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続・樹の散歩道
 シランの花の構造を初めて観察する
  シランの雄しべは一体どこにあるのか?
  シランの受粉部位は一体どこにあるのか?
  シランの花粉塊はどんな姿をしているのか?
  
   


 ランの花の形態は何やらごちゃごちゃしていて、驚くほど多様な色彩、形態の花を手当たり次第に解体してみたら少し面白そうであるが、気楽なサンプルが得にくいし、それほど強い関心もないままとなっていた。しかし、雑草のように存在するシランであれば花の基本的な構造だけを理解するくらいの目的であれば良い教材になりそうであるため、幸いにも身近なビルの脇で繁茂していたシロバナシランの花を少々頂戴して、早速解体してみた。 【2019.6】 


 事前の学習なしでシランの花をバラして観察しても、花粉塊の存在は確認できても雄しべの花糸が見当たらないし、受粉部位となる柱頭らしき形態の部位も見当たらない。どうやらラン科の花はへそ曲がりの全く異質な存在のようであり、基礎シリーズを学ばなければさっぱりわからない。
 シラン:ラン科シラン属の多年草 Bletilla striata 。日本、中国、朝鮮半島に分布。中国名は白及(白及属)。生薬としてシラン属の球茎に薬効があり、止血補肺、生肌止痛の効あり。生薬名は白及(びゃくきゅう)で、中国の種名のまま。 
 
 
  力強く繁殖しているシロバナシランの様子
 ラン類は国内の自生種種はひっそりと咲く地味な花がほとんどで、一方観賞用のランは東京ドームの世界らん展を覗けばげっぷが出るほどにド派手な上に膨大な種類がみられるが、これらは親しむきっかけもなく、少々距離を感じる存在である。 
 こうした中で、シランは日当たりも問わず、畑土に植えて放置しても育って増える数少ないランとされるものの、あまりにもありふれていて、ほとんど見向きもされていない。しかし、ランの花の基礎シリーズを学ぶには都合のよい存在である。         シロバナシランの花の形態
 遠目にはありふれたユリ科の花のようにしか見えないが、正真正銘のラン科シラン属で、花の中心部がやはり個性的で、わかりにくい。 
 
 
 シロバナシランの花をのぞき見ると・・・  
 
 シロバナシランの花をのぞき見たところ、ゲゲゲ!! 不気味な小人が花の中に!!   
     
      シロバナシランの花の中の謎の小人
 花の中からこちらをじーっと見ている!!
           謎の小人の真相 
 よーく見ると、あれれ! アブラムシのいたずらと判明。しかし、口の部分が動いてしまっても、ドクロに見えなくもない。
 
 
 ということで、出だしでつまずいてしまった。  
 
 シロバナシランの花の観察  
 
 さて、気を取り直して、早速ながら基本構造の観察である。  
 
                       シロバナシランの花の構造
 花被片に関しては呼称がいろいろであるのは、この手の花に共通した実態であるから仕方がない。ずい柱は雌しべと雄しべが合着したものとされ、半円柱形で、単子葉植物ではラン科以外では見られないとされ、双子葉植物では旧ガガイモ科(現在のキョウチクトウ科)の花が広く知られている。半円柱形のずい柱と両側が巻き込んだ唇弁とで筒状の形態となっていて、虫さんの来訪を待っている。この写真では受粉部位たる柱頭や粉塊及びその周辺の構造は外からは見えない。 
 
 
 
   
     シロバナシランの解体写真       ふつうのシランの花の様子 
 
     
 
             シランの唇弁
 シランの唇弁の様子で、シロバナシランより色が濃い。
 シロバナシランでは先の写真のとおり先端部のみが淡いピンク色で、奧が黄色となっている。いずれも、中央に5条の隆起したひだがある。唇弁の色は花粉を運ぶ虫寄せの機能があると考えられているが、何と、シランは蜜を出さない!! ひだは着陸用甲板の補強とともに、誘引効果もあるのかも知れない。
           シランの子房部分
 ただの花柄にしか見えないが、この部分が膨らんで長楕円形の果実となる。よく見ると180度ねじれている。つぼみの時点では唇弁は軸側についているが、開花すると唇弁は反対側に位置し、虫が止まりやすい通路となる。
 なお、子房が熟して果実となった際には、ねじれが戻っている。  
 
     
 
              シロバナシランのずい柱の先端部の構造 1
 花粉塊を覆った葯帽の着生部は細く、ずい柱の下方からなでられると簡単に上に開いて、花粉塊が露出する。
 
              シロバナシランのずい柱の先端部の構造 2
 写真の都合で、ずい柱の手前側のわずかに巻き込んだ部分(翼)をカットしている。葯帽を人為的に開くと、一通りの構造を見ることができる。
 
