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刃物あそび
  竹割鉈と竹挽鋸


 モウソウチクは中国原産とされ、マダケハチクについては日本原産なのか中国原産なのかよくわからともいわれるが、いずれも日本の風景をなし、古くから季節の味となり、生活用具の素材としても活用されてきた。さて、竹を利用するためには切る、割る、削るの処理が必要であるが、その何れの扱いに関しても、使用される道具の仕様は木材の場合と少し異なるようで、現に竹用として明示された道具が存在する。しかし、それほど意識して観察したことがないため、特に「切る」、「割る」に係わる道具のどこがどう違うのかの認識はまったくない。【2010.4】


 モウソウチク(孟宗竹)
 タケノコが最も身近な存在で、花材、細工物の材料とされる。
   マダケ(真竹)
 竹細工の素材として最も広く利用される。和弓もこの竹である。苦竹とも。
   ハチク(淡竹)
 茶せん、花器、竹箒等に利用される。
 使用目的により分化した道具は、必ずや求められる機能を遺憾なく発揮しているはずである。竹は一般的な加工素材である針葉樹材に比べると硬く、繊維もきついのは事実である。また、硬いことに関しては広葉樹も負けないし、南方系の高耐久性硬材も多数一般化している。そこで、まずは昔から存在する竹割り鉈(竹割鉈)竹挽き鋸(竹挽鋸)について、改めて目を凝らしてみてみることとする。
 竹割鉈

 竹割鉈は山林用の腰鉈と比べると、
@  随分身が狭くてスリムな形態となっている。
A  真っ二つに割ることが目的であるから当然両刃である。
 すべての製品が細部にわたって同じ仕様なのかは知らないが、手持ちの製品で見ると、
B  刃はわずかに湾曲(日本刀の反りと反対)した形態となっている。
C  先端部で断面型を見ると、鎬(しのぎ)の部分がやや張り出した形態(ヒトで譬えれば、横っ腹が出た親しみを持てる形)となっている。
と、気づきの点としてはこれくらいである。この合理性を検証する。
   竹割鉈 刃渡りは約17センチ。刻印はなく産地は不明。
   断面形状
 @について:
 腰鉈のようにその重さも利用しながら叩き切る道具ではなく、当ててコツンコツンとやる道具であるから、扱い易さを優先してこうした軽量タイプとなっているのであろう。また、幅が狭いことで一定程度刃を食い込ませた段階で軽くこじることも簡単である。
 Aについて: 
 特に説明を要しない。
 Bについて:
 それほど大きな効果があるとは思えないが、当てた刃を安定させる効果が推定される。
 Cについて:
 鎬の厚みは楔効果であるから、同じ断面積であれば割る効果を高めることが期待できる。
 総論的にはこういった感じかなと思われる。個人的な実用性の感想を言えば、屋内で小さな木材を割る場合には、このコンパクトさが何より有益となっている。
 なお、繊細な竹工芸(かご編み)の竹ひご作りのためには「竹包丁」の名の刃物が使用されている。先端が鎌型の短刀のような形状で、昔の菜切包丁のように金属製の口金が付いている。この口金の下方が鋭角になっていて、竹を裂くのにこの部分が利用されている模様である。
 竹挽鋸

 特に竹伐採用の鋸については、都市部に住んでいて竹藪と無縁であれば全く不要の道具である。しかし、かつて、成り行きで、モウソウチクのジャングルで間引きをする手伝いをする羽目になってしまった。これも試練と観念して、おなじみのシルキーのゴムボーイ(刃渡り30センチ)を持参して作業に参加した。感想を言えば、出来のいい鋸を使えば実に軽快に作業ができるということである。最近の替刃鋸はたいしたもので、生の竹は切り口もきれいにサクサクと切れる。
 
 竹の伐採用
を謳った鋸(竹挽鋸)には、@柄に角度の付いた腰鋸型とA折り込み式があって、刃渡りも様々である。さらに竹伐採用としているものと、竹伐採を含めて剪定・木材用と多目的利用を謳ったものがある。見た限りではこれらの歯型は最近の替え刃タイプの普通の腰鋸の歯の仕様とほとんど同じように見える。両者とも歯を物理的に左右に振り分けるアサリは付けずに、背部を薄く、刃部を厚くして、実質的にアサリの機能を持たせる形式となっている。
 一方で、竹用のやや鋸歯の細かいストレートタイプの鋸(竹挽鋸)が存在する。これらは主として乾燥した竹材(丸竹)の鋸断用と理解される。先端にアールの付いた櫛型が多く、またシンプルな角のある帯型のものもある。これも替え刃が全盛である。これらは一般に鋸身は薄く、大工鋸のようにアサリを付けている。

