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木の雑記帳
  「天然木」の表示に何の意味があるのか


 ある雑誌を見ていたところ、家具の使用材料について、かつては木材の場合にあってはその樹種名を表示することが義務となっていた時代があったという記述を目にした。しかし、家具製造業者にとって、材料の多様化の中で表示の正確性を確保することが過大な負担を強いることになるとの主張から、樹種の表示は任意とすることに変更されて現在に至っている模様である。世の趨勢からすると逆行してきたような印象があるが、事は単純ではないようである。結果として現在でも単に「天然木」とした表示をよく目にするわけであるが、これには多くの消費者が限りない違和感を持ち続けきたはずである。【2010.6】


 「天然木」の表示
 
 そもそも「天然木」の語は、天然水天然果汁などといった奇妙な造語と同様で、実態上の必要性のない語である。仮に化学合成による木材(合成木材自体は枕木等で既に使用されている)が広く一般化していて、しかも識別が困難な状態に至れば、その区別のための情報を提供する必要性が生じるが、その場合であっても木(木材)はあくまで木(木材)であり、「天然」語を付す理由は全くない。水や果汁に「天然」の語を付すことが実にナンセンスであることと同じである。

 国語辞典を見ると、広辞苑では「天然木」の語が掲載されていないのはまずは正しい選択である。しかし、大辞林では「天然木」の語が存在する。ひょっとして、法的な表示義務に起因して現にこの語がラベル表示で多く見られるようになってしまった現実を無視できない中での苦渋の判断なのかと一瞬感じた。しかし、その説明文は「人間の手を加えられないで生育した木。自然木。」としていて、全く別の視点、次元の説明であった。それにしても「自然木」はともかくとして、「天然木」はまるで一般性がないと思われるのであるが。

 木製品を物色していて、はて、この木の種類は何であろうかと確認したくてラベルを見たときに、「天然木」の表示しかない場合は実にがっかりする。木であることぐらい誰にもわかるし、情報として全く無意味だからである。さらに言えば、人を馬鹿にした表示であるとも言える。鮮魚店の魚に「さかな」、「天然魚」と表示しているのと同じである。しかし、法令上はバカボンのパパのように「これでいいのだ!」となってしまう。
 
 淡々と樹種表示がなされていれば非常に有用であるのは間違いないはずである。ところが、製造者の立場になってみると、明示してもほとんどの人が知らない樹種では積極的に表示する実質的な意味がないのではないかと考えているケースも多いのではないかとも想像する。
 樹種表示の実態

