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樹の散歩道
   とち餅いろいろ


  どちらかといえば、海に近い平野部で育ったため、とち餅(とちもち、栃餅)には縁がなかったものの、なぜかこの語には郷愁に似た語感がある。別に太古の時代の記憶が遺伝子にすり込まれているわけでもない。きっと、雄大で穏やかなこの樹の外観やつややかでクリクリとして愛しさえ感じる実の感触から来る親しみなのかもしれない。
 古くから日本各地の山間部で利用されてきたとされる栃の実であるが、かつてはアク抜きした栃の実を団子、粥、餅などにするなど極めて多様な利用法が見られという。現在でもしばしば「とち餅」に加工されてお土産物として生存しているのを見かける。【2010.11】


 とち餅 その1

 まずは、大阪市内のイベントで販売されていた栃餅である。滋賀県長浜市余呉のおじいちゃんとおばあちゃんのグループがこの日のために手作りして、出店していたものである。何より柔らかい状態で販売されていたのがありがたく、昼飯代わりになってしまった。
栃もち(丸) 5個入り650円
原材料名:もち米、栃の実、トレハロース
別にあん入りの製品も見られた。
菅並妙理の里振興組合 山形賢一
  滋賀県長浜市余呉町菅並430
 
 淡褐色の色合いは栃の実に由来するのと思われ、いい色合いである。また、焦げ茶色の斑点は、多分、表面に残った栃の実の渋皮に由来するものであろう。いかにも手作り風の外観は親しみが湧き、軟らかい感触も心地よい。ほのかな苦みが口に残る素朴な味が魅力である。この柔らかさは林原のトレハロースが効いているのかもしれない。ついついくせになりそうなおいしさであった。

 配合の目安について聞いたところ、もち米1升(約1.5キロ)栃の実1キロほどとのことであった。
 なお、常時特定の店舗で販売しているものではなく、不定期の少量生産となっている模様である。
 とち餅 その2

 次は株式会社形態で事業的にお菓子を生産・販売している企業の製品の一つとして見られた栃餅である。米子自動車道・米子I.C.を降りると突然、お城を目にすることになるが、これが会社の店舗兼工場である。
 突然のお城(壽城)にはびっくりする。
 周囲に植栽されている木はもちろんトチノキである。城内はとち餅を主役にした展示、演出が見られ、タイミングが合えば、とち餅作りの実演も見られるそうである。
 自社製品のほかに、地域の他店の様々な商品のコーナーもあって、中はにぎやかである。
 
杵つきとち餅 8個 1,300円
原材料名:もち米(国産)、栃の実、澱粉
(注) 原材料の澱粉は増量剤として使用しているものではなく、餅の取り粉として使用しているものの表示であるとのことである。
 もちろんこれは硬いタイプで、すぐにパクつくことができないのは残念であった。
寿製菓株式会社 お菓子の壽城
  鳥取県米子市淀江町佐陀1605-1
 
 メインのお菓子タイプのあん入り栃もち(白とち)のパッケージ
白とちに対する全国菓子博褒賞状(展示) 
展示されていたトチノキの果実
トチノキの種子   
 商品の主力はあん入りタイプ(白とちと呼んでいる。)と、あんころ餅タイプ(赤とちと呼んでいる。)の硬くならないお菓子タイプの栃餅で、餡を使っていない純粋に栃餅だけのタイプの存在を問えば、わずかながら製品を用意していた。これらを観察して明解な事実を確認できた。要は栃餅の分量比率が高い製品ほど価格が高くなっているということである。やはり栃粉の原料価格が高い(高く付いている)ことが反映しているのであろう。

 ちなみに、この店の餅部分の栃の実の含有量は15%程度というから、決して多くはない。味は最初に紹介した製品の方が栃の実の存在を感じる。栃の実が高価になるにつれ、製品価格を考えると栃の実の含有量は減ってくるものなのかもしれない。

 さて、興味深い栃の実の調達に関してであるが、驚愕の事実を確認した!やはり足を運ぶと勉強になる。とち餅を通年的に工場で量産している場合は、栃の実の確保が重要な課題であることは明らかで、この会社でも苦労があるようである。もちろん多くの契約農家が採取したものを買い取る一方で、何と!フランス産のセイヨウトキノキ(マロニエ)の実も輸入しているというのである! 残念ながらパリの街を歩いたことはないが、街路樹に利用されマロニエと呼ばれているトチノキの仲間である。ヨーロッパではセイヨウトチノキの実は食用に適さないとされるが、しばしば日本国内のウンチク話として、かつてマロングラッセはセイヨウトチノキ(マロニエ)の実を使用したとした記述を目にする。たぶん誤りであろう。

 実に日本的な伝統的食品に、フランス産の原料が使用されていたとは全く思いもよらない事実であった。そこで、改めてこの会社が使用する国内産の栃の実についてもその調達先を聞いてみれば、驚くことに広く青森、秋田、群馬、東京、兵庫、広島、鳥取、島根等の各県にわたっているそうである。クマ君やイノシシ、シカも栃の実を食すると聞いたから、きっとこうした野生動物との熾烈な競争の中で採取しているに違いない。