(標準的な乾燥竹用の竹挽鋸の場合)

 一般に木工用の鋸では、当然ながら鋸身が薄く目の細かいものほど切り口はきれいになり、特に横挽きの場合(木口面)は精密な横挽きの目立てが施されていることできれいな仕上がりとなる。従って、例えば精密な仕事をする建具職の胴付鋸(導突鋸とも)は目が非常に細かく、多分目立てもキッチリ行われているのであろう(実は目を凝らしても細かすぎてよく見えない。)。要は精密さと能率性のバランスで鋸歯の大きさが選択されることになる。

 さて、竹挽鋸の特徴を知るために、以下に3種類の鋸歯を比較してみる。2枚の写真はライティングを変えて撮影したもので、中段が竹挽鋸である。サンプルはいずれも岡田金属工業所の替刃式のゼットソーである。
 
        
上段 ゼットソー
V(スリー)
 替刃鋸の標準仕様で、板厚0.60ミリ、ピッチ1.75ミリ。
中段 ゼットソー
竹ひきのこ
 竹挽鋸としているもので、板厚0.60ミリ、ピッチ1.50ミリ。竹の硬さに対応したものか、歯高が相対的に低い形態となっている。
下段 ゼットソー
胴突目
 鋸歯の細かい造作等の精密加工用で、鋸身も薄くできているため、補強のための背金(せがね)がついている。この形態は胴付鋸の標準的な仕様である。ここで採り上げた3種の中ではピッチが最も短い(歯が細かい)。
 板厚0.30ミリ ピッチ1.00ミリ
 写真で改めて観察しても、竹挽鋸は通常の横引き鋸の目立てと大きな違いはないようであるが、やや歯の山(歯高)を低くしているようである。こうした仕様は硬い材に適合させた鋸で見られるもので、竹がやや硬いことを意識したものと思われる。竹挽鋸の商品説明として、「竹の材料に合わせた専用目立て」であるとしている説明を見かけるが、こうした点を指しているものと思われる。そもそも、乾燥した丸竹を切る際に、切れが悪くてささくれ立つのではいらいらするが、ピッチが小さめの一般的な横挽きの目立ての鋸であれば、それほど神経質になることはないと思われる。

 比較のために、同じくゼットソーの硬木用鋸の写真を示せば以下のとおりである。
  ゼットソー「硬木」(かたぎ)

 写真は硬い木材用としているもので、適用材として、硬いことで知られるイペ、カリン、タガヤサン、ボンゴシ、ブビンガ、黒檀、樫等の名を挙げている。
 先に掲げた竹挽鋸の仕様とよく似ていることを確認できる。

 板厚0.50ミリ、ピッチ1.75ミリ。
(弦架鋸タイプの竹細工用の竹挽鋸の場合)

