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木の雑記帳
   カヤの実と材の個性


 カヤ(榧)の実をストーブで焙って食べたことはあるが、身近なところでそれほど出会いの多い樹ではないから、その味を知る人は少ないようである。その一方で、カヤの材は碁盤、将棋盤の素材として最上級のものであることは広く知られている。そしてこの材の香りは一度知ったら決して忘れないほど個性的である。 【2011.4】  



 
写真左:与野の大カヤ (国指定天然記念物)
      旧与野市(現さいたま市中央区鈴谷)            妙行寺の大カヤで、関東随一とされる。

写真下:カヤ巨木の根部 
      兵庫県赤穂郡上郡町産
      (津山市 つやま自然のふしぎ館蔵)
 カヤの実の外観

 カヤの実はしばしばイヌガヤの実と取り違えられることがある。種子の胚乳が食べられるのがカヤで、軟らかい仮種皮が食べられるのがイヌガヤ、ハイイヌガヤである。
 
 カヤ
   
 
カヤの葉  カヤの雄花         カヤの実
 カヤの種子は仮種皮に包まれている。
   
        落下したカヤの実
 
繊維質の仮種皮が裂開して種子が見えるものが多い。
          カヤの種子の多様性
 カヤの種子の大きさ、形態は個体差(変異)が大きい。外種皮には縦の隆起線が見られる。
     
     
 カヤ種子の外種皮を剥がした状態で、内種皮がしつこくまとわりついている。   カヤ種子の胚乳の断面。内種皮が食い込んでいて、簡単には剥がれない。  カヤ種子の内種皮を何とか剥がしたもの。表面は全体に小じわ、粒状突起が見られる。
   
 イヌガヤ 
   
 
イヌガヤの葉(雄花を付けたもの)  イヌガヤの熟した実   赤い仮種皮は甘みがあるというが、食欲がわかないので食べたことはない。 
 仮種皮を除いた種子      イヌガヤの種子の外観  
 外種皮の表面は平滑で、カヤで見られるような多数の隆起線はなく、先端部に2本の稜がある。長さは1.7センチほど。
 
 
   
 ハイイヌガヤ 
   
 
ハイイヌガヤの葉  ハイイヌガヤの雄花        ハイイヌガヤの実
 仮種皮はヤニ臭いが甘みがあって食べられるということから、思い切って食べてみた。 
     
   
何とブドウのように甘く、おいしい!!   可種皮を除いたハイイヌガヤの種子
 イヌガヤと同様に、2本の稜がある。この種子で長さは1.2センチほど。
 
   
   カヤの実には薬効があることが知られていて、例えば次のような記述が見られる。 
   
 
 生薬名:榧実(ひじつ) 【薬用植物事典:村越三千男(福村書店、1958.4.10)】
 種子を採集して種皮を除き乾燥したものである。本品は長さ2センチ内外の広楕円をした者で外面は黄褐色で堅く、胚乳は褐色の薄膜で包まれている。気味は緩和油様である。
成分:榧実の主成分は多量の脂肪油を含有する。
薬用:駆虫薬として有名なもので、特に十二指腸虫に応用して卓効がある1日2~30粒を内服する。又之れを焙って食するときは尿の近いのを治し、強壮剤として肺を強め、其の他痔疾・疝気によく、又視力を強めるという。
 
   
 カヤ材の個性

 カヤの材は優しく穏やかな黄色で、木曽ヒノキのように細かい年輪は、柾目面ではほとんど意識させない程に目立たない。成長が遅いことによるものである。加えて、そのしっとりとした質感と緻密さは木曽ヒノキをも上回る印象がある。また、独特の香りは他の数ある針葉樹系のものとは全く異質で、カヤ材の証明とでもいえるものである。これを表現するのは困難で、つまり譬えるものが見当たらないのである。この香り成分が何なのかについては、残念ながら定説を聞かない。 

 カヤの材は古くから碁盤・将棋盤の用材として最良のものとして評価されていて、この点は現在でも変わらないが、縁のない人にとっては日常生活では目にすることもないのが現実である。
   
 
カヤ材のまな板 カヤ材の丸形まな板(カッティングボード)
 
 カヤ材の板目面。美しい色合いである。緻密な感触に加えてしっとり感がある。 
 将棋盤の販売品の例。高知市の牧野植物園内の売店(野の花 nonoka)で販売していたもので、後述する碁盤店の製品である。木製品の中で、その木口面がこれほど堂々と表現される例はほかにない。
   
   また、材は古くは仏像彫刻用材とされたほか、水湿にも耐えることから、かつては建築・造船の最良材で、浴室の材にも使われたと言われていいる。しかし、元より供給源として天然生のものに依存していて、資源量としても決して多くないため、現在では利用事例を見ることさえ難しくなっている。

