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刃物あそび
  美しい鉄    
    鉄のいろいろな表情


 身の回りには溢れるほど多くの鉄を素材とした製品が存在するが、しばしばこの鉄が例えようもなく美しく感じることがある。そのほとんどは人の生活と密着して存在しているものであり、さらに、その素地が露わになったものである。この一面を見事に表現した「使う鉄は錆びない」という言葉は大好きな名言で、鉄の本質的な特性を実に的確に捉えていて感心する。また、この言葉は、逆に人の手で製鉄され、成型された鉄の製品は、打ち捨てられた途端に元の姿に戻るべく穏やかに錆びて朽ち始め、やがては大地に還って行くことをも表現している。こうした鉄の姿の移ろい、宿命的な性質を意識することで、さらに“使われている鉄”はその輝きと魅力を増す。【2017.】 


 美しい道具 1  古い裁ち鋏  
 
 
 使い込まれていい色になった裁ち鋏
 
 
 これは先々代からの古い普通の裁ち鋏で、滑らかで艶のある黒さびの色合いが実にいい。打ち捨てられて管理不行き届きとなった鋏で見られるようなだらしのない赤さびは見られない。使い込まれた鉄製品はこれでなければならない。薬品処理による人為的な黒さびでは、こうした味わいは表現できない。
 現在の一般的な裁ち鋏は、刃部は鋼と地金を貼り合わせて提供される複合材を使用し、持ち手は鋳物製で、これらを溶接しているという。これに対して、古いものでは鋼を鍛接し、持ち手も一体的に鍛造したようであり、これもその例と思われる
 
 
 美しい道具 2  手斧の頭(かしら)   
     
          手斧の頭部分 
 グレンスフォシュ・ブルーク
ハンドハチェットの斧頭
 
 無粋な磨きをかけていない仕上げの質感がよい。製作者のイニシャルを入れているのもこだわりのひとつである。
  グレンスフォシュ・ブルーク ハンドハチェットの全体
 
柄材はヒッコリーで、革ケースも上質である。
 Gränsfors Bruks hand hatchet
 
 
 ワイルドな刃物はやはり適度にワイルドな仕上げがふさわしい。しかしながら、多くの斧や手斧の類の多くはツルッと仕上げられて、小ぎれいに黒染めあるいは磨きをかけた製品が主で、やや質感の魅力を欠いている。かといって、雑なヤスリ目を残したような製品はセンスが疑われる。和の刃物の場合はシンプル、ぶっきらぼうで、あくまで基本的な機能を確保した堅実な道具といった外観が一般的で、これは一つの個性であるとも言えるが、仕上げのデザインあるいは総合的な機能性という観点でみると、一部のヨーロッパの製品で心憎いほどの仕上がりの事例を目にすることがある。要はデザインに対する考え方の違いであるとも言える。
 例えば、和の刃物の柄はただの棒状で、目的によってどの位置でも握られる点は利点としても理解されている。これに対して欧米のエルゴノミック調の柄は持つ場所が特定されているが、機能的で美しく、見慣れた和の刃物と並ぶと、誘惑されやすい。幅の広い選択肢があるというのは楽しいことである。
 
 
 美しい道具 3  切り出し小刀  
 
 切り出し小刀の刃の部分
 
 
 和の刃物はハガネと地鉄(軟鉄)を鍛接した構造が特徴で、元々は貴重なハガネを節約した仕様であるが、結果として衝撃に対して粘りを持つとされ、さらに全鋼とは違って研ぎやすい特性を生み出している。日常の刃物では日本刀のような耐衝撃性は求められないが、人力により砥石で水研ぎする場合は、研ぎ易いというのは重要な特性である。
 小刀を仕上げ砥石で丁寧に研げば、地金とハガネの色合い(質感)がクッキリ異なっていていることを確認でき、この時ハガネはよりハガネらしい輝きを放つことでその存在感を示しているようでもある。
 
