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続・樹の散歩道
  カタバミの小さな種子はピチッ!!と飛ぶ
   その種子散布のメカニズムはどうなっているのか


 先にコクサギの種子散布のメカニズムを目にしたときに、果実内の個々の種子が発射装置を備えたものとして、ミニチュアサイズながらカタバミも同様の機能を有していることが頭に浮かんでいた。カタバミの場合は、種子の発射装置の質感及び形状が異なっていて、半透明のゴム質様の種子の膜が破れて反転し、その反動で種子を吹っ飛ばすとものと一般にいわれている。しかし、これだけの情報では種子散布のメカニズムとしては直ちにガッテンはできない。つまり、種子の膜がなぜクルリと半転し、またこのことでなぜ種子を勢いよく飛ばすエネルギーになるのかがよくわからない。(コクサギの種子散布についてはこちらを参照) 【2017.6】


(注)    カタバミの種子を覆う半透明の膜の呼称はまちまちで、例えば仮種皮(花の大百科事典)、白い皮(花からたねへ)、種の皮(NHK)、タネを包む皮(花の声)の名を目にし、また巷では外種皮の名の使用例も目にする。このため、どれが適当なのかわからないため、便宜上ここでは「種子の膜」と呼ぶことにする。
 
 
            カタバミの花 
 日本全土にごく普通に見られるカタバミ科カタバミ属の多年草。 Oxalis corniculata 花は5弁花。
            カタバミの果実
 果実は刮ハで、縦長の5室にそれぞれ1列に種子が収まっている。 
 
 
 
   カタバミの若い果実の断面
 種子は半透明の膜に覆われている。内部の種子はまだ色づいていない。
     種子を見せた果実
 種子を散布中のカタバミの果実で、縦に割れたスリット越しに種子を飛ばす。下方に見える種子の膜は裏返っている。
飛び出し損ねたということか?
    引っ掛かった種子の膜
 種子の膜は写真のようにしばしば果実のスリットに引っ掛かった状態となっている。
     
   膜に覆われたカタバミの種子
 中が透ける膜の中に玉羊羹のように種子が収まっている。
     カタバミの種子と膜 1
 散布された種子と膜を回収して撮影したもの。
    カタバミの種子と膜 2
 種子の膜は反転していて、パックマンのような形状となっている。
 
     
 
 玉羊羹(たまようかん)は福島県二本松市産のヨウカン科タマヨウカン属の歴史のある菓子で、昭和12年に県知事や軍から兵士の慰問用の羊羹開発の要請を受けて発案した(玉嶋屋)という変わった歴史を持っている。
 直径は約35ミリで、当初は国威発揚のために「日の丸羊羹」の名で生産されていたという。

 本種の変種として北海道釧路市阿寒町には玉羊羹に倣い、色だけマリモを模した「まりもようかん」が分布するほか、日本各地にそれぞれの名の変種が分布している。
 

 
     元祖玉嶋屋の「玉羊羹」
 つついて表面の薄皮が剥ける点はカタバミの種子に似ている。 
 
     
 
(注) カタバミのうち、 茎の立ち上がるものをタチカタバミ Oxalis corniculata f. erecta として区別する場合があるほか、別に茎が立ち上がるものとして北米原産の帰化植物であるオッタチカタバミ Oxalis stricta が知られている。誰が名付けたかオッタチカタバミとは実に下品でセンスに欠けた命名で迷惑千万であるから、こんな名はみんなで無視・排除・抹殺して、「アメリカタチカタバミ」と呼ぶことを提唱したい。
 
     
 カタバミの種子のイメージと似ているものとして頭に浮かぶのは小さな風船に入った懐かしの「玉羊羹(たまようかん)」(風船羊羹とも)である。しかし、玉羊羹を楊枝でつついてもゴムの風船がヌラリ(あるいはクリッと)剥けるだけで、手の平から中の丸い羊羹が突然吹っ飛ぶわけではない。

 カタバミの成熟果実が種子を飛ばす姿は果実をつつけば見ることは容易であるが、超高速で目が追いつかない。しかし、有り難いことに、NHKが提供しているカタバミの種子散布の動画は秀作で、高速度撮影によって種子の連射(連続的な放出)の様子を捉えている。これによれば、種子の膜が果実内にとどまって種子を飛ばすのではなく、種子の膜は斜め下方に飛び出す一方で種子はさらに高速で斜め上方に飛んでいくという。さて、これをどのように理解すればよいのか。さらに種子放出に際して方向性を持っていることについて、その具体的なメカニズムもよくわからない。

 まずは、既存の書籍等の情報を抜粋した上で、これを横目で見ながら妄想を交えて考えてみることにする。
 
 
 カタバミの種子散布等に関する記述情報等の例(抜粋)   
 
