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樹の散歩道 雌雄二型とはおもしろい!!
小学校高学年向けと思われる書籍で「雌雄二型」の語を目にした。樹木に関して講釈した中での話で、要は雄株と雌株の樹形が異なった樹種が存在することが知られていて、これらを指した言葉のようである。具体的には、シダレヤナギが取り上げられていた。同様の話としては別の複数の樹種に関する記述を目にしたことがあり、やはり「通説」となっている印象がある。しかし、いずれも現物をじっくり観察して見極める機会がないため、実感がないし、図鑑類でも触れている例がほとんどない。そこで、可能な範囲で理解に努めることとした。【2012.7】 |
目にした先の書籍は「ほんとの植物観察(室井綽・清水美重子、株式会社地人書館)」で、少年少女向けの教育書籍ながら、フムフムである。関係分を抜粋すると次のとおりである。 | |||||||||||||||||
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(注:その他いろいろな講釈があって、小学生に独占させてはもったいないほどである。) | |||||||||||||||||
さらに、別の少年少女向けの以下の図書にも同様の記述が見られた。 【校庭の樹木:岩瀬徹・川名興(農文協)】 「(シダレヤナギの)しだれる枝は、雄株の方が長く、雌株はあまりのびない。」とある。 |
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次に教養を身に付けるために岩波の生物学辞典を調べると、この用語が掲載されていた。 | |||||||||||||||||
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日常感覚としては、シカ(鹿)やキジ(雉)、かぶと虫などいろいろ思い浮かぶが、樹木に関する“通説”としては「セイヨウハコヤナギ」と「イチョウ」しか思い浮かばない。そこで、とりあえずはシダレヤナギを含む3樹種を課題として採りあげて検討する。 | |||||||||||||||||
1 | シダレヤナギの雄株と雌株の実際 Salix babylonica 「シダレヤナギは古い時代に中国から移入されたもので、日本には雌株が少ない」というのが国内での定型的な説明である。しかし、雌雄の形態の違いに関し、先に紹介した書籍の記述以外に、図鑑で説明した例は見たことがない。国内では雌株が少ない事情があるとしても、これほど身近な存在でありながら不思議なことである。あるいは、実は真実は単純ではないのかもしれない。しばしば「シダレヤナギの雌株」として認知されているものが、例えば特に枝が短めの特性を持った雌性品種のクローンであったり、中国の全く別の種の枝垂れ品種であったり、あるいはシダレヤナギの交雑品種であったとすれば、笑い話になってしまう。やはり、中国国内での情報も不可欠である。 |
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(目にするシダレヤナギの雄株は単一のクローン品種なのか) このことについて科学的な根拠に基づいて結論を述べるには、古い時代から広く出回っているシダレヤナギのDNAを相当の規模で調べなければならない。一部の書籍で「同一遺伝子のクローンである。」とした記述を見るが、その根拠はわからない。 シダレヤナギは長く枝垂れることが「いのち」であり「価値」であって、このため、より長く枝垂れるものが選抜され、そしてその選抜されたものが挿し木で増殖されてきた歴史のあることは容易に想像できる。身近なシダレヤナギの雄株の枝の様子を見ても、枝垂れの長さには幅があるような印象があり(樹齢との関係はよくわからない。)、複数の系統が存在する可能性を示している。そもそもソメイヨシノのように交雑により作出された品種ではないから、単一のクローンとは考えにくい。 |
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(中国では雌雄の樹型等の違いについて認知しているか) 「中国主要樹種造林技術」によれば、シダレヤナギ(中国名「垂柳」ほか)に関し、概略次のような記述が見られる。 |
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残念ながら、雌雄の垂下枝の長さの違いに関する記述は確認できなかった。したがって例えば雄株の方が枝が長いから好まれるとも言っていないし、実は、むしろ雌株は春に大量の綿毛を飛ばして環境衛生上よろしくないということで、公園や市街地、住宅地の緑化に当たっては、雄株を選択すべきであるとしている。 (注)雌雄の枝の太さについて触れているが、国内のサンプルでは実感はない。 また、別の「中国樹木誌」でも「小枝細長、下垂」(小枝は細長く、下垂する)とあるだけである。 少なくとも、確認したシダレヤナギの例では、雄株の枝長は幅がありそうである。これは選抜の経過が反映しているのかも知れない。雌株は多分クローンであろう隣接した2本を目にしただけで、たまたま枝は短めであったが、雌株の枝が常に短いのかを確認するに十分なサンプルがない。 平均的にどうなのかとなれば、本家の中国でフィールド調査をしなければ何とも言えない。 先の中国の文献の原文は以下のとおりである。 |
