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続・樹の散歩道
  ネジバナの花の構造と花粉塊の様子


 別項でシラン(シロバナシラン)花の構造花粉塊を観察してみたが(こちらを参照)、ラン科の花でシランよりもサンプルを調達しやすいのがネジバナである。気をつけて見れば、しばしばネジバナが(別に芝生が無くても)道端の雑草の間に多数生えている風景を見かける。シランに較べると花が随分小さくて、観察するのは厳しい印象があるが、シランの花の観察の延長線で、ネジバナの花についても意を決して観察してみることにした。 【2019.7】


 目にするネジバナの様子  
 
 目にするネジバナは芝生の中が多いが、注意して見れば、道端の雑草の中にも生えている姿を見る。人間界で雑草の道を選択したランである。  
 
                    芝生の中のネジバナ
 これは芝生の中のネジバナの例で、定期的な芝刈りのタイミングが影響するのか、花の量は年によって変動が見られる。ラン科ネジバナ属の多年草 Spiranthes sinensis var. amoena
 日本、サハリン、千島、ロシアより東のユーラシア大リクの亜寒帯〜弾温帯域に広く分布。
 属名の Spiranthes は speira (螺旋)+ anthos (花)で、らせん状についた花の意、種小名 sinensis は中国の、変種名 amoena はamoenus は愛すべき の意。別名モジズリ。 
 
 
          (いろいろなタイプのネジバナ)  
 @  A
 ネジバナにはいろいろなタイプがあって、色の濃淡、ねじれの向きの違い、ねじれの強弱の幅が見られるほか、シロバナタイプもある。@はふつうのタイプ(左は右巻き、右は左巻き)、Aはねじれの少ないタイプ(左は左巻き、右は右巻き)、Bはねじれのないタイプ。Cは白花タイプで、シロバナモジズリ Spiranthes sinensis var. amoena f. albescens  の名がある。
 なお、学名上の原変種はナンゴクネジバナ var.sinensis で、花序、苞、萼片に毛がないものを指し、その他に秋咲きのアキネジバナ var. amoena f. autumnus 、屋久島に分布する小形のヤクシマネジバナ var. amoena f. gracilis 、緑花のアオモジズリ var. amoena f. viridiflora が知られている。
(以上の学名は改定日本の野生植物に拠る。)
:The Plant List では Spiranthes sinensis var. amoena (M.Bieb.) H.Hara Spiranthes sinensis (Pers.) Ames のシノニムとしている。いろいろな見解があるようである。
 
     
         (ネジバナの葉と根の様子)  
       ネジバナの葉の様子 
 ネジバナは人が管理する場所でしか見ないため、定期的に草刈りが行われる事情から、無傷の自然状態の葉を見るのは難しい。写真の例では、先が損傷した短い葉しか見られない。 
      ネジバナの葉と根の様子
  この葉も損傷を受けているが、葉の伸びは良好であった。根は個性的で、白色の紡錘状に肥厚した複数の根を持つ。
 
 
 ネジバナの花の構造  
 
                 ネジバナの花の外観 1
 背萼片と側花弁が重なっているが、部位の構成はラン科で共通している。
 
 
                     ネジバナの花の外観 2
 花粉塊が見える位置で、花の中をのぞき込んだ写真である。花粉塊を半ば覆っているのは葯帽である。白色の唇弁の縁には細かい歯芽がある。
 
 
         ネジバナの花の外観 3
 背萼片と2個の側花弁はぴったりと密着していて、自然状態では分離せずにかぶとを形成しているが、この写真は、これらを無理やり引き離したものである。
        ネジバナの花の外観 4
 花粉塊を見やすいように、かぶとを引きはがした状態である。葯帽は花粉が成熟する頃には萎縮して、写真のように花粉塊がほとんど裸出する。 
   
      かぶとを取り去ったネジバナの花 1
 シランと違って、葯帽は可動式ではなく、基部がしっかりしている。
     かぶとを取り去ったネジバナの花 2
 花粉塊が見えるように、葯帽を基部ごとから引き上げた状態である。   
 
 
                         ネジバナの花の断面の様子
 赤色の矢印部分が虫の通路で、背側に粘着体があり、奧の唇弁の基部は嚢状となっていて、蜜腺体と思われるものが左右相称に2個存在する。
 蜜腺体のある嚢状の構造は、定着はしていないがと呼んでいる例もあり、浅い距と見なしてよいと思われる。
 
