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続・樹の散歩道
  平凡社の「日本の野生植物(木本)」に
  センリョウが掲載されていない理由


 センリョウやマンリョウはあまりにもありふれた存在で、たっぷり赤い実をつけていたとしても、いかにも当たり前の風景で、改めて目を凝らして見ることなどあり得ない、空気のような存在の小低木である。たまたま、ある植栽樹の写真を撮っていたところ、その脇に地味なセンリョウが植栽されていて、その頂には白い粒状のものが多数ついているのに気がついた。目を近づけてみると、枝分かれしたたぶん穂状の花柄に黄緑色の粒と白色の粒が着いていることが確認できた。白い粒の方は開いた花には見えないから、全く認識はなかったものの、ひょっとするとこれから咲く小さな花のつぼみなのかとも思われた。 【2015.7】


   センリョウの奇妙な花   
   
   調べてみれば、これは奇妙な形態の花序であることがわかった。この花は花被を持たず、1個の雌しべとこれにしがみついた1個の雄しべで構成されているという、あまりにも簡素な驚くべき個性の持ち主であることがわかった。   
   
 
      センリョウの花序
 地味な色合いから、つい見過ごしがちである。
    センリョウの若い果実 
 若い果実は艶やかできれいである。
      センリョウの果実 
 珍しくも何ともない風景である。
     
    センリョウの不思議な花序      センリョウの果実      キミノセンリョウの果実 
 
     
 
         センリョウの花の構造 1 
 甲虫媒花説と風媒花説の両方を見かけるが、何だかよくわからない。
         センリョウの花の構造 2
 成熟果実には柱頭部と雄しべの着生部が2つの黒い点となって残る。
 
     
 
 
花粉を出したセンリョウの雄しべの葯の様子
 
     
     
   「日本の野生植物」で調べようとしたところが・・・   
     
   もう少し詳しい情報を求めて、平凡社の「日本の野生植物・木本」で調べようととして、索引で「センリョウ」を探すも、信じられないことにこの大冊に掲載されていないのを確認した。これでは広辞苑で当たり前の単語が欠落しているのと同様のあり得ないことで、信じ難いことであった。

 センリョウは間違いなく国内に広く自生する樹種であり、どんなコンパクトな樹木図鑑でも掲載しているごく普通の樹種である。何らかの原因で欠落してしまったとしか思えない。

 センリョウが奇妙な個性を持つのと同様に、この件は実に奇妙な事実で、どういった事情によるものなのか全く理解できない。

 まさか、古い時代の外来種であると判明して落とされたとは考えられない。 
 
     
   謎の真相   
     
   この謎に関しては考えたところで結論が出るものではないため、平凡社の編集部に問い合わせたところ、意外な事実が判明した。

 何と、センリョウは「日本の野生植物」の「草本2」に納まっていたのである。

 センリョウは間違いなく常緑低木であるが、センリョウ科の国内自生種を調べてみると、以下の2属4種のみが知られている。 
 
     
 
 センリョウ科
 Chloranthaceae   
 センリョウ属
 Sarcandra
 センリョウ (常緑低木)
 Sarcandra glabra
 チャラン属
 Chloranthus  
 フタリシズカ (多年草)
 Chloranthus serratus
 キビヒトリシズカ (多年草)
 Chloranthus fortunei
 ヒトリシズカ (多年草)
 
Chloranthus japonicus
 
     
   このうち、センリョウを除く3種が多年草であることがわかる。

 収録数が多い図鑑では、しばしば草本と木本を分けて編纂している場合があり、「平凡社 日本の野生植物」はその例である。

 そこでセンリョウの扱いについて考えてみると、仮にこれを木本で分離した場合はセンリョウ科で1種のみの整理となってしまい、一方センリョウ科の草本は3種存在する実態の中で、便宜上、木本のセンリョウを草本の括りの中で整理せざるを得なかったのであろう。実は、「保育社 原色日本植物図鑑」でもセンリョウは「草本U」で整理されているのを確認した。

 こうした便宜上の整理がなされると、一般の読者にとっては、捜し物がすぐに見つからないという事態が想定されるところであり、悩ましいことである。

追記:「日本の野生植物」の改訂版では、新分類に対応するとともに、併せて利用者の利便性を考慮し、草本と木本を分冊としないことになった。 
 
     
   この変わり者の花序について図鑑ではどのように表現しているか   
     
   確実な受粉のためにややこしい小細工などを弄する気はさらさらないといった風情の、究極のシンプルライフを地でいくようなこの奇妙な穂状花序の形態について、各図鑑でどのように表現しているのかに興味を感じたため、いくつかの事例を次に並べてみる。   
     
