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続・樹の散歩道
  奇妙なトウワタの花の観察


 7月上旬に某植物園でトウワタの種子を数粒頂戴して室内の植木鉢に播いておいたところ、何と9月上旬にはしっかり芽を出して、12月中旬にはかわいい花を次々に開き始めてくれた。これ幸いで、早速ながらこの奇妙な花の観察をすることにした。先にフウセントウワタの花の外観は少しだけ観察したが、その際は奇妙な果実の方に関心を奪われて、その花の微細な構造や花粉塊までを見極める根性がなかった。しかし、今回は室内環境であり、観察素材は気軽にいくらでも調達できるため、何とも都合がよかった。 【2018.2】 


 トウワタの花のあらまし    
     
          トウワタの花の様子 1
 花はド派手な纏(まとい)といった風情である。南アメリカ原産のキョウチクトウ科(旧ガガイモ科)トウワタ属の多年草(日本では一年草扱い)Asclepias curassavica 渡来は1842年(天保13)とされる。 
          トウワタの花の様子 2
 奇妙な形の副花冠 corona が目を引くなど、研究者も刺激されたのか、海外では多くの知見の蓄積があるようである。しかしながら、国内の一般的な書籍で目にできる情報は少ない。 
 
 
 葉は対生、萼は5裂(後出)、花冠は濃橙紅色で5深裂し、裂片は反転。雄しべは花冠基部にあり、花糸は癒合して筒状になる。雄しべと雌しべは合体して蕊柱(ずいちゅう)を形成。濃黄色の副花冠は蜜を貯めるカップ状の裂片 cup とカップ内側の角状の突起 horn で構成され、雄しべの背面につける。
 雄しべと雌しべを単体できれいに分離して取り出すことが難しく、観察に際してはもどかしい点である。

 旧分類体系では花粉塊をもつという特徴から独立の科とされていたガガイモ科は、APG 分類体系ではキョウチクトウ科に含まれている。(日本の野生植物)
 
 
     トウワタの果実
 果実は袋果で披針形で両端が尖る。 
    トウワタの裂開果実
 果実は熟すと縫合線で縦に裂けて種髪(冠毛)をつけた種子を出す。 
        トウワタの種子
 種子は周りに翼があるためペラペラに見える。ガガイモの種子とそっくりである。
 
 
     トウワタの芽生え 1
 お辞儀をした状態で種子を持ち上げる。(9月上旬・室内)
     トウワタの芽生え 2 
 2枚の子葉が種皮を脱ぎ捨てる直前の様子である。
     トウワタの芽生え 3
 子葉に続いて、1対の対生の先が尖った本葉を出している。
 
     
 「園芸植物図譜」には「種子を春まきすると花壇では夏から秋に咲き、早めに鉢植えとしておけば室内で晩秋から冬にかけても開花が続く。」とある。上記の実生トウワタは、12月から花をつけ始め、その後も続々と花序を出して豊かに花をつけてくれた。  
 
 トウワタの個性的な花の構造を事前に学習しようとしたところが、その解剖学的な構造を写真や図で解説した国内の資料をなかなか目にすることができない。ネット検索では英語サイトで写真や図によって部位の呼称を示した例をしばしば見るほか、繁体字の中国語(台湾)のブログで、精緻な多数の写真に漢字と英語の両方の呼称を付した記事の例も確認した。その他 Google ブックスでは、ある英語の書籍で驚くほど詳細にわたってトウワタ属の花の説明をしている例をのぞき見することができた。国内では外来種であるトウワタの花は研究対象とならなかったと思われ、したがって日本語で定着している部位の用語もはっきりしないが、可能な範囲で観察した写真に部位の呼称を付しながら自習することにした。

 学習前にこの花に関して興味を感じた点は以下のとおりである。

 @ 雄しべと雌しべが円柱状にくっついた構造は何の意味があるのか
 A 本当の受粉部位(“真正の柱頭”)はどこにあるのか
 B 花粉媒介者は誰で、受粉のメカニズムはどうなっているのか


