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続・樹の散歩道
  アブラムシの攻撃に耐えるカラスノエンドウ


 3月から4月にかけて、やや温かくなってくると、あちこちの道端や空き地、植え込みの空白部分に、待ってましたとばかりにカラスノエンドウが大繁殖し、いつの間にか本種の大群落が形成される。と同時にこれを待ち構えていたのが特定のアブラムシ類である。よく見ると、多くのカラスノエンドウの茎の先端部は緑色や黒色のアブラムシにビッシリと被われて厳しい試練にさらされているのを確認できる。何とも悲惨な風景に見えるが、実はカラスノエンドウにとっては計算済みのことなのであろう。こうした圧力にもかかわらず、現に本種は毎年豊かに黒い豆果をつけて、また、いくら刈り取られても毎年全く同じ風景を繰り返し再現している。 【2019.5】 


 カラスノエンドウがどんな目に合おうとも我々は何も困らないし、アブラムシがウジャウジャ増えようが、自分の家の庭先でもない限り全く気にならないから、これらは単なる季節の一風景でもある。

 カラスノエンドウは他の植物と同様に多少の試練を受けつつも、ただひたすら花をつけ、種子を稔らせて繁殖を繰り返し、あわよくば生息域を拡大しようと淡々と生きているだけである。一方、アブラムシ類は植物の種類ごとにちゃんと棲み分けて、それぞれの植物でウジャウジャと繁殖し、同時に柔らかくてジューシーな体はこれが大好きな多くの虫たちにとって食べ放題の餌になっている。

 別に食べられないように進化しようという気もないようで、自らの運命を受け入れつつ、ただ淡々と世代交代を繰り返している。
(まあ、何の意味もなく世代交代を繰り返している点ではヒトも同じであるが・・・)
 
 
1   カラスノエンドウとこの類似種の様子   
     
     カラスノエンドウの大群落(都内3月下旬)
 季節が変われば別の草本植物が優先する。 
         開花中のカラスノエンドウ
 紅紫色の花は、それなりにきれいである。 
 
 
   カラスノエンドウの花 
 花は葉腋に1〜3個つく。
   カラスノエンドウの花外蜜腺 
 花外蜜腺(赤矢印)は特に被食防止の機能を発揮しているような印象はない。葉柄基部の托葉で見られる。
  カラスノエンドウの豆果の種子
 豆果では5〜10個の種子が見られるという。 
     
     
   ホソバカラスノエンドウの葉
 カラスノエンドウの細葉タイプの変種とされている。
     スズメノエンドウの葉
 左上はカラスノエンドウの葉で、しばしば両者が同居している。その名のとおり葉は小さい。
    スズメノエンドウの花
 花は葉腋から伸びた柄の先にふつう4こつける。 
     
 
   スズメノエンドウの若い豆果
 豆果には短毛があり、種子はふつう2個入っている。
      カスマグサの葉と花 
   カスマグサの若い豆果
 豆果には毛はなく、種子はふつう4個入っている。 
 
     
2   カラスノエンドウを吸汁するアブラムシとその他の目にした虫たち   
 
   観察した箇所では、緑色のソラマメヒゲナガアブラムシ黒色のマメアブラムシの両種がそれぞれ集団を形成している印象があったが、場所によっては両種が同じ茎で混在している風景もふつうに見られた。   
 
  ソラマメヒゲナガ
  アブラムシ

 
 ソラマメヒゲナガアブラムシとマメアブラムシが混在している例   マメアブラムシの
  単一種パターン
  豆果で吸汁しているマメアブラムシ
 大小にぎやかな状態であるが、大きな成虫では体にツヤがあることが確認できる。
 
 
   茎や豆果をビッシリと被ったアブラムシの集団は、少し振動を与えただで一斉にバラバラッと落ちてしまう。防衛反応のように見えるが、口針を植物体の師部にしっかりと差し込んでいた場合に、なぜそんなことが可能なのかはよくわからない。
 また、ここに登場したアブラムシに限らず、茎に取り付いたアブラムシはみんな行儀よく下向きとなっているのは奇妙で、この理由を知りたいところであるが、講釈を目にしない。 
 さらに、一部のアブラムシでは集団行動として尻振りダンスをしているのを見ることがある(こちらを参照)が、その理由は依然として謎である。
 
