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木の雑記帳
 
  鉄道枕木の今昔
             


 従前は木の枕木が資源的にもコスト的にも入手しやすいことから、ごく普通に使用されていた。これが次第に耐久性に優れたコンクリート製のPC枕木(Prestressed Concrete Sleeper)にほとんどが置き換えられてきたのは身近なところでも確認できていた。こうしたなかで、木製枕木の最後の牙城となっていたのが、ポイント等に使う「分岐枕木」と橋梁用の「橋梁枕木」であった。しかし、これも次第に別の素材に置き換えられているようである。
【2007.9】
   


 木製枕木 
   
 枕木は木であるから枕木であるわけで、そもそも「木製枕木」の語自体もおかしな話だが、木ではない枕木があるから仕方がない。JRは少し気にして枕木を「マクラギ」と表記している。
 昔から、枕木に適する木材としてクリ、ヒバ、ヒノキの名が知られていた。これらはいずれも耐朽性に優れた木材で、木造建築の土台としても定評がある。しかしこれに限らず、インサイジング加工といって防腐剤が浸透しやすいように事前処理をした上で防腐剤の注入処理をすればいろいろな樹種の利用も可能である。したがって、樹種としてはブナ、ナラ、ニレ、シデ、マツ、カラマツなどの名前も目にした。また、国内でのまとまった調達が難しくなった時点でケンパス、アピトンといった南洋輸入材が広く利用された。
   
   木製以外の枕木 
   
 コンクリート製の枕木が木製枕木に取って代わったのは、木製枕木よりも耐久性があって狂いもでないことで優れていたからである。しかし、コンクリート枕木が万能ということにはならず、例えば橋梁部ではその重さが致命的で、また、ポイント部のように多様な条件下では規格化されたコンクリート製は対応が困難なため、こうした場所が木製枕木の唯一の生き残り場所となっていたわけである。
 しかし、近年、合成枕木という新種が木製枕木の極めて限定的な生息地を既に相当程度侵略していると聞く。合成枕木とは硬質ウレタン樹脂をガラス長繊維で強化したもので、FFU(Fiber reinforced Foamed Urethane ガラス長繊維強化プラスチック発泡体)とも呼ばれている。重さは木材並みで、強度は木材より優り、価格は高いが耐久性に富み、さらに熱帯木材に依存しない点も環境保護の観点でアピールできる。
 こんなこともあって、園芸用として高い需要が続く木製中古枕木も品薄で、わざわざ海外から中古枕木はもちろん、新品の枕木までもその需要に応えるために輸入しているようである。
   
八ツ山橋(JR)

本線ではない線路の継ぎ目部分にはまだ木製の枕木が使用されている。
   
八ツ山橋(JR)

こちらは何腺と呼べばいいのかわからないが、木製の枕木が健在である。防腐剤注入のためのインサイジングのパターンが確認できる。
   
伊豆箱根鉄道

レールの継ぎ目にはしっかりと木製枕木が使われていた。
【2008.1追加】
   
津山線(岡山県内)

こちらは単線のローカル線で、うれしいことにことごとく木製枕木で、その健在ぶりに感動してしまった。
【2008.1追加】
   
新大久保駅(JR)

ホームから橋梁枕木を見ることができる。合成枕木のようである。
   
八ツ山橋(京急)

京急路線がJRを跨いだ橋梁部分の枕木で、これも合成枕木であろう。

   
 ということで、木製枕木が既に本来の生息地からは姿を消しつつあり、まさに絶滅寸前といった風情である。かつては日本国発展の象徴のような存在であったものであるが、寂しい限りである。古文書をひもとくと、かつては主として北海道産の枕木を海外にまで輸出していたことがわかる。ただし、その背景を見ると決して製品の品質が優れていたということではなく、競合する諸外国産の枕木より価格が安かったことで多量に輸出できたというのが本当の話であったようだ。開発途上国の典型的なパターンであるが、当時は外貨の獲得にも大きく貢献したのであろう。
 以下に参考として、明治末期に農商務省が鉄道枕木について調査した資料のうち、使用樹種に関する部分の抜粋を紹介する。
   

「鐵道枕木」 山林広報 第22号号外:農商務省山林局編集(明治43年12月1日)
 
第二章 樹種
枕木用樹種の選択は鉄道経済上重要なる問題にして保存力の長短、材質の軽軟、強弱、弾力等の工芸的性質並に枕木の価格等は樹種により著しく異れり
枕木の工芸的性質は第6章に譲り本章にては単に本邦及諸外国に於て使用せる樹種を挙くるに留めん

