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木の雑記帳
  イチョウの木材には不快なにおいがあるのか?


 イチョウの木材、とりわけ雌木の木材にはいやなにおいがあるらしいとの話を耳にした。
 そもそも木材には様々な精油成分を始めとした抽出成分を含んでいて、構成成分の違いから、樹種によっていろいろなにおいを持っていることが経験的に知られている。
 ただし、一般人が多くの樹種の材をくんくんする機会などないし、植物図鑑や木材に関する図鑑でも、さすがに個々の材のにおいについて触れていることはほとんどない。特定の有用な木材の構成成分に関しては抽出成分を含めて化学分析の蓄積があるようであるが、におい に関しては客観的な表現は一般に困難であり、エッセンシャルオイルの採取源でもない限り、特に重要な要素にもなっていない。
 念のためにイチョウに関して、複数の植物図鑑や木材図鑑を見てみても、その材のにおいに関して触れている例を見つけることができなかった。
 ところがである。イチョウのまな板を生産・販売している事業者が国内に存在し、購入者のクレームを未然に防止するためか、イチョウの材のにおいについて講釈している例を目にした。こうした内容は科学的な客観性に欠ける可能性もあるが、やはり、実際に加工をしている立場での経験則は興味深い。 
【2020.4】


ということで、イチョウの雄木と雌木の大径木を伐倒し、それぞれの新鮮な心材と辺材のサンプルを採取して、それらのにおいを十分に堪能・比較できれば、本件は直ちに疑問が解消するわけであるが、それもかなわないため、巷の情報を参考としつつ、可能な範囲で検証しながら、妄想の翼を羽ばたかせるほかない。  
 
 さて、各種木材のにおいを言葉で表現するのは難しいが、例えばスギやヒノキのにおいは広く知られていて、いかにも精油に起因する印象である。そのほか、思いつくものとしてはケヤキは独特な酸っぱいようなにおいがあり、カヤは化粧品のようなにおいがある。カゴノキ(この話題はサイト内のこちらを参照)は驚くほど奇妙なにおいがあって、表現不能である。ヒバはヒノキチオールがたっぷりあることが知られているが、ヒノキに比べてそのにおいは癖が強く、個人的には箸としては使いにくい。シナノキはシナ合板のにおいとしておなじみである。

 たぶん、人によって感じ方、好みも違うと思われ、そもそもにおいに対する感受性自体にも個人差があるであろう。

★ 各種樹木に由来するエッセンシャルオイルに関する情報はサイト内のこちらを参照   
 
 
 木材の図鑑におけるイチョウ材の外観、性質、利用に関する記述例  
 
 まずは、図鑑類でイチョウの材に関してどのように表現しているかを確認する。  
     
 (イチョウの材の外観)  
 
 辺材と心材の区別が不明(?)で一様にほぼ淡黄色である。春材(早材)と夏材(晩材)の違いが少なく、その推移もきわめて穏やかであり夏材の幅は狭い。年輪はやや不明瞭。木理はおおむね通直で、肌目はかなり緻密である。(木の大百科) 
 木材は黄白色で、木理通直、肌目の緻密な良材。心辺材の区別は明らかでないし(?)、春秋材の差も著しくない。(原色木材大図鑑) 
 心材と辺材の色の差はほとんどなく(?)、木材の色は淡黄色である。早材と晩材の差が少ないため、年輪は明らかでなく、一見広葉樹風である。そのため、木材は均一である。(カラーで見る世界の木材200種) 
 辺材は淡黄色で心材は淡黄褐色(中国植物誌) 
 
 
→ イチョウの原産国の中国の図鑑では、心材と辺材の色の違いについて表現しているが、国内の図鑑ではほとんど差がないとしている。実際には差が見られる。 →後出  
 
 (イチョウの材の性質)  
 
・   イチョウの材の気乾比重は0.45〜0.60、平均0.50内外で、針葉樹材のうちでは中庸、あるいはやや軽軟な方である。割裂性が大きく、切削などの工作は一般に容易で、狂いは少ない。表面仕上げの状態は中位。一般に保存性はあまりよくないが、水湿には多少強いとされている。(木の大百科) 
・   硬軟中庸、工作・割裂容易、表面仕上げよく光沢あり、耐朽保存性高く水湿に強い(原色木材大図鑑) 
・   材の肌目は緻密で、質は軽軟、弾性に富み、加工は容易で光沢がある。比重は0.45〜0.48で、開裂しにくく、曲がらず、優良な木材となっている。(中国植物誌) 
 