 そこで、目にした範囲で樹種表示の傾向について概括すれば、
@  上質の家具では間違いなく樹種表示がある。特にムク材のテーブル等では樹種表示がないものは考えられない。逆に樹種表示のないものは、記載するほどのものではない使い捨ての実用的収納ケース、脚付きの台であると受け止めればわかりやすい。
A  木製小物類ではスギ、ヒノキ、ブナ、ラバーウッド等の一般的ものは樹種表示されていることが多い。(これらは別に表示がなくてもわかるが・・・)
B  色漆で仕上げた漆器では基本的に木地の樹種表示は見られない。素地の見えない漆器にあっては、どんなに高額のものであっても、あくまで主役は塗りであって、樹種をアピールの対象とする考えはないようである。
C  塗り箸では輸入材が主たる素地となっているため、着色塗り箸では樹種表示する動向はない。透明塗装の場合は、黒炭、鉄木、鉄刀木、ツゲ、等々多様な表示の製品を見るが、樹種名の正確性については疑問を感じる。また、商品名として南天、白南天などの誤解を与える名称を積極的に使用する習慣が見られるなど、誠実さに疑問を感じる点がある。さらに唐木風に色づけして、「黒檀仕上」、「紫檀仕上」、「染紫檀」などの変な説明を記した商品まで存在する。
 左は298円の激安漆器の表示票の実例である。漆器は国産であっても素地の樹種名は一般に記載されていないようである。生産国は中国でもどこでもかまわないが、やはり樹種名の表示があった方が親しみがわくというものである。
 樹種表示の問題点
@  特に南方系の輸入広葉樹材を原木から正確に識別同定することは非常に厳しいことと思われ、例えば外観の類似した複数種を区別できないままに一括してひとつの呼称を与えて流通している場合もしばしばあり、正確な和名又は和名なき場合は学名レベルでの識別・表記を求めることはいささか過酷であると思われる。現に箸の素地材として輸入している材の学名が特定できないままに事業的に利用している例も見られた。現実的には、精一杯わかる努力をして、その範囲で誠実な表示に努めてもらえば結構である。
A  流通上の樹種名は標準和名と異なったものであることが多く、それが業界内の固有の呼称であったり、時に消費者の錯覚を期待するものであったりすることがある。具体的には価格的に低位な樹種について、より上位の樹種の名前を取り込んだ紛らわしい呼称がしばしば使われているという問題がある。○○ザクラはその例であり、時に化ける場合もあるという。業界内部の慣習的な呼称はかまわないが、商品としては樹種名を表示する場合は標準和名とすべきであろう。
B  原木、製材を扱う業者でも、実は標準和名を知悉しているとは限らない現実がある中で、小規模な木工家やクラフト作家の場合、当然あり得ることであるが、樹種名をその地域での和名(地方名)で呼んでいて、標準和名などは生活に無縁の単語でしかないというケースが当然ある。自分でも理解に難儀した経験がある。こうした場合は、第三者のサポートの下に標準和名が明示されるとありがたい。
 木製品の樹種名の明示がなく、単に「天然木」とだけ表示されている場合に、不満を感じる人がはたしてどれだけいるのかとなると、実はそれほど多くないのかもしれない。特別、木材に対して関心が高くなければ、樹種の違い、その個性もよくわからないから、こだわる理由もない。木を使い分けた知恵も生活と密着したものではなくなってしまったから仕方がないのかも知れない。
 そうは言いつつも、もの作りの姿勢として、樹種表示することでプロの誠実さを示し、そのことで消費者による評価につながり、そして消費者自身も賢くなるであろう演出は、非常に意義があるのではないだろうか。 
 最近、環境への配慮に視点を置いて、木製品の産地と樹種を明示すべきとの主張があるとも聞く。一律の扱いはきわめて困難であると思われるが、消費者に正しい情報を提供するために可能な対応をすることは、現在ではごく普通のことであり、先に掲げた問題にも対処願いたいところである。
<参考:木製品の材料表示>
 各種家庭用品については「家庭用品品質表示法」の定めで、製品ごとに決められた事項を表示することになっている。これは正しい表示を義務化して一般消費者の利益を保護するとの趣旨で、昭和37年に定められたものである。
 現在、この対象となっている木製品は、@机及びテーブルAいす、腰掛け及び座いすBたんすC漆器類である。ここでいう「漆器類」には、食事・食卓用、台所用器具で漆以外の塗装品も含んでいる。また、木製以外の上記家具類、合成樹脂の食卓用品等ももちろん表示義務の対象である。

(材料に関する事項の表示例)
種 類 区 分 表示例
机、テーブル 表示対象部位がムク材の場合 甲板の表面材 天然木
いす、腰掛け、座椅子 表示対象部材がムク材の場合 構造部材    天然木
たんす 表示対象部材がムク材、ツキ板の場合 表面材  正面 天然木
      側面 天然木突板
漆器類 ムク材の場合 素地の種類   天然木 

 具体的な樹種名表示は任意となっているので、表示する気持ちがある場合は「天然木」の文字に続けて括弧書きしている場合がある。あるいは、表示票には「天然木」とだけあって、販売店側が商品の説明書きで具体的な樹種名を明らかにしている場合もある。
 「天然木」などという、普通の感覚に反するような不可解な語の表示を強いるようなことは早期にやめてもらいたいものである。