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(その他どんな記述が見られるか) シダレヤナギ Salix babylonica に関連して、以下の記述例が見られた。 |
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本種は世界的に普及しているものであるが、雌雄の枝の長さに関して論じた情報は見当たらなかった。 結論的には、国内で見られる限られた個体のみで平均的な雌雄の枝の長さについて論じることは困難であり、広く交雑種を含めてしっかりと系統を把握した上でデータを整理しなければ、総合的な評価は困難であると思われる。 |
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<参考資料> |
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2 | セイヨウハコヤナギの雄株と〝雌株〟の実際 セイヨウハコヤナギの場合は細い枝がみんな上を向いたスリムな樹形が雄株で、雌株は枝が横に開いているというのが通説である。この場合、もちろんカイリョウポプラを見てセイヨウハコヤナギの雌と勘違いしてはならない。と言いつつも、実は、そもそもセイヨウハコヤナギに雌株が存在するというのも変な話である。以下に順を追って検討してみる。 列状にきれいに植栽されたセイヨウハコヤナギと思われるポプラが並木を構成している風景に目をやると、単木的に、或いはまとまって、枝が暴れた樹形のものがしばしば混在していることに気付く。 かつて植栽を発注し、そして現在管理している立場の者としては、スリム樹形で美しく揃った風景を描いていたはずである。しかし大きく生長した姿をみればだらしなく不規則に枝を突っ張る樹形のものが混在していて、枝の整理に手間を要し、加えてこの暴れ木は、初夏にはこれでもかとばかりに綿毛をまき散らし、近隣の住民からは大いに嫌われている情景が目に浮かぶ。 こうした風景は、ヨーロッパとは違い、ポプラ導入後の歴史が浅いことに起因しての認識不足によるものと言えそうである。 |
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(セイヨウハコヤナギの並木等でなぜ樹形の異なるものがしばしば混在しているのか) そもそもセイヨウハコヤナギPopulus nigra var. italica , Populus nigra ‘Italica’ (元祖ロンバルディポプラ Lombardy poplar )としてイタリアで選抜されたとされるものは「雄株」とされている。したがって、適正に系統管理されたものから採穂され、接ぎ木で増殖されたものであれば、すべて同一クローンで樹形は間違いなく揃い、綿毛を飛ばすものなど混在するはずがない。そうでないとすれば、採穂木の管理に混乱があって、結果として別のものが混じったとしか考えられない。 |
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(異質のポプラの正体は一体何なのか) 身近な複数箇所で確認した限りは、スマートなポプラは確かにすべて雄株であったが、綿毛を散らかしたものは枝が開いた雌のポプラ(もちろんカイリョウポプラではない。)であった。こうしたことから、一般に「セイヨウハコヤナギの雌株は雄株とは樹形が異なり、枝が開いている。」とした認識につながっているのであろう。 しかしである。繰り返すがそもそもセイヨウハコヤナギは雄株から選抜された雄性品種ではなかったのか。そうであれば、品種たるセイヨウハコヤナギに雌株など存在しないと理解するのが正しいはずである。したがって、くだんの異質な存在は別途導入されたただの基本種たるヨーロッパクロポプラ Populus nigra の枝が暴れる特性を持った雌株のクローンかもしれないし、得体の知れない交雑種の雌株のクローンかもしれない。こうしたことは、本当は想像するようなことではなく、苗木生産者が一体何を納入したのかという問題であるが、今となって誰にもわからないし、DNA鑑定を実施しない限り、素性は不明としか言えないのではないだろうか。 したがって、例えば北海道庁の前庭にあって、毎年派手に綿毛を飛ばすセイヨウハコヤナギとしている雌株のポプラについて、これを「セイヨウハコヤナギ」と呼ぶこと自体が適当ではないということになる。さらに言えば、セイヨウハコヤナギの名の品種を指して、「雌雄異株である」とする表現自体も論理的にあり得ないということになる。もちろん、セイヨウハコヤナギの母種たるヨーロッパクロポプラ Populus nigra が雌雄異株であるとするのは何も問題はない。 残念なことであるが、ポプラのDNAを調べたところで何も手柄にならないから、今後誰も調べることもなさそうであり、謎は謎のままになってしまうのかもしれない。 ポイントを再整理すれが次のとおりである。