 九州の宮崎県は、昔は「日向榧」として、最良の盤材を産し、盤の加工も盛んであったためか、端材を利用したカヤの表札がケヤキ(かの日向のケヤキか?)の表札と並んで普通に販売されているのを見かけた。

 こうして、あまり目にしないカヤ材であるが、たまたま、高知駅近くに〝カヤ材の殿堂〟があることを知った。。それは意外や「前川種苗」の名の種苗・園芸用品の会社の店舗で、その二階が「前川榧碁盤店」となっていて、目が眩むほど大量のカヤの碁盤、将棋盤、彫刻材、まな板、板材をこれでもかとばかりにストックした状況を目にした。カヤ材は既に高級材と化しており、大小多量のカヤの板材は工作用の素材としても魅力があり、少々買いだめしたくなる誘惑を感じ、とりあえずは用途未定の素材としてまな板を2枚だけ調達してしまった。  
   
 
 前川榧碁盤店の製品ストックのごく一部。カヤ材の芳香が充満していてい、めまいがするほどである。板材(まな板に使うか別のものに使うか購入者の自由である。)も大小たっぷりあって、思わずヨダレが出てくる。

 同店では別に大量の原木もしっかり寝かしてある模様である。加工については、盤の産地であった?宮崎県に送っているとのことである。 

前川榧碁盤店
 高知県高知市相生町6-3

   
   後ほど知ることになったのであるが、グーグルで、「カヤ 碁盤」、「カヤ 表札」、「カヤ まな板」の何れの検索でも、高知市の前川碁盤店のホームページがトップ表示される。同社のHPでは、「日本一を誇る数千面本榧碁盤、将棋盤の在庫」を謳っているのも驚きである。本業とややかけ離れた印象があるが、真相は同社の会長さんがカヤへの思い入れが強いことが背景にあって、カヤの苗木も販売しているほか、自らのカヤの造林実績もあるとのことである。

 また、この機会に次の事実を知って驚いた。国内では良質の盤を採材できるカヤの原木の入手が難しくなっていることは聞いていたが、中国産のカヤ材の盤が普通に流通している模様で、この会社でも取り扱っていた。カヤ Torreya nucifera は日本原産であるが、中国産のカヤは 中国名「榧樹」のシナガヤ Torreya grandis と思われ、その材質は日本のカヤとほぼ同様であるといわれている。

 カヤ属は日本ではカヤ1種のみであるが、中国では図鑑(中国樹木誌)によれば、榧樹のほか、巴山榧樹マルミトウガヤ Torreya fargesii雲南榧樹 Torreya yunnanensis長葉榧樹 Torreya jackii の全4種存在するとしている。このうち、材の香気について図鑑で言及しているのは榧樹のみとなっていた。

(注)  業界の習慣として、碁盤・将棋盤で「本カヤ(本榧)」という場合は日本のカヤと中国の榧樹の両方を指していて、「新カヤ」とはどういうわけか米国産の(シトカ)スプルースを指している。
   
   国有林の林木遺伝資源保存林でもカヤの樹を保存対象種のひとつとして保存に努めている箇所が複数あるが、カヤは成長が遅いため全国でも造林の実績は極めて少ない実態にある。香り高く、極めて優良なカヤ材の供給が細ってしまったのは事実でであるが、屋久杉と同様に高級品で大量に売れるものではないから、その製品、半製品のストックは案外豊かである可能性がある。 
   
  <参考1:盤材に関する記述例> 

 カヤ材を碁盤・将棋盤に利用するに当たっては、こだわりの講釈がいろいろあって興味深い。良材は高額であり、さらに入手自体に制約があって貴重であるため、一層こうした知識が重要視されてきたものと思われる。伝承と経験が織りなすこれらの知恵は間違いなく体でわかる者が去ると共に実用の知識としては消え去り、伝説と化す運命にある。
 以下に目にした資料の一部を紹介する。
    
 
 カヤの利用は種々あるが材としては碁盤につくって上品とすることである。碁盤師前田一得氏の説に・・・・江戸時代の定めは縦1.48尺、横1.38尺、厚さ0.48尺なのが規格品で現在のような0.6尺厚みのものが使われたのは明治大正年間からである。用材はカツラ、イチョウもあるが何といってもカヤが一等品で日向産の材が最優品、次いで奈良の春日山の材をよしとする。特に天地柾と呼び柾目が垂直に盤側の木口に現れるのが良く、盤面一目の中に15筋も通っているのが理想品である。かかる用材をとるには少なくとも周囲15尺以上の大木を必要とする。この大木の中心から外れた部分で材をとらないと柾目にならない。通常上品というものでも板目で年輪は半円形で木口に現れる。こうした逸品となると毎日二三回もツヤフキンを掛けなければならぬ・・・・【樹木大図説】