 
@  樹に咲く花   花は両生。6〜7月、枝先に小さな花が集まってつく。花には花弁も萼もなく、子房の横に雄しべが1個つく。 
A 植物の世界   穂状花序の花は黄緑色で、めしべの背側に1本の雄しべが付着し、6-7月に咲く。 
B 牧野新日本植物図鑑   夏、頂に短い複穂状花序をつけ、2-3分岐し、無柄の黄緑色の細花をつける。花には花被がなく、雄しべは1個で分岐せず、子房の外壁にそって着いている。
 (旧版:夏日頂に短き複穂状花序を着け二三分岐し無柄の黄緑細花あり。裸花にして花被なく、雄しべ一箇にして分岐せず子房外壁に沿着す。) 
C 原色日本植物図鑑 
  (保育社)
 花穂は茎の先に直立し6-7月頃黄緑色の小さい裸花をつける。雄ずいは1個で子房に合生。 
D 日本の野生植物  〔センリョウ属〕
花は小さな1枚の苞の腋につき、1個の雌しべとその背軸側の中部に付着する1本の雄しべからなる。雄しべには2個の葯がつき、本来は2本であった雄しべが1本に合着したものと考えられる。茎は導管(注:道管)の代わりに仮導管(注:仮道管)があり、原始的な被子植物の一つと考えられている(注:近年、これとは異なる見解もみられる。)。
〔センリョウ〕
6-7月、枝先に2-3回分枝する長さ2-4cmの穂状花序を伸ばし、まばらに多くの黄緑色の花をつける。苞は三角状で先が尖り、長さ約1mm。雌しべは球形で、長さ約1.5mm、その背軸面の中部に長さ1.5mmの1本の雄しべがついて横に張り出している。葯は黄色、2室で縦に裂ける。 
E 平凡社世界大百科事典   6〜7月、枝先にまばらに分枝する花序をだし、多くの黄緑色の小さな花をつける。花は花被がなく、1本のめしべと、そのわきに付着する1本のおしべとからなる。三角状の苞葉のわきに1本の緑色のめしべがあり、子房のわきに1本のおしべがつく。葯は黄色、2室で縦に裂ける。原始的な被子植物の一つと考えられている。
(注:この事典の本項の執筆者は「日本の野生植物」と共通している。) 
 
     
   何しろ、子房と雌しべ(花柱・柱頭)が一緒くたでまん丸になっているから、雄しべの着生部位をどのように表現するかは悩ましいところであると思われる。結果として   
     
 
子房の横につく(@) 
雌しべの背側に雄しべが付着する(A) 
子房の外壁に沿って着く(B) 
子房に合生(C) 
雌しべは球形で、その背軸面の中部に1本の雄しべがついて横に張り出す(D) 
三角状の苞葉の腋に1本のめしべがあり、子房のわきに1本のおしべがつく(E) 
 
     
   とする表現となっている。一般の読者にとって、丸いものが子房であったり雌しべであったり、決してわかりやすいものではないが、センリョウ自体がこんな異質な形態であることに由来するものであり、仕方のないことである。    
     
  <参考:センリョウ科の他の花の様子>   
     
   センリョウ科にはヒトリシズカフタリシズカといった、これまたごくありふれた仲間がいるが、何れもその花は清楚そのもので、構造がどうなっているのかなどという関心は全くなかったが、この機会に、撮影済みの写真を改めて確認するとともに、図鑑の記述にも目を通してみた。   
 
 
         ヒトリシズカの花の構造 1
 これも変わり者で、花弁も萼もない花が花穂をつくっている。何気なく見ていた白い棒状のものは雄しべの花糸とされ、各子房の背軸面に3個の雄しべがついていて、うち中心の雄しべには葯がなく、両側の雄しべの基部外側に黄色い葯が見える。子房の頂部に雌しべの柱頭が見える。、
         ヒトリシズカの花の構造 2
 葯が花糸の下部についているとは奇妙なことである。この花糸について、「日本の野生植物」では「葯隔」と呼んでいる。この花糸(葯隔)は花粉媒介昆虫の誘引・着陸に役立っているのであろうか。
 
     
 
         ヒトリシズカの花の構造 3
 子房の背軸面に雄しべが付いている様子。
          ヒトリシズカの花の構造 4
 3個の雄しべを子房から剥がして、下側から見た様子である。
   
            
 こちらはデザインがガラリと変わっている。白い帽子状のものは3個の花糸とされ、内側に雌しべが納まっている。葯も内側に納まっていて、中央の雄しべには葯が2個、両側の雄しべには1個ずつ葯がある。

 ★ フタリシズカの花と果実についてはこちらを参照  
           フタリシズカの花