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樹の散歩道
  針葉樹の雌花にも美しいものがある


 花の色が鮮やかなのは、多くの場合は昆虫たちを呼び寄せ、その力を借りて自殖を避けて別株の花粉による受粉を実現するためで、ヒトの目にどう映ろうと関係のないことである。一方、植物では風媒花と呼ばれ、専ら風任せで他の個体の花粉が飛んでくるのを期待するグループがあり、裸子植物のほとんどはこれに属している。このため、例えば、身近な針葉樹であっても、被子植物でいう雄花、雌花に相当するものについては一般に影が薄く、厄介者扱いのスギの雄花さえ、まじまじ見られることもない。しかし、注意してみれば、しばしば実に鮮やかな赤い雌花(雌の球花)を付けたものを目にすることがあり、これをさらに子細に観察すればその姿は繊細で、新鮮ですらある。【2012.9】  


 
          アカエゾマツの雌花
 眩しいほどに鮮やかな赤紫色である。総じて樹の上部に花を付けるため、気付かない人も多い。
            エゾマツの雌花
  トウヒ属の樹種の雌花はどれも似た印象である。いずれの樹種も球果として成熟化が進行すると、下向きとなる。
   
   風媒花であるからこんなに鮮やかである必要はないはずであるが、不思議なことである。

 針葉樹の花(ここでは雌花)といっても、被子植物のように花弁や雌しべ、雄しべがあるわけではないため、どうしても「花」の語には違和感がある。そもそも裸子植物にはその祖先たるシダ植物に準じて、大胞子葉(嚢)とか小胞子葉(嚢)とかの難解な用語が適用されていても、一般的な呼称としては馴染み難く、また「雌球花」「雄球花」の語もあるが、「球果」と音が同じで紛らわしく、実際のところ針葉樹でも「雌花」「雌花」の呼称を便宜的に使うのが一般的になっているところである。

 こうした中にあっても、正しい理解を促すための以下のような記述例が見られる。 
   
 
 裸子植物の生殖器官は「花」とはよびません。英語でも「flower」といえば被子植物の生殖器官のことを意味します。【日本植物生理学会 みんなの広場(勝見 允行)】
(注)一般向けの英語の記述中、裸子植物でも male fleower , female flower の表記は普通に見られる。
 
 マツの生殖器官は「花 flower」と呼ばない方が良いと思います。1800年代には裸子植物の生殖器官は花と呼ばれていたのですが、その後は、比較形態学、古生物学、分子系統学の研究から、花とは呼ばれていません。これらの研究は植物進化学の中でも特筆すべき有名な成果です。【日本植物生理学会 みんなの広場(長谷部光泰)】
 
 針葉樹のような裸子植物には花 flower はなく、conestrobili とも)をつける。cone には雄雌がある。【Radboud university】
(注)strobili は strobiles とも。いずれも strobilus (strobile とも)の複数形。和訳として球花、胞子嚢(のう)穂の語があり、 cone に同じ。cone の適訳がないのが鬼門である。
 
    
   日常的な一般用語として悩ましいところであるが、やはり、ここでは普通に「雌花」の語を使用する。

 さて、この針葉樹の雌花であるが、樹種によりその形態、その後の変化に違いがあり、それぞれその鱗状の部位を何と呼べばよいのか、これを写真に即して説明してくれている例があまりないことに気付く。時に針葉樹の雌花として紹介されている写真についても、受粉時から時間が経過し、形態的な変化を示していて、概ね若い球果といった風情のものも「雌花」として紹介されている例もあり、そもそも常識的にいつまで花と呼ぶにがふさわしいのかもわかりにくい。仕方がないので少しだけ調べてみることにした。 
   
   雌花を構成するペラペラを何と呼べばよいのか?

 まずは、小振りな花を付けるカラマツで、その雌花の外観を確認する。 
   
 
   カラマツの雌花 その1
 遠目には目立たないが、よく見れば淡いピンク色が美しい。
    カラマツの雌花 その2
 色合いには個体差が見られる。 
 ユーロレピスカラマツの雌花 その1 
日本のカラマツとヨーロッパカラマツの交雑種である。
   
 
 ユーロレピスカラマツの雌花 その2
 やはり色合いに変化が見られる。特にこれはピンクの花びらとしか思えない。
    ヨーロッパカラマツの雌花
 こちらは目にしみるような鮮やかな赤紫色である。
       グイマツの雌花
 
