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樹の散歩道
   ヘクソカズラのにおいを堪能するには


 ヘクソカズラは昔から非常にくさいということになっていて、それゆえ思いつく最悪の名前を与えられた可哀想な植物である。たぶん、自分の身を一生懸命守るため、進化の過程でやっとのことで身につけた自己防衛メカニズムなのであろう。個人的にもこの植物はとにかくくさいものとして観念的に整理しているものの、実をいうと経験的にくさいと感じたことがないのである。くさいはずのものがくさくないとは、一体どういうことであろうか。【2010.9】


 屁クソカズラも花盛り!! 
 
    ネットフェンスを覆ったヘクソカズラ
 ヘクソカズラはネットフェンスが大好きである。  
 アカネ科ヘクソカズラ属の多年草 Paederia scandens
           同左部分
 一生懸命に花をつけているせいか、とりあえずは退治されていないようである。
   
 
        花盛りのヘクソカズラ
 豊かに花をつけている様子で、それなりに美しい。
    丸いタイプの葉をつけたヘクソカズラ
 葉の形は幅広い変異が見られ、これは丸いタイプである。この風景はほとんど園芸植物のようである。 
   
   細長いタイプの葉をつけたヘクソカズラ 1
 このタイプはヤマノイモの葉に似ている。 
   細長いタイプの葉をつけたヘクソカズラ 2
 街中のごく普通の風景である。これはさらに細い葉である。なお、若い葉は細いのがふつうである。 
   
   
       ヘクソカズラの花と果実
 花と成熟前の緑色の果実が同居している状態である。。
       ヘクソカズラの成熟果実
 成熟果実はオレンジ色で美しい。この果実の汁は民間療法として、ひび、あかぎれ、しもやけに利用されたという。
   
         ヘクソカズラの花冠
 花冠は5裂し、屈曲した2本の花柱が花冠からのぞいている。花筒内側の腺毛は蜜を盗むだけのアリの進入を阻止するためのものとする見方がある。
      ヘクソカズラの花柱と腺毛 1
 身近なもので確認したところ、花筒内部はしばしば小さな赤いアリの巣窟となっていた。小型のアリには腺毛は機能していないのであろうか。  
   
      ヘクソカズラの花柱と腺毛 2 
 腺毛はまるで食虫植物の腺毛を思わせるような形態である。実は、こうしてみると非常に小さい複数の種の虫が内部で多数動き回っていた。
       ヘクソカズラの花柱と腺毛 3
 花柱は短く細かい毛に覆われている。柱頭部の区別はよくわからない。 
   
      ヘクソカズラの花冠内部の様子
 花冠を切って展開した状態である。途中で2裂した長い花柱と雄しべが確認できる。花柱の上方が複雑に屈曲し、雄しべは上下2段に2個ずつついている。写真の色の再現性が悪いが、花筒の内側は美しい紅紫色で、全体が多数の腺毛に覆われている。
      ヘクソカズラの花冠の外面の様子
 左の写真で一部が見えるとおり、花冠の外面は白く見えるが、拡大して見ると意外や透明の球状の細胞が複数連鎖したものと思われる毛に覆われている。これを指して「粉末状柔毛」としている例(中国植物誌)があり、また「灰白色のビロード状の毛が密生する。」としている例(植物観察事典)を見るが、いまひとつ実態にマッチしていない。。
   
     ヘクソカズラの花冠の毛の様子 1
 横から見た状態で、確かに球体の連鎖構造であることが確認できる。 
     ヘクソカズラの花冠の毛の様子 2
 こうした形態が何のメリットがあるのかは確認できない。 
 
 改めて、どこがくさいのかを復習してみよう。手近な図鑑類を調べてみると、全体がくさいとするものと、葉がくさいとしているものがある。また、近づいただけでもくさいとするものと、葉を揉むとくさいとしているものがある。記述内容には随分幅がある。
 その概要は以下のとおりである。
 
 <図鑑等におけるヘクソカズラのにおいに関する記述例>
【牧野日本植物図鑑】
 全体に臭気あり、故に屁糞蔓の和名あり、或いは屁臭サカヅラの名もあり。

【山渓カラー名鑑 日本の野草】
 全体に悪臭があることから屁くそ蔓と呼ばれている。

【朝日百科 植物の世界】
 ヘクソカズラの和名は茎や葉のにおいに由来し属名もラテン語で「汚物」の意味である

【保育社 検索入門 野草図鑑①】
 クソカズラの名で万葉集に詠まれ、サオトメバナの名は花を早乙女の傘と見立てたもの。その臭気、対生する葉、葉間托葉の3点に気付けば、花なしで確実に名が決められる。

【山渓ハンディ図鑑 野に咲く花】
 臭気は花や葉、果実をそっと嗅いだだけではにおわない。もんだりつぶしたりしてしてはじめてにおう。万葉集でもクソカズラと詠まれている。

【山渓名前図鑑 野草の名前 夏】
 「さうけふに(さいかちに)はいおほとれる くそかずら たゆることなく みやづかえせむ」(そうきょうの木にからについて広がっていく糞蔓のように絶えることなく、いつまでもみやづかえしよう)は万葉集の一首で、皇族の高宮王(たかみやのおほきみ)の歌である。この中の“くそかずら”は“ヘクソカズラ”のことである。奈良時代には、すでにクソカズラの名前で呼ばれていたことがわかる。この糞蔓に“屁”いつの時代かに加わっていた。江戸時代には「草木図説」によって、ヘクソカズラになっていることが分かる。全草に悪臭がある

【ヤマケイポケットガイド 薬草】
 花や葉、実などをもんだり、つぶしたりすると臭気があることからこの名がある。熟した実の汁は天然エキス100%の(皮膚の)保護剤。少々臭いのが気になるが、皮膚に優しい側面もある。