 
  → イチョウの材の保存性、耐朽性に関する表現は客観的な基準に基づいたものではないため、ずいぶん幅が見られる。   
     
   (イチョウの材の利用)   
     
 
 量的には限られているが、碁盤、将棋盤、将棋駒の2級品に割合多く使われている。そのほか器具材では算盤珠、盆・菓子器・椀・膳・花台などの漆器生地、硯箱・料紙箱・平箱などの箱類、まな板、張り板、裁縫板、表具台、仏具、木魚(大型、彫刻のもの)などがある。建築材では天井板、床板など、家具材では茶棚、神棚、仏壇、箪笥、厨子など、および練心材料、彫刻材では置物彫刻、額面、印判、版木、また鉛筆材、風呂桶などをあげることができる。なお薪材としても用いられる。(木の大百科) 
 建築、家具、室内装飾、彫刻、製図板等に利用される。(中国植物誌)
  → イチョウの材は、一般的な用材として定着するほどの量が供給されておらず、あまり目にすることはないが、材が淡色で均質、仕上げも比較的良好であることから、使おうと思えばいろいろに使えるということである。
  イチョウの原産国の中国で、イチョウの材がまな板としても利用されているのかであるが、中国語サイトを見ると、イチョウの板材や輪切り材のまな板(まな板は中国語では砧板又は菜板)が複数種の材とともに普通に販売されている。 
 
     
 
  ★ 明治45年刊の「木材の工藝的利用」には、イチョウの材を「鳥屋の俎板(まないた)」にも使ったとする記述がる。なぜ突然の「鳥屋」なのかについては興味を感じるが、詳細は不明である。 
 
     
 事業者等によるイチョウ材に関する講釈例   
     
 
・   イチョウのまな板は、@材質が均一、A適度に油分があるため、水はけが良く、乾きが早く清潔で、Bフラボノイドが含まれているので匂いが残りにくく、C柔らかく復元力があるので、刃当たりが良く包丁の刃を傷めず、D包丁の刻む音が心地よい。(双葉商店)
 
 フラボノイドについては一般に抗酸化作用や消臭機能についてよく宣伝されている。
・   イチョウ材は昔からまな板に一番適しているといわれている。(?)(双葉商店)
 イチョウの材が昔からまな板には一番として一般に評価されてきたとは聞かないから、この表現は熱心なあまりの暴走と受け止められる。
 イチョウの赤太は色が濃く、独特なにおいがあるが、これは特に油分が多く含まれていることによる。使用していくうちにある程度匂いは取れる。(双葉商店)
 
→   木材の心材(赤太、赤身)は辺材(白太、白身)よりも色が濃い場合が多く、一般的に抽出成分も多くて耐朽性に勝るとされる。したがって、イチョウの場合も心材の方がにおいが強いという可能性は理解できる。
 
・   まな板に向くのは「男木」で、銀杏(ギンナン)の実る「女木」は銀杏の臭いがするので好まれない。(?)男木はまったくその臭いがしないのも不思議で、水切れがいいのもまな板に向く性質である。(クラフトショップもくもくハウス)
 
→   イチョウの雌木の材は臭く、雄木の材は臭くないとする説明は興味深いが、直ちには検証できない。一般的に、雌雄異株の樹木について、雄木と雌木について、材質あるいは何らかの属性について違いがあるとする見解は全く耳にしたことがないから、にわかには信じ難いことである。先の見解がもし本当であれば、非常に面白い話である。本件についてはどなたかによる有用な突撃レポートの登場を期待するしかない。 
 
     
  ★ イチョウ材の粉末が、地方で防虫の効ありと伝えられている(イチョウ心材成分の研究)と紹介されている。木材の特に心材は自らを守るため、抽出成分が虫害をある程度抑制する機能を有していることは考えられるが、詳細は不明である。   
     
 イチョウの材の実際   
     
@  イチョウの材の色(材色)   
     