北方系で、ダフリカカラマツの変種とされる。美しい淡緑色で、ほかに赤味のあるタイプもある。
   
   上の写真はいずれも雄花が花粉を散布している時期の雌花である。まるで被子植物の“花”のようである。この段階で見られるカラマツ類の多数のペラペラの鱗状の鱗片苞鱗と呼んでいる。将来、堅い球果を構成する鱗片である種鱗は外からはまだ見えない。
   
   その後のカラマツ(カラマツ属)球果の成熟の経過
   
   以下は受粉後のカラマツ雌花(球果)の形態的な変化である。 
   
 
@苞鱗は褐色となって萎縮し、その内側の緑色の種鱗が大きくなってきた。 A種鱗がさらに肥厚・成長し、苞鱗は次第に埋没してきた。  B ここまで来ると球果らしくなる。苞鱗は先端部がわずかに見えるだけである。  C 前年に種子を放出した球果で、種鱗が開いているため暗褐色の苞鱗が見える。 
   
   球果の構造 
   
 
  A カラマツの若い球果の断面     B チョウセンゴヨウの種子        C ハイマツの種子 
   
 
・   球果の軸部分を中軸果軸とも)と呼んでいる。(A)
・   中軸から出た肉厚の鱗片を種鱗と呼び、種鱗の外側の褐色の薄い膜状の鱗片を苞鱗と呼んでいる。(A)
 種鱗は球果が成熟すると木質化して堅くなり、球果の主要構造となる。 
 苞鱗は花時には種鱗と胚珠(後出)を保護しているという。
・   種鱗の基部に抱かれている丸いものが若い種子。(A)  花の段階では胚珠と呼ぶ。 
・   マツ科樹種では、ふつう種鱗の基部に2個の種子を抱いている。(B、Cの写真は、1枚の種鱗を押し下げて、中をのぞき見た状態。 )
   
   トドマツ(モミ属)球果の成熟の経過 
 
 トドマツの雌花 トドマツの若い球果  トドマツの球果  トドマツの成熟球果 
   
   トドマツの雌花はカラマツと同様に苞鱗が主役である。球果が成熟しても苞鱗が種鱗の間からはみ出るが、その程度については個体差が見られる。モミ属は種子が成熟すると中軸を残して種鱗もろともバラバラに脱落するのが特徴となっている。  
   
   エゾマツ(トウヒ属)球果の成熟の経過 
   
 
 トウヒ属の雌花は、種鱗が主役である。苞鱗は小さく、種鱗の外側の基部にしがみついたような形態で目立たない。

 トウヒ属の種鱗は球果となってもマツ属の球果の場合のように肉厚とならない。 
エゾマツの雌花  (比較用)アカエゾマツの雌花   
   
 
     エゾマツの若い球果
 花は上向きであるが球果は下向きと
 なる。苞鱗は既に隠れて見えない。
 エゾマツの若い球果の横断面(下部)
 1つの種鱗に、翼のある2つの若い種子 が乗っている。
 エゾマツの若い球果の横断面(上部) 種鱗の外側の基部に張り付いた小さな 苞鱗が確認できる。
   
   ハイマツ(マツ属)球果の成熟の経過 
   
 
ハイマツの雌花  同受粉後  若い球果   成熟前の球果
   
   ハイマツの雌花では、種鱗と苞鱗の両方が重なった状態で姿を見せていて、苞鱗の方がやや外に出っ張っている。受粉後に種鱗が徐々に大きくなって種鱗同士が密着し、苞鱗はやがて見えなくなる。ハイマツは地を這うため雌花、球果を観察しやすい。 
   
    キタゴヨウ(マツ属)球果の成熟の経過
   
 
 
キタゴヨウの雌花  同受粉後  若い球果   成熟前の球果
   
   キタゴヨウの場合は、苞鱗は種鱗より小型で、受粉後は種鱗がピッチリ閉じて、継ぎ目がないように見える。 
    
   
    クロマツ(マツ属)球果の成熟の経過
   
 
 
クロマツの雌花  同受粉後  若い球果  成熟前の球果 
   
   クロマツでは、種鱗と苞鱗の張り出し具合は同程度であるが、苞鱗は先端部が反り返っている。受粉後は程なく種鱗が肥厚して苞鱗は隠れる。やがておなじみのパイナップル風の外観となる。 
   
   モンタナマツ(マツ属)球果の成熟の経過 
   
 
モンタナマツの雌花  同受粉後  若い球果  成熟前の球果 
   
   モンタナマツの雌花では、ピンク色を帯びた淡色の苞鱗が主役で、まるで小さなバラのようである。種鱗は当初はとげの先端が見える程度であるが、受粉後に次第にムッチリ肥厚して密着し、苞鱗はやがて見えなくなる。 
   
 10  いつまで花と呼ぶのがふさわしいのか?

