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木の雑記帳
 
  なぜキセルが土産物として存在するのか


 昔から観光地の土産用の小物として、場所を問わずに共通して見られたものがあって、最も多いのはやはりお手頃なキーホルダーで、また、なぜか木刀なども定番商品であった。各種小物の中には、これもなぜか大小の煙管(キセル)が何の不自然さもなくふつうに販売されていた。煙管文化はとうの昔にほぼ消滅しているはずであり、よくよく考えてみると不思議なことである。
 今でもこの土産用煙管が健在なのかを確認するため、フィールド調査として久しぶりに浅草寺の仲見世通りをぶらぶら歩きしてみた。【2009.5】 


 煙管は未だに健在なり

 果たして土産物店で煙管は健在か。仲見世の食べ物屋以外を総ナメにしたところ、5店ほどでいかにも土産物らしいお手頃価格の煙管をしっかり販売していた。観察した結果は以下のとおりである。

 長さは従前同様に長短の別があって、その材質・仕様については二つの形式のみであった。一つは節のある竹を模したプラスティック製の羅宇にクロムメッキした雁首と吸い口のタイプである。店のおばさんに聞いたところ、本物の竹を使うとコストが倍になってしまう事情があるとの解説があった。もう一つは竹の羅宇に真鍮の雁首と吸い口がついたものである。価格は長いタイプでも千円札ちょっと程度である。
 写真はそれぞれ別の店で見かけた製品であるが、真鍮の雁首と吸い口は全く同じ仕様で、羅宇のデザインのみが異なっている。
 価格は羅宇の長いものほど高くなっている。

【追記 2009.10】
 竹を模した製品を含め、同じ製品は京都駅前の「京都タワー名店街」の複数の土産物店でも見かけた。他の土産小物と同様に、特定メーカーの製品が全国の土産物店に供給しているのであろう。
土産店の煙管 1 土産店の煙管 2
     
 ところで、土産物の煙管を誰が購入するのであろうか?
 子供に買い与える親はいないと考えられることから、基本的には大人の軽い遊び心による、あるいは郷愁を感じての衝動買いが支えていると考えられる。決して日常使いとして持ち歩くようなものではないと思われる。外国人観光客が買うこともまれにあると思われるが、刻みタバコがなければ試してみることもできないから、この点が壁になる。今改めて土産物店でこうしたものが販売されているのを見つめ直すと、情景としては非常に奇妙でわかりにくい存在である。

 さて、こうしたお手頃な煙管がある一方で、高価な銀製の煙管もふつうに販売されている。浅草界隈では金銀製品の店の「もり銀」にあるほか、銀座では煙草・喫煙具専門店の「菊水」でも見かけた。菊水では驚いたことに羅宇の交換用の竹を単体でも販売していた。これらの高級品は極めて趣味性の高い需要やコレクションとしての需要に応えているものと思われる。また、ネット通販でも広い価格帯の実に多様な製品が販売されていることにも驚かされる。

 なお、茶会で煙草盆にセットされる煙管について、こうした場に身を置く機会がないため詳細は承知していないが、さすがに銀製の煙管は勿体なくて使わないのではなかろうか。

         大名煙管 (歴史民俗館 岡山県津山市山下98−1)
    銀製の煙管

 いずれも銀製の煙管である。
 3本中の左はオール銀製のいわゆる延煙管(のべぎせる)で6万円台の数字が見える。
 右2本は雁首と吸口が銀製の羅宇煙管で、5万円台の数字が確認できる。

 特に銀の延煙管では、さらに趣味性を高めた彫刻入りのものがあるそうで、高価格のものは際限がない。

株式会社森銀器製作所扱い
東京都台東区東上野2丁目5番12号
   
 刻み煙草もかろうじて生存
 煙管には極細に仕上げた刻みタバコ(煙草)が必要である。かつては複数の刻み煙草の銘柄が見られたものの、現在、国産では「小粋」の名の製品が生き残っているだけである。
 10グラム入り330円也
     箱の裏書き
     極細の刻(きざみ)
かつては手作業で細切りの技を競ったという。
 これはもちろん日本たばこ産業株式会社が製造する唯一の刻み煙草であり、これがなければこの世のすべての煙管は実用品としての命を絶たれて、ただの「筒」と化してしまう。日本の煙管文化を尊重して、(紙巻きタバコでしっかり稼いでいるため?)刻みタバコについては採算性を乗り越えて供給しているのではないだろうか。日本タバコ産業にとっては、刻み煙草の生産を打ち止めにすることは、実態上極めて困難なことと思われる。

【追記 2011】
 喫煙具を扱う株式会社柘製作所が企画したという煙管用刻みタバコの新銘柄「宝船」が2011年3月から発売されている。ベルギーを製造国とするアメリカンブレンドの製品とか。日本の感性とはやや異質ながら、選択肢が増えたことについては歓迎されている。わずかな消費量にもかかわらず、メーカーがよく相手にしてくれたものである。
     
<参考>

○「キセル」(煙管)の名前の由来

・ 語源はカンボジア語のクシエル khsier(煙管の意)であるというのが、いまのところ定説とされている。日本では〈喜世留〉もしくは〈希施婁〉という漢字をあてていたが、現在は一般に〈煙管〉の字があてられる。【平凡社世界大百科】

・ ポルトガル語で「吸うもの」「キ・ソルベル」といい、これがキセルになったのではないかという説もある。【たばこの謎を解く:株式会社コネスール(河出書房新社)】

○煙管の羅宇の素材

・ 羅宇(らう)はキセル(煙管)の雁首(がんくび)と吸い口とをつなぐ竹の管で、かつてラオス産の竹を用いたことからこの名がある。「らう」は「らお」の訛り。羅宇のすげ替えや蒸気を使った煙管の掃除を職業とする人を羅宇屋(らおや)といった。
・ 羅宇には竹製と唐木製とあり。羅宇竹の材料は御殿場より佐野に至るの山中より伐採せる篠竹(スズタケ,シノダケ)所謂箱根竹と称するものなり此もの質硬くして孔大きく正円にして光沢あり最も羅宇に適せり虎斑竹は箱根山及相州吉濱産を用ふ。【木材の工芸的利用】

・ 本物のラオス産の竹は見たことがないが、天然の斑紋が見られたという。現在でも見られる羅宇の模様はもちろん人工的に加工したものである。

○煙管の雁首の話
 煙管の先端部の名称は「雁首」(がんくび)であるが、これを「かりくび」と読んでしまうと、女性には決して口にできない全く別のものを意味することになるから要注意である。これに因む江戸小話がある。
お姫様、庭のけしきを眺めて、たばこをあがる。折りふし、空を雁が渡るゆへ、お姫様「あれを見や。局、がんが通る」とおっしゃった。局「がんは雁(かり)とおっしゃるがよふござります」と申し上げた。お姫様、吸いがらをはたくとて、雁首(がんくび)がぬけて灰ふきの中へおちた。「これ、灰ふきの中へかりくびがおちた」