 観察をしながら疑問を持った点は次のとおりである。

 C 花粉塊の花粉粒は時間の経過で自然にほぐれるのか
 D 雄しべの全体はどのような形態となっているのか
 E 雌しべの2本の花柱の上に円柱状の柱頭のようなものが載っている構造はどう理解すればよいのか
 F 副花冠の角(つの)はどんな役割を担っているのか
 G 人工授粉を実施するにはどうすればよいのか
 
 
 トウワタの花の学習   
 
 
       トウワタの個性的な花の様子 1
 花が小さい割りに蜜の量が多い。花粉塊の運搬はチョウが担っているという。
       トウワタの個性的な花の様子 2
      (手前の2枚の花冠裂片を除いた状態)
 開花状態では花冠裂片が反り返るため、下からのぞくか花冠裂片を除かないとがく片が見えない。副花冠と花冠の間の黄色の筒状構造は、副花冠柱が合着したものに見える。
 
 
         トウワタの副花冠の様子
 豊かな蜜が副花冠カップの中で盛り上がっている。時間が経過すると糖の結晶が析出して、甘いジャリジャリ感を楽しむことができる。カップの構造は合着したメガホン状ではなく、カラーの花の苞と同様の形態である。 
    手前の2個の副花冠裂片を取り除いた状態
 ガイドレール guide rail は隣り合った葯の翼で形成されるすき間で、チョウの脚が下から入って上にスライドし、花粉器のクリップ clip に引っ掛かって花粉塊が引き出されて運ばれるという。
 
 
       トウワタのずい柱の周囲の様子
 手前の葯と花葯嚢の一部を剥ぎ取ったところ、花葯嚢中の花粉塊が姿を見せた。クリップには粘着性がある。花粉塊は2個がセットとなって花粉器 pollinarium を構成している。 
       トウワタのずい柱の頂部の様子
  ずい柱の頂部では、5個の葯の膜状の先端部が覆い被さっている。この形態の必然性はよくわからないが、フウセントウワタと似た印象がある。柱冠の表面は受粉部位ではない。
 
     
 
 
            トウワタの葯の背面
 左側が葯の膜状の先端部で、右側の上下(実際には左右)のやや暗色に見える部分は花粉塊が納まっていた花葯嚢部か。花糸として認識できる構造は確認できない。
           トウワタの葯の内面
 葯の中心の仕切り板は2つの花葯嚢を分けるとともに構造上の骨格ともなっているようである。袋状の空間は花粉塊が納まっていた花葯嚢と思われる。 
 
     
 
 
               トウワタの花の縦断面(花冠より上部)
 写真は葯のガイドレールのすき間を狙ってずい柱を縦にザックリ切った断面である。
 ガイドレールの下方のすき間(隣接する葯の翼で形成)からチョウの脚等に掛かって入った花粉塊が柱頭の下面に付着するとされるが、花粉塊が受粉部位に直接付着するにはやや距離があるように見えるほか、断面写真を見ても受粉室たる柱頭室の正確な位置や花粉管の伸長経路などがよくわからない。
 なお、横から見て中味の詰まったカップ形の柱頭は、葯と癒着はしておらず、ポロリと取り出すことができる。
 
     
  トウワタの花の縦断面の様子 (花冠、副花冠は除去)
 雌しべは2個あり、2本の花柱が伸びた先は柱頭肉質部がある。受粉部位は柱頭の肉質部の下面らしい。
       トウワタの花の子房と花柱の形態
 花弁を取り去って雌しべ(柱頭部は脱落)を取り出した状態である。花柱は柱頭の肉質部に突き刺さっているような印象であった。
 
 
 
          ガイドレールの形態
 ガイドレールの下方のすき間は送受粉を担うチョウの脚等が入りやすいように広がっていて、さらに(写真では少々見にくいが)脚等が上方にスライドすることを誘導すると思われる上向きの短い毛が見られる。
             ずい柱の横断面
 ずい柱の中間部をザックリ切った横断面を上側から見たもので、花葯室の花粉塊とガイドレールの内側の空間が確認できる。
 