     
     ソラマメヒゲナガアブラムシ 1(成虫)
 成虫は頭部、角状管尾片、脚が黒い。体背面には角状管の基部前後と腹部7〜8節背面に厚板がある (日本原色アブラムシ図鑑)と説明されている。 
     ソラマメヒゲナガアブラムシ 2(成虫)
 寄主植物はソラマメ、ハマエンドウ、カラスノエンドウ、ナンテンハギなど(日本原色アブラムシ図鑑)とされる。 
   
     ソラマメヒゲナガアブラムシ 3(成虫)
 頭部、胸部が真っ黒で、赤い眼が目立つ。 
     ソラマメヒレナガアブラムシ 4(成虫)
 尻の様子で、2個の角状管は中央部が膨れている。尻の端に1個あるのが尾片である。 
   
 コロニーを刺激すると、角状管の開口部から粘液を出して天敵の行動を抑制し、揮発性の警報フェロモンを発して付近の仲間に知らせる。尾片が指状に長い種類にはアリが来ないことが多いので、体を汚さないために排出液(甘露)をはじき飛ばす器官となっている。(アブラムシ入門図鑑) 
   
      ソラマメヒゲナガアブラムシ 5(幼虫)
 若いくせに体がパンパンに膨れている。食べ過ぎか?  
     ソラマメヒゲナガアブラムシ 6(幼虫)
 
頭部はまだ黒くなっていない。脚には満遍なく毛があるのが確認できる。 
   
   ソラマメヒゲナガアブラムシ 7(有翅虫) 
 翅をつけてどこへ行くつもりなのであろうか。混んできたため、分散するための現象なのであろうか。 
      ソラマメヒゲナガアブラムシ 8(有翅虫)
 本種は寄主転換するとは聞かない。黒い側斑紋が見られる。  
   
     ソラマメヒゲナガアブラムシ 9(有翅虫)
 この個体では側斑紋が大きくはっきりしている。 
    ソラマメヒゲナガアブラムシ 10(有翅虫)
 上から見た様子である。 
            マメアブラムシ 1
 アズキ、ソラマメ、インゲンなどに大発生を見ることが多く、春にはカラスノエンドウなどマメ科の雑草にも多く寄生するとされる。((日本原色アブラムシ図鑑) 
       マメアブラムシ 2 (幼虫)
 成虫は黒色、うすく白色ロウ質粉をまとい、赤ちゃん(幼虫)は淡色で一層粉っぽい。 
   
      エンドウヒゲナガアブラムシ 1
 カラスノエンドウに隣接してしばしば存在していたスズメノエンドウに限ってわずかに見られたもので、触角、角状管、尾片の色がソラマメヒゲナガアブラムシに比べるとはるかにうすい。 
これと右の写真以外はすべてカラスノエンドウで見られた昆虫である。 
       エンドウヒゲナガアブラムシ 2 
 色はうすいマスカットグリーンで、色彩的にはソラマメヒゲナガアブラムシやマメアブラムシよりも随分おいしそうに見える。
 
エンドウ、スイートピーで大発生することがあるとされる。 カラスノエンドウにも寄生するというが、観察箇所では確認できなかった。
 
     
     ヒラタアブの幼虫
 写真ではわかりにくいが、ヒラタアブの幼虫がアブラムシをくわえて体液を吸っている。子供たちの餌が確保できるからヒラタアブが卵を産み付けるという構図である。アブラムシがヒラタアブの餌食となっている動画はこちらを参照。 
      ヒラタアブの幼虫
 拉致・監禁して撮影したヒラタアブの幼虫である。体は半透明で、内蔵が動いているのが透けて見え、背部の暗色の線の太さが周期的に変化する。左下側が口である。 
       ヒラタアブの蛹
 左側が頭側で、右側の突起が幼虫時の後気門である。ときに寄生蜂が出てくることがある。
     
   ナナホシテントウの幼虫
 餌が確保できるからテントウムシが卵を産み付けるという構図である。周辺にはアブラムシの残骸が散らかっている。
       ナナホシテントウ 
 テントウムシの成虫もアブラムシを食べるという。 
     ホソヒメヒラタアブ
 幼虫はアブラムシを食べると思われる。  
     