     
   ここで蜜腺体としたものについては、「改訂日本の野生植物」では「唇弁の基部の両側に光沢のあるいぼがある。」 としている。中国植物誌では「唇弁基部の嚢内には2個の胼胝体(タコ体)(注:胼胝は手足にできるタコの意)を具える。」としていて、Flora of China では clavate glands (棍棒状の腺あるいは papilla (乳頭突起としている。  
     
 
     ネジバナのずい柱の花粉塊側の様子 1
 花粉塊はこの時点ではほとんどが葯帽で覆われているが、やがて葯帽は萎縮して、花粉塊が裸出する。
    ネジバナのずい柱の花粉塊側の様子 2
  葯帽を人為的に剥ぎ取った状態である。
 
     
 
                横から見たネジバナのずい柱の様子
 粘着体のある側が虫の通路で、花粉塊を体につけた虫が入ってくれば、花粉塊が柱頭の下方の出っ張り部分に当たって、花粉がしっかり付着すると思われる。
 
                ネジバナのずい柱の粘着体側(下面)の様子 
 暗褐色の粘着体は、半透明の膜に覆われていて、写真では一部が剥がれかけている。受粉する柱頭部は湿り気を帯びているようである。柱頭の下方には土手状の出っ張りがある。 
 
                   唇弁基部の浅い距と蜜腺体の様子
 
     
3   ネジバナの花粉器(花粉塊と粘着体)の様子   
     
   ネジバナの花粉器(ポリナリウム Pollinarium)花粉塊(pollinium)粘着体(viscidium)で構成されていて、花粉塊柄(caudicle)は見当たらない。
 粘着体は滴型の花粉塊の先の昆虫の通路側についてい、色は暗褐色で先が尖っている。昆虫が戻るときに虫体に貼り付いた粘着体が花粉塊を引き出す仕組みになっていることがわかる。
 
     
 
                  ネジバナの花粉塊と粘着体(下面)
 花の内部の構造上、虫の体が当初に直接的に接触するのは粘着体部分である。粘着体の微細な構造まではわからないが、花粉塊を引上げるに十分な程度に固着していて、表面は前出のとおり半透明の膜に覆われていた。たぶん、膜が破れると粘着性を発揮する仕組みになっているものと思われる。
 
                 ネジバナの花粉塊と粘着体(横面) 
 別項で採り上げた、同じラン科のシランでは花粉塊が8個あるというのが一般的な説明となっていて、悩まされたが、ネジバナでは花粉塊の個数については特に触れられていない。目で見た限りでは巻き込んだ形態の花粉塊2個で構成されているようである。
 
                 ネジバナの花粉塊と粘着体(上面)
 花粉塊が巻き込んだ形態が確認できる。 
 
     
 ネジバナとシランの送受粉の仕組みの違い  
     
   ネジバナとシランの花を比較すると、その構造や花粉塊の様子に違いがあり、これらの外観を見た範囲では、送受粉に際しておおよそ以下のような違いがあると思われる。   
 
【ネジバナの送受粉】 *花は蜜を持つ 
・   背萼片、2個の側花弁、両側が巻き込んだ唇弁が全体で筒状の形態となっていて、ハチの通路となっている。筒の奧は唇弁の基部が浅い距を形成していて、蜜腺体がある。 
・   平たいずい柱はこの筒の上方に位置し、花粉塊はずい柱の上面にあり、花粉塊の粘着体及び受粉の柱頭面はずい柱の下面にあって、ハチの通路側に面している。 
・   花粉塊の粘着体はハチが浸入するときは粘着してもはずれず、出るときに花粉塊を伴って離脱する構造となっている。(花粉塊は直接ハチに粘着するものではなく、ハチに粘着する粘着体に引きずり出されるというイメージである。) 
・   ネジバナの葯帽は、シランのようにちょうつがいを持ったような動きをするフタの構造ではなく、花粉が成熟する頃には萎縮して小さくなり、結果として花粉塊が自然に露出する。 
 柱頭の受粉部には横方向に土手状の突起があって、花粉をつけたハチが浸入すれば花粉をもらう。 
 ネジバナにとって、チョウは多分ほとんど蜜泥棒でしかないと思われる。
【比較:シランの送受粉】 *花は蜜を持たない 
 半円柱形のずい柱と両側が巻き込んだ唇弁が筒状の形態となって、ハチの通路となっている。 
・   ハチが出るときに葯帽がそのちょうつがい構造によって開いて花粉塊が露出・落下し、直接ハチの背中に付着する。花粉塊は粘着体を持たないが、外力が加わることで粘着性が生じる。 
・   ハチが浸入するときは、葯帽はちょうつがいの構造から開かないが、柱頭部には引っかかりがあって、背中に花粉がついていれば、花粉をもらう。 
 
