トップページへ  木の雑記帳目次

木の雑記帳
   漆黒の重厚な「黒杉」


 スギの心材は多くは赤味がかっているが、しばしば雰囲気の異なる黒味がかったものが見られる。こうした材は赤系統のものとは違った独特の風合いがあり、「黒杉(黒スギ、クロスギ)」の名もあって使いこなせば実に落ち着いた重厚な雰囲気を演出することも可能である。【2010.2】kakko


 黒杉の木口面で見ると、上部の径の細い部分でも心材部がしっかりと黒色を呈していることを確認できる。また、全体的な色調についは個体ごとに濃淡が認められる。さらに年輪の晩材部がより暗色であることが確認できる。これは赤系統の材で晩材部が濃く見えるのと同様に、早材と晩材の細胞壁の厚さの違いに由来するものであろう。
 黒杉のカタログ

 ある伐採現場で見かけたスギ丸太群である。
左写真:伐採後数日間経過した木口面である。赤系から黒系までそれぞれに濃淡の差が見られ、それが個性となっている。

右写真:特に黒い材の部分写真で、生材ではまるで漆黒の本黒檀を思わせるような見事な色合いである。
鋸断直後の木口面
左の1日経過したもの
鋸断直後のサンプル材
左の1日経過したもの
 以下の最初に掲げたものは普通の赤味がかったスギ材で、それ以外は全て黒味がかったスギのバリエーションである。晩材部の年輪が環状に黒色を呈するものは、まるで縞黒檀のような模様をなす。
 黒杉の材色形成要因、特性等に関するメモ
(現在までの知見)
@  古くから経験的に、その発現の傾向等が知られていたほか、研究課題としても採り上げられてきた経過があり、これらの経験則を裏付ける結果も得られている。しかし、その形成の契機・メカニズムに関しては「黒柿」の場合と同様に明らかになっていない。
A  スギの心材色に関して、関西林木育種場(現在の関西育種場)が3営林局、18府県に文書照会により調査した結果が「林木の育種」(No.105,1977.10)にとりまとめられている。この中で、環境の影響として認識されている情報、各地で赤や黒の材色の傾向を示す品種の存在等が紹介されている。
B  各地で経験的に言い伝えられていたのは、特に水分の多い谷間で多く、また成長のよい肥えた土地でも黒色を呈する例が見られるとする内容である。
C  黒杉の材は含水率が高いとされるが、強度的には赤い杉と何ら変わらない。
D  黒杉の材はカリウムなどの灰分量が多く、弱アルカリ性を示す。
E  長期の天然乾燥や高温乾燥により、材色はやや薄くなる。
F  黒杉の材は含水率に由来して乾燥が難しいが、耐朽性が高いとされる。このため、地域によっては住宅の土台として選択的に利用したという。
G  樹皮の外観で心材の材色を判別することは不可能である。
(気付きの点)
   
@  色調は個体差があり、特に色の濃いものは本黒檀を思わせ、また、特に年輪の晩材部の色が縞状に黒いものは柾目面でも同様の色合いを示し、縞黒檀を思わせるほどである。
A  黒色を呈する範囲は心材部とほぼ一致していて、わずかに黒色部の外周部に赤褐色の通常見られる心材色を残している。このことは、通常の赤褐色の心材物質濃度が高められているか、又はさらに別の物質が付加されていることを思わせる。
B  しばしば一部ににじみのような色の広がりが見られ、星状の形態となっている場合がある。
C  黒杉の材は伐採直後はその木口面に黒味はほとんど認められないが、数時間後に黒変化が始まり、一昼夜経過したものは安定した黒色となっている。この様子は一見リンゴで見られるような特定物質の酸化反応を連想させるが、次に記したとおり、そうではないと思われる。
D  乾燥した黒杉の黒い材面を削ると、内部の材色も同様であり、外気に接して発色するのではないことを確認できる。乾燥した黒色部分の色合いは、やや焼きスギに似た印象がある。
E  また、黒変した材を2日間水中に投じたところ、ほぼ鋸断直後の色合いに戻り、再び乾燥すると、水中に投じる前の黒色に戻ることを確認した。このことから、黒変は乾燥に伴う可逆的変化を想像させる。
(黒杉の利用)
   
@  黒杉の黒色は病変ではなことが確認されていて、実に健全な生理的環境適応反応である可能性が高い。その反応自体に系統間差があると理解すればよいと思われる。強度的に劣るものではなく、耐朽性ではむしろ優れていることが確認されていて、加工用素材として機能的に全く問題がない。この個性を生かす感性と自信が必要である。
A  住宅の内装としての腰板、羽目板仕上げとしていい味が期待できる。積極的なひとつのデザインとして認知されるように努力すべきである。
B  化粧材としても発色部を中心に据える等のバランス感覚とセンスがあれば効果的な演出が可能である。
C  黒檀、黒柿の例を念頭に置けば、指物素材としても積極的に採り入れることも考えられる。この場合、手に冷たくない優しい感触を備えた特性は黒檀とは異なる個性である。
 黒杉の個性ある自然色を素直に見つめ、評価して、一般消費者に積極的に提示すべきである。
(注記)
   
@  上記の記述の中で、「黒杉」とした名称は世間で「黒心くろじん)」(「黒芯」とも)と呼んでいる。木材取引上、特にスギにあっては古くから材色に赤味のあるものが好まれ、このため心材が黒味がかったものは、一般に黒心と呼ばれて不幸にも著しく低い評価を受けてきた歴史がある。この偏った固定観念には疑問を感じるため、悪しき偏見を排除した環境を仮想してとりまとめたものである。
 黒杉」の語は「黒柿」を意識した造語で、現段階では一般的に使用されていない。
A  針葉樹、広葉樹を問わず、赤みがかった材を貴ぶ価値観は、利用者の素直な感性とは無関係の業界的固定観念と言えなくもない面がある。また、黒心を買い叩く悪癖はヒトと森林の関係を広く捉えた場合において利するところは全くないため、頭を初期化することが必要であろう。
B  黒心を悪く言う理由として、一般の赤心に比べて含水率が高く,乾燥が難しい、手間がかかるという視点がある。これは現在のせっかちな生活習慣の中での歪んだ価値判断によるもので、かつての悠久の時の流れの中で木材を正しく理解し、利用していた社会にあっては考えられない感覚である。
C  黒柿(クロガキ)は主としてマメガキの材でしばしば発生する黒色の心材部で、その希少性及び縞状、網目状に出る黒い模様が美しいことで古くから珍重されてきたものである。価格的にも工芸用木材ではトップクラスで、黒檀の比ではない。一方、スギから生まれる黒色の材は、現状では認知された途端に地獄へ突き落とされる運命にあり、この現実は実に悲しいことである。こうした価値観を改めるには、よくあることとして外国の有名文化人による外部からの再評価(ただの一言)が最も効果的であるかもしれない。
D  「黒杉」を検索したところ、大阪の寿司屋さんとNHK徳島放送局のアナウンサー 黒杉 愛さんがヒットした。思ったより少ない結果に満足である。