 【日本の野生植物】
 カタバミ属の果実は刮ハで、成熟すると胞背裂開(各心皮背面の中央線で裂ける)し、種子は機械的に飛散する雄しべは10本で、5本ずつ2輪に並び、内側の5本は花弁と対生する。雌しべは1個で子房は5室、花柱は5本。
 カタバミの刮ハは円柱形、長さ1.5〜2.5cmで全面に密毛がある。種子は広卵形で扁平、長さ約1.5mm、紅褐色で両面に7−9本の横の畝がある。花は黄色で、径8mm、異形蕊性を示す。  
 【植物の世界】カタバミ:
 刮ハは長さ1.5〜2.5センチ、5本の畝(盛り上がって条(すじ)になった部分)があり、成熟すると畝の間が裂け(注:正確には畝の中心が縦に裂ける。)、勢いよく種子をはじき飛ばす。種子の飛ぶ距離は数メートルにも及ぶ。 
 【花の大百科事典】カタバミ科:
 カタバミ科のオサバフウロ属とカタバミ属の一部の種の種子は基部に(注:基部とは意味不明。)肉質の仮種皮を持つ。仮種皮の内側の膨れた細胞は急激に裏返しになり、種皮から離れ、種子がはじき飛ばされる。子房には5室があり、それぞれの室に1列または2裂に並んだ中軸胎座の胚珠がある。 
 【原色野草図鑑】カタバミ:
 種子の自助的な散布の代表的な例で、種子生態学ではD3型と呼ばれている。 
 【花からたねへ 種子散布を科学する:小林正明】カタバミ:
 カタバミは種子が熟すと、果実の中で種子を包んでいた白い皮の内部の膨圧(細胞内の圧力)が高くなり、刺激で急に反り返る。そのとき果実が裂けて種子が飛び出す。種子の表面には粘液があって、ものによくくっ付き、はじかれた勢いで動物に付くこともある。この白い皮は種皮が肥大成長したものと思われる。
 果実は5つの部屋に分かれている。熟した果実は緑色をしているが、触れたりして、何らかの刺激があると、果実の皮を破って中から種子が飛び出す。
 植物体自身が自力で種子を物理的に飛ばす仕組みを「種子の自動散布」という。
 【NHK動画】
 http://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005400777_00000&p=box
 カタバミのタネは不思議な動きをします。実から飛び出してきたのがタネ。カタバミのタネは、自らの力ではじけ飛び移動することができるのです。斜め下方向に飛び出す白いものは、タネの皮。タネの本体は、斜め上に速い速度で飛びます。タネの本体が、斜め上に飛ぶのは、遠くへ移動するためです。タネは透明な皮をまとっています。この皮には弾力があり、少しでも刺激されると破けて反り返り、タネを飛ばします。激しくはじかれたタネは、実を縦に裂き、隙間から飛び出していきます。飛ぶ距離は1〜2mほど。カタバミのタネがはじけ飛ぶ秘密は、しなやかな皮にあったのです。カタバミは、風や動物に頼らずに生育範囲を広げるという繁殖力をもっているのです。 
 【植物観察事典】カタバミ:
 種子は、果皮(?)の収縮する力で遠くへ飛び散る(乾燥による物理運動)。この飛散は60cmに達することがある雄しべは10本、輪状に並び、外側の5本は短く、内側の5本は長い。全草にシュウ酸を含むので、仏具などのしんちゅうを磨くのによい。
注: 文中、「果皮の収縮する力」の表現は「種皮」の誤植か。なお、昔の子供達は、カタバミの葉で10円玉を磨くとピカピカになることを知っていた。 
 【花の声】カタバミ:
 ロケット形の実に触れると、震動でタネを包む皮が破れて反転し、その反動でタネがすき間から飛び出す。このタネは粘液でぬれていて、人間の足などにくっついて運ばれていく。 
 【野草大百科】カタバミ:
 和名は「傍食み」で、虫に食われたような小葉の形からついた。また、葉が睡眠運動をするので、夕方になって閉じると、一方が欠けて見えることによるともいう。 
  【種子は広がる 種子散布の生態学:中西弘樹】自動散布植物:
 
自動散布のしくみをもつ植物は種子植物全体から見ると特別な科に偏っている。つまり、ツリフネソウ科やキツネノマゴ科のほとんどすべて、そしてスミレ科、カタバミ科、フウロソウ科、マンサク科の植物の大部分、アブラナ科タネツケバナ属、トウダイグサ科の一部、マメ科の一部などがこのしくみをもっている。(注:主な種が別途表整理されている。)
 
注: 種子の飛散距離自体は幅があると思われるが、これを真面目に調べてデータ処理をするのははなかなか大変なことと思われ、そのためか記述情報等には随分幅が見られ、到達距離に関しては60cm から数メートルまでの幅が見られる
 
 
 カタバミ種子の膜の様子  
 
 カタバミの種子の膜が発射装置であることは間違いないが、玉羊羹のイメージに取り付かれているために、種子を飛ばすに至るメカニズムは理解しにくい。

 ただし、とりあえずは種子の膜が反転していることは、先の写真でも種子の表面の凸凹模様が果実から姿を見せている膜の表面に転写されているから間違いない。

 さらに、NHKの動画を見ると、飛散直前に果実から姿を見せ始めた種子では、種子の膜が少しだけ口を開けているように見え、これが一般的なのであれば、種子の膜は果実の外側の面(表面の側から破れるということになる。

