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樹の散歩道
       マツ花粉を食する
 
     - マツ花粉は本当に甘いのか -


 マツの花粉については、はるか昔の中学の理科の教科書に手書きのイラストが掲載されていて、その形態がワン君か、くまさんか、コアラのような印象で、随分かわいいかたちであるため、頭に焼き付いてしまっている。
 花粉のなかでは、スギ花粉は極悪人とされているのに対して、マツ花粉については時に発生源に近接した条件下で局地的に黄砂のように嫌われるケースも見られるが、実は本草学の本家である中国から健康食品として多様な製品が輸入されている模様である。この効用に関しては中国では古くから知られていて、しかも甘い味がするといわれている。この点は日本のマツでも同様であるとも聞いたことがある。別項でスギ花粉を味わったが、今度はマツ花粉を試食してみることとする。 【2011.2】 


    マツ花粉は本当にかわいくて、こんな感じである。
   
   
 
かわいいマツ花粉
 
    というのは冗談で、素顔(クロマツ花粉)は次のとおりである。
   
   
   
          真面目な顔でマツ花粉を整列させると以下のとおりで、これで大体のイメージを持つことができる。
 
   
 マツ花粉の形態

 くまさんのようなかたちのマツ花粉であるが、アカマツクロマツでは形態的にはほとんど違いはないようである。くまさんの耳のように見える部分は、気嚢(きのう)と呼んでいて、浮き袋のようなもので、風で飛散する距離を稼ぐことが出来るという。気嚢には網状の文様があることが知られている。

 きれいに撮影された電顕写真もしばしば紹介されていている。これらを見ると、厚手のボウルに無理矢理入れた巨大な二つの大福餅が、収まりきれなくてはみ出しているような形態になっている。これはたぶん花粉本体(花粉粒)が真空環境で完全に乾燥してぺちゃんこになっていることによるものと思われる。

 では、自然状態でのマツ花粉はどんなかたちなのか。飛散する前後の時点での形態に関して、どの程度の形態の変動の幅があるのかは明確な記述は確認できない。是非とも新鮮な花粉を高倍率のデジタル顕微鏡で色合いも含めてじっくり観察したいものである。  
   
 マツ花粉の味 

 マツ花粉は甘いことが知られていて、中国の本草綱目にもこのことは記述されている。
   
本草綱目(「松花」の項 -抄-) 訓 読
松花
別名:松黄
気味:甘,温,無毒
主治:潤心肺,益気,除風止血。亦可釀酒
松花一名松黄、味甘温にして毒なし、心肺を潤し気を益し風を除き血を止む亦酒を醸すべし
(注) 現在、マツ花粉を主たる原料とした酒が商品として存在するか否かは確認できない。
   
   花粉が甘いとは、少々わかりにくいが、やはり試食してみないことにはわからないままとなってしまう。
   
   外観は以下のとおりで、スギ花粉と同様きれいな黄色で、さらさらの微粉末といった風情である。 
   
 
黒い台紙上のクロマツ花粉 乳鉢内のクロマツ花粉 加水したクロマツ花粉
 
   マツ花粉は注水すると、砂のように容易に水が浸透し、吸水した花粉は驚くほど体積を増す。  
   
 試食その1 そのまま舐めると・・・
 粉っぽいだけで、特ににおい、味はなく、甘さも感じない。
   
 試食その2 加水して口に入れると・・・
 吸水した花粉も、特に甘さは感じない。
   
 試食その3 加水・加熱して口に入れると・・・
 加水して加熱すると、わずかに脂(やに)っぽいにおいがある。口に入れるとわずかであるが甘さのようなものを感じる。糖類の甘さとは全く異質である。はっきり言って全くおいしくない。
   
 砂糖抜きで「マツ花粉クッキー」を焼くと・・・
 この目的は、クッキー生地にマツ花粉を練り込むことで、何らかの味が生まれるのか、もう少し甘さが感じられるようになるのかを確認するためである。そのため、生地は砂糖抜きで、薄力粉、マーガリン 、卵黄、塩少々、クロマツ花粉(乾燥体積で小麦粉の1/5程度)を材料とした。 
       
 特製マツ花粉入りクッキー  
 <気づきの点>

 粉っぽいにおいがある。

 花粉が食感、味で貢献している点は全く感じられず、むしろ味を落としている印象がある。

 また、特段の甘さも感じない。

 結論として、又焼いてみようという気は全くない。

 韓国にはマツ花粉を練り込んだ冷麺が存在するというが、味は大丈夫なのであろうか。
 
   
   マツ花粉等の薬効

 特に意識したことはなかったが、中国産の松脂(生薬としては「しょうし」と読み、中国名の「脂香」の名も使用されている。)は、これから製されるテレピン油、ロジンとともに薬用以外にも多様な用途が見られる。さらに国産の松葉も漢方系の扱いで販売されている。そして、マツ花粉であるが、国産マツの花粉は商品としては確認できないが、なんと、中国産のマツ花粉を原料としたサプリメントが輸入されているのを確認した。

 花粉の栄養に着目して、これを食品として利用することはヨーロッパでも珍しいことではないようであるが、花粉商品の説明ぶりは、基本的には本草学で知られている内容に栄養学的内容を加えたものとなっている。また、サプリメントでは吸収を高めるために花粉の外壁を破壊したものであることを売りにしている。以下のような商品を確認した。   
   
