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木あそび
    木を食する 


 食べられる木材とか、食べておいしい木材などはこの世に存在しないと思っているが、結果として、少しずつ食べることになっているのであろうと意識されているものが2つある。

 さて、それは何でしょう。【2010.2】


 草食動物であれば、セルロースを分解してくれるバクテリアが胃に同居していて、草はしっかりと消化できるし、木材でも細かく爆砕したものであれば、家畜の飼料にもなるという。羨ましい限りで、ヒトにもこのバクテリアがいたら、道端の草で空腹を満たすことができるし、木質系クッキーが存在してもおかしくない。

 さて、冒頭の設問の正解は「まな板」と「すりこぎ」である。
 木製のまな板(俎、俎板)を長く使っていると中央部分が大きく減ってくる。食べてしまったのである。包丁とまな板の関係をよく見れば、包丁がまな板の表面を軽やかに刻んでいるのと何ら変わらないことがよくわかる。まめな亭主はしばしば手鉋で削り直しをするが、胃袋に入る量は同じである。もちろん、プラスティックを食べるのに比べたら、こちらの方がいいに決まっている。
 また、すり鉢(擂り鉢)すりこぎ(擂り粉木)の関係をみれば、すり鉢で一生懸命にすりこぎ自体を擂り(擦り)下ろしているのと変わりがない。すりこぎ自身もこうして次第に短くなる運命に身を委ねているのである。

 以上のとおりであるが、誰も全く気にしていないし、木材のカスが混入するのを何とか阻止する方法がないものかと思案する人もいない。これはもちろん、木材が少々入ったところで全く害がないことを誰もが承知しているからである。
 まな板の素材(用材) 

 実用上のまな板の素材(用材)として定着している樹種は、もちろんその味は関係なく、包丁の刃に優しいことが最優先の選択基準となっている中で選定されてきたものである。歴史的文献にも次のようにある。
【木材の工藝的利用】 
 裁縫板、俎板、蒲鉾台、蒲鉾板に適するもの:刀刃を損せざるものを要すホオノキを最上とす、裁縫板にはカツラを代用し俎板には又ヤナギを可とすヒノキを用ひカツラを代用し其他モミトドマツをも用ふ、蒲鉾台はケヤキを以て作るも其表面にはホオノキを附着せしむ、蒲鉾板はサワラ、モミ、
スギ等を用ふるも高等の料理にありてはホオノキを用ふ然らざれば刀刃を損す
 俎板、割烹用俎板ヒノキの厚板に脚を附けあるものなりヒノキは刃を損せず物の移り香せす多年使用後表面を鉋削すれば再び新規のものの如くなるの利あり鰻屋用も亦ヒノキの小角材を用ふ之れは刃物を損せず針を打つに適し且振動せざるだけの厚さを有するを要す牛鶏肉屋用の幅広く且長く厚き板を用ふ然れども最上等はホオノキに限るというものあり
  この中で、存在感を示しているホオノキは日本刀、小刀の鞘としても刃物を痛めない素材として長きにわたって利用されてきた歴史があり、さらに手にも優しい素材として和包丁の柄としても定番となっていることは実に興味深い。
 
ホオノキの大小まな板
 実際に販売されているまな板の素材は、上質のものの筆頭は木曽ヒノキ一枚板又は同集成材で、ホオノキイチョウヒバキリ等も見るが多くはない。普及品はスプルースを見る。ただし、全国展開するあるホームセンターでは、キリの集成まな板を販売していて、その価格は並べて販売していたスプルースをはるかに下回る激安価格となっていた。多分中国の素材を中国国内で加工したものなのであろう。
 北海道では天然林の針葉樹、広葉樹が豊かであるが、伝統的に評価ナンバーワンはバッコヤナギ(ヤマネコヤナギ)である。
バッコヤナギのまな板(北海道産)
  【追記 2013.1】

 ややこしいことであるが、オオバヤナギ(トカチヤナギ)は現在は高級まな板の材料として利用されていますが、残念なことに林業関係者の間でも葉の形が似ているバッコヤナギと間違われて流通しています。(北海道立林業試験場)」とする記述も目にした。

 材を見ただけで、どの程度までヤナギの種類を鑑定できるのか、難しい問題である。 
   
  【追記 2013.4】 

 もう一つ面白い記述を目にした。図鑑の「樹に咲く花」に、「よくネコヤナギでつくったまな板は最高だといわれているが、実際にはバッコヤナギの材を使ったもの。ネコヤナギはまな板をつくれるほど大きくならない。バッコヤナギも虫食いが多く、まな板にできるような材を見つけるのはむずかしい。」とある。