   イチョウの心材と辺材の色の違いを実感するには、イチョウの大径木の横断面又は切り株を見るのが手っ取り早いのであるが、そのチャンスがない。そこで画像検索すれば、国内でイチョウの板のまな板や輪切りの中華まな板等を制作している事業者(島根県出雲市 松村木材)あって、多数のイチョウ丸太の横断面の写真を掲載しており、中国植物誌の記述にあるように心材は淡黄褐色、辺材は淡黄色であることは間違いないようである。

 また、市販のイチョウ材のまな板や板材を見ても心材と辺材の色の違いは確認できる。以下はその例である。  
 
     
 
       イチョウの材の木口面の様子
 イチョウの心材(右側)と辺材(左側)の色の違いがよくわかる。 (江東区新木場 ウッドショップもくもく販売品)
            イチョウの材鑑
 イチョウの材の柾目面の様子で、心材(下側)と辺材(上側)の材色の違いがわかりやすい。
 (森林総合研究所木材データベースより) 
   
       イチョウのまな板の市販品 1
 イチョウのまな板の販売品の例で、心材と辺材にまたがった木取りとなっている例である。製品は一般に汚れ防止のために、きっちりとラップされている。 
      イチョウのまな板の市販品 2
 イチョウのまな板の販売品の例で、左右に木曽ヒノキのまな板が並んでいる。このイチョウのまな板は色合いから辺材部のようである。実は、個人的には木曽ヒノキのまな板(特に心材部)の方が好きである。 
 
     
A  イチョウの材のにおい   
     
   展示・販売されていたまな板のラップが剥がれた部分をクンクンした限りでは、わずかに個性的なにおいを確認できた。本当はにおいを堪能するためには新鮮な(水分を含んだ)ナマの材が好ましいのであるが、適当なサンプルが手に入らないため、よく知られた「木のはがき」(常木教材株式会社)シリーズの中のイチョウ材で、心材らしきものと辺材らしきものを素材として、表面を水で濡らし、それぞれのにおいをクンクンしてみた。   
     
 
               「木のはがき」のイチョウ材の製品
 左が辺材部で、右が心材部と思われる。(常木教材株式会社製) 
 
     
   このサンプルで確認した限りでは(もちろん雌雄の別は不明であるが)、予想どおり材を水で濡らすことで乾燥時よりもにおいがより発散されるようである。

 そこで、心材らしきものと辺材らしきもののにおいの差であるが、いずれも癖(くせ)のあるにおいがあり、やはり予想どおり心材の方がややにおいが強いことを確認した。

 そのにおいを表現するのは難しいが、ギンナンのくさい外種皮のにおいにやや近い印象がある。ただし、このにおいはギンナンの外種皮ほどどぎついものではなく、木材のにおいの多様性の範囲内といった印象である。したがって、イチョウの材をまな板とした場合に、そのにおいは決して鼻持ちならないレベルのものではない。

 それでもこのにおいが我慢できないという極度に神経質な人は無理にイチョウのまな板を使う必要はない。この点について、イチョウのまな板の販売者は、(当然のことながら)使用しているうちに独特のにおいはやがて薄れるとして説明している。 
 
     
 
   以上のとおりで、イチョウの材には弱い個性的なにおいがあることを確認したが、別に驚くほどのものではないことがわかった。 この点については、強烈な目も眩むようなにおいを期待していたのであるが、やや拍子抜けであった。
 また、イチョウの材は決してとびきり上質の材として評価されているものではないが、やや柔らかくて均質、色も淡色で、価格も高額なものでもないことから、まな板としても利用されてきたのであろう。ただし、まな板用材としては香気があり、木質が緻密な木曽ヒノキの方が個人的には好みである。

★ ホオノキやヤナギのまな板の例については、こちらを参照

 なお、荒っぽい利用に耐えることを求められる中華料理用の厚手の丸いまな板として、現在は合成樹脂製のものが国内では主流となっている模様であるが、従前はイチョウ丸太の輪切り材が広く利用されていたようである。
 ここで、なぜ中華料理用のまな板として,木口面が使われてきたのかについてであるが、想像するに、重量のある中華包丁で硬い食材をたたき切る際に、木口面では刃が適度に食い込んで、衝撃を緩和する機能があると思われる。ただし、木口面は吸水しやすいから、衛生管理の面ではやや気になるところである。
 また、なぜイチョウの輪切り材が利用されていたのかであるが、中国での利用習慣が持ち込まれた可能性を感じるが、イチョウは輪切り材でも割れにくい性質があるのかもしれない。