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木の雑記帳
 
  ケグワとヤマグワの材に違いがあるのか
             


 ヤマグワは北海道から九州まで分布しているのに対して、ケグワは分布域がこれより狭く、本州では和歌山県、中国地方に限られ、さらに四国、九州に分布するとされる。また、中国原産でかつては養蚕用に栽培され、野生化もしているマグワが知られているが、樹名の表示看板が付いている場合であっても単に「クワ」としている場合が多い。高級材として知られる「クワ」であるが、これらの材に違いがあるのであろうか。
【2008.9】 
  


 木材の取引上は、一般には「クワ」の呼称があるのみで、冒頭に掲げたようなクワ属の各種を区分していない。したがって、これらの各種クワの製材品や製品を並べて比較することは、実は困難であることが分かる。手元にも「クワ」材とされる板があるが、何グワか分からないのでは、今回ここで持ち出しても全く意味がない。

 しかし、たまたま、正真正銘の「ケグワ」の板を確認することができた。
   
     一見すると、ふつうに見かけるクワと同じような印象である。クワは製材直後は黄褐色で、時間の経過とともにおなじみのクワらしい暗褐色に変化することが知られていて、ケグワの場合も同様であると聞いた。
         ケグワ材(岡山県林業試験場)  
 主たるクワ類の識別に関しては、次のポイントが知られている。

ケグワは特に葉の下面が毛でふさふさしている。
ヤマグワは雌花の花柱が長いことが特徴で、それが果実にも残存する。葉の先端は尾状に長く尖る。
・栽培されてきたマグワの場合は、葉の先端はあまり尾状にのびない。葉はほとんど無毛。

 しかし、原木を買い付ける業者にとってはこうした識別点については全くの関心外である。いくつかの業者に聞いてみたところ、樹木の種としての「ケグワ」の存在は意識されていなかった。材を使う業者は、昔からそんなことよりも、産地の特性を経験則、言い伝えで知っていて、その素性にこだわることが多い。

 また、クワの場合は買い付けに当たって、栽培されてきたマグワを避けたいとする指向も見られた。マグワの材質が劣るということではなく、かつて栽培管理下にあったものは頻繁に剪定されて枝が巻き込まれていたりして、製材した場合にそれが欠点となることがあるからである。

 ある業者はヤマグワハタケグワ(マグワのこと)を原木の状態で識別する方法として、ヤマグワには樹皮の下に紫色のものが見られることを掲げていた。この点に関しては類似の情報があって、岡山県林業試験場の研究員はケグワの特徴・識別点として、樹皮下に紫色の樹脂状物質が存在することを掲げていた。
 両者のコメントには違いが見られるが、改めて自分の目で確認したいと考えている。

 なお、岡山県林業試験場では、ケグワが有用材であるにもかかわらず人工造林の実績がほとんどなく、育てるための知見が得られていないことから、ケグワの人工造林の普及に向けた研究が継続実施されている。

ケグワ・葉表(関西育種場)

ケグワ・葉裏(関西育種場)
   
ケグワ・雌花序(関西育種場)
 ケグワ・雄花序(関西育種場)
   
 クワ材は素材としては優良材として評価が高く、現在では日常生活の中ではあまり接点がない。かつては江戸指物の素材としては特に好まれ、上質の小物から和家具まで広く利用された。クワの鏡台は定番であった。現在、店頭で見られる典型はで、高額となるが碁石を入れる碁笥は桑が最上級である。 また、地域的なものであるが、北海道では積雪期の森林踏査用のかんじきは、アイヌ文化を継承するかのようにヤマグワが使用されている。

 なお、素材としてのクワ材の呼称で、ワンランク上の存在として「シマグワ(島桑)」の名があるが、これは御蔵島産を頂点とする伊豆諸島産の「ハチジョウグワ」を指し、標準和名としての「シマグワ」とは異なるという、ややこしい話がある。
<主な桑類の種類>
ヤマグワ(山桑) Morus bombycis

・北海道から九州まで分布。
・単に「クワ」という場合はこれを指している。クワの材として流通するものも、ほとんどがヤマグワと思われる。そもそも、材からクワの種類を識別することは難しい。
・霜害に対しては栽培種よりヤマグワの方が強い。そこで養蚕地方ではヤマグワを山地に植え付け、栽培種が被害を受けた時はヤマグワの葉を採って補充する。【上原】
ケグワ(毛桑、ノグワ とも) Morus tiliaefolia , Morus cathayana

・本州(和歌山県、中国地方)、四国、九州に分布。
・マグワに似るが、ケグワは新枝や葉の裏面脈状、葉柄などに軟毛が密生する。【山渓ハンディ図鑑】
ハチジョウグワ(八丈桑) Morus kagayamae Koidz.

・ハチジョウグワは伊豆半島南部、伊豆諸島産で、かつて銘木級のクワ大材が産出された。【平井】
・八丈島でカピヤアと呼び材は工芸品に作るが今日は大木はない。【上原】
 
シマグワ(島桑、タイワングワ(台湾桑)とも) Morus australis

・沖縄、台湾に分布。
・分類上、これをヤマグワに含める考えもある。
マグワ(真桑、カラグワ(唐桑)とも) Morus alba L.

・朝鮮、中国の原産でかつては養蚕用として広く栽培されて、栽培品種が多い。これらが放置されて野生化しているという。
オガサワラグワ(小笠原桑) Morus boninensis Koidz.

・小笠原に自生。雌花に花柱がない