 確かに、ネコヤナギ(ねこ柳)が「木のまな板では最高級の素材です。」として京都の「白木屋」が「ねこ柳」の製品名でまな板を堂々と販売している。原木は丹波、但馬産とのことである。) しかし、確かにネコヤナギは低木で、数メートルにしかならない。

 先の追記内容と合わせて考えると、
「ネコヤナギのまな板として現在販売されているものは、ネコヤナギであるはずがないが、バッコヤナギかもしれないし、その他のオオバヤナギ等のヤナギ類かもしれない。」という、情けない言い方しかできないということになる。京都方面で、地域名あるいは慣用名として高木となるヤナギを広く「ネコヤナギ」と呼んでいると聞かない。仮にバッコヤナギであれば、ヤマネコヤナギの別名もあるから、聞こえのよい「ネコヤナギ」の呼称を勝手に使っているか、特に悪意はないままに従前からの惰性で「ネコヤナギ」と勝手に呼んできたのかもしれない。いずれにしても誠実さに欠けた製品名である。
   
【経験的メモ】 
 木製まな板は木口部分が汚れやすいため、あらかじめ木口にウレタン塗料を塗るか、透明タイプのエポキシ接着剤を塗布すれば、清潔感を維持できる。
 定期的に手鉋で削り直すことで、美観の維持、衛生管理ができる。中央部がへこむまで使い込むと、削り直しが大変である。ヒノキは削り直すことで新鮮な香りもよみがえって、快感が得られる。
 長期間にわたる削り直しを想定して、ヒノキの極厚のまな板を調達したことがあるが、奥様にとってはその重さが障害となって、結果として疎んじられることになってしまった。
   
<参考:ホオノキとバッコヤナギの様子> 
   
@  ホオノキ 
   
 
 開花期のホオノキ 1 開花期のホオノキ 2 
   
A  バッコヤナギ 
   
 
バッコヤナギの葉          バッコヤナギの雄花序
 
   花粉を出し始めたところである。 
   
 
 バッコヤナギの雄しべの様子     バッコヤナギの雌花序     バッコヤナギの果実
 綿毛に包まれた種子を出し始めたところである。 
   
 すりこぎの素材(用材)

 すりこぎの材はまな板の材よりも口に入ることがやや意識されているようである。もちろん、すりこぎの場合も味で選定されることはなく、伝統的にサンショウの木が定番となっている。サンショウの材はその葉や果実と異なり、特段の香味がないにもかかわらず、なぜすりこぎの適材とされてきたのであろうか。気になったら実際に作ってみるのが一番である。
  ミニすりこぎの材料

 長さは17センチほどで、とんかつ屋のミニすりこぎ並である。製作過程で、樹皮(内皮)及び材(鋸屑)について、ピリピリ感の有無を確認した。内皮には強烈なピリピリ感があることを確認した。一方、鋸屑も口に含んでみたが、ピリピリ感もわずかな香りもなかった。
     完成品

 やはり体験しなければわからない。サンショウを素材としたすりこぎでは、両端を剥皮し、中心部にサンショウらしい樹皮を残す仕様が普通であるから、ピリピリ効果のある内皮の混入は期待していない。そもそも樹皮(特に外皮)が混入したら食感を損ねるであろう。
 素材の選定に関しては明快な説が見当たらないが、次のような記述例がある。
 サンショウの幹は強く折れにくいこともあって、すりこ木にされる。【平凡社世界大百科事典】
 材は黄色で美しい、片手で握りやすい太さの幹枝を一部分皮付として昔はすりこぎ棒に使った、台所に必須のものであった。これは毒を消すものと信ぜられたのが使用の始まりであるという。地方によってはサンショウの代わりにクワを用う。これは中風の予防に役立つというのが理由である。その他ツゲ、クリ、ケンポナシも使う。ただし商家ではクリは人足が遠のくといって嫌うし、酒屋ではケンポナシは酒が薄く成るというので用いない。いずれも迷信である。【樹木大図説】
 (サンショウの材は)すりこぎ(擂粉木)として特別賞用される。それは強靱で摩滅しにくいことにもよるが、また材からの浸出物が魚毒を消すためともいわれる。【木材大百科】
 山椒の材を第一とすることはよく知られているところだが、これは硬さと、すりあわさった味覚からくるものである。山椒の他に、柳や桑なども使われている。【台所用具は語る】
 (擂粉木には)擂りやすく匂いのよいサンショウの木がよく使われるが、皮付きのままのものもある。また、中風の予防になるとして桑の木の擂粉木を使うことも多い。【日本民具辞典】
   