(1)本邦使用樹種
本邦に産する枕木用樹種は大約左記の如にして
栗(クリ)、○(木偏に屠、ヒバ)、檜(ヒノキ)、金松(コウヤマキ)、槇(マキ(イヌマキ))、塩地(シオジ)、松(マツ)、落葉松(カラマツ)、黄檗(キハダ)、○(木偏に鼠、ネズコ)、○(木偏に解、カシワ)、楡(ニレ)、刺桐(ハリギリ)、楢(ナラ)、榧(カヤ)、桂(カツラ)、桜(サクラ)、樫(カシ)、樟(クスノキ)、杉(スギ)、椎(シイ)其他雑木此等の内内地に於て使用するものと外国に輸出するものとは其樹種を異にし内地使用樹種の主要なるものは栗、ヒバ、松、檜等にして42年度(注:もちろん明治)の調査によるに鉄道院に於て購入せる並枕木総数量2百25万4千5百54挺中栗51パーセント、ヒバ15.2パーセント、防腐松6.6パーセント、椎0.6パーセント、二種材(塩地、落葉松、ネズコ、刺桐、楢、カシワ、黄檗、楡)25.9パーセント、に当たれり
而して外国輸出中の主要なるものは塩地、楢、桂、刺桐、なり
枕木は其用途により外界の事情を異にするを以て枕木の種類に従ひ之に適合する樹種を用ひさるへからす
鉄道院にては樹種に付き左の如く規定せり
 枕木は角材にして左の樹種とす
  但し挽材杣材混入するも差支なし
 並枕木(通常の場所の枕木を指す。)
  第一種 檜、ヒバ、栗、槇、金松、榧に限る
  第二種 塩地、落葉松、ネズコ、刺桐、楢(ヲホナラ、ミスナラに限る)、カシワ、黄檗、楡
注: 一般に「オオナラ」の名は「コナラ」に対する語で、ミズナラを指すとされており、「ミズナラ」と並記している趣旨は不明。

 橋梁枕木 檜、ヒバ、に限る、但し北海道線納の時は塩地、楡を加ふ
 転轍器轍叉用枕木分岐枕木の意) 檜、ヒバ、栗に限る、 但し北海道線納の時は塩地、楡を加ふ

本邦産枕木にして海外に輸出するものは楢、塩地、刺桐、桂、シナ(木偏に品(シナノキ))、カシワ、楡、黄檗、檜、ヒバ、槇、栗、ネズコ、赤松、栂(ツガ)、落葉松、赤楊(ハンノキ)、七葉樹(トチノキ)、椈(ブナ)等にして大部分は北海道産なりとす、其輸出先は大約左のごとし
(以下、韓国、清国各地、亜米利加(アメリカ)、墨国(メキシコ)別に記述・・・省略)

注1 原書は縦書きであるが、これを横書きとするとともに旧漢字を現在の漢字に改め、さらにカタカナ表記をひらがなに改めた。○は手持ちフォントのないもの。
注2 JRでは枕木の区分表記を、並マクラギ橋マクラギ分岐マクラギとしている。
 なお、当時の輸出枕木に関して、「木材の工藝的利用」(農商務省山林局編 明治45年3月28日)に次のような記述がある。

「ナラの枕木は主として清国及欧米の需要にして内地にてはクリ、ヒバ等の品質良好にして比較的廉価なるが為使用すること少し・・・・現在外人との取引は殆ど正角のもののみにて時に依り厚さ6吋(インチ)の面に1吋以内の丸みを有するものは差支なきが如し湾曲、腐朽、死節等あるものは全く取引を拒絶せらる但欧米向けの枕木は鉄道用として使用さるるよりは寧ろ家具用材、建築用材其他の工芸用材として用ひらるること多しといふ」

 これを見ると、当時の欧米の列強が発展途上国の日本から家具用材になる優良なナラ材を枕木の単価で買い叩いていた構図が見えてしまう。当時の国の力の差とはこういうことであった。

<補説>
 鉄道枕木の使用樹種に関して、先に「鉄道枕木の今昔」の項で、明治末期の資料を紹介したが、ここでは昭和初期に鉄道省がとりまとめた出版物の一部を紹介する。【2008.2】

枕木読本:鉄道省工務局線路課(昭和16年6月15日、鉄道技術社)抄

現在国有鉄道で使用している素材枕木(注:ここでは防腐剤処理をしていない枕木をこのように呼んでいる。)の樹種は、次の数種である。
 クリ、ヒノキ、ヒバ、イタシイ(注:スダジイを指す)、クルミ、カヤ等
(但札鉄は此限に非ず)

又注薬枕木(注:ここでは防腐処理として薬剤を注入した枕木をこのように呼んでいる。)用樹種としては、現行仕様書では原材として次の19種を示している。
 ナラ、カツラ、セン、キハダ、カヘデ、ツガ、カラマツ、ニレ、シホジ、ヤチダモ、ブナ、シデ、カシハ、サクラ、マツ、カバ、アサダ、サルタ(注:ヒメシャラを指す)、タブ等