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続・樹の散歩道
  マンリョウやヤブコウジの花が美くない理由


 ヤブコウジ科ヤブコウジ属のマンリョウヤブコウジは、ヒトにとっては赤い実をつけることだけが期待されていて、その花については全く鑑賞の対象となっていない。もちろん、言うまでもなく花はヒトのために咲いているものではないからというわけでもないが、これらの花は何れも下向きに咲いて、特に10数センチほどの高さしかないヤブコウジでは屈みこんで葉をかき分けないと花が見られないほどである。
 さて、この見えにくい下向きの花を真正面からじっくり見ると、花弁(花冠裂片)は茶褐色のシミ、ソバカスだらけで、葯の部分には暗紫色のでき物のようなブツブツに覆われていて、全く美しくない。元々こんなものなのか、それとも虫に突かれてさらに事態が悪化したのであろうか・・・ 

【2015.8】


    マンリョウとヤブコウジのふつうの風景  
   
 
 どこにでも溢れているマンリョウ 時々見かけるヤブコウジ 
 
   
 2  マンリョウとヤブコウジの美しくない花   
     
 
     マンリョウの花 1
 マンリョウでは花全体にそばかす模様(腺点)が見られる。 
     マンリョウの花 2
 
葯の外側の茶褐色のかさぶたのようなぶつぶつ模様は、イボのように膨らみがあって、花弁等の腺点とは異なっている。
     マンリョウの花 3 
 花柄や萼片、花弁の外側にも同様のそばかす模様(腺点)がある。ヤブコウジでも同様である。
     
    マンリョウの若い果実
 受粉後の花の葯を押し開いて成熟途中の果実(子房)を見ると、やはりそばかす模様(腺点)がある。 
     マンリョウの果実
 果実が真っ赤に成熟すると確認しにくいが、少し手前であればこうしてそばかす(腺点)をはっきり確認できる。
     マンリョウの葉裏
 表面には淡褐色のそばかす(腺点)を何とか確認できる。主脈部分では花柄と同様に線状になっていて、若い枝でも同様のものが確認された。  
     
    マンリョウの葉(透過光)
 念のために、葉を日にかざしてみると、そばかす(小点)がはっきり確認できる。 
   マンリョウの葉の内腺点 
 丸い鋸歯の間には内腺点(腺体、葉瘤とも)があり、窒素を固定する葉粒菌が共生しているとされる。
  マンリョウの葉の内腺点(拡大)
 断面も見てみたが、何だかよくわからない。
     
    ヤブコウジの花 1
 マンリョウに似ていて、雄しべの色だけが異なっている。 
     ヤブコウジの花 2
 吸汁害虫のアザミウマ類が取り付いている。 
     ヤブコウジの花 3
 アザミウマ類が花弁を汚しまくってシミをつくっているように見える。 
  
     
   図鑑を見ると、このそばかす、ぶつぶつに関しては、しばしば花弁等では腺点、葉では小点(細点)の存在として記述されているが、残念ながら詳しく語るに十分な知見が得られていないのか、一般的には積極的には触れられていない。したがって、腺点等の存在理由、実際の機能に関しては、詳しい情報が得られない。 ただし、「野に咲く花の生態図鑑」では、マンリョウについて、花弁や葉でも見られる赤い点については、これが油点で、被食防止の防衛物質を貯めているとしている。

 しかし、点状、線状の模様は植物体全体に見られ、さらに葯で見られるものはまた様子が異なっており、これらを十把一絡げにして「油点」と呼ぶのは適当なのかはよくわからない。

 また、ヤブコウジの花では、しばしば吸汁害虫のアザミウマ類が蠢いているのを確認した。写真のとおり、これが花弁を汚すことに貢献していると思われ、さらに印象が悪くなってしまった。まるで八重クチナシの花の風景(こちらを参照)のようである。 
 
     
   カラタチバナの花はどんな様子なのか   
     
   カラタチバナもヤブコウジ科ヤブコウジ属の常緑小低木であるが、その花の様子は次のとおりである。   
     
 
     カラタチバナの花 1      カラタチバナの花 2       カラタチバナの花 3 
 
     
   何と、お手入れのよいお肌のようで、シミ、そばかす、ぶつぶつの類は全く見られない。もちろん花弁の外側も真っ白である。マンリョウやヤブコウジとは随分印象が異なる。  
     
 4  ヤブコウジ属の花はどのように受粉しているのか   
     
   このことに関しては、図鑑で詳しい説明が見つからなかったため、想像するしかない。
 まずは、この奇妙な形の雄しべの理解からである。マンリョウをサンプルにして観察してみる。   
 
     
 
