし、展示ための特段の説明書きも見当たらない。

 大工道具等のコーナーでさりげなく置いてあり、ごく普通のホームセンターで、全く用途のわからないシンプルな商品を見かけるのは、やや癪であるが、別に深刻になることでもない。
 
 各地に巨大ホームセンターが進出したことで、昔からの金物屋は生きていくのが難しくなって、特に、地方では上質の大工道具から左官用品などプロの道具を併せ販売する金物屋をほとんど見なくなったような気がする。そもそも、プロにとっても上質な両刃鋸や鉋などの必要性自体が低下してしまったのも事実である。
 その代わり、作業服を着たお兄さんが、ホームセンターで捜し物をする風景を普通に見るようになった。

 さて、課題の方形の木槌の謎解きである。立方体の木槌でギザギザがあれば肉叩きであるが、この表面がつるっとした木槌でコンニャクをペタペタ叩いても仕方がない。検索単語をいくつか考えて、比較的簡単に行き着いた。

 正解は板金道具であった。名前は「田楽槌」で、折り曲げ加工に使われる槌であることを確認した。「田楽」は豆腐を意味する田楽に由来する呼称であろう。「角木槌」の名もある。普通の木槌と同じ素材のシラカシが使われている。ある目的に特化した道具は、形態自体が非常におもしろい。わかってしまうと、もうこれ以上コメントすることはない。
 板金では曲げる対象の大きさ等によって、この田楽槌や拍子木などを使い分けているそうである。 
 
 
(謎の道具その2) 
 
 今度は金物である。この金槌(金鎚)はやや高い場所でのある作業の現場で見かけたもので、全員が革の腰袋にこの槌を納めていた。 
 
 釘(くぎ)打ち用の玄翁と違って、黒皮仕上げではなく、合金調の銀色の輝きを放っている。打撃面の反対側は長く鋭く尖っている。さらに特徴的な点は、断面が正方形の鎚部分の角が鋭く、しかも柄まで角張っていて、その柄には目盛りが付いている。

 メーカーは長島工業とされる。頭(かしら)の裏側と、補強金具にはひょうたん印」の刻印が見られた。
 
 片方が尖った金鎚としては、ボルト・ナットの緩みを点検するためのテストハンマーが知られているが、これとは仕様が全く異なる。

 この謎の金鎚を使用していた業種は瓦屋(屋根屋)であった。「瓦屋鎚」「瓦鎚」「瓦トンカチ」あるいは「瓦ハンマー」とも呼ばれる金鎚である。打撃面と尖った部分に超硬合金(タンガロイ)のチップを使っているためか高額で、6千円~8千円程度の販売価格となっている模様である。写真の製品では、使い込んだせいか否かはわからないが、尖った部分のチップが欠け落ちてしまっていた。所有者に聞いてみると、堅さは確かにあるが、(堅さとは裏腹の関係にある)脆さがあるとのコメントがあった。

 あるホームセンターで注意して見たところ、普通の黒色の鋼製の瓦屋槌も販売されていることを確認した。先の製品に比べれば格段に安い。合金タイプは昔から存在したはずはないから、歴史は長くないと思われる。しかしながら、簡単に欠けるようでは道具として心配であり、製品としては更なる改善の余地があるように思える。

 ついでながら、この槌はどんな使い方をするのかを聞いてみると、頭の平らな面は目的の形状に瓦を切断するときに使用し、尖った方は瓦を固定するための釘穴が半端状態になっている場合に、それを補正するのに使用するのだという。残念ながら実演しているのは見たことがない。  
 
【追記 2011.1】  
 
 久しぶりに、今度は別の瓦屋に遭遇したことから、瓦屋鎚の別の表情を追加する。 
 
 仕事の試練を受けて、打撃面の超硬チップが欠けてしまっている。高いものを買ってこれではつらいものがあり、やはり、改良が必要と思われるが、実は、こうして欠ける原因は、用途外の釘打ちに使用することによるものらしい。
 先に紹介したものは、先端のチップが欠け落ちていたが、これは健在である。いずれも〝ひょうたん印〟である。
 
 左の写真は別メーカーの製品で、尖った部分のチップの接合形態が異なる。どちらが耐久性に優れているかは不明である。
 
 
(謎の道具その3) 
 
 次に紹介する金槌(金鎚)は秋岡芳夫氏の著作で紹介されていたのをかつて見かけたことがあった。氏の膨大な道具コレクションは生前交流のあった北海道置戸町(この町のオケクラフトは氏の命名とされる。)に寄贈され、その後、置戸町教育委員会の手で順次カタログ整理されてきていて、その中で再び目にすることになった。  
 
    これも奇妙な形態の金槌で、初めて目にしたら、その用途は全くわからないであろう。

 正解は杮葺き(こけらぶき)檜皮葺(ひわだぶき)杉皮葺き(すぎかわぶき)の作業で使用する「屋根金槌」である。 

 写真の2本は頭と柄の金属部の表面仕上げが異なっていて、上の製品は指貫のような凹み模様が整列しているの対して、下の製品では格子状に溝を切っている。

 こうした仕上げは、いずれも竹釘を打つ際の滑り止めであろう。
写真は「日本の手仕事道具-秋岡コレクション No.06 槌・鏨」(置戸町教育委員会)より 
 
 
 杮葺き(こけらぶき)の作業風景をビデオで見ると、いかにも職人仕事といった印象で、そのスピードに驚かされる。作業方法は左手で杮(こけら)と呼ぶ屋根用の薄板を押さえ、右手だけで写真の屋根金槌を使って竹釘を高速で打ち込んでいる。具体的には金槌を握ったままで口にたっぷり含んだ竹釘の1本をつまみ取り、金槌の柄の腹部に取り付けられた金属板(伏鉄 ふせがね)で竹釘の釘頭を軽く押さえて突き立て、間髪をおかずサイコロのような頭でリズミカルにトントン!と打ち込むといった流れとなる。 
 