     
     シロバナシランのずい柱の先端部 A
 上方から見ると、柱頭の形態もよくわからない。
     シロバナシランのずい柱の先端部 B 
 視点を下方にずらせば、柱頭部は、柏餅のもち部分を少し開いたような形態であることがわかる。柱頭の受粉部位は粘液でぬれている。
   
     シロバナシランのずい柱の先端部 C
 葯帽を少し引き上げると、花粉塊が転がり出てくる。虫が唇弁をつたって出るときに、葯帽が引っ掛かって開き、粘着性のある花粉塊が背中に付着するという。
 背中に花粉塊をつけた虫が来れば、侵入途中で、たぶん柱頭の受粉面に花粉塊が引っ掛かるのであろう。 (侵入時にはもちろん葯帽は引っ掛からないから、花粉は露出しない。)
    シロバナシランのずい柱の先端部 D 
 葯帽を無理やり開いた状態で、内側の褐色部分の凹みに花粉塊が収まっていた。花粉塊が柱頭の受粉部位の裏側に乗っているが、自然状態では写真の面は下方を向いているので、葯帽を開けば花粉塊は転がり落ちる。
   
 シロバナシランのずい柱の先端部 (つぼみ内 1)
 つぼみ内の花粉塊の様子である。花粉塊を抱いた、まだ薄い葯帽を上に少し開いた状態である。花粉塊はむっちり丸く、中心部は既に露出している。 
  シロバナシランのずい柱の先端部 (つぼみ内 2)
 葯帽をさらに引き上げた状態である。花粉塊には縦に筋が入っていて、簡単に割れる。 
 ここまで見てきたが、特別の構造をもった粘着体は見られない。
 
     
   一般的な雄しべでは、袋状に閉じたが花粉をすっぽり覆っているが、(シロバナ)シランの葯帽は、花粉塊をすっぽり覆っているようでもない。念のために、シランのさらに若くて小さなつぼみで、花粉塊の様子を確認してみることにした。   
     
 
   シランのずい柱の先端部(若いつぼみ内 1) 
 葯帽には全く触っていないが、花粉塊は完全に覆われてはおらず、手前側の一部が露出している。
   シランのずい柱の先端部(若いつぼみ内 2)
 別のサンプルであるが、同様である。さらに若いつぼみでどうなっているのかは不明である。
 
     
   シランの花粉塊について、その構造がどうなっているのか、粘着部位はどのように理解されているのかなど、わからない点が色々ある。図鑑情報では例えば次のような記述を目にする。
     
 
シラン属では花粉塊は8個各室に4個ずつある。(改訂日本の野生植物) 
ラン科の花粉塊は一般に昆虫の体に粘りつくための粘着体があり、花粉塊と粘着体はしばしば花粉塊柄でつながっている。シラン属では花粉塊柄は短い。(改訂日本の野生植物) 
C シランの花粉塊は粘質。(園芸植物大事典) 
 
     
   花粉塊を眺めていてもさっぱりわからないが、とりあえずは写真を並べてみる。   
     
 
シロバナシランのつぼみ内の花粉塊 1  シロバナシランのつぼみ内の花粉塊 2 
   
      シロバナシランの花の花粉塊 
 転がり出た状態の花粉塊の様子で、それぞれが2枚合わせになっている。 
    シロバナシランの花の花粉塊(半割れ)
 2枚合わせのものを少し開いた状態である。よく見ると、それぞれが大小2個のパーツで構成されているように見える。 
   
      シロバナシランの花の花粉塊 
 一部が崩れた状態であるが、ある程度の粘りがあり、花粉粒はバラバラにはなりにくい。
      シロバナシランの花の花粉塊
 半割れ状態の花粉塊(写真は内面)は、大小2個の花粉塊で構成されているように見える。   
   
        針に付着した花粉塊(半葯) 
 花粉塊にそっと針先を当てた場合には、ほとんど粘着性は確認できず、写真は辛うじて付着したものである。花粉塊の表面を多少とも荒らす刺激が必要と思われる。
     糸ようじの柄に付着した花粉塊 
 樹脂製の柄にはそこそこ付着した。
 断定はできないが、自然状態で虫の背中に花粉塊が付着する際には、前段階として、柱頭の受粉面の粘液も一定の貢献をしているかも知れない。
   