   
             マンリョウの花
 三角状に見える5個の雄しべの黄色い部分は葯で、内側に花粉を出す。大きな葯をつけた花糸は非常に短い。先端には雌しべの柱頭が突き出ている。
        雄しべを無理矢理開いた状態
 子房にもぶつぶつの腺点が見られる。花粉は2条に裂けた穴から放出していた。受粉後に子房が大きくなり始める頃には葯と花冠は萎びて雄しべが写真と同様に放射状に開き、やがて花冠と雄しべが抜け落ちる。
 
     
   5個の雄しべは合着したように閉じていて、先端を僅かに開くだけで、葯の開口部を外側に露出しない。これでどのように受粉するのかわかりにくいが、虫の助けを求める気はさらさらないように見える。

 花は下向きに咲くから、先端の僅かな隙間から花粉がさらさら流れるのは間違いなさそうである。これで自花受粉するというのも奇妙であり、そんなことなら柱頭を外に出す必要もないような気がする。

 これほどありふれた低木類であるから、どこかになるほど情報があると思われるのであるが・・・  
 
     
   全員集合の風景   
     
 
 右の写真は似たものが全員集合した例で、目を凝らして見ると、センリョウキミノセンリョウマンリョウヤブコウジカラタチバナ、そして赤い実が確認できないが、手前中央にはアリドオシの姿も見える。
 
 個々にはありふれた存在であるが、にぎやかに集まった姿は美しい。

   
          定番の「赤い実の低木」の寄せ植えの例(塩浜) 
 
     
   語呂合わせで「センリョウ、マンリョウ、アリドオシ(千両万両有り通し)」とか、「千両、万両、百両金」として商売繁盛の縁起物として飾ったり、その姿の見栄えから「万両、千両、百両(カラタチバナ)、十両(ヤブコウジ)、一両(アリドオシ)」として軽い序列などで楽しんだ文化の痕跡が今でも残っている。そのおかげで、これらをフルセットで寄せ植えしたものが見られることもあって、いい教材となっている。   
     
   参考メモ   
     
   ヤブコウジ属の仲間については赤い実だけが鑑賞対象で、これらがどんな個性の持ち主なのかについては関心が向かないが、調べてみればおもしろいことが知られている。関心部分だけを以下に抜粋してみる。
(注):括弧書きのないものは「植物観察事典」による。 
 
     
 
ヤブコウジ属
Ardisia spp.
 ヤブコウジ属の属名は鋭く尖った葯または雄しべの形にちなみギリシャ語で「矢または槍の先端」を意味する「アルディス(ardis)」からつけられたとされる。(植物の世界) 
マンリョウ 
Ardisia crenata
 ・  鋸歯切込に小腺点あり、これを葉瘤と呼び、その中に Bacillus foliicola Miche という細菌が共生している。これは種子の胚乳の間に生育し発芽と共に菌も生育を始める。この現象はカラタチバナにも見られる。(樹木大図説) 
 ・  葉の切りかきのところに窒素固定菌(葉粒菌)が共生する。葉を土にさすと発根するのはこの葉粒菌の働きによる。 
 ・  葉粒菌は種子の胚乳の間で生育し、種子が発芽するとともに菌も生育し始める。果実が枝についたまま発芽・発根するのは、この葉粒菌の働きによる。 
 ・  葉の波状の鋸歯の間には内腺点(注:内腺体ともがある。(日本の野生植物) 
 ・  葉の裏面には明点黒褐色の細点がまばらにある。(樹に咲く花) 
 ・  葉を透かすと、暗褐色の小点散在。(検索入門 樹木) 
 ・  果実は鳥に食べられて運ばれ、ふんとともに出た種子が発芽する。 
ヤブコウジ
Ardisia japonica 
 ・  雄しべは花冠の下部につき、裂片とつねに対生する(注:これはヤブコウジ科の属性)。即ち、外側の雄しべはない。 
 ・  葉は単葉で、埋没性の油点がある。 
 ・  明治時代に特に新潟県内では人気品種が狂乱的な価格で取引されたという。(樹木大図説より) 
カラタチバナ
Ardisia crispa 
 ・  ときどき果実がなったままで発芽し、発根することがある。いわゆる胎生果実である。本種のほか、マンリョウ、ヒルギ、ヤブオウジ、マキなどがある。 
 ・  葉の鋸歯の間に腺点がある。 
 ・  18世紀末に栽培が大流行し、価格が暴騰したので、寛政10年に幕府が売買禁止令を出したことがある。 
 
     
   センリョウ科の仲間も変わり者であったが(こちらを参照)、こちらも負けず劣らず変わっている。