【街・里の野草(小学館)】
 ヘクソカズラ(屁糞蔓)は葉をつぶしたときに感じる臭いによる。この臭いは近づいただけでも臭ってくる。夏場の草刈りの時にはこの臭いに閉口させられる。

【したたかな植物たち:多田多恵子】
 悪臭の元凶はメルカプタンという揮発性のガスである。葉がちぎられたりして細胞が傷つくと、細胞中に含まれるペデロシドという硫黄化合物が分解してメルカプタンを生じ、独特のにおいをまき散らす。このペデロシドという成分は、昆虫が嫌う成分(忌避物質)として機能する。ヘクソカズラはこれを植物体に大量に蓄えているので、葉を食べたり茎の汁を吸ったりする虫もなかなか寄りつかない。外敵から身を守るための「科学防衛」である。

【花のくすり箱:鈴木昶】
 この気の毒な名前は、ひとえに悪臭のせいである。この植物の全草にはイリドイド化合物のペデロシドアスペルロシドなどが含まれている。中国では全草を煎じて関節痛や腫れ物に内服するというが、日本の民間療法は果実をとってもみ、そのまましもやけやあかぎれに用いる。

【中国植物誌】中国名:鸡矢藤(鶏矢藤) Paederia scandens var. scandens
 本種は葉の形状と大小の変異が甚だ大きい。中草薬滙編によれば、風湿筋骨痛、打撲損傷、外傷性疼痛、肝胆及び胃腸の激痛、黄疸型肝炎、腸炎、赤痢、消化不良、乳児虫気、肺結核喀血、気管支炎、放射線による白血球減少、農薬中毒を治し、外用として皮膚炎、湿疹、瘡瘍肿毒を治す。
:不思議なことに、本種のにおいに関しては全く触れていない。中国人にとってはくさいくないか?

(注)  メルカプタンといえば、スカンクのにおいの主成分もメルカプタン、特にブチルメルカプタン C4H9SH である(平凡社世界大百科事典)とされる。
 実は、こうした一方でヘクソカズラはちっともくさくないではないかとする声もある。中には、葉を揉んでもくさくなかったにもかかわらず、その手を洗うときに非常にくさかったとする証言もある。各種図鑑の記述内容にバラツキがあることを合わせ考えると、人により感じ方が異なる可能性が考えられる。

 未だにこのにおいを実感できないため、改めて以下の確認をしてみた。

    そっと嗅ぐ 
    葉を揉む 
    花を揉む 
    未熟果及び熟果を潰す 
    茎を揉む 
    葉を揉んだ手を乾燥後に水で濡らす 
    揉んだ葉を乾燥する 
    上記の葉に注水する 
    ビニール袋に葉と花の付いた蔓をたっぷり投入して袋のままもみしごき、袋に顔を突っ込む 

 これだけのことをしてみたが、普通の草と同様にわずかに青くさいだけで、全く悪臭など感じないのである。強いていえば、ほんのわずかに固有の青くささがあるのかなという程度である。もわずかに野沢菜に似た淡い香りがあるかなという程度であった。

 さらに、身近な年齢の幅がある複数の男女に、花の付いたヘクソカズラのツルを与えて、葉を揉んで確認してもらったところ、くさいと感じた者は全くいなかった。以上のことから、独断で次の結論を得た。この件はとりあえずこれで区切りとしたい。
★結論  ヘクソカズラをくさいと感じる人々が昔からしばしば存在する。 
 植物体の部位によって、発生するにおいの程度に差があったり、においの程度に関して、大きな個体差があるとは考え難い。
 証言のバラツキが存在することは、このにおいの感受性に関して、甚だしい個人差が存在すると考えるのが妥当であろう。
★注意  上記は、においに対して極度に過敏な者が実験すると、あまりにも濃厚なにおいでショック症状を引き起こす可能性を否定できないので、決して真似をしないこと。
 <参考資料>
 においは残念ながら実感できなかったが、におい関連で興味深い記述を目にした。次の一文である。
 ヘクソカズラは虫の食害を受けて茎や葉が傷つくと細胞内に蓄積したペデロシドという成分が分解してメルカプタンというガスになる。この悪臭を放つガスで敵を遠ざけるのである。しかし、ヘクソカズラヒゲナガアブラムシはこの悪臭成分をものともせずにヘクソカズラの汁を吸ってしまう。それだけではない。このアブラムシは、なんとこの悪臭成分を好んで自分の体内にため込んでしまうのだ。驚くことにヘクソカズラの悪臭成分を蓄えることによって、このアブラムシは外敵から身を守っているのである。アブラムシの天敵であるテントウムシもこのアブラムシだけは食べようとしない。【身近な雑草のゆかいな生き方:稲垣栄洋】 
 
  ヘクソカズラの葉が大好きな虫がほかにも存在する。その様子はこちらを参照。
 
<参考メモ> 

 
 ヘクソカズラの葉柄の基部には、茎の上に三角形の鱗片がある。これは左右の托葉が合生したもので、葉間托葉または合生托葉とよばれる。【検索入門 野草図鑑】 
 ヘクソカズラは、花の上面の様子が灸(きゅう=やいと)をすえた跡に似るのでヤイトバナ(灸花)とも呼んでいる。
 ヘクソカズラは特に葉の変異が大きく、以下のように変種を分ける考え方も見られる。
 ツツナガヤイトバナ  var. longituba
花筒部のながいもの
 ハマサオトメカズラ
  (ハマヘクソカズラ)
var. maritima 
全草に毛がなく、葉が厚く光沢のある海岸型
 ビロートヤイトバナ  var. velutina
葉に毛の多い型
 
* ヘクソカズラが大好きな奇妙な虫などに関してはこちらを参照