     
     ナミホシヒラタアブ 
 この幼虫はアブラムシを食べると思われる。 
      ヒメバチの仲間 
 寄生蜂の類である。 
      ヒメバチの仲間
 寄生蜂の類である。  
     
     タコゾウムシの仲間
 幼虫は葉を食べる。 
     タコゾウムシの仲間
 幼虫は葉を食べる。 
 体液を吸われたソラマメヒゲナガ
 アブラムシの死体とヒラタアブの
 卵の脱け殻

 ヒラタアブ幼虫が活躍すると死屍累々の凄惨な風景となる。  
 
 
   ヒトも昆虫も、植物に依存し生きている点では同じであるが、カラスノエンドウだけを見てみても、非常に興味深い。
 アブラムシはカラスノエンドウを吸汁し、タコゾウムシの幼虫は葉を食べ、ヒラタアブやナナホシテントウの幼虫はアブラムシを食べ、たぶん寄生蜂はヒラタアブなどの幼虫に寄生すると思われ、何ともにぎやかな世界となっている。 
 
     
備忘録  
 
 アブラムシは適宜植物の種類によって棲み分けていて、とてつもなく種類が多く、しかも生活環が複雑で、翅があったりなかったり、卵を産む一方で仔虫をプリッと産んだり、虫えいをつくるものがあったり、中には寄主転換をするものがあったりで理解しにくく、素人にはなかなか取っつきにくいものがあって、たぶん研究者でも難儀しているものと思われる。

 アブラムシの参考書としては、一般の公共図書館にあるものは限られていて、 「アブラムシ入門図鑑」(全国農村教育協会)と「日本原色アブラムシ図鑑」(全国農村教育協会)の名を見る。何と、全国農村教育協会の独壇場である。やはりアブラムシはふつうの昆虫学者が興味本位で取り組むものではなく、主として農作物の病虫害対策という明確な目的をもって研究されてきた知見が核となっている分野であると思われる。となると、自ずと専門家の数も限られているのであろう。(であるはずであるが、突然ワープしたようなハイレベルな研究も見られるから、一部でアブラムシの個性に関心を寄せる研究者もいるようである。)

 さて、とりあえずはアブラムシのあらましを浅く理解したく、前記書籍のポイントを抽出して、以下に備忘録とする。
 こんな複雑な生態を頭に入れるなど無理である。
 
     
 
 アブラムシの完全生活環
 注:同種でも卵世代をもたず、周年単為胎生生殖を続ける「不完全生活環」をとることもある。
 越冬卵
 
 幹母:越冬した受精卵より孵化したアブラムシで、春に出現無翅型。1世代のみ。体型はずんぐりむっくり。
 
 胎生雌虫(数世代):卵ではなく仔虫を産む雌。交尾を経ずに雌の幼虫を産むのが一般的。胎生雌虫は数世代繰り返される。胎生雌とも呼ばれ、無翅型有翅型がいる。
 
 有性世代産出虫:有性世代を産む胎生雌産性虫(雄虫と卵生雌虫を産む)や産雌虫(卵生雌虫のみを生む)、産雄虫(雄虫のみを産む)がある。
 
 雄虫と卵生雌虫(交尾):通常、短日・低温条件下の晩秋に出現する。雄虫は有翅型の種が多い。卵生雌虫は無翅型を基本とし、雄虫と交尾して、越冬卵を生む一世代のみ。卵生雌とも呼ばれる。
 
 越冬卵
<メモ> 
 世代によって寄主を変える(寄主転換)種を移住性アブラムシと呼んでいる。  
 移動は有翅型により行われ、幹母からの出現世代は種によって決まっている。 
 移住性アブラムシの有性生殖が行われる寄主植物は「一次寄主」と呼んで、卵越冬し、単為胎生生殖が行われる寄主植物は「二次寄主」と呼ぶ。 
<雑件> 
 アブラムシのすぐれた環境適応性はまた、その食性にも見られ、現在、我々の身辺でアブラムシの寄生しない植物は少なく、種子植物、シダ類ではほとんどの植物に寄生する。 (日本原色アブラムシ図鑑)