 膜に覆われた成熟種子を見ると、その表面はツルツルの平滑であるが、種子を放出した直後の膜を指先で擦り合わせてみると、随分水っぽいことがわかる。成熟種子では小さいながらも中の種子が成熟して肥大する一方で、その膜の細胞は水分で膨潤して膜はパンパンに張っているものと思われる。
 
 
 種子放出のきっかけ  
 
 果実をつけたカタバミを水挿しして観察した結果では、全く外的な刺激がない状態でも種子は徐々に放出されていることがわかる。つまり、種子の膜が緊張の頂点に達すれば、自ら破裂するということである。

 次に、外的な刺激(自然及び小動物)があった際の反応であるが、手で刺激を与えた際の様子でわかるのは、種子が発射されると、その振動で次々と誘発的な連射が始まるという現象である。これは、自然状態でも当然起きていることであろう。

 なお、果実に手で刺激を与えて種子を連射しているときに、小さなピチピチという音が発生している。たぶん、種子の膜が次々と弾ける際のものと思われる。こうした状態では、観察者の顔面にも容赦なく種子が連射されることになる。
 
     
 強力に種子を撃ち出す力の源である種子の膜の秘密  
 
 発射装置たる種子の膜のメカニズムについて理解を深める必要があるが、まずは膜が破裂して反転する仕組みについてである。

 膜が水分に富んでいることは先に確認したところであるが、膜に包まれた種子をつついてみると、表面は全く水気はなく、ゴム的な弾力を感じるだけである。ということは、水分で膜の内部が膨潤しているのに対し、膜の表面層は引っ張られることによる緊張状態が生まれていて、この均衡が崩れて破裂しているものと推定される。さらに膜が反転するということは、やはり内部には非常に強い膨圧が生じているものと思われる。

 次に膜が反転することの意味についてである。

 仮に単に収縮した膜が種子を押し出すのであれば膜は果実の中にとどまるはずであり、膜が反転する理由もない。そもそも、種子表面がかなり深い凸凹状態となっているのは、ツルッと膜から抜け出すことを予定した構造とは考えられない。

 ということで、種子の膜は爆裂的に反り返る特性があり、玉羊羹の風船が割れるときに見られるような呑気な動きではなく、大砲の薬室内の爆薬の効果を思わせるような高速で激しい動きが想像され、種子表面の凸凹は種子の膜の瞬間的な半転に際しては種子をしっかりグリップしてはじき飛ばす際に大いに役に立っている構造と思われる。

 改めてたとえて言えば、膜に覆われた種子は爆薬をまとった砲弾であり、果実の薬室内で爆薬たる膜が破裂して種子を飛ばす一方で、用済みとなった空薬莢たる反転した膜もその際の勢いで放出されていると理解すればわかり易い。
 
 
 成熟時の果実の変化  
 
 カタバミの種子散布に際して、果実自体は一見脇役のように見えるが、成熟種子が果実のスリット越しに次々と撃ち出される風景は何とも絶妙な作りを感じさせる。

 そこで、成熟時の果実を観察してみると、果実の果皮は既に堅さと水分失っているようであり、ふかふか、しなしな状態となっている。この状態では既に果皮には縦のスリットが生じていて、種子や膜の放出口が準備されているものと思われる。

 なお、成熟果実が水分を失って柔軟になっていることと、成熟種子の表面が張り裂けそうになっていることは、足並みを揃えて種子散布体勢を整えた状態と理解できる。
 
 
 種子飛散の方向性がなぜ生じるのか  
     
   この課題は難問である。種子が斜め上方に飛ぶ一方で、種子の膜が斜め下方に飛ぶことについて、どのように説明できるのかということである。ヒントとなるのは、   
     
 
 @  種子が果実の中でどんなかたちで軸にぶら下がっているかは写真でも示したとおりで、斜めになっていること 
 A  空っぽの種子の膜は薄膜でできたパックマンといった風情で、打ち出しの初速が早くでも軽量であるから、果皮のスリットで減速し、続いて空気抵抗でも減速して落下することは明らかであること 
 
     
  である。

 種子の膜の爆裂時の様子について、時間を追った経過の詳細がわからないため断定はできないが、膜の爆裂が種子の斜め下方、果実の軸側で発生していることが確認できれば、種子が斜め上方に飛ぶ一方で、膜が斜め下方に減速気味に放出されることがガッテンできるが、この点については残念ながら保留である。

 カタバミが極めてシンプルかつ巧妙なメカニズにより、種子をはるか遠くに飛ばす射出速度を実現した進化にはしみじみと感心する。

 そこで余談であるが、仮の話として、先に登場した玉羊羹の風船の素材、厚さを改変し、カタバミが種子を吹っ飛ばす性能を倣って、爪楊枝でつつくと突然手の平からぶっ飛ぶ恐怖の玉羊羹を試作することができるであろうか。直感的には、驚異の飛距離を誇る芸術的な生物兵器を人の手でまねることは難しいと思われる。  
 
     
   なお、種子散布はカタバミの繁殖力を支えているが、地上の走出枝も重要な役割があり、この茎の節から根を出して1個の個体として生長していく(フィールドウォッチング)という。