 毒消しの効用説は非常に興味深いが、実証されていないし、永遠に解明できないであろう。面白い伝説としてそっとしておこう。折れにくいとか摩滅しにくいとする説は、そこまでの特性は感じられない。また、味覚や匂いに言及した例もあるが、材には特に匂いはない
 そこで、勝手に解釈すれば、「香辛料として葉や果実が利用される樹木であって、イボイボのある樹皮に雅致がある上にこれが滑り止めにもなる特性から好まれて定着したもの」ではないだろうか。

 機能面だけを考えればサンショウに特にこだわる理由はなく、市販品ではいわば代替品として、ホオノキクルミミズキサワグルミヒノキシナノキ等の様々な樹種を見る。いずれもツルッとした棒であり、やはりイボイボのあるサンショウの方が情緒があるのは間違いない。

 すりこぎとすり鉢を備える家庭は非常に少なくなっていると思われる。しかし、トンカツ専門店ではしばしばミニサイズの製品で客自身が胡麻を擂る演出があって、新鮮な気分を味あうことができる。本物のサンショウの木のミニすりこぎを備えている店も多い。

 あるとき、同僚に家庭で見られなくなったすりこぎ・すり鉢の話を持ち出したところ、そのオヤジ、自分はヤマノイモを採るのが好きで、実はすりこぎ、すり鉢はしっかり使っているとのことであった。何とうらやましいことか!!
   
<参考:日本のサンショウと中国の花椒> 
 サンショウ

 サンショウ Zanthoxylum piperitumミカン科サンショウ属の落葉低木
 サンショウは和の香辛料で、@若葉(「木の芽」の名がある。)、A雄花(「花山椒」の名がある。)、B若い果実(「実山椒」の名がある。)、C熟した果実の果皮の粉末(「粉山椒」の名がある。)がそれぞれ利用されている。
 果実は赤く熟し、果皮が裂開すると黒色の艶のある種子が現れる。ピリリと辛い(正確には辛いというよりヒリヒリする。)サンショウの実に関して、経験があればそれまでであるが、植物の専門家でも誤解しているケースがある。ピリリと辛いのは種子ではなく、果皮の部分である。例えば、七味唐辛子にも山椒が配合されているが、それは乾燥した果皮の粉末であって、黒い種子は使われていない
 花椒(カショウ、ホアジャオ、ホワジャオ、ファージャオ)

 日本にはサンショウ属 Zanthoxylum の樹木は11種あるとされるが、中国には同じ属(花椒属 Zanthoxylum )の樹木がなんと約45種分布する(中国樹木誌)という。ところが、意外なことに日本に分布するサンショウは中国には存在しない模様である。(朝鮮半島南部には分布するという。)

 花椒 Zanthoxylum bungeanum は秦椒、蔓椒、紅花椒、川椒の名もあり、中国では2千年以上にわたる栽培の歴史があって、各地に優良栽培品種が存在する。重要な食品調味香料で、油料樹種であるほか、果皮には芳香油を含み、香料エッセンスが採取できる。また、果皮は薬用となる。材は黄色あるいは淡黄色で、鉋削後は光沢が生じる優良工芸用材である。【中国樹木誌】

 他の多数の花椒属の樹木にも基本的に「○○花椒」の名があり、「花椒」の代用品となるものが多い。ただし、本属の樹種ですりこ木を作るとする記述は確認できなかった

 花椒は日本でも調味調として販売されていて、これを含む混合調味料の「五香粉」もスーパーにも普通に販売されている。花椒は麻婆豆腐や担々麺などの辛い料理には欠かせないといものとされる。植物の種名(和名)として、日本では「カホクザンショウ」の呼称があるが、中国名として華北山椒の名は存在しない。
 サンショウの油点を持つ葉     サンショウの雄花     サンショウの雌花 
   サンショウの若い果実      サンショウの果実     サンショウの裂開した果実 
     
   花椒(カショウ)の葉    花椒(カショウ)の若い果実     花椒(カショウ)の果実