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続・樹の散歩道
  クスノキの葉裏の謎の微小生命体


 クスノキの葉裏に非常に小さな丸い糸の膜がしばしばあるのを確認した。大きさはわずか2ミリほどである。葉表は特に変色がないから、もちろん葉をひっくり返してみて初めてその存在を知ることになる。クスノキ科の樹木の葉は、しばしば蛾類の幼虫の餌食になっていて、多数の葉が糸で綴られて塊状となって汚く褐色となってぶら下がっている風景をよく見るが、今回のものは全く異質で、誰が隠れているのかを早速検分してみた。 【2019.1】


     A: クスノキの葉裏で見られた糸の膜
 中の生命体が糸の膜越しに透けて見えている。糸の膜の径は2ミリほどで非常に小さい。
★ 追記: どうやらカイガラムシの一種らしい
           B: 糸の膜の部分
  糸の膜の隅で見られる大小2個の淡褐色の楕円形のものは、幼虫時の脱皮殻であろうか。
★ 追記: どうやらカイガラムシの脱皮殻らしい
   
        C: 糸の膜の中の謎の虫 1
 膜を剥がすと、体長1.5ミリほどの小さい虫が姿を見せた。矢印を付したものはアンテナのような1本の長い毛である。これをストロー状の口吻と解すれば写真は腹側か?
★ 追記: カイガラムシの雌成虫 1
         D: 糸の膜の中の謎の虫 2
 腹節は確認できるが、長い足はなく、短い突起状のものが3対あるだけである。赤褐色の楕円状のものが多数透けて見えるが、その正体が次に明らかとなる。
★ 追記:カイガラムシの雌成虫 2 
   
          E: 産卵中?の謎の虫 1
 産卵中の様子思われ、赤褐色のソーセージのように連なった楕円状のものは卵と思われる。ということはこの虫はこんな姿で成虫ということか・・・
★ 追記: カイガラムシの産卵風景 1
          F: 産卵中?の謎の虫 2
 小さな体でたくさんの卵を産んでいることに驚かされる。扁平な体が消失してしまいそうである。
★ 追記: カイガラムシの産卵風景 2
 
 
 この正体を調べる手がかりもなく、とりあえずは名前は不詳である。  
 
   【虫の正体に関する追記】   
   不思議大好きの知り合いのS さんから、これはカイガラムシではないだろうかとの意見をいただいた。
 そこで、資料でにわか勉強すると、同種らしきカイガラムシの写真は確認できなかったものの、先に掲げたA とB の写真に似た模式図を確認することができた。ついでに、カイガラムシの生態に関する解説を見ると、いくつかの謎も解けた。

 ポイントを整理すると以下のとおりである。
 
     
 
・   この謎の虫はカイガラムシ(半翅目・カイガラムシ上科 Coccoidea の昆虫)の一種で間違いないようである。 
・    写真 A は繊維状のドーム型の殻?(虫体被覆物・分泌物・介殻?)の中にカイガラムシが収まっている状態と理解できる。たぶん、マルカイガラムシ科の一種と思われるが、繊維・膜質の殻は樹脂様の質感ではない点が気になるところである。マルカイガラムシ類の殻の質感の具体的な幅に関するわかりやすい情報が得られない。
・   写真 B の大小2個の淡褐色の楕円状のものは、想像どおりで、それぞれ1齢幼虫の脱皮殻2齢幼虫の脱皮殻がそのときの分泌物と一体となって、現在の成虫の分泌物の殻の一部を形成している状態である。 
・   写真 C は信じ難いことであるが、カイガラムシの一種の雌の成虫で、翅はなく、脚も退化している。頭部、胸部、腹部の境界もはっきりしない。アンテナ状の毛の呼称及び機能は確認できない。  
 写真 D はたぶん腹側であろう。 
・   写真 E, F は、雌成虫が産卵している状態である。カイガラムシの種類によって、産卵とともに母虫体が小さく萎縮してしまうものや、 卵胎生といって、虫体内で卵が孵化するものもあるという。
注: 写真の繊維質のドームは軟弱質で、そもそもこれをと呼ぶのが適切なのかはよくわからない。 
 