 材は木理細密にして能く水湿に堪へ保存期永く乾裂乾縮の恐れなきを以て建築造船の最良材にして又土水に埋めて朽ちず浴室の材に用ゆ又此材を以て船底を作るときは香気あるを以て虫蝕の害なく又和船の「こべり」になすときは水の為めに濡ふことあるも滑ることなしと又碁盤、将棋盤、将棋の駒、算盤珠、大鍬の台等を作る又此材を焼けば蚊を遣るに効ありカヤの名はカヤリノキより転化したるなり 【大日本有用樹木効用編】

 カヤ製の盤は一種の香気あり色沢を生じ汚れ目附かず盤上に碁石の音ピチピチとして快く且つ夜間にも盤面の罫線分明なるの長所あり日向産のカヤ材は木理細かくして材色最も宜しく何等の塗料を施すを要せず且つ節少く「うつろ」なく亀裂を生ぜず使用後早く光沢を生ず日向産以外のものは材色白くして塗料を要す其他の木材は何れも皆着色してカヤ材に擬するなり【木材の工藝的利用】

 木取:盤材は割合に大木を要し且つ一面に贅沢品のものなれば外観に重きを置くを以て柾目を好む従ってカヤの如き生育遅きものにありては柾目取になし得る大木は甚だ稀なるを以て柾盤大に珍重すされどイチョウ、カツラ材は塗料を用ふる故木取の如何には左程頓着せざるが如し盤材は凡て心去りのものを用ふ心を有すれば割裂差狂を生じ易き故なりカヤは普通心を通じて二つに挽割るなり盤面には木表を用ふるを可とすれども白太の現わるヽものは木裏を面に出す何れにせよ無疵の外観美なる方を盤面に出すなり・・・碁盤は幅1尺6寸厚4寸、5寸、6寸の柾板、又は板目とし、将棋盤は幅1尺3寸厚3寸以上長さ適宜の板とす大抵長さ6尺4、5寸あれば之を切断して5面を取るを得べし碁盤、及将棋盤の脚は何れも盤と同種の木材にして前者は5寸角後者は3寸角とし、何れも「ほぞ」とも長さ5寸に切断す【木材の工藝的利用】


【碁盤将棋盤-棋具を創る:吉田寅義(1981.4.20、株式会社 大修館書店)

(盤としての評価-抄)
ヒノキ  ヒノキ、サワラ、モミ、ツガといった類の材は春材と秋材のかたさの差が比較的目立つので、板目に使用することには難点がある。柾目に使用することでその良さも発揮できるものである
台檜(台湾檜)  内地産ヒノキよりいく分赤味が強い感じを受ける程度で、他はほとんど変わりはない。長く使用すると茶黒くなるのが内地産に劣る唯一の欠点である。
サワラ  ヒノキに比べ緻密度おいて劣り、見方もヒノキより遙かに評価は低い。ヒノキ同様に柾目に使用することで欠点を補うことが出来る。
カエデ
(イタヤカエデ)
 緻密でねばりがあるのが特性である。材質にねばりのある関係でかたいわりに打ち味はいい。木表面、着色仕立てが好ましい。
アララギ
(イチイ)
 カヤと寸分違わない特性を持っている。緻密で樹脂が多く、木肌は艶があって美しい。本質的にはカヤに少しも劣らない木性であるのに案外イチイの盤は見当たらないのであるが、それはこの木のもつ特別の色彩が原因しているのである。この木の艶は盤の場合には却って盤面を暗くする欠点となるので惜しまれながら利用が少ないのである。またこの木には大木が少ないことも一つの原因ではあるが、ベッコウ色の美しい木肌も目盛りの黒の漆の鮮明度を欠くことになり、難となるのである。
ホオノキ  材は緻密であるから工作しやすい。春材、秋材にかたさの差のないことが広い用途を開き、クルイ、ワレなどの変化のこない優れた特性となる。盤となってもクルイ、ワレの心配なく、安心して作れる用材である。木地では盤面が暗くなるきらいがある。着色することによってこの欠点を補えばカツラ程度の価値が生まれる。
トチノキ  緻密度においてはサクラ、カエデよりは劣るが、気味は似たようなものである。盤材とて利用可能ないくつかの材種の中では耐久性は弱い方である。山間の湿地に自生するためか水分のはけが悪く木質がフケる場合が多い。古い盤を修理するとほとんどのものにこの腐蝕が見られる。
 なお、この材について特筆するところは、心材に特有のカナ筋という一見蜘蛛の糸のような固くて刃物を痛める筋があることである。この筋は辺材には比較的少ないものであるから、盤として利用する場合には木表を面に使うことである。盤材として木表を面に使用することがよいとされるのはこのトチくらいで数少ないが、なるべく大木を選び辺材のみを用材とするのが賢明である。
カツラ  緻密で春材、秋材のかたさに差がなく、細工しやすい。盤の用材としては上位で、①カヤ、②イチョウ、③カツラの順となる。材は茶褐色である。この木の欠点はこの色彩であって、盤として長く使用しているうちに暗く変色する。この色彩のカゲにはシブが強いことが考えられ、シブは水によって引き出されることが多いため、桂盤特に水は絶対に禁物である。着色して仕上げることで盤面を暗く変色することをやわらげることができる。
イチョウ  木質が緻密度においてカツラ等に劣るためやわらかい。したがって音響もよくない。葉節とか芽節とかいわれる小さな節状のものが多いので、板目なら木裏を面に使用することが賢明である。
カヤ  盤の素材においてカヤに勝るものがない。日向産のものがかつて本場物として珍重された。緻密で樹脂が多く、春材、秋材のかたさが均一である。
 削り肌は木目が鮮明で光沢があり、独特の甘い芳香をもつ。他の材種に比較すればまさに絹の味である。
 色彩はごく一般的に評すれば黄口、赤口と二とおりに区別される。黄口は明るい淡黄色で、赤口は別名あづき目などといわれるように、黄紅色の強いもので、宮崎県の綾地方から産出されるものに多く見られる。
 弾力性に富む特性があるため使用上はやわらかく感じるが、音響は冴えた高い音がする。カヤ盤を使うと肩がこらないといわれるのもこの弾力性によるものである。