 作業として〝叩く〟行為は実に基本的でシンプルであるが、その仕事の内容によく適合した道具として、槌(鎚)類は驚くほど見事に機能分化していることに感心する。 
 
<杮(こけら)に関する参考メモ> 
 
 「こけら」とは主として針葉樹の素性がよく、割りやすい材を薄く剥(へ)ぎ屋根材としたものである。割材であるため雨が浸透しないのがミソで、古い時代から利用されてきた素材である。例えば木曾の山間部では、こうした板葺きで石を載せて押さえとした屋根を普通に見ることができた。

 この仕様(杮葺き)は決して日本固有ではなく、ごく普通の屋根葺き材料として世界各地で自然成立している。耐用年数に関しては檜皮葺(ひわだぶき)の方が優るようである。
 「こけら」の漢字()はくだものの「かき」の漢字()と紛らわしい。 
 
 かき  柿 漢字の右側のつくりの部分は市場の市。
画数は9画。
 こけら  杮  漢字の右側のつくりの部分は縦棒は突き抜ける。
画数は8画。
 「こけら」の漢字は、活字、フォントのいずれも、必ずしも明確に識別できるものとはなっていない。上の表示は機器のフォントに依存したものとなる。
 
 なお、板葺き屋根には、板の厚さによって、薄い方から順に「杮(こけら)葺き」「木賊(とくさ)葺き」「栩(とち)葺き」と区分する呼称がある。ただし、厳密な基準はないという。

 英語名では「シングル」及び「シェイク」の名の屋根葺き材がある。

 シングル shingle とは薄板状の建築資材で、普通は一方が他方より厚くなっている。シングルは屋根葺き材として、またしばしばサイディングとしても使用されている。これらはストック用のサイズとなっていて、木材、アスファルト、スレートなどの様々な素材が見られる。

 米国では木製シングルwood shingle)としては、サイプレス、レッドウッド、ウェスタンレッドシーダー(注:Thuja plicata 英語名のひとつとして shimglewood の呼称もある。国内では米スギ、ベイスギ、カナダ杉とも。)が一般的である。【Britannicaより】

  シェイク shake とは特に手割りした木製シングルを指した呼称である。

 ウェスタンレッドシーダー材の両製品は日本国内でも販売されていて、シェイクで19ミリ厚、シングルで10ミリ厚の商品例が見られる。 
 
【2013.4 追記】 
 
 「こけら落し」は「杮落し」なのか「杮葺落し」なのか

 3月27日に東京銀座の新しい歌舞伎座が開場式を迎え、4月2日から「こけら落し講演」が始まったとして賑やかに報道されていた。興業を主催する松竹の表記は「歌舞伎座新開場柿葺落四月大歌舞伎」としていて、この看板表記は映像や印刷物でも広く紹介されていた。

 一般には「杮落し」の表記が使用されているが、そもそも馴染みのある表記ではないから、マスコミ報道は基本的に漢字表記を避けて「こけら落し」としていた。このため、漢字を読める大人の多くは、歌舞伎座に限って、「柿葺落し(こけらぶきおとし)」と書いて「こけらおとし」と読ませていることに違和感をもったはずである。

 しかしながら、長き伝統を有する歌舞伎界の重要な節目における表記について、この表記がおかしいなどと楯を突ける者などいるはずがないから、特に話題にもなっていなかった。仮に松竹に疑問を投げかけたとしても、「ウン百年前からこの表記を採用しております、はい。」といわれればそれまでで、なぜ?と聞いてもきっと「昔から」との回答があるのみであろう。

 そこで、後学のために調べたところ、「柿葺落し」とも書くとの説明例がある一方で、これは誤りであるとしているうれしい説明例が見られた。個人的には、どう見てもこの表記は日本語ではなく、大いに疑問があり、歌舞伎界の誤用を松竹が伝統的表記と信じ切って継承している可能性を感じる。 

 青少年の教育のためにも、大人が説明に窮するような怪しい表記は避けるべきであろう。 
 
 
【小学館日本大百科全書

柿落し( こけらおとし):「柿葺落し」とも書く。劇場が新築または改築をして、初開場することをいう。柿〈𣏕〉の原義は、木材の削り屑で、転じて屋根板を葺(ふ)くのに用いる薄い木材をさす。古くは劇場は瓦(かわら)が許されず柿葺き(こけらぶき)の建築であったことから、柿葺きが終わり、屋根の上に残っている雑多な柿(木片)を払い落とせば建築の完成を意味するようになったという.今日の興行でも柿落しには特別な座組をつくって華やかに行い、最初に式三番(しきさんば)を演ずるなど、儀式的なおもかげを残している。(服部幸雄)
:これは誤用が一部に定着している実態を認知した説明と考えられる。
【平凡社世界大百科事典】

柿落し( こけらおとし):劇場が新築あるいは改築して初開場することをいう。古くは劇場の屋根を柿葺きにしていたが、屋根や足場に残る柿(木片)を払い落としてはじめて完成に至った。そこで柿落しが初開場を意味するようになったようであるが、語源ははっきりしない。〈柿葺落し〉と書くのは誤り。現在は語源に関わりなく、新築あるいは改築の開場を記念して行う興行をいう。この興行に先立ち、開場式が行われ〈翁渡し〉があり《式三番叟》が演じられる。興行も、特別企画として祝儀気分のある演目を組むことがある。(富田 鉄之助)