     
   カイガラムシの生態は何とも個性的で興味深く、関係書籍「日本原色カイガラムシ図鑑:河合省三」から、その一端を示す記述を抜粋すると、以下のとおりである。   
     
 
<カイガラムシの総論> 
 ・  カイガラムシ半翅目・カイガラムシ上科(Coccoidea)として扱われているが、分類学的研究遅れが著しく、科の分割も定説を見るに至っていない。 
 ・  カイガラムシは寄生植物に固着して寄生生活を営む方向に高度に適応して進化を遂げてきた結果、一般に体型はきわめて単純化され、形態的上の種的な特徴に乏しい。 
 ・  わが国では応用上は(便宜的に)有殻カイガラムシ(マルカイガラムシ科)無殻カイガラムシ(マルカイガラムシ以外のもの)に大別されることがある。 
 ・  カイガラムシの最も顕著な特徴は、成虫に見られるきわだった「雌雄異形」である。 
 ・  われわれがふつうカイガラムシと呼んでいるのは雌成虫または寄生植物に固着・寄生している幼虫時代のものであって、雄成虫はほとんどわれわれの目にふれることがない。 
 ・  カイガラムシに見られる雌雄異形は、雌における幼形成熟の結果と考えられている。すなわち、完全変態をする雄の発育環がカイガラムシ本来のものであって、雌では最後の変態を省略して、幼虫の形態のまま生殖能力を持つに至ったものとされる。 
 ・  雄が全く存在しないか、まれにしか出現しないものもあり、単為生殖をする種も少なくない。 
<カイガラムシの雄> 
 ・  雄は完全変態を行い、前蛹・蛹期を経て、ふつう雌とは全く異形の有翅の成虫となる。正確には、翅は不完全変態の場合と同様に体の外表部が発達して形成されるので、完全変態と不完全変態の中間的な型を示すものといえる。 
 ・  雄成虫の翅は翅脈の退化した前翅のみで、後翅は平均棍となり、一見双翅目のものに似ている。(種によっては無翅となる。) 
 ・  雄成虫は口器を欠いており、摂食することもなく、数時間〜数日で斃死する。 
<カイガラムシの雌> 
 ・  雌は前蛹、蛹期を欠き、終齢幼虫の脱皮と同時にいわゆる幼形成熟で無翅の成虫となる。 
 ・  このため、雌においては脱皮回数が雄に比して少なくなっている。脱皮回数は種によって一定しており、雌の場合2回または3回脱皮して成虫となるものがほとんどである。 
 ・  雌成虫の形態は、いずれも翅を欠いており、その痕跡すら認めることができない。また、頭部、胸部、腹部の境界も不明瞭で、一般的にいって先行する幼虫時代の形態と大差がない。 
 
     
   【気づきの点】  
   カイガラムシの解説を読んでわかりにくいのは、「カイガラ」の概念である。
 そもそもカイガラムシの名前は、これらの仲間の一部でキチン化した脱皮殻と分泌物からなる(二枚貝の)貝殻のような鱗片状の被覆物を形成する種(マルカイガラムシ科)が知られていることによるとされる。しかし、この呼称が一部の種の特徴しか捉えていないことを気にしてか、日本での勝手な当て字である「介」の文字を使用して、無理に「介殻虫」と漢字表記するのが慣習となっているようである。その一方で有殻カイガラムシ無殻カイガラムシと区分する際は、「殻」の概念は「貝」の呪縛にとらわれたものとなっていて、混乱に拍車をかけている。

 昆虫の名前は結構無頓着、テキトーであることが多いのはよく知られていて、一部の種の特徴だけを捉えただけの名前がより上位の分類群に適用されていることが多いために、わかりにくく、誤解を招いていることがあり、昆虫が大好きな青少年達にも迷惑をかけることになっているのは残念なことである。
 なお、中国語では、「介」は海産の巻き貝を指しているようである。 
 
     
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