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木の雑記帳
   臭木と臭い木の話


 この世に鼻持ちならないような悪臭を発する生物はそんなに多くはないと思われるが、悪臭は生物としての生存を究極的な目的として身に付けている場合があると思われる。ただし、当然ながらヒトを主たるターゲットにしていることなどはあり得ないし、特定の臭いに対する感受性は動物個々で異なるはずであるから、生物界の臭いの相互関係を概観することも困難であろう。ヒトに感じられる特異な臭いを発する植物は、例えば「屁糞カズラも花盛り」などといった日常生活に密着したことわざを生むこともある。ここでは、ことわざに採り上げられてはいないが、臭い樹木2題を採り上げる。
【2010.5】


 クサギ (クマツヅラ科クサギ属の落葉小高木)
      クサギの葉1
 クサギの若い葉
      クサギの葉2
 成葉で、いかにも臭そうである。
   クサギの特徴のある花
 花だけには濃厚な甘い香りがある。
     
    クサギの果実
 かわいくきれいな果実である。
   クサギの若い枝の樹皮
 萌芽枝の樹皮の様子である。
 クサギクサギカメムシ臭いもの同士で相性がいいのであろうか。
 クサギの葉の個性的な臭い(いいニオイではないから、「匂い」ではなく、あくまで「臭い」である。)は多くの人が承知していて、名前も自業自得の宿命を背負ったままで現在に至っている。しかし、これほど一般性があるにもかかわらず、残念ながらこの臭い成分に関する講釈を聞かない。ヘクソカズラ(臭い成分はスカンクと同じメルカプタンとされる。)と違って、未解明なのであろうか。

 クサギはもちろん、そっと鼻を葉に近づけても特に臭いは感じない。もちろん、葉を揉めば臭いのは当然であるが、そんなことより、特に興味を感じるのは、成長盛んな季節では葉をそっと撫でただけでも臭いが発せられることである。これは驚異的であり、手のわずかな感触を察知して、精緻な極薄・微細加工された毒ガス入りマイクロカプセルが弾けているかのごとき印象である。是非ともこのメカニズムを知りたいものである。

 さて、1点確認したい点があった。クサギの材は臭いのか否かである。
 クサギは灌木であるため、材に着目した記述はほとんど見られないが、一部の図鑑でや葉に強い悪臭がある【山渓カラー名鑑 日本の樹木】、全体に強い臭気がある【平凡社 日本の野生植物】生木では特殊な臭気がある【保育社 原色木材大図鑑】としている例がある。

 そこで、念のために細枝を折ってみたが、臭いは全く感じなかった。次に、直径2センチほどの萌芽枝を切ってみたが、やはり臭いはない。さらに確認のため、この枝を乾燥後に削ってみたが、全く臭いがないことを確認した。 どういった条件で枝、生材が臭いを発するのかは確認できなかった。そもそも材に臭いがあるということが誤りか、感受性に個人差があるかのいずれかであろう。
 カゴノキ(クスノキ科ハマビワ属の常緑高木 コガノキとも)

     カゴノキの葉1
 カゴノキの特徴のない葉。
     カゴノキの葉2
 よく見てもやはり特徴がない。
     カゴノキの葉芽
 葉芽は細長い。
 
 カゴノキの個性はやはりその樹皮である。
   カゴノキの樹皮1
   宇佐市宇佐神宮
   カゴノキの樹皮2
   大分市柞原八幡宮
    カゴノキの樹皮3
    大分市高尾山
     
   カゴノキの樹皮4
   岡山市後楽園
    カゴノキの樹皮5
    津山市大隅神社
   カゴノキの樹皮6
   小石川植物園
 カゴノキは暖地に生育するの樹木で、九州では雑木林でしばしば見かけた。まだら模様の樹皮が非常に個性的で、遠くからでもすぐにそれと判別できる。この外見の特異性から、庭園でも植栽されている例があり、なぜか神社でもしばしば見かける。神社と鹿は共存≠オている例が多いが、カゴノキはまるで生の鹿の代わりのようにも見えてしまう。利用面ではその外観を生かして床柱にもされるという。(注:10センチ弱の径のものでは、まだら模様の樹皮になっていないためわかりにくい。)

【増補版牧野日本植物図鑑】
カゴノキ:幹は樹皮平滑にして淡紫黒色を呈すれども円形の薄片と成りて点々脱落し、其痕跡白くして鹿の子模様と成る。故に鹿子の木の一名あり。別名コガノキの意不明。

 特徴のある樹皮で直ぐに判別できることに起因して、その葉についてはほとんど関心が向けられていないため、葉だけでカゴノキは認知されにくい宿命がある。もっとも、よく見ても特徴のある葉ではないから、ほとんど印象に残らないのも事実である。しかも、クスノキ科でありながら、葉を揉んでもクスノキ系の香りが全くないのである。

