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続々・樹の散歩道
  ナギの雄花、雌花、種子の観察


 ナギ常磐木(ときわぎ)としてしばしば神社で見られるほか、植物園でも まるで広葉樹のような変わり者の針葉樹 として一般に植栽されている。しかし、雌雄異株の樹木であることから、必ずしも両株が隣接して存在した状態で受粉条件が整っているわけではないため、果実を見る機会は少なく、ましてや雄花と雌花をセットで観察する機会が全くないままになっていた。何分にも植栽されている個体数があまりにも少ないのである。ところが、都内某大学の構内を徘徊していたところ、幸いにもナギの雄株と雌株が仲良く並んで植栽されて、雌株の下には驚くほど大量の種子が落ちているのを確認した。そこで、とりあえずは発芽試験用の種子をしっかり確保し、花の時期を待って初めてナギの雄花と雌花をじっくり観察することもできた。 【2019.10】 


 ナギの樹は、遠目には葉の形態が特に個性があるわけでもないため、見過ごしやすい印象がある。大径木であれば、赤味のある斑模様の個性的な樹皮は目に付きやすいのであるが、小径木では間近を通らない限り、その存在に気づかない。  
 
1   ナギの樹の様子   
     
          ナギの樹形
 樹冠は円みがあって大きく横に張り出さないため、管理しやすそうな印象である。
(熊本市出水神社) 
     ナギの樹幹を見上げた様子
 比較的大きな樹である。(高知公園)  
 マキ科ナギ属の常緑高木 Nageia nagi 
 日本、中国(海南島)、台湾に分布。
 
 
         ナギの葉
 花まるで広葉樹のように見えるが、主脈は見られない。葉は革質で対生する。
    ナギの葉芽の芽吹き
 5月下旬における様子。  
        ナギの新葉 
 5月元順における様子。
 
     
             ナギの葉をちぎった様子
 葉は縦方向には簡単に裂けるが、横方向には容易にはちぎれない。
      ナギの樹皮の様子
 ナギの赤褐色で斑状にはげる樹皮は個性的である。このため、小径木は床柱にされるという。 
 
 
 ナギの雄花  
 
       ナギの雄花 1
 雄花は雌花と同じく前年の葉腋につく。写真は花粉放出前の様子である。
(5月下旬)
       ナギの雄花 2
 花粉を放出しはじめた状態。雄花は円柱状で、数個ずつつき、同じマキ科のイヌマキに似ている。(5月下旬)
       ナギの雄花 3
 花粉をほとんど出しきった状態。雄しべの葯室は2個とされる。(5月下旬)
 
 
 ナギの雌花  
 
            ナギの雌花 1
 雌花は1個の倒生胚珠と数個の鱗片で構成される。
 5月下旬の受粉時期の様子である。
             ナギの雌花 2
 胚珠の下方には花粉を取り込む珠孔が見られる。 
 
     
       ナギの雌花 3
 珠孔部が濡れている。
(5月下旬) 
       ナギの雌花 4
 こちらも珠孔部が濡れていおり、受粉滴(珠孔液)が分泌されたものと思われる。
      ナギの雌花の断面
 珠孔はイヌマキと同様に下向きである。胚珠はイヌマキと同様に鱗片に由来する套被に包まれていると説明されるが、何とも理解しにくい。
 
 
 ナギの種子  
 
     ナギの若い種子 1 
 若い種子は緑色で、大きさは1.5センチほど。イヌマキと異なり、花托が肥厚しないため、コケシ型とはならない。写真ではわかりにくいが、白い粉に被われている。(8月上旬)
      ナギの種子 2 
 成熟種子は紫褐色で、引き続き白い粉に被われている。まるで小粒のブドウのようである。(11月上旬) 
    ナギの年を越した種子
 成熟種子はバラバラと落果し始めるが、写真は年を越して樹上に残った種子で、白い粉に被われているが、本体は暗紫褐色となって皺が生じ始めている。(1月中旬) 
 
 
 