     
    ずい柱の柱頭部分を除いた内側からの風景
 クリップにつながった花粉器の2個の花粉塊は、隣同士の葯の花葯嚢にまたがって納まっているのは奇妙で、この点の講釈はよくわからない。ガイドレールを内側から見ると、その広めの空間(クリップの下方)の様子が確認できる。受粉に際してはチョウの行動でこのすき間に花粉器が押し込まれて内側の柱頭下面の受粉部位に花粉塊が到達できるという。
      トウワタの花1個中の5個の花粉器
 花粉器の花粉塊を取り出すのは容易で、クリップ部分を尖ったもので引き上げれば、2個セットの花粉塊が姿を見せる。 
 
 
 
            トウワタの花粉塊 1
     (柱頭に貼り付いた状態の花粉器の様子)
 花粉器 pollinarium のクリップの下部に尖った割れ目があり、これと粘着性でチョウの脚を捉えるのであろう。花粉塊は扁平、艶やかでべっこう飴のようである。
転移肢の語は仮訳である。)
            トウワタの花粉塊 2
  (取出した花粉器 Pollinarium と部位別英語名称の例)
     (既存のイラスト情報を写真化してみたもの)
 この英単語を日本語に置き換えるのは難儀で、いろいろな訳語が見られて、統一されていない。
 
 
 部位の呼称   
     
 先にも触れたとおり、トウワタ等の研究は海外での蓄積があり、例えば副花冠や花粉器の部位の呼称も日本語訳が定着したものがない印象がある。以下は目にした日本語訳について一般的な用語も合わせて備忘録としてメモしたものである。  
     
      花に関係した用語例(メモ)  
 
 英語名 日本語名 
sepal 萼片
colloa tube 花冠筒
corolla 花冠
  petals 花弁
corona column 副花冠柱
corona , appendage 副花冠、付属体、付属器官
  hood , cup フードカップ頭巾帽状構造、副花冠の裂片(園芸)、頭巾状の裂片(園芸)
  horn 角状構造、副花冠の突起(園芸)、角状の突起(園芸)
nectary 蜜腺
stamen 雄ずい
anther
anther sac 花葯嚢
gynostegium ずい柱肉柱体(野生)、雄ずい筒(ヘイウッド)、合ずい冠(台湾)、
stigmatic disc 盤状柱頭(台湾)
guiderail , stigmatic slit , staminal lock , slits  ガイドレールスリット、溝槽(台湾)
  anther wings 葯の翼部(ガイドレールを形成する雄しべの葯の反り返り部分)
gynoecium , pistil 雌ずい群、雌しべ
stigma , style head 柱頭
stigmatic surface 柱頭面(柱頭の表面は真の受粉部位ではない)
style 花柱
ovary 子房
ovules 胚珠
pollinaria(pollinarium の複数形) 花粉器(台湾)ポリナリウム俗称「やじろべえ」
(クリップ、転移肢、花粉塊の全体を指す語)
ラン科植物で、花粉塊、花粉塊柄、粘着体の全体を指して英語名のポリナリウムの語を使っている例を見る。
  corpusculum , clip , gland 腺体(園芸)、微粒(台湾)、小体、クリップ、小球、腺
  translator arm 転移肢(仮訳)、転移糸(仮訳)、運輸臂(台湾)、輸送肘(仮訳)、花粉塊柄(ヘイウッド)、連結糸(園芸)
「花粉塊柄」の語は、ラン科植物で花粉塊に細い柄のようなものがある場合、この呼称にもなっている。
    retinaculum 花粉塊柄翼(台湾)
    caudicle 花粉塊柄(台湾ほか)
    viscidium  粘着体 
  pollinium , pollen mass , pollinia 花粉塊
 
 
  *括弧書きの略号 
  園芸  :園芸植物大事典 
  野生  :日本の野生植物 
  ヘイウッド  :ヘイウッド花の大百科事典(翻訳書での翻訳例) 
  台湾  :台湾での呼称例 
 