 なお、最初に紹介したとち餅は栃の実の薄皮が点々と残った素朴なタイプであったが、こちらはお化粧したように表面がきれいで斑点が見られない。聞いてみれば、夾雑物と間違えられてクレームとならないよう、意識して仕上げているとのことであった。
 とち餅 その3

 次に登場するのは、鳥取県智頭町の五月田(ごがつでん)地区のおばちゃんグループによるものである。決して栃餅づくりの長い歴史があるわけではなく、小規模集落の取り組みとして、個性的なもち米である「鈴原糯(すずはらもち)」の利用を検討するなかで取り入れたもののようである。
鳥取智頭五月田集落 考え地蔵餅 とちもち
  10個1000円
原材料名
:もち米(智頭町五月田産)とち
五月田農産物加工所 代表 谷口貴美恵
  鳥取県八頭郡智頭町大背1070-1
 必要な栃の実をすべて小人数のおばちゃんたちが集めるのは大変であるため、町内在住者に協力を仰いでアク抜きした栃の実を集めて使用しているそうである。配合割合は、餅米3キロに対して栃の実500グラムと聞いた。正月用のいろいろな種類の餅のセットも通販で扱っている。 

 栃の実の配合割合を非常に高めた場合に、食味がどうなるのかはわからないが、実態的には栃の実の調達価格を考慮した取り扱いになっているものと思われる。蛇足ながら、栃の実だけでは餅にならないことは言うまでもない。
 とち餅 その4

 これも鳥取県智頭町内の産で、知り合いの家の自家製栃餅である。毎年自家用に作っているとのことで、正月用の餅にもなっているようである。栃餅が、こうして生活のなかで生きていること自体が驚きである。これぞ伝統の山村の味である。
家庭での手作りの風合いに好感が持てる。
 とち餅 その5

 とち餅に注意していたところ、何とスーパーで小粒のとち餅5個パックが販売されているのを確認した。販売者としてスーパーの名の記載があるだけで生産地・生産者名は記載されていない。製品表示は、以下のとおりである。

 国内産水稲もち米100%
 長野県産とちの実入り。鳥取県倉吉市蔵内で湧き出した冷泉の水「白山名水」を使い、杵つきで仕上げました。
 天然還元水(活性水素水)白山命水使用
特製 とちもち 杵つき
5個398円

原材料名:もち米(国内産)、栃の実

 このスーパーでの販売品はもちろん普通の餅が主体であったが、量は少ないながらも左の製品を販売していた。
 とち餅はあまり一般性がないから、スーパーで扱っていたのには驚いた。
 
 以上、出会いのあった栃餅を採り上げたが、古来、日本民族は澱粉質と油脂の採取に関しては実に広範な種類の植物を対象として、大変なエネルギーを投入してきた歴史があることにいつものことながら驚きを感じる。

 樹の実に関してみると、栗はアク抜きを要しない極めて優良な澱粉源であったことは理解できる。しかし、ドングリは種類によりアクの強いものがあり、栃の実に至っては粒は大きいもののアク抜きなしではとても口にできない。これらアクの強い樹の実も手間暇を掛けてアク抜きするなどして、口にできるものは何でも食べて生きるための糧としてきた歴史がある。

 こうしたことを考えると、植物に依存して生きる動物の一部を構成するヒトが極めて脆弱である一方で、驚くほどのたくましさを備えていたことを改めて痛感する。

 栃餅は、現在ではおみやげ物として限られた地域でのみ一般的な製品を目にすることができる。偶然の出会いがあればその個性的な風味、山村の味を楽しむことができるが、栃の実は本来的には米の代替・補完的な食糧であり、栃餅の栃の実も餅米の増量材という性質のものであったと思われる。つまり、決して季節の風味を楽しむための豊かな食べ物であったわけではない。しかも「救荒食物」という昔のことばも存在したが、現在ではこの単語も死語と化した。

 かつての日本民族が幾度となく経験したであろう飢餓の歴史を考えつつ、いろいろなとち餅の味の検分を進めて来たため、少々食い過ぎとなってしまった。
<参考1>

 寿製菓の製品固有の名称として、先に「白とち」と「赤とち」が登場したが、この名称は古くからトチノキの材に関して使用されてきている。
 材を指して青トチアオトチ)又は白トチシロトチ)とは、辺材に相当する淡色部分をいい、赤トチアカトチ)は心材に相当するやや赤味のある部分をいう。赤トチは白トチに比べて狂いやすいとされ、敬遠されるという。
<参考2>

 先の壽城では栃の実関連商品として、栃餅のほかに、栃の実せんべい栃の実茶栃の実そばが販売されていた。
 写真は栃の実茶で、形態は煮出しパックの方式となっている。ポリフェノール効果を謳ったものとなっている。原料は国産の自生の栃の実と、国産の小豆としている。
 栃の実茶は、この製品のほか、紙缶(紙製飲料缶、カートカン)入りのすぐ飲めるタイプも存在する。
<参考3>

 先の五月田農産物加工所では、栃ようかんも製造している。栃の実を崩していないため、切り口は栗ようかんのように見える。栃ようかんは多くはないが他の地域でもしばしば見られる。
栃の実の話についてはこちらを参照