              ナギの種子の様子 1
 は肥厚した鱗片由来の套被に被われた種子の断面。は套被を剥がした状態で、殻状の種皮の着生部側が尖っている。は種皮を剥がし縦割りにした種子で、細長いが見える。
        ナギの種子の様子 2
 左の種子は一部に殻状の種皮を残したもの。着生部側に突起がある。 
 
     
 
     ナギの胚の様子 1
 胚はイチョウやイヌマキと似た印象で、胚乳の中に収まっていて、子葉は2個ある。
      ナギの胚の様子 2
 胚を取り出したもので、幼根側のひも状のものは伸びた状態の胚柄である。 
      ナギの胚の様子 3
 子葉の切れ込みは少なめである。
 
 
     
5   ナギの芽生えの様子   
     
 
    ナギの芽生え 1
お辞儀状態である。
  掘り出した芽生え種子
 当初は細根がない。
    ナギの芽生え 2
 子葉の間に本葉が見える。
    ナギの芽生え
 頭をもたげた状態。
       
   ナギの芽生え 4 
 子葉は種子殻に入ったままである。
    ナギの芽生え 5
 種皮は既に落ちているが、萎縮した胚乳のカスが子葉についたままである。一般に多数の本葉が一気に展開する。
    ナギの芽生え 6
 これは、早々に子葉が萎びで種子殻もろとも落下したケースで、4枚の本葉を行儀よく展開している。
    ナギの芽生え 7
 これは、4枚の葉が展開した後に、さらに4枚が展開した様子である。
 
     
   芽生えの様子はイヌマキの場合とよく似ている。

 基本的には茎が種子を持ち上げる。子葉の先端部は種子の中に収まったままで、イチョウイヌマキの場合と同様に、子葉が展開することはない。2個の子葉で挟まれた状態の基部でとりあえずは本葉4枚又はそれ以上が形成され、子葉をほったらかして一気にその本葉が展開する。

 なお、種子を包む套被を剥がしたものとそのままのもので発芽の様子を観察してみたが、両者の発芽率に特に差は見られなかった 
 
     
  <メモ>   
 神社仏閣にナギが多くあるのは、ナギが熊野権現のご神木であることから、熊野信仰の広まりとともに霊木として植えられたのが始まりだと考えられている。シカはこの木を食べない。【植物の世界ほか】 
 春日大社の神山に由来するいわゆる春日山原始林(大正13年天然記念物指定。昭和30年特別天然記念物指定。奈良市春日町)の一部(大社の背後)で、本来の自生種ではないナギが、献木を背景として大切にされ、さらにこれがシカの食害を受けないことから、本来の保護対象である照葉樹よりも勢力を伸ばしているという。   
 日本に分布する ナギではまだ受粉滴の分泌が確認されていない(高相)とする記述も目にしたが、詳細は不明。 
 ナギの材はイヌマキに似ているがさらに堅く、耐朽性も優れ、樹皮をつけたまま床柱にしたり、棺、彫刻、指物に用いる。樹皮には多量のタンニンが含まれているので、染料、あるいは皮鞣しにも用いていた。ナギの種子油はかつて神社の灯火用にされた。【植物の世界】 
:文献によってはナギの材はイヌマキよりも劣るとしている。
 現在では見られないと思われるが、樹木大図説に次のような興味深い記述がある。

 「春日神社(春日大社の旧称)神木渡御(とぎょ)の儀式にはサカキに代えてナギの葉を用いている。当時同社ではサカキと呼んだのはナギであった。春日神社のナギの種実は1年に12斗もとれ、これから油を搾り、1年3回同社境内春日灯籠全部約4千基を一夜だけ点橙する。その油煙を烏の羽で半紙の上に掻き落とし、年々油煙倉に貯えて7年間保留し、8年目に寒30日の間に墨に作る。その墨が春日墨でその売上高が神社の修繕料となる。墨は筆硯用のほか内外科の医療にも用いる。」 
:熊野大社では現在でも玉串にナギを使用するらしい。
 ナギの名前については、葉の形がミズアオイ科の水生植物である「コナギ」に似ているためであろうとする説がある。 
 マキ科マキ属イヌマキの雌花の様子についてはこちらを参照。