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刃物あそび
ハガネの神話
各種の刃物類の説明書きを注意してみていると、他社、他製品との違いや優れている点を演出するためにいろいろ苦労しているのがわかり、最もオーソドックスなのは、使用している鋼(はがね)を強調するものである。 例えば、「青紙使用」、「スウェーデン綱使用」、「ハイス使用」、のほか、まれに「純玉鋼使用」の文字を見ることもある。ナイフ類はまた別の世界を形成していて、趣味の手作りナイフ用の鋼材が販売されていることもあって、多様な鋼材にこだわることも楽しみの要素になっている。 【2007】 |
それぞれの説明を読んでみても、結局のところ素人にはよくわからない。製鋼技術に大差がない中で、製鋼会社が必ずしも刃物、刃物づくりに最も精通しているわけではなく、また、最も良質の刃物を提供しているわけでもない。作り手は工業的に生産されたハガネ素材を選択して利用することになるが、刃物の評価はやはり製品を作る段階での作り手の技術如何によるものと思われる。一方、販売戦略として、各種のハガネ素材を使用した商品は、素材の価格差以上に販売価格の差が設定していて、神話づくりの演出にも努力しているように思われ、まゆつば的世界がかなりあるように感じる。しかし、工業的に品質管理されたハガネであっても、技術の異なる多くの企業、作り手がいろいろな講釈をしているのは、謎めいたところもあって実におもしろい。 |
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1 | 安来鋼(ヤスキハガネ) 刃物鋼最大手の日立金属安来工場の製品で、YSS(Yasugi Special Steel)は登録商標となっている。砂鉄による古式製鉄の歴史を持つ地に拠点があるのは、日立金属の歴史が長いわけではなく、たたら製鉄の関係者が明治32年(1899)に設立した会社が徐々に事業拡大した後、昭和12年(1937)に日立製作所が吸収、昭和31年(1956)に日立製作所の鉄鋼部門として日立金属として分立しているもの。なお、地名の読みはもちろん「やすぎ」で、工場は「やすぎこうじょう」であるが、製品は「ヤスキハガネ」である。 会社のホームページでは、自社の刃物綱について次のように説明している。(抜粋) |
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なお、ヤスキハガネは、国内の打刃物用ハガネのほとんどを占めている模様であるが、古い時代のような砂鉄は使用されていない。ただし、財団法人 日本美術刀剣保存協会が毎年実施しているたたら製鉄では、島根県奥出雲町竹崎の羽内谷(はないだに)において採取された砂鉄を使用していると聞いた。 | |||||||||||||
■日立金属安来(ヤスギ)工場 島根県安来市安来町2107−2 http://www.hitachi-metals.co.jp/index.htm |
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明治36年に刃物産地の新潟県三条町(当時)に生まれ、日本刀を初めとする刃物・ハガネの研究で知られる岩崎航介氏は次のように述べている。 「安物は黄紙、中等品は青紙、上等品は白紙でゆくとよいのです。・・・・青紙と云うのが一番値段が高い。一番値段が高いから、一番切れる刃物が出来る。こう思う方が多いのですけれども、そうでありません。青紙よりも二割程値段の安い、その下の白紙で造った方が、切味がよろしいんです。こういう事を先ず覚えて欲しい。 併し乍ら白紙で最高の切味を出す所の刃物を造るという、其の技術は、青紙でもって最高の切味を出す人の二倍から三倍の苦心をしなければならない。だから研究の浅い方が、白紙で刃物を造ると、必ず不良品になって了う。研究の浅い人は青紙を使うべし。研究の進んだ人は白紙を使うべし。」 (岩崎航介:刃物の見方 岩崎航介遺稿集(三条金物青年会、昭和44年)) |
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2 | スウェーデン綱 日本では古くから上質のハガネとしての神話があり、「スウェーデン綱使用」の表示は未だ神通力を持っているようである。例の米国製の「ピラニアン鋸」にもスウェーデン綱を使用している旨の記述がある。スウェーデンの製鋼メーカーも多数あるはずであり、どこのステンレス綱がどうなのかなど、さっぱりわからない。しかし、商品広告で例えば「ステンレス庖丁の最高峰スウェーデンピュアステンレスを使用!! 本場スウェーデン・ステンレス鋼と○○○の高い先端技術の結晶 ステンレス庖丁の最高峰です。」などといった能書きを見るとぞくぞくしてしまう。 |
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岩崎航介氏はスウェーデン綱に関して、例えば次のように述べている。 「スエーデン鋼が優れていることは定評があり・・・これを調べてみると鉄鉱石のよいのが採れること、木炭に恵まれ、しかも炉材を吟味するのが大きな理由である。」 【管理人注】現在ではさすがに木炭は使用していない。 「硫黄は鋼を脆くする性質があります。スエーデンの鋼は、硫黄が非常に少ないのです。原料の鉄鉱石の硫黄分が初めから少ないからです。日本の砂鉄は硫黄が少ない。其の点ではスエーデンの原料と、日本の安来鋼の原料である島根県の砂鉄とは同じなんです。併し鋼の熔かし方がスエーデンと日本では違っております。」(前掲書) |
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3 | ハイス 刃物類でもしばしば「ハイス使用」の文字を見かける。ハイスは高速度鋼(ハイスピードスチール。略称 HSS。)の英名を縮めた名称(JISの記号はSKH。)で、高速での金属切削が可能な工具綱であり、高い熱を帯びても焼きが戻らない特性がある。成分の均一性が確保できるとされる粉末(ステンレス)ハイスの使用をうたった製品も見られる。一般的は刃物鋼の製品よりワンランク上の価格設定となっているの普通である。ハイスを使用した製品の説明として次に掲げるような例が見られる。 |
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以上は数ある中のほんの一部の抜粋であるが、グラインダーを使っても焼きが戻らないというくだりだけわかりやすい。 | |||||||||||||
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ハイスに関しては、岩崎航介氏の以下の記述が見られる。 「ハイスという物は、削る時の摩擦熱で混度が摂氏四百度になっても、硬さが減らないという長所があるのです。焼を入れた結果は、青紙も白紙も黄紙もハイスも同じ硬さなんですヨ。そんたに硬くないのです。ハイスというものは粘り気が無くて脆いから、薄くするとポロポロ欠けるのです。」(全掲書) そもそも旋盤のバイトなどの素材として供給されるものであり、刃先の薄い手工具としての刃物を想定したものではないのである。はたして、最先端のハイスではどうなのであろうか。 |
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4 | 玉鋼 玉鋼(たまはがね)はもちろん、古来日本で砂鉄を原料とし、伝統的な製鋼法である「たたら吹き」で作られた和鋼で、特に日本刀の鋼として使用されたものである。現在では伝統技術の保存といったレベルで少量生産されるにすぎないため、一般的な大工道具に使われることはない。伝説的な評価が先に立っていることが多いが、前出の岩崎氏が、科学的、客観的な評価に大きな功績を残しているという。 |
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その岩崎氏の前掲書で玉鋼に触れている部分を一部紹介する。 「玉鋼の方がスエーデン綱より不純物が少ない。玉鋼は世界で一番優秀な鋼である。」 「鋼というものは、優秀であればある程焼入れが面倒なのです。日本刀の原料の玉鋼の如きに到っては、最も難しい。・・・」 「日本の玉鋼は、赤熱して叩いてみると、まるで地金(じがね)の様に軟らかい。それでいて焼を入れると、ピッとするのです。どういう訳か、理屈は判らんけれどもそう云う物があります。」 ということで、冶金学者にしても、何か神秘的な内容になってしまっているところが実にいい。 |
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