 花であるからには、受粉できる状態にあることが、そのように呼ぶにふさわしい期間と言えそうである。言い換えれば雄花が花粉を飛ばしている受粉適期の間となろうか。

 カラマツを例にすれば、ピンク色を帯びたペラペラの反り返った苞鱗が全体を覆った状態である。この状態の時に雄花が花粉を飛ばしているから、これにより受粉の適期であることを知る。

 受粉後には次第に種鱗が大きくなるとともに肥厚して、苞鱗は下部のものを残して種鱗に覆い尽くされる。これは既に若い球果と呼ぶ状態である。

 
   
 11  受粉部位の様子

 ところで、スギやヒノキでは胚珠の受粉部位の写真がしばしば紹介されているのであるが、マツ科の雌花の受粉部位の写真は一般的な図鑑類では見たことがない。裸子植物の多くでは胚珠先端に珠孔と呼ばれる小穴があって、ここから珠孔液(珠孔滴、受粉液、受粉滴)を出して花粉を捕捉て取り込むとされる。マツ科でも例えばマツ属やトウヒ属で珠孔液の存在が確認されているが、カラマツ属やモミ属では珠孔液は存在しないという。これら樹種の雌花では胚珠が種鱗の奧にあって見にくいほか、珠孔液を分泌する場合でも時間帯が限られているともいわれていて、目視は難しそうである。

 まずは、珠孔と珠孔液を目視できた事例である。 
   
 
      イチイの雌花 
 右側の雌花が胚珠先端の珠孔から珠孔液を出している。
      スギの雌花
 ズラリ並んだ多数のチューブ状のものの先端の穴が珠孔で、控えめに珠孔液を出しているものが確認できる。
    ハイイヌガヤの雌花
 多数の胚珠が珠孔液を出している。このうち順調に成熟するのは数個である。
   
 
       ヒノキの雌花
 キラリ輝く水滴のように見えるのが珠孔から一斉に分泌された珠孔液である。 
   ヒノキアスナロ(ヒバ)の雌花
 ほとんどの珠孔から珠孔液を出している。   
      ニオイヒバの雌花
 ヒノキやヒバの雌花とやや似た印象があるが、ニオイヒバの成熟球果は球形ではなく楕円形となる。
   
   *イチョウの雌花が珠孔液を出した様子はこちらを参照 
   
   次は、マツ科樹種の受粉部位の事例である。 
   
  (カラマツの場合) 
 
    カラマツ雌花の断面
 雌花の上半分を取り除いて、上方からのぞき見た様子である。それぞれの苞鱗の基部に枕のように見えるのが、伸張前の種鱗及びこれと一体となった胚珠である。 
    カラマツ雌花の鱗片
 赤みがかった苞鱗の基部にある種鱗は、正面から見ると写真のように扇形となっている。 
      カラマツ雌花の胚珠
 左右に張り出したものが珠皮で、この先端部に花粉が付着する。先端部は太くなって下方(写真では奥の方向)に曲がっている。カラマツでは珠孔液を出さないとされる。 
     
   受粉部位の形態は、例えばマツ科で見た場合でも、このカラマツ属と以下に紹介するモミ属やトウヒ属の間でも変化があり、また、受粉のメカニズムもそれぞれ異なっている模様である。

 これらに関する説明は、高相徳志郎氏によるレビュー「針葉樹の受粉機構」(日本植物分類学会 1996) に詳しい。
      珠皮先端の受粉部位
 裏側(下方)から見た受粉部位で、先端部は金平糖のような突起があり、べた付く。球状のものは付着したカラマツの花粉である。
       受粉後の胚珠
 珠皮先端部がスリムとなっている。これは頭をど突かれたカタツムリのように、先端部が(花粉をつけたまま)陥入したことによるといわれている。
 
