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木の雑記帳
 
  銘木の形質は遺伝するか
             


 銘木であるためには、色よし、杢理よし、大きさも十分で、誰が見ても美しく鑑賞価値のあることが必要で、さらに希少性が価値を高めることになる。一般的には伐採後にそれに値するかが判断され、相応しい価格で取引される。市場では原木(丸太)又は厚板の盤の状態で売りに出されている。変化のある木目が期待できる年輪のゆらぎは原木の木口で一定程度判断可能であり、また杢は樹皮の状態でも判断可能な場合が多いという。
 さて、この銘木を接ぎ木(つぎ木)等により無性繁殖したら銘木に近いものになるのだろうか。また、自然交配(他家受粉)による種子で殖やした場合に、その形質は次の世代に継承されるのだろうか。【2008.8】   


 天絞(てんしぼ。「天シボ」、「天然絞」、「天然シボ」とも。)
 
 自然状態で材面に縦皺が出る性質を持ったスギで、磨き丸太として床柱に利用されてきたものである。京都の北山と奈良県の吉野が有名であったが、床の間を作る住宅がめっきり減ってしまって残念ながら元気がない。従来から多くの品種が知られていて、また、認知度は低いがヒノキでも天絞の多くの品種が知られている。そのうち、「福俵」の名のヒノキの登録品種は少々風変わりな例で、「くびれ」が生じるタイプである。
(その様子についてはこちらを参照。)

 こうした性質は挿し木による増殖で継承されることが知られている。ちなみに、絞丸太が高価であった時代は、さし木増殖した苗木自体も高額であったという。また、天絞同士の人工交配系統でも、「シボ」の形質が高い率で発現されたとする報告がある。
 なお、スギやヒノキの天絞の各地の系統は林木育種センターの各育種場にも遺伝資源として保存されている。
 写真は天絞の形質をもったスギからつぎ木増殖したものである。

 左は京都森林管理署管内産で、右は「芳兵衛(よしべえ)」の名を持つ天絞品種である。

 いずれも樹皮の上から見ても凸凹がはっきり確認できる。


関西育種場
   
 材色

 昔から材色は美観評価の重要な視点となっていて、一般に赤味がかったものが評価が高く、したがって価格も高い。しかも、材質的にも赤味のあるものが勝るとされてきた。ケヤキであれば、赤ケヤキはよいが、青ケヤキは駄目、カツラは赤味の強い緋ガツラヒガツラ)の評価が高く、とりわけ北海道の日高産緋ガツラの評判がよい。ウダイカンバは赤味を帯びた心材率の多いものがよい。また、スギ人工林材の場合は一般材でも心材が赤みがかったものが好まれ、黒みがかった黒心(黒芯)は水気も多くて駄目・・・・といった具合である。生育条件も関与しているとの説もあるがはっきりしない。

(1)  赤ケヤキ(赤欅)

 赤ケヤキに対して青ケヤキは決して、材色が青いということはなく、赤味を帯びていないということである。赤ケヤキは見た目にも華やかであるし、材質的にも優れているという。立木の外観で区別ができるかとなると、いろいろな研究の歴史があるようであるが、結論的には樹皮等を見て識別することは困難なようである。
 では、つぎ木増殖したものや実生のものでは材色が継承されるのかとなると、未だにわかっていない。
(2)  緋カツラ(緋ガツラ、緋桂)

 昔から定着した評価があると、それに慣らされてしまう嫌いはあるが、カツラも赤味があった方が印象がよい。この木は北海道から九州にまで分布していて、しばしば渓流付近に巨木が見られる。ここでも緋カツラの方が青カツラよりも材質がよいという。北海道の日高産の緋カツラの評判は有名で、ほかに同じく北海道の夕張地区のものも評価が高い。
 外観からの識別論議は聴いたことがないし、つぎ木したものや実生のものに特性が継承されるかは確認されていない。
(3)  マカバ 

 ウダイカンバの原木は、赤味を帯びた心材率の高いものがマカバ、心材率の低いものがメジロカバの名で流通する。これも北海道産が主である。マカバは価格も高く、ツキ板として多用されている。内装に使えば落ち着いた高級感を演出できる。マカバとメジロカバでは用途、価格の違いがあるため、外観で識別する試みがしばしば見られたが、結論的には難しいようである。また、つぎ木したものや実生のものに特性が継承されるかも確認されていない。
(4)  紅ナラ

 赤味のあるものは何でも評価が高いのだろうか。かつて芦別営林署(現在は空知森林管理署に統合)管内から出材される広葉樹は良質なものが多く、特に芦別川流域で伐採されるミズナラの材質は切断面や板面から独特なピンクの色彩が滲み出る特徴を持ち、「紅ナラ」と称して日本でもこの地域のみが産出する銘品として珍重され、戦前、戦後を通じ海外にも輸出されたという(北海道営林局50年史)。
 一方、この紅ナラについては「酸味が強いといわれており、急速に色変わりするのでツキ板用には不適とされている。」(高山 隆)とのコメントもある。
 現在では資源量も落ち込んで「紅ナラ」の呼称も死語になってしまったようである。これもつぎ木したものや実生のものに特性が継承されるかは確認されていない。
 杢理

 価値が認められるの王様はやはりケヤキの玉杢たまもく)であろう。価格も高いから薄いツキ板としての利用が一般的である。その他タモ(ヤチダモの流通名)、トチノキ、カエデ等でも縮杢ちぢみもく)がきれいに出るものがあり、珍重されている。ケヤキやトチノキの盆1枚でも、きれいに杢の出た製品は価格が跳ね上がるのは周知の事実である。その他、国産ではないがバーズアイメープルバーザイメープルとも)はほぼ均等に散った丸い杢(「鳥眼杢」(ちょうがんもく)と呼んでいる。)が特徴となっている。サトウカエデであるが、杢が出現する頻度が極めて低いことから貴重品となっている。そのため、目にするものはほとんどがプリントものである。

  バーズアイメープル
 
 透明塗装をすることで、見る角度による杢部の光の反射の変化が強調されて魅力が一層増す。
   
  ケヤキ玉杢

 旧因州池田屋敷表門(東京上野)に使用されているもの。無塗装で日に曝されて褪色しているが存在感がある。ケヤキの玉杢は透明の漆で仕上げると重厚なものとなるが、個性、主張が強いから現在では使い方が難しくなっている。写真のような使い方はもったいない気もするが、鑑賞の楽しみがある。 

 一般に杢は高齢の樹木で稀に出現することが知られている。長きにわたり賞用してきた歴史があるにもかかわらず、杢の形成のメカニズムは解明されていない。そして、関心事であるが、つぎ木増殖したものにも発現するのか、実生のものに継承されるのかについても残念ながら明らかになっていないようである。
 林木育種センターでは赤ケヤキや外観から明らかに玉杢が見込まれるケヤキについても、接ぎ木増殖して保存していると聞くが、2,3百年経過観察すれば結論が出るかもしれない。