こうした事情から、結論としてセイヨウハコヤナギの場合は「雌雄二型」の例には該当しないと思われる。 |
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<参考資料> | |||||||||||||||||
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3 | イチョウの雄株と雌株の実際 (イチョウの雄株と雌株の見分け方) 北大構内のイチョウ並木はなぜか雄株と雌株がごちゃ混ぜになっている。多分意識したものではなく、単に実生苗を植栽した結果なのであろう。外種皮の臭いがいやな場合は、雄木を接ぎ木増殖して植栽するのが普通で、街路樹の場合は通常は雄株が植栽されている。 さて、イチョウに関しては雌株はやや枝が開くとする通説がある(こちらを参照)。そこで、サンプルを並べてみた。。 |
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A | イチョウの雄株の例(北大構内) | ||||||||||||||||
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B | イチョウの雌株の例(北大構内) | ||||||||||||||||
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しかし、修行が足りないせいか、それほど大きな違いを感じない。一方、次のような記述例がある。 「イチョウの雌雄は、大きく成長したものでは樹形で容易に判別できる。雌株は果実の重みで枝が垂れ下がる傾向があり、横に枝を伸ばした樹形となりやすい。雄株はすらりと枝を上方に伸ばしており、花粉を風に乗せて遠方に飛ばすには、この方が適している。」 【岡山理科大学 植物生態研究室】 果実の重さで垂れているのかどうかは、イチョウの樹によく聞いてみなければわからないのかもしれないが、仮にこうした例があるとしたら、二次的な物理的な条件による例となり、本質的な雌雄二型とは次元の異なるものとなる。 |
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イチョウの樹形の観察に関しては、本当は自由に枝を伸ばした自然仕立ての大木の並木で比較したいところである。神宮外苑のイチョウ並木なら確認できるかもしれない。とりあえずイチョウの樹形観察は継続案件としたい。 | |||||||||||||||||
雌雄二形に関係しそうな3樹種についてみてきたが、残念ながら、いずれもガッテンには至らなかった。 | |||||||||||||||||
【追記 2015.3】 皇居東御苑のイチョウの雄株と雌株 | |||||||||||||||||
イチョウの雄株と雌株の樹形の違いを実感できるいいサンプルを目にできないままになっていたが、皇居東御苑の百人番所の向かいに並んだの2本のイチョウが幸いにも雄株と雌株で、ボランティアガイドが樹形の違いの例として採り上げて説明していたので、以下に紹介する。 | |||||||||||||||||
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【追記 2017.11】 都内行幸通りと神宮外苑のイチョウ並木 | |||||||||||||||||
イチョウの雄株と雌株の樹形が異なるのか否かは引き続く個人的な宿題となっていたところであるが、面倒と思いつつも意を決して、雌雄株が混在する都内のイチョウの名所でその様子を確認してみることにした。 | |||||||||||||||||
① | 都内 行幸通りのイチョウ並木 | ||||||||||||||||
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② | 都内 明治神宮外苑のイチョウ並木 | ||||||||||||||||
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雄株と雌株に多少とも樹形の違いの傾向があればとの思いで、1人で当てっこをしながら徘徊したのであるが、残念ながら、イチョウの雄株と雌株の樹形の違いについて、一般的な傾向は全く確認できなかった。これはいくら修行しても困難であろうと思われる。これを以て本件は打ち止めである。 イチョウの雌雄株に樹形の違があるのかなど、一般の人にとってはどうでもいいことであり、観察したイチョウ並木では、おじいちゃんやおばあちゃんが、散歩がてらに慎ましやかに銀杏拾いをしている平和な風景がしばしば見られた。 |
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