(盤の木取り)

 通常は最初に2尺(約60センチ)に玉切りする。
 木取りされた材料を上物から挙げると、①四方柾、②天地柾、③天柾(片面柾とも)、④追柾、⑤板目・木裏面、⑥板目・木表面 の順となる。
   
  <参考2:中国のカヤ属樹種-中国樹木誌(抄)-> 
   
 
紅豆杉科 榧樹属 (イチイ科 カヤ属)
 ①  榧樹(本草綱目) Torreya grandis  (日本名 シナガヤ
 喬木、高達25米、胸径55厘米。在我国栽培歴史悠久、以浙江諸曁楓橋及東暘為栽培中心、以生産種子為目的、選育出象香榧那様種粒大、品味佳、豊産的優良類型。辺材白色、心材黄色、紋理直、結構細、硬度適中、有弾性、有香気、不反翹、不開裂、比重0.56 、耐久用;為建築、造船、家具等用的優良木材。可種皮可提供取芳香油。
 ①-2  香榧(浙江諸曁、東暘) Torreya grandis cv. ‘Merrillii’ 
 嫁接樹、高達20米、干基高30-60厘米、径達1米。浙江諸曁楓橋、西黄三坑海抜約600米之山坡栽培頗多、有100年生以上結実力仍未衰退的大樹、東暘十里坡地有栽培。楓橋香榧有一千三百余年栽培歴史。通常一株香榧、正常結籽(→実)年産榧籽約50斤、多的可選200-300斤、最高可選千斤。  種子為著名的“干果”(俗名香榧)、種仁含油量約51%蛋白質10%、炭水化合物28%、味美芳香、栄養豊富。供食用、亦可搾油供食用。
 ②  巴山榧樹(中国樹木学) 鉄頭榧(四川南川) 篦子杉(中国樹木分類学) 球果榧(中国裸子植物誌)Torreya fargesii (日本名 マルミトウガヤ))
 喬木、高達12米。木材堅硬、結構細緻;供建築、家具等用。種子可搾油。
 ③  雲南榧樹(中国樹木学) 杉松果(雲南麗江、錐西)) Torreya yunnanensis
喬木、高達20米、胸径1米。可作雲南西北部森林更新和荒山造林樹種。木材堅実、紋理細均、耐久用;供建築、橋梁、家具、農具等用。種子搾油可供工業用。
 ④  長葉榧樹(中国樹木分類学) 浙榧(中国裸子植物誌) Torreya jackii
喬木、高12米、胸径20厘米。杭州有栽培。木材可供工芸品及農具等用。又為庭園観賞樹。

(注)利用に関する部分のみを抽出した。
   
  <参考3:盤材の木取りのイメージ>
  
   典型的な木取りのイメージを木目がはっきりしたスギ材の木口の写真で代用して示せば以下のとおりである。 
   
 
天地柾 四方柾 天柾
   
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