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刃物あそび
 
  東京と山形の二つの阿武隈川の謎
             


 阿武隈川はもちろん福島県と宮城県を流れる河川で、東京都とも山形県とも関係はない。実は前から気になっていたのであるが、剪定鋏のメーカーに「二つの阿武隈川」が存在するのである。両者は何らかの関係があるのであろうか。【2008.7】   


 一つは先にも紹介した都内有限会社阿武隈川製作所で、もう一つは山形市内阿武隈川宗寛工場である。

  東京 阿武隈川製作所の刻印


  山形 阿武隈川宗寛工場の刻印

 商品の名称等を巡るややこしい話はこの世に万とあることで、公平性の確保に留意した記述はなかなか困難と考えられるため、ポイントとなる情報のみを整理してみた。

 まず、両者の関係の有無であるが、双方に電話で確認したところ、直接的な関係はないとのことである。製品の特徴や事実関係は以下のとおりである。

   区  分 東京 山形
製品の傾向 手打ち鍛造タイプで、革止め式が主体 手打ち鍛造タイプで、金属製フック止めが主体で、製品の種類は数十種に及ぶという。
箱書き 総本家 阿武川剪定鋏 元祖 宗寛 剪定鋏
「本邦剪定鋏の元祖」の文字がある。
登録商標 阿武隈川 (菱形の枠に縦書きで)宗寛
「阿武隈川」は他社登録商標となっているため、「阿武隈川」の刻印はない。
商標権利者 有限会社阿武隈川製作所(東京都台東区台東2丁目28番3号) 阿武隈川 きみ(山形市成沢西5―5―22)
製造者 同上 阿武隈川宗寛工場
住所は同上

 これだけで何となく分かってくるものがあるが、両者とも間違いなく良質な伝統的打刃物を製造・提供しており、引き続きいい競争をしてもらいたい。

 なお、両者に電話照会した際に、東京の製作所の電話の対応者は山形の「阿武隈川宗寛」の名を出したところ、途端に不機嫌になったことが実に印象的であった。

 なお、手元にあった阿武隈川宗寛工場の製品のしおりには次のようにある。
 
「弊工場は二百年前より先祖阿武隈川宗寛(泰龍斎宗寛とも云う)が名刀造りを業としていました。その後明治三年我が国で一番最初に剪定鋏を製作し今日に至っております血統の続いている直系の工場であります。
その間静岡県興津に農商務省園芸部開設と共に率先興津に一次転居し棋道大家のご指導と需要家各位のご支援により改良に改良を加え常に業界の先駆をなし近年は先祖刀匠より幾とせ伝え来た技術を活かし最新の科学技術を採り入れ弊工場独特の製品を得るに至りました。
現在は製品の良否は作者の銘によって鑑別する実情の点から初代阿武隈川宗寛の名を其の儘襲名し(現在作者の戸籍の姓名)宗寛を登録商標として使用しております。
より優良品を需要家の皆様にご使用戴く為、一層の研究と努力を重ねております故何卒倍旧のご愛顧を賜り度くお願い申し上げます。」
 岡本誠之氏の「鋏」によれば、阿武隈川宗寛氏(明治16年没)は、もと古川土井家の御藩鍛冶で、(外来の鋏を模した)ラシャ切りバサミから散髪ばさみ・木ばさみ・選定ばさみの製作に転向した経過があるという。