 
 美しい道具 4  鉋屋さんのペン立て  
     
 これは錬鉄製とされるペン立てで、ペーパーウェイトにもなる。
 播州三木の鉋(かんな)製造事業者である株式会社常三郎の製品で、記憶は定かでないが、西日本のいずれかの地での刃物まつりの出張販売で購入したような記憶がある。
 素材は明治中期の英国製船舶用チェーンとされ、鉋刃の地金材として使用してきたものを活用した演出である。一見するとクロムメッキ仕上げにも見えたが、聞けばそうではなく磨きをかけたものであるという。会社の三代目のブログに説明があって、チェーンを輪切りして化学的に木目加工し、ワイヤーブラシで丁寧に磨き上げてクリアラッカーで錆を抑えている模様である。 輝き自体は鉄の素地に由来するものである。また、外周は古木のような質感の意匠が面白く、魅力的な素材感である。これを眺めていると、ふと、高純度の“素地でも錆びない”とされる「純鉄」のペーパーウェイトがあれば、その質感も体感したくなってしう。
株式会社 常三郎
兵庫県三木市福井字八幡21 
船舶用チェーン由来の錬鉄のペン立て   
 
 
 働く鉄  レール(軌条)  
 
   
           伊豆箱根鉄道のレール               JRのレール 
 
 
 駅のホームで赤茶けたレール(軌条)を改めてじっくり見ると、田舎の単線であろうと、新幹線であろうと、レール上端部だけは研磨剤で磨き上げたようにいつもぴかぴかであることに気付き、感動すら覚える。レールは見てのとおり、次々と襲ってくる鉄輪による激しい試練に常に曝されている。それは、あたかもレールがレールであり続けるために必要な、日々課された「行(ぎょう)」のようでもある。雨ざらしの環境下で素地の鉄がピカピカの状態を維持していること自体が他に例がない。もっともレールに言わせれば、「そんなことは当たり前で、錆びる暇などない!」ということなのであろう。正に、“働く鉄”の典型のひとつである。

:レールの側面はもちろん錆びているが、不思議なことに厚さが減ることはほとんどないといわれ、面白いことにその理由は十分に説明し切れていない。さらに面白いことに、廃線のレールはなぜか錆による劣化が早いという。つまり、使わない鉄は錆びる(劣化する)という対照的な典型事例である。
 
     
6   働いた鉄
  蒸気機関車の主連棒と動輪(東武博物館)   
 
     
 
 英国ベイヤーピーコック社製蒸気機関車の
 主動輪部
  同左部分
 
     
   東武鉄道が1899 (明治32)年の開業のために、英国のべヤーピーコック社から購入した蒸気機関車12両のうちの1両で、十分に働いた後、現在は東武鉄道の東武博物館に展示されている。個々の部材が力強い質感を示しており、働いている間に受けたのであろう小さな傷まで美しく見える。   
     
7   遊具の鉄  子供の手で磨かれたブランコの鎖   
     
 
   近年、木工製品の仕上げにオイル仕上げが好まれているところであるが、実は昔から、本当に一番いい仕上げ塗料(オイル)は「手の脂」であるといわれている。確かに使い込んだ木の道具や柄材は本当にいい色艶になっており、その魅力的な質感を研磨とオイルだけで直ちに再現するなど絶対に不可能である。

 写真の例は、子供達のかわいい手の脂で磨かれたブランコの鎖の一部である。一旦錆におおわれた鉄が、そのままツルツルに仕上がっている。インドの有名な「デリーの鉄柱」の質感よりもはるかに魅力的である。 
手が磨いたブランコの鎖   
 
     
8   風雨に耐えた鉄  触るオブジェとして生きる錨   
     
 
          お台場の錨のオブジェ          同左部分の美しい質感 
 
     
   この錨の表面の質感は実に魅力的である。なぜ赤さびにまみれて見苦しく汚れていないのかがよくわからない。手で満遍なく触られることは考えられない。別項で登場した耐候性鋼(こちらを参照に較べたら別次元の美しさである。   
     
  【おまけ】 街中で美しく輝く非鉄金属の造形 磨き上げられた美しい送水口  
     
 
       美しい送水口 1  美しい送水口 2
 
     
   都市部のビル街を歩いていて、建物の極く目立たない場所で、金属部品が得も言われぬ美しい輝を放っている姿に目を奪われ、思わず歩を止めて見入ることがある。それはキッチリ磨かれた真鍮製の送水口である。決して建物の表の顔にはならない“附属物”であるが、この輝きが維持されている姿を見ると、その建物のプライドの高さを肌で感じることができる。ステンレス製のものも見るが、真鍮製の美しさにはかなわない。送水口の美しさ、魅力に魅せられた同好会も存在するほどである。