     
4   参考資料   
     
   以下は英語書籍の抄訳である。   
 
    熱帯の花の多様性と進化生物学(抄) ケンブリッジ大学出版 1996
     (Diversity and Evolutionary Biology of Tropical Flowers:Peter K. Endress)

 (旧ガガイモ科について)


 旧ガガイモ科はすべての双子葉植物のなかで最も精工で複雑な花をもつ。これらの花はあまりにも変わっているため、如何に進化できたのか想像するのが難しい。しかし、これらの種が隔離分布しているものではないことは強い興味を感じさせる。近縁の科のキョウチクトウ科(注:近年の分類ではガガイモ科はキョウチクトウ科に含められている。)は旧ガガイモ科における進化の最先端につながる最も可能性の高い進化の過程を理解をするのを助けてくれる。

 一方で、その花はすべての花のふつうの器官である萼、花弁、雄しべ、心皮をもち、さらにその数はきわめて安定していて、5,5,5,2で、科の約2,900種のなかで(まれな例外を除き)ひとつとしてこの器官の数からはずれたものはない。そういった均一性は他の同等規模の双子葉植物の科では知られていない。

 他方で、異なった分類群の部位や器官の間に変わった接合組織(synorganization)がみられる。これは他の被子植物では見られない新しい器官の進化の起源となっている。こうした新しい器官のあるものは在来型の器官が比較的均一なのとは対照的に高度に柔軟性があり、また種内の変異性を示しているようである。花冠と雄ずい群の接合組織は副花冠と蜜の分泌のための複雑な道管方式の形成につながっている。雄ずい群と道管の接合組織は雄ずい筒と花粉器の形成につながっている。隣接した雄しべの接合組織は花粉運搬者の体の一部に花粉器を付着させるガイドレール guide rails (スリット slits)を形成し、さらに昆虫の体に貼り付いた花粉塊柱頭室(受粉室) stigmatic chambers に誘導することにつながっている。

(旧ガガイモ科トウワタ属トウワタについて)

 北アメリカで優勢な百種を超えるトウワタ属の中で、トウワタは多湿熱帯ではふつうの雑草である。そのオレンジ色と黄色の花は散形花序のようにかたまって咲く。5個の小さな緑色の萼片と5個の赤い花弁は下方に反り返っている。花弁と交互に黄色のカップがあり、それぞれにが入っている。これらのカップには豊富な蜜が入っている。カップと角は副花冠を構成している。カップと同じ半径範囲にある5個の黄色い雄しべはカップでやや隠れた状態になっている。雄しべは最初から下部が合着している。葯は成長途中で柱頭に癒着する。葯の側面はカップのそばで翼のように突き出ている。隣り合った葯の硬い翼は長いガイドレールを形成していて、これは上方の花粉器のクリップに到達している。クリップはガイドレールの上端で黒点に見える。花粉器の腕部 arms は葯の翼 anther wimg の内側に隠れている(Galil & Zeroni 1969)。雌しべはほとんど完全に雄しべで隠れている。蜜は集合した雄しべの間の5つの狭い溝で生成されていて、これは正にガイドレールの下方に位置している。蜜は副花冠の毛細管系を通ってカップに行き着く(Galil & Zeroni 1965)。それぞれのカップはその角によって2つに小分けされていて、したがって蜜をのせる10箇所の部位があることになる。(訳注:カップの角はカップ中の雄しべよりに存在しており、カップを2分していると印象はないから、この下線部の表現はよくわからない。)こうして、この花は手の込んだリボルバー銃のような花となっている。蜜腺は気孔なしの高度に分化した上皮である(Christ & Schnepf 1988)。