     歯間ブラシに付着した花粉塊 
 引き出したブラシには糸を引いた粘液が付着している。
 花粉塊は複数に開いているが、基部ではつながっていて、バラバラに分離した状態にはなっていない。虫に運んでもらうためには必要な機能と思われる。
    爪楊枝の持ち手に付着した花粉塊 
 爪楊枝の角に花粉塊が付着した。花粉塊をつぶしてみると、花粉塊の円弧状になった側(葯帽から現れる側)に、柔らかいゴム質のよく伸びる筋状の組織が確認され、花粉塊の付着及び一定程度の形態の保持に貢献しているものと思われる。
 
     
 
 背中に花粉塊をつけたニッポンヒゲナガハナバチ
アカツメクサに止まっているが、背中にはシランの花粉塊と思われるものがついている。
(横浜市 鈴木さん撮影) 
 背中に花粉塊をつけたニッポンヒゲナガハナバチ(拡大)
シランの花では蜜がなくて空振りとなり、今度はアカツメクサの花で蜜にありつくことができてほっとしているようである。
花粉塊の崩れ方は歯間ブラシの場合に似ている。  
 
     
    以下は個人的な感想である。  
     
 
@   「シラン属では花粉塊が8個、各室に4個ずつある」とする説明(改訂日本の野生植物)については目で見ても少々わかりにくい。
 まず、(シロバナ)シランの花粉塊を見る限り、この花粉塊は、雄しべ1個相当と思われる。 
 一般的な雄しべのでは2つの半葯からなり、1つの半葯には2つの葯室があるとするのが相場であるが、葯室や花粉塊のカウントの基準がこれとは違うようである。無理に理解しようとすると、「葯帽の中は見たとおりの2室があり、一見すると2個の花粉塊があるように見えるが、それぞれが4個の花粉塊で構成されている。」ということのようである。つまり、カシューナッツの半割れのような形のもの自体が2つの花粉塊で構成されていると見なしているようである。
 中国植物誌にも「シラン属では葯帽には分離した2室があり、花粉塊は8個あって、2群をなし、室ごとに4個あって、対をなし、粉粒質、多顆粒状。」とあるから、先の理解でよいと思われる。
 この件について、花粉塊がきれいに8個に分離した姿を示しにくいのが難であるが、先の歯間ブラシで引き出した花粉塊をみると、何とか8個に分離しているように見えなくもない。ただし、何をもって数をカウントするのかがはっきりしせずわかりにくいから、単に花粉塊は2個といえばそれまでといった印象がある。
A   シランではラン科の花粉塊で一般的に見られるという(形態を伴う)粘着体 viscidium は存在しないと思われる。
 シランでは、花粉塊の表面自体は粘着機能を有していない。仮に表面がベタベタであれば、花粉塊が葯帽から転がり出ない。花粉塊は、表面に摩擦力が働くとはじめて粘着性が生じるものと思われる。 
B   「シラン属では短い花粉塊柄がある」とする説明(改訂日本の野生植物)については、該当するものが見当たらない。中国植物誌にも「はっきりしない花粉塊柄がある。」としている。そもそも、(シロバナ)シランでは、花粉塊そのものが粘着性を発揮するわけであるから、旧ガガイモ科植物のように、花粉塊が柄でつり上げられるような方式は前提としていないから、どこを指して述べているのかよくわからない。
 *トウワタガガイモ花粉器や花粉塊の花粉塊柄 caudicle の様子についてはこちらを参照 
C   「シランの花粉塊は粘質」とする説明(園芸植物大事典)については、花粉塊に付着性があって、また、運んでもらうためにも、崩れてバラバラになりにくい点を指しているものと理解される。 
 
     
   ということで、わかりにくい点についての確認は先送りとせざるを得ない。  
     
3   シロバナシランの種子と球茎の様子   
     
 
         シランの果実内の種子
 果実を割った状態である。シランに限らず、ランの種子は非常に小さいことが知られていて、吹けば飛ぶような存在で、そのとおり風散布種子である。
             シランの種子
 種子は小さい上に奇妙な形態で、ラン科種子では、ふつう胚乳や子葉がみられないとされるが、シラン種子には子葉があるという。発芽には特定の菌の存在が必要とされる。 
   
         シロバナシランの球茎 
 シロバナシランの観察地点で、球根のようなものが露出していたため、研究用に拾ってきたものである。中心に枯れた茎を切った痕跡がある。径は4センチほどである。調べてみればこれが(シロバナ)シランの球茎(偽茎、偽球茎、偽鱗茎、偽球とも)と判明した。
(4月上旬)
    茎を伸ばし始めたシロバナシランの球茎 
 わざと、露出した状態で植木鉢に植えて、様子を見ていたところ、3箇所から芽が出てきた。花は今年のものにはならないと思われるが、とりあえず葉を出して光合成をする気のようである。(5月下旬)