 
5   ネジバナの花序のねじれについての講釈事例   
     
   ネジバナの花は小さくてもよく見ればなかなか美しく、さらに名前の由来にもなっていている花序のねじれはよく目立つから興味を惹かれ、多くの研究者等もこれについて何とか講釈する誘惑に駆られるようである。例えば以下のような例を目にした。   
     
 
・  花穂は右または左に巻くが、これは下部の花がじゃまになるからである。(植物観察事典) 
★ねじれのないタイプについての説明が困難である。
・  ねじれた花穂は、重心を花軸の中心に置くための工夫なのである。(花の声)
★確信に満ちた断定となっているが、ねじれのない花序軸が傾いている例は見ない。 
・  花序のねじれが強いほど訪花昆虫は減るが、隣花受粉が避けられるとする研究結果を報告している例が見られる。
★自家受粉は多様な形質を維持する上で好ましくないことは知られているが、ここでは同じ花序内で、隣りの花の花粉よりもまた隣りの花の花粉の方が好ましいとの前提があるようである。勉強不足でよくわからない。 
・  植物の葉序は左右両方向にほぼ半分ずつ螺旋状につく(基礎螺旋)が、花序自体も葉序のひとつの変形と見なせる。したがってネジバナでも、左右両方向にねじれたものがほぼ同じくらい見つかるのである。(植物の世界) 
★淡々と述べているが、本当はねじれの多様性を保っていることが何らかのメリットをもたらしている点があれば知りたいところである。
 
     
 ネジバナの別名「もじずり」の名の由来について  
 
 まったく気が乗らないが、ネジバナの別名として「モジズリ」の名があって、これが別名のままであれば気にも留めずにほっておけばよいが、前出のとおり、品種名のひとつに突然「アオモジズリ」の名が登場している。たぶん、命名者の個人的な嗜好によるものと思われるが、標準的な和名としてネジバナとモジズリが混在するのは迷惑千万である。

 さて、モジズリの名の由来であるが、大抵の植物名の由来には触れている「牧野新日本植物図鑑」では、「別名の捩摺(もじずり)は捩れ摺りの意でシノブモジズリの語に基づいてこの花がモジレて巻く様を説明した名である。」としていて、スペースの都合か、「シノブモジズレ」の意味については自分で学習することを促している。

 そこで、複数の資料で編集すれば、おおよそ以下のようになると思われる。

 モジズリの名は、「捩摺り(もじずり)」に由来する。これは「忍摺り(しのぶずり)」又は「信夫摺り(しのぶずり)」と同じで、陸奥国信夫(しのぶ)郡から産出した忍草の茎・葉などの色素で捩(もじ)れたように模様を布帛(ふはく)に摺りつけたものを指し、その模様が捩れ別れているから名づけたとも、捩れ乱れた模様のある石(もじずりいし)に布をあてて摺ったからともいい、ネジバナの様子をこのねじれたり乱れた模様にたとえたものとされる。」

 こうして、何やらはっきりしない上に、この染めの現物も写真情報も目にすることができず、よくわからない。そもそも、この染め技術自体が既に消滅していて、正真正銘の現物も存在していない模様で、想像の域を出ない状態となっているようである。

 ということで、かつての地域の染め技術が途絶えてしまったことは残念であるが、そのよくわからない「モジズリ」の語を積極的に新たな和名に使用するのはやはり疑問である。  
 
 
  <メモ>   
 
 ・  茨城県つくば市では、同じ場所に春と秋の開花期が異なる2つの生態型が混ざって生えているのが見られる。(植物の世界) 
 ・  「花と昆虫がつくる自然」では、モジズリの花粉媒介はチョウとハナバチとしている。 
★著者はモジズリの名になぜか執着してネジバナの名は別名扱いである。このため、著書の索引にモジズリが掲げられていても、ネジバナはない。
 ・  重複受精(注:被子植物にみられる受精様式。花粉からもたらされた二個の精核のうち一つは胚嚢中の卵核と、他の一つは二個の極核と合体すること。前者は新個体となり、後者は胚乳となる。)は被子植物が持つ特徴だが、重複受精を行わない唯一の例外としてネジバナは知られている。(植物の世界)