 花は蜜を採餌するチョウにより花粉運搬される。脚、口吻あるいはその他の部位がガイドレールに引っ掛かり、それが(上方の)クリップに誘導される。チョウのその部位はくさびのようにクリップに割り込んだようになり、花粉器が完全な形で引き出される。花粉器が空気中で乾燥すると、花粉器の2個の転移肢 arms of the pollinarium が内側に曲がって、チョウが動き回ったときに花粉塊が他のガイドレールに容易に挿入される。この曲がる変化は数分間を要するため、花粉塊が挿入される際に、花粉運搬者が別の花に移動する可能性が高まる。こうして、花粉交雑の可能性が一層高まる。異花受粉を高める別の特徴は、花粉器が花から移動すると花粉塊の挿入が妨げられることである(Wyatt 1978; also mentioned for Calotropis by Ali & Ali 1989)。 柱頭の下面には5箇所の柱頭領域(受粉部位) stigmatic regions があって、それは正確にはガイドレールの内端 inner end に位置している。(訳注:先に言及していた柱頭室 stigmatic chambers 及びここで言う 5箇所の柱頭領域の正確な位置がよくわからない。)こうして、ガイドレールに挿入された花粉塊は自動的に受粉部位に接触して貼り付き、チョウが飛び立った際に転移肢 translator から外れる。
 
     
5   先の疑問点について  
     
 
@  雄しべと雌しべが円柱状にくっついた構造は何の意味があるのか
 
 ここまでの学習の結果を踏まえれば、特定の昆虫にターゲットを絞り、確実に異花受粉を実現するための送受粉システムを支えるための1つの選択肢ということにつきる。

A  本当の受粉部位(“真正の柱頭”)はどこにあるのか
 

 キョウチクトウ科の受粉のメカニズムに関する観察、研究は、国内では歴史が浅いため、海外での知見に依存している感がある。旧ガガイモ科の植物でも同様である。
 総じて言えるのは、外から見える部位の表面は本当の受粉部位ではなく、受粉部位はこの下に隠れているということで、トウワタについても同様である。先の書籍ではトウワタでは柱頭の下面が受粉部位であるとしている。しかしながら、ずい柱の断面を見ても、正確・具体的な部位がいまひとつわからない。

 なお、トウワタ属以外の旧ガガイモ科植物では、(受粉部位たる)柱頭は柱冠直下の花柱の側面にあることが古くから知られている模様である。ただし、例えばガガイモ属のガガイモでは花柱が非常に短いから、受粉領域の厳密な特定は非常に難しい印象があり、本当は柱頭(柱冠)の下面が受粉領域ではないのかといった疑問を感じる。
B  花粉媒介者は誰で、受粉のメカニズムはどうなっているのか

 先に学習したとおり、チョウが花粉媒介者で、トウワタはガイドレールを使った手の込んだ花粉の送受粉の方法を身に付けたようである。旧ガガイモ科植物では花粉媒介者は様々である模様であるが、送受粉のメカニズムは同様のようである。

 旧ガガイモ科の送受粉のメカニズムに関する海外での知見に学び、国内の自生種でもあるガガイモを利用した観察が熱心な者によってしばしば行われている。

C  花粉塊の花粉粒は時間の経過で自然にほぐれるのか

 トウワタの花粉塊はロウ質とされ、表面はテラテラとして艶やかで半透明の質感である。花粉塊を濡らしても、さらに時間が経過しても、一向にほぐれる気配はなく、花粉粒の姿を見ることができない。花粉塊にシンナーをタラリと垂らして突いてみても、全く変化が見られなかった。

 なお、花粉塊に花蜜を薄めた水を垂らして一晩放置したところ、花粉塊の花粉粒が吸水・膨潤した模様で、次の写真のとおり、花粉粒のつぶつぶ感がはっきり確認できたほか、モジャモジャと多数の花粉管を出しているのが確認できた。
 
 
              トウワタの花粉塊から伸び出た花粉管の様子
 自然状態では、花粉塊が花粉管を出すときは転移肢が外れているが、写真は花粉器のままで試してみた。花粉粒が多層状態になっているのか否かであるが、写真で見る限り、背景の黒い色が透けて見えることから、一見すると花粉粒が単層状態のように見える。 
   
D  雄しべの全体はどのような形態となっているのか
 
 雄しべはきれいに切り離しにくいが、花糸はないように思われた。また、1対の花粉塊が隣接した雄しべの葯にまたがって存在していて、観察用として花粉器とセットできれいに切り離して観察することが困難であった。