 竹細工用の鋸として、昔から金鋸タイプの弦架鋸弦鋸弓張鋸とも)用の目の細かい替刃式鋸歯が存在する。先の竹挽鋸より精密な鋸断を目的に使用されたものと思われる。メーカーの異なる2製品の鋸歯は次のとおりである。
   三木市F社扱いの製品
 こちらの方が歯高が高い。角が丸いのは打ち抜きに伴う変形と思われる。裏側は反転した形状をバリ取りしている。
 板厚0.45ミリ、ピッチ約1.7ミリ。
   三木市M社の製品
 こちらは歯高が低く、歯の形としては金鋸の印象に近い。
 板厚0.45ミリ、ピッチ約1.7ミリ。 
 いずれも激安(200〜300円)の製品で、鋸歯の形にただ打ち抜いたものといった印象であり、加工精度は高くない。先の竹挽鋸より薄いが、横挽の目立ては施されていない。やはり価格見合いの仕様ということであるが、ワイルドかつ多用途に使える実用性がこの鋸の命と思われる。これらの鋸歯の形態をよく見れば、さらに硬い素材である金物を相手にする金切鋸に限りなく近いものであることに気が付く。
 竹の割材や竹ひごを精密に鋸断するのであれば、伝統の胴付鋸に優るものはないであろう。しかし、昔は、繊細で貴重な目の細かい鋸や胴付鋸を痛めてはもったいないから、質は劣るものの目の細かい替え刃式の弦架鋸が一定の役割を担っていたのかも知れない。
 現在では替え刃式の目の細かい胴付鋸が存在し、機械で精密に横挽きの目立てが施されていて快適に使用できる。(もちろん特殊な表面焼き入れで硬度が非常に高いため、目立ては不能である。)また、精密工作用のやはり鋸身の薄い胴付鋸形の多目的鋸も存在することから、旧来型の弦架式の竹挽鋸の存続は厳しいかも知れない。
注: 弦架鋸タイプで竹挽き専用の替え刃式ではない高級鋸が少ないながらも存在することを確認した。どんな場面でその実力が最も発揮されるのか、詳細は不明である。(次の写真は2010.5追加) 
                     竹挽き用弦架鋸
 この製品は替え刃式ではないから、目立てが可能である。目立ては耐久性を考えてか横挽きの歯ではなく、先に掲げた三木市M社の替え刃製品の形状に近いが、より目が細かく加工精度も高い。このタイプの製品としては標準的な仕様なのであろう。価格は1万4千円と高額である。
 なお、工作材料としての丸竹の切断方法については、昔から手前に回しながら挽けば、ささくれが立たずにきれいに切れることが知られている。これは考えればすぐに理解できる。
(その他の目の細かい鋸歯の例)
   ピラニア鋸(胴付鋸型)
 横挽きの目立てはされていないが、目が細かく、コンパクトで、ちょっとした工作に使いやすい。竹もきれいに切れるがアサリが非常に小さいため、動きがやや渋くなる。
 板厚0.3ミリ、ピッチ0.94ミリ。
     伝統の胴付鋸
 手仕事で横挽きの目立てがなされたものである。先の替刃式の胴付鋸の歯よりピッチが小さい。替刃式とは違って目立てが可能な伝統の鋸である。もったいなくて、竹挽きなどには使えない。
 板厚0.3ミリ、ピッチ0.95ミリ
 以上見てきたことから考えると、乾燥した硬い竹を切るには歯高の高いタイプではやや痛ましく、目が細かくて歯高をやや低くしたもので、本当は横挽きの目立てをきっちりしたものが望ましいと思われる。
 竹細工を生業としている職人がどんな鋸を使用しているのかを知りたく、雲州そろばんの軸を煤竹から作っている(た)ある職人の作業風景のビデオを観察してみた。丸竹の切断と表面仕上げした軸の最終的な切断について、いずれも背金の付いた胴付鋸を使用しているのを確認した。
 道具は快適な使用感にこだわればきりがなく、現に竹細工用の高価格の鋸も存在するが、コストを合わせ考えれば、竹挽鋸に関しては職業的な利用であっても普及品で十分な実用性を確保できると考えられる。
<参考1:紹介した鋸の鋸歯のデータ>
ゼットソー
V(スリー)265
板厚0.60ミリ ピッチ1.75ミリ 切り幅0.92ミリ 刃渡り265ミリ 岡田金属工業所
ゼットソー
竹ひきのこ240
板厚0.60ミリ ピッチ1.50ミリ 切り幅0.93ミリ 刃渡り240ミリ  同
ゼットソー
パネルソー胴突目240
板厚0.30ミリ ピッチ1.00ミリ 切り幅0.40ミリ 刃渡り240ミリ  同
竹挽き鋸・替刃
(弦架鋸用)
板厚0.45ミリ ピッチ約1.7ミリ 刃渡り260ミリ 三木市F社
竹挽き鋸・替刃
(弦架鋸用)
板厚0.45ミリ ピッチ約1.7ミリ 刃渡り260ミリ 三木市M社
ゼットソー
硬木(かたぎ)250
板厚0.50ミリ ピッチ1.75ミリ 切り幅0.68ミリ  岡田金属工業所
ピラニア鋸
(多目的工作用)
板厚0.3ミリ ピッチ0.94ミリ 刃渡り165ミリ 城端ブレード
胴付鋸
(建具用)
板厚0.3ミリ ピッチ0.95ミリ 刃渡り210ミリ 伊藤芳平 作
はメーカー公称値で、は実測値。
<参考2> 
 
 鋸歯の呼称例   参考資料


 サンプルとした鋸は山林用の腰鋸(手曲鋸)である。
日本の手仕事道具 秋岡コレクション
No.5 鋸

(置戸町教育委員会 森林工芸館)