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木の雑記帳
 
  正体不明の木材たち
             


 国内で流通する木材は言うまでもなく国内で産出される「国産材」と海外で産出・輸入される「外国産材」があって、それらの素性については樹種名を特定できるものばかりであるはずである。ところが、時に何やら怪しい雰囲気が漂う場合が見られる。
【2008.12】  


 木材として利用される樹種についてはその木材解剖学的(光学顕微鏡的)な知見の積み重ねが十分にあるため、ある木材についてその木口面、正目面、板目面の切片のプレパラートを作成し、わかっている人が光学顕微鏡で観察すれば、樹種の特定は可能となっている。近縁種の場合は厳しいものがあるかもしれないが、少なくともギリギリまで絞り込みはできるものと思われる。いわば樹木の同定のようなものである。
 したがって、遺跡から発掘される木製品、木質部材の樹種鑑定などはお手の物であろう。また、海外から木材を輸入している業者が本当に注文どおりのものなのかを確認したいとする需要等もあるようである。こうした需要に応えるべく、手数料を取って鑑定を引き受ける機関も見られる。

 例1 財団法人 林業科学技術振興所 手数料:10,500円(条件により付加)
 例2 独立行政法人森林総合研究所  手数料:20,500円

 
 なお、流通上の名称がややこしいことは広く知られていることであり、一般的には評価の高い木材の御利益に預かりたいとする気持ちから、やや暴走ぎみの紛らわしい名前を意識してい採用している例が多く、決して誠実な姿勢とは思えないし、残念なことではあるが食品などでも普通に見られる性向である。これらの素性についてもわかる人にはわかっているものであり、決して正体不明というわけではない。

 しかし、次に掲げる木材は一定の量が輸入されていて、普通に使用されている模様であるが、どうも素性がはっきりしない。
 ラオスマツ(ラオス松)
   
 床材として多くの会社が宣伝している。それらの広告のすべてが一般的な樹種名を明記しているわけではないが、大手住宅会社を含む多くがラオスマツはメルクシマツ(天然林材)であるとしている(住友林業株式会社、府中家具協同組合等)。広告の写真ではマツらしいクッキリ明瞭な年輪が見て取れ、天然林の材という印象である。年輪が詰まった柾目が売りで、樹脂分が多いため良い色に変化するとしている。
 あるところで「ラオス松」として表示して販売していた端材である。床材として販売されているものとはまたイメージが違うような気がする。
 ラオス松フローリング(床板)として販売されている製品の例。表面は塗装されている。柾目の利用が基本となっている模様で、赤身であれば赤柾、白太であれば白柾、両方に渡っているものは赤白柾と称している。
 左の製品の裏側の無塗装面。製品の区分は「白柾」である。価格的には赤柾が格上となっている。さらに目の細かいものの評価が高いと思われる。
 
 メルクシマツの人工林材の集成材であればホームセンターではおなじみであり、通販の激安家具の素材としても一般的である。しかし、これらは少なくとも広告のラオスマツとは印象が全く違うが、単に天然林材と人工林材の違いということなのだろうか。

 メルクシマツ Merkus PinePinus merkusii)はマツ科マツ属の常緑高木で、かつて豊かな天然林があった時代はカンボジアマツの名前で日本に多く輸入されていたという。
 
 一方、これとは全く見解を異にする複数の情報がある。ラオスマツと呼んでいるものはマツ科シマモミ属の ユサン(油杉 Keteleeria davidianaであろうとしているのである。ユサンの材はラオスマツとして流通している商品の広告写真と同じような印象であるが、はっきりさせるためには流通しているものを是非とも鑑定してもらいたいものである。

ユサンの葉と木材
    ユサン(京都府立植物園)     ユサン(森林総合研究所蔵)
 メルクシマツユサンとなると、同じマツ科でも属も異なる全く別物であり、商品に一般性があるにもかかわらず、共通した認識がないというのも珍しいことである。
 朱血木
   
 2007年11月3日の日本経済新聞に、「塗りばし木地2割高」と題した囲み木地があって、中国産の「朱血木」(しゅけつぼく)の名の木材の輸入価格の動向が報じられていた。さて、朱血木とは初めて聞く名前である。ネット検索すると箸の素地として使用されている情報を目にしたものの、素性は全くわからない。中国語のホームページでは少ないながらも「朱血木」の文字を目にするものの、学名は見当たらない。
 そこで、若狭箸工業協同組合に照会したところ、輸入している中国固有の木地との情報を持ちつつも学名まではわからないとのことであった。他の複数の機関にも照会してみたが、確定的な情報は得られなかった。中国の文献でも見つからないとのことである。
 箸の素地としてはマラスに比べればマイナー樹種と思われるが、新聞に報道されるような樹種で、現に輸入され、利用されているものの素性が不明であるとは驚くべきことである。これぞ日常の、身近なミステリーである。
 先のラオスマツと合わせて流通しいているサンプルを鑑定依頼すれば結論が出るかもしれないが、何分有料であり、どなたか決着を付けていただけないだろうか。もっとも、流通しているものが同じ名前で中身がいろいろごちゃ混ぜになっていたら、また困りものであるが。