E  雌しべの2本の花柱の上に円柱状の柱頭のようなものが載っている構造はどう理解すればよいのか

 肉質の盤(柱頭と呼ぶ以外にふさわしい名がない。)が受粉部位を隠しているのはキョウチクトウ科の共通した属性と思われ、難しい講釈はできないが、同花受粉を避けるための手の込んだ構造と思われる。

F  副花冠の角(つの)はどんな役割を担っているのか

 副花冠の角は花粉媒介者のとりあえずの止まり木のようにしか見えず、カップ内で盛り上がった蜜で脚がベチャベチャになるのを免れるのではないかと想像できるが、本当の機能が何なのかはよくわからない。

G  人工授粉を実施するにはどうすればよいのか  

 室内での栽培ではチョウがいないから、そのままでの結実は困難であると思われる。そこで、取り出した花粉塊をガイドレールのすき間(スリット)の下方から奥に押し込もうとしたが、こうした精密な作業はなかなか困難で、カッターの刃先で花粉塊を適当に突っ込んでみたが、うまくできない。

 なお、旧ガガイモ科ガガイモ属のガガイモで、器用にも人工授粉の練習をした人がいて、追ってその様子を聞いたところ、髪の毛の毛根側を花粉器のクリップに引っかけて花粉塊を取り出し、この状態のままでガイドレールの入口から花粉塊を挿入することができたそうで、その動画も拝見した。さらに、この技術でトウワタでも花粉塊を挿入することができたとのことである。根性があればできそうである。
 
   
  <参考: ガガイモの花粉器(双花粉塊)の様子>  
     
   トウワタと同じ旧ガガイモ科の仲間のガガイモ Metaplexis japonica は日本の自生種で、身近な存在でもあり、その奇妙な花の形態はアマチュアはもとより研究者も関心を寄せてきたようである。このガガイモも、トウワタと同様の仕組みで送受粉がなされるらしいことが近年になって次第にわかってきたようである。そこで、ガガイモの花粉器を取り出してその様子を観察してみた。   
     
 
   
     ガガイモの花粉器(双花粉塊)の花粉塊
 トウワタの花粉器に比べると、転移肢(花粉塊柄)がずんぐりで短く、花粉塊はふっくらした印象がある。国内の観察グループの報告によると、観察地点ではハラナガツチバチ類の訪花が多く、ガガイモの送受粉はこうした虫の貢献度が高いのではと推定している。
     花粉管を伸ばし始めたガガイモの花粉塊 
 ショ糖液で花粉塊の発芽試験をしてみたものである。やはりこの風景は奇妙である。旧ガガイモ科のグループでは、花粉器の形態が種により異なっているようである。送粉者に適応したものなのか、詳細はわからない。
 
     
  <追記メモ>   
   ガガイモのついでであるが、国内の観察グループの報告では、ガガイモには両性花と雄花の両方が存在することを “発見した” としている。

 旧ガガイモ科を含むキョウチクトウ科の花は両生花とされているが、本観察グループは、「我々はガガイモが両性花に加えて雄花も持つことを発見した。我々の知る限り、ガガイモは両性花と雄花の両方を持つと確認されたガガイモ科の最初の例である。」として、雄花はやや小さく、子房が未発達で、旧ガガイモ科の植物でふつうに見られる花粉塊を取り込むガイドレールの入口が狭く閉じているとしているのである。

 さて、これをどのように受け止めればよいのかであるが、多分いろいろな見方があるものと思われる。例えば、ウコギ科のタラノキ、ウド、ヤツデなどで、これらの花は一般的には両性花と見なされているが、結実しない花は雄花に違いないとする主張が一部に見られるのと似ている印象がある。

 ガガイモの場合も基本的には花は両性花と見なせばよいと思われ、ガガイモ自身が結実を調整しているに過ぎないと見れば、結実しない花を雄花に違いないと主張する意味もないように思われる。