 これにも係わらず、なぜこの樹が登場したのか。実は、カゴノキはその生材(なまざい。伐採直後の未乾燥材。)が奇妙な臭いを発するからである。

(カゴノキの材の臭い)

 この事実はあまり知られていない。これは当然といえば当然で、この立木を手鋸で伐り倒すような機会はまずないため、この固有の臭いの体験レポートが見られないのであろう。

 個人的には、山仕事をする者にこの話を聞き、実際に小径木を伐ってその臭いを確認することができた。それは全く経験のない、例えようのない変な臭いであった。鼻が曲がるほどではないが、要はくさいにおいである。

 そこで、次に念のために乾燥したカゴノキの材に臭いが残っているのか否かについて確認することにした。
 カゴノキの小径木から作成したサンプル
心材部は色がやや濃い。外観はクスノキの材に似ている。
   
辺材部は色が淡色である。
 いずれも小径木のサンプルであるが、上段の心材は質感がクスノキのような印象がある。
 下段の辺材は材色は白く、所々にシラカンバで見られるようなピスフレック(褐色斑、髄斑)が出ている。

 カゴノキの小径木で作成したサンプル材(5年以上経過)を鉋で削ってみたところ、特に変な臭いはないことを確認した。水で濡らしても同様であった。さらに、伐採後数ヶ月経過した小径木で確認してみると、生材ほどではないが臭いを確認した。たぶん、十分に乾燥した材であればこれを加工するときに変な臭いで悩まされることはないと思われる。生材でのあの臭いは、揮発性成分なのか、水溶性の成分なのか、これに触れた情報は見かけないためわからない。なお、生材の臭いは樹液の流動が盛んな時期の方がよく発散するように感じる。また、生材にサンダーをかけて、少々熱を帯びた状態では特に臭いを発散する。
   
(カゴノキの材の利用)

 この樹の樹皮は目立つが、材の利用に関しては日常生活での接点が全くない。一定数量が継続的に供給されるものではないことによるものであるが、利用の記録を見ると面白い事例が見られる。鼓(つづみ)の胴はサクラが主体といわれるが、カゴノキも適材とされている。また、船舶関係で檣(ほばしら。帆柱。マスト。)の楔(くさび)、艪臍(ろべそ)にも使われたという。いずれにしてもじっくり見る機会のないものばかりである。
<メモ:カゴノキの葉裏の謎の黒点>

 余談であるが、カゴノキの葉を見て、ふと気づいた。葉裏に小さな黒点が見られるのである。ただの汚れのようにも見えるが、目を凝らせばその1ミリほどしかない小さな楕円形の中にパターン化した模様が確認できた。
 明らかに生物の気配がある。指の腹でなででも全く厚みがないため抵抗がない。爪でこすれば簡単に削げ落ちてしまう。さて、これはいったい何であろうか。
 図鑑を調べるうちにたどり着いた。半翅目コナジラミ科のヤスマツコナジラミ Pentaleyrodes hasumastui であった。
ヤスマツコナジラミ1 ヤスマツコナジラミ2
   
         ヤスマツコナジラミ3
 尻尾のないカブトガニのように見える。
ヤスマツコナジラミ4
 図鑑の説明では以下のとおりである。
 ヤスマツコナジラミ Pentaleyrodes hasumastui 【原色日本昆虫図鑑(保育社)】
・蛹殻は青みを帯びた黒色で、長さ1.2mm、幅1mm内外。楕円形で平たく、体周にそって細かい帯状に灰色、頭胸上に2対の白斑、腹部両側に1対のたての白帯があるが、これらの白斑がしばしば拡大して体周に達し、全体灰白色で体の中央にたての黒帯が1本通っているような個体がある(特にイヌガシに寄生した場合)。体周には亜縁部そって長毛がある。管状孔は小さくほぼ円形。カゴノキ、タブノキ、シロダモ、イヌガシ、ゲッケイジュ、ヤマコウバシなどのクスノキ科の植物の葉裏に寄生する。成虫や詳しい生活史は未知。
 ふだんの意識の外の世界にも、いろいろな生物が生息しているものである。この昆虫はカゴノキが大好きなようで、葉裏にしがみついてじっとしていたのである。

 コナジラミのお仲間で樹木に取り付くものとして、このほかにミカンコナジラミ(柑橘類など)、アオキコナジラミ(柑橘類など多種)、マーラットコナジラミ(柑橘類など)の名を目にする。
 また、農作物に取り付くものとして、オンシツコナジラミ(キュウリなど)、タバココナジラミ(トマト、ナス、キュウリなど)、シルバーリーフコナジラミ(トマトなど)の名のコナジラミ類が知られていて、農作物被害が認められているほか、この防除に関する情報も見られる。また、農作物ではウイルス病を媒介することもあるとされ、各地で問題になっているそうである。
 先のカゴノキでは、このコナジラミが付いた葉が直接的なダメージを受けているようには見えなかったが、全体としては黄変した葉が目についた。