松脂/松香  中国産の製品が生薬として販売されている。
松葉  国産マツの刻んだ葉(アカマツとしているものと、明示のないものが見られる。)、ティーバッグ仕様の松葉茶、アカマツの葉を煮出したエキスのカプセル等が販売されている。なお、国内では民間薬として水に松葉と砂糖を投入して発酵させて作る松葉酒(後出)が知られている。
花粉  中国産のマツ(馬尾松 Pinus massoniana 及び油松 Pinus tabulaeformis )を原料としたサプリメント(錠剤、カプセル、粉末)やマツ花粉と餅米を主原料にしたという松花酒が中国から輸入されているほか、マツ花粉を練り込んだという韓国産の冷麺松花冷麺)が輸入されている。 
   
注:  商品のキャッチコピーには「癌の予防と美容には松花粉」、「薬膳の王様「松花粉」は、あなたに美容と不老長寿を提供します。」としたものまで存在する。 
   
    マツの薬効に関してコンパクトにまとめている中国の近年の資料の内容を以下に原文で紹介する。掲げられていたマツの種類は、中国産2種と、なんと日本産が2種である。この日本産のマツは中国にも植栽があるとしているが、なぜこの2種なのか、詳しいことは不明である。
   
   中国東部地区薬用木本植物野外鍳別手册( 2008.12 江蘇科学技術出版社)より (抄)

白皮松
Pinus bungeana 
球果    球果入薬、有鎮咳、平喘、消炎、祛痰的功効、用于慢性気管炎、咳嗽、気短、痰多。 日本名:シロマツ白松)、サンコノマツ三鈷の松) 
馬尾松 
Pinus massoniana   
花粉    花粉有祛風益気、収湿止血的功効、用于頭暈目眩、泄潟下痢、各種瘡湿爤、創傷出血。 日本名:中国語の名称である馬尾松バビショウ)の呼称がふつうに使われる。かつては台湾統治の経過からタイワンアカマツ台湾赤松)と呼んでいたが、中国で普通に存在するにもかかわらず台湾特産と誤りやすい。 
松香    松香有祛風燥湿、排膿抜毒、止痛生肌的功効、用于癰疽毒瘡、疔毒、疥癬、白禿、扭傷、風湿骨痛、血栓閉塞性脉管炎。(注:松香は松脂の意。)
松針   松針有祛風活血、明目安神、解毒止痛的功効、用于流行性感冒、風湿性関節痛、跌打腫痛、夜盲症、高血圧病、神経衰弱、外用于凍傷等。 
日本五針松 Pinus parviflora   球果   球果入薬、有祛風安神、凉血止血的功効、用于感冒發熱、骨痛呕吐、煩躁傷神、勞傷吐血。  日本原産。中国では長江流域の各地に植栽が見られる。 
日本名:ゴヨウマツ(五葉松)
枝葉   枝葉有凉血止血、斂瘡生肌的功効、用于吐血、痔瘡、燙傷等。 
黒松 
Pinus thunbergii   
花粉   花粉入薬、有収湿止血、祛風益気的功効、用于頭暈目眩、久痢、各種瘡湿爤、創傷出血。  日本原産。中国では長江中下游地区で植栽が見られる。
日本名:クロマツ(黒松) 
松針   松針有祛風活血、明目安神、解毒止痛的功効、用于流行性感冒、風湿性関節痛、跌打腫痛、夜盲症、高血圧病、神経衰弱、外用于凍傷等。 
 
   
    ここまでに登場した中国産のマツである馬尾松油松及び白皮松の様子は以下のとおりである。
   
 
      馬尾松

 名前は、葉が長くしなやかで馬の尾を思わせることに拠るという。  台湾ではかつて内地人が門松に用いていた(樹木大図説)。
 中国ではロジンの主要採取源のひとつとなっている。

 葉は2葉(2葉松)で、3葉を混ずる。

 (関西育種場)
     
      油松

 日本名はマンシュウクロマツ
 外形は黒松に似て、葉はアカマツに似る。

 葉は2葉(2葉松)で、3葉を混ずる。

 (関西育種場) 
     
      白皮松

 名前は左の写真を見れば理解できる。松らしからぬ木の肌が面白いせいか、しばしば植栽されていて、都内の湯島聖堂ではカイノキ(ランシンボクとも)と並んでその存在が知られている。
 中国では神聖な樹と考えられて王宮庭園、寺院墳墓、名園に植えた(樹木大図説)という

 葉は写真に示したとおりの3葉(3葉松)で、2葉を混ずる。 
     
   
  <参考: 松葉エキス及び松葉酒の作り方 (樹木大図説より)>

松葉エキス  青松葉100匁を細に刻み1升の水に入れ1時間以上低温で煮る。これでは苦みが多いので糖分を加へて飲用とす。保存するには重曹を加へる。別の方法としては1升瓶に水9合入れ青松葉100匁、砂糖100匁をいれ栓をして日光に1週間さらすと発酵して泡を生ずる。2~3倍の水又は温湯でうすめて飲用とする。 
松葉酒   水7合、砂糖70匁、青松葉70匁をまづ用意し、4合入の片口に砂糖全量と水4合を入れてかきまはし1升瓶に入れ、更に残りの水を加へ全量を7合とする。これに松葉の全量をつめ込み密栓して冷暗の場所に貯へる。20日後に発酵して完成する。15日以内に開栓してはいけない。注意すべきことは全量を詰め終へた時、瓶の上部2~3寸だけ水がないようにする。こうしないと瓶が破裂する。