(トドマツの場合)     
 モミ属では珠孔液は分泌されないといわれるが、花粉がラッパ状の珠皮先端部の中央奥に集合・付着しているのは、一見不思議な印象である。このメカニズムについてはわかっていないようである。 なお、その後は珠皮の先端部は花粉をはさむようにして折りたたまれるという。
   トドマツ雌花の鱗片と胚珠
 淡色の大きいものが苞鱗で、赤褐色のものが種鱗で、2つの胚珠がついている。
     珠皮先端の受粉部位
 裏側(下方)から見た受粉部位で、先端部はラッパ状になっている。白く見えるものが2つの気嚢を持ったトドマツの花粉である。
 
(エゾマツの場合)     
 珠皮先端に付着した花粉は、後に胚珠内部から分泌される受粉滴(珠孔液)が体積を減少(吸収か蒸散)させることに伴い珠孔内に運び込まれる(高相)という。
 ところで、珠孔液を分泌し、さらに花粉を取り込む珠孔の開口部の位置が目視できずよくわからない。
  
   エゾマツ雌花の鱗片と胚珠
 全体が種鱗で、苞鱗は裏側にあって見えない。珠皮先端が2裂している。
     珠皮先端の受粉部位
 嘴のような形態に2裂した珠皮先端の内側に付着した白いものがエゾマツの花粉である。エゾマツの花粉も気嚢を持つ。
 
(ハイマツの場合)     
 以下に示すマツ属の3樹種は、いずれも珠孔液を分泌するとされ、花粉は気嚢を有している。
 珠皮の先端は二本の足のようにスマートで長い。

 珠孔の開口部は、“二本の足の股の付け根部分”にあるのであろうか。 
    ハイマツ雌花の鱗片と胚珠
 全体が種鱗で、苞鱗は裏側にあって見えない。珠皮先端はエゾマツのように2裂しているが、はるかに細長い。
     珠皮先端の受粉部位
 
基部には気嚢を持った花粉が見える。 
 
(キタゴヨウの場合)     
 キタゴヨウの場合は、次のクロマツと同様に珠皮先端部の二本の足は、内側に湾曲していて、O脚風である。  
    キタゴヨウ雌花の鱗片と胚珠
 全体が種鱗で、小型の苞鱗は裏側にあって見えない。
      珠皮先端の受粉部位
 2裂した珠皮先端は丸く湾曲し、気嚢を持った複数の花粉が付着している。
  
(クロマツの場合)     
 針葉樹の造林樹種の受粉の過程に関しては、人工交配の適期を知る必要性もあって、かつては林業関係試験機関が盛んに研究を行っていた歴史があるようである。 
   クロマツ雌花の鱗片と胚珠
 全体が種鱗で、裏側にわずかに苞鱗の先端部が見えている。
 
      珠皮先端の受粉部位
 裏側(苞鱗側)から見た受粉部位。2裂した珠皮先端の形態はキタゴヨウに似て丸く湾曲し、気嚢を持った複数の花粉が付着している。
 
   
   先のエゾマツやマツ属樹種で見られた珠皮先端の二本の足に関しては、定着した呼称がないような印象である。
 「珠孔の腕」とか「角状部」の表記も見るが、前者は英語の micropylar arms (珠孔の腕の意)に由来する名称と思われる。他に英語で integumentary arms (外皮の腕の意)、Micropylar appendages (珠孔の付属器の意)の呼称も見るが、日本語の呼称がいまいちである。例えば、 「珠孔肢」「受粉肢」「受粉刺」などの名前としたらどうであろうか。

 なお、浮き袋のような気嚢を持った花粉の “気嚢の機能” については、一般に風で飛ぶ飛距離を稼ぐ効果が知られているが、受粉に際しても役割を果たしているとする見解がある。具体的には、珠孔液に花粉が接した際に気嚢の浮揚力により花粉が珠孔液の表面を移動して珠孔の周辺に集まるとしている。(クロマツの花粉の様子についてはこちらを参照)
   
  <参考メモ> 
   
 
 球果の成熟期間
 マツ属の樹種は花の翌年の秋に成熟する。カラマツ属のカラマツは花を付けた年の秋に成熟する。トウヒ属、モミ属でも同様である。
 
 上向きと下向きの球果
  雌花は一般に上向きであるが、球果は多くが下向きとなる。モミ属は球果も上を向いたままである。
 
 翼(羽根)付きと翼(羽根)なしの種子
 マツ科の多くの樹種の種子は風で散布されるよう、種子には翼が付いているが、チョウセンゴヨウやハイマツは動物散布であるため種子には翼がない。(前出写真のとおり)