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木の雑記帳
 
 日常的感覚の危うさ
 
シラカシ、アカガシ、イチイガシの材
 
             


 シラカシとアカガシの材については、生活感覚的には「道具類の柄」や「木刀」としてよく見かけるし、その識別については明らかに色が違うから簡単にわかるものとの認識がある。これに対してイチイガシは関東では公園樹等としてしばしば見られる程度で、九州でも大径木は既に神社でしか見られないとの一般的な感覚があって、材そのもののイメージを持つ人は非常に少ないと思われる。そのため、イチイガシも数あるカシ類と同じようなものであろうと思われているのかも知れない。しかし、これらの利用の実態を知ると、感覚的なものの危うさを感じるとともに、併せて何やらファジーな世界が見えてくる。 【2009.2】 


 シラカシはごく一般的で、山でも多く見られるほか、都市の緑化樹木としても多用されていて、広く親しまれている。また、その材は鉋(かんな)台など各種大工道具の素材として、また各種道具類の柄の素材として最も一般的である。
 これに対してアカガシは局所的に原生的な自然が残された森林などでしばしば見られる程度で、その材に関しては、木刀、鑿の柄、高級鉋の台等に使用されている素材で赤味のあるものはアカガシなのであろうと信じられている。
 さらに、イチイガシとなるとさらに印象が薄くて、九州でも宇佐神宮などの神社やごく一部に残された原生的な森林でしか見られない。まれに都市緑化木として単木的に植栽されてもの見かける程度である。また、その材はかつては槍の柄として、あるいは和船の艪材として最適であったとの伝説を耳にするものの、身近にはそれらしき製品は見られない。個人的にも、これがイチイガシだとして知り合いが講釈する柄物を手にして、やや軽いなという認識を持った程度であった。
 シラカシの棒ガシ仕立ての生け垣
 静岡県内
 
 アカガシ(大分県佐伯市)
鷹鳥屋山の自然林 県指定天然記念物 
  アカガシ(大分県佐伯市)
  同左
   宇佐神宮のイチイガシ
   
大分県宇佐市 国指定天然記念物
      同左
  
大分県豊後大野市のイチイガシ
(豊後大野市清川町左右知)
 旧清川村指定天然記念物
 大分県指定特別保護樹木
 
 
 そこで、これらの利用状況を改めて調べてみると、次のような意外な点やその怪しい実態が見えてきた。
 
@  商品で、通常アカガシ(赤樫)と呼んでいるものは、実はイチイガシ(一位樫)で、鑿の柄や木刀としてごく一般的に利用されているという。個人的には保護された山以外で見かけたことのないイチイガシが安定的に一定程度供給されているとは何とも信じがたいような話である。
A  アカガシはイチイガシに比べて供給量が非常に少なく、貴重で、一般には「赤樫」の名前でイチイガシが利用されているため、“本当のアカガシ”については「本赤樫」の名前で、木刀や鑿の柄として使用しているという。したがって、「本赤樫」(種としてのアカガシ)は「赤樫」(種としてのイチイガシ)より価格的にはるかに格上となっている。以上はこの世界では常識のようである。
B  アカガシが貴重であるため、近年、シラカシを加工して(蒸気で蒸すという情報がある。)赤くすることが多くなっているとの記述が見られる。こうなると、何が何だかさっぱりわからなくなる。しかも、これが何の名前で販売されているのかも確認できない。 
 
 こうしたややこしい実態の中にあっては、せめて「アカガシ」「イチイガシ」の材の区別くらいはできる必要があろう。

 
まずは、「木の大百科」に掲げられている両者の材の特徴のポイントは以下のとおりである。
アカガシ
@  材は日本産木材中もっとも重く硬いものの一つで強度が大きいが、切削などの加工が困難。
A  アカガシの名は他のカシに比べて材の色に赤味が多いことによる。
B  樹幹はあまり通直でなく、断面も凸凹のある不規則な形を示すものが多い。
C  辺材は紅色を帯びた淡黄褐色、心材は淡紅褐色から紅褐色で、年輪はやや不明瞭。
D  放射組織が大きく柾目面では虎斑模様が出る。
E  特に木刀、算盤の枠と玉、三味線の棹などにアカガシが賞用されるのはその材色に赤味が多く重厚な感じがすることによるものと思われる。
イチイガシ
@  カシ類中では一番寿命が長くまた巨木になるので、古来神社に植えられて天然記念物に指定されているものがある。
A  辺材は赤みを帯びる淡黄褐色、心材は淡紅褐色から紅褐色でその境はあまり明瞭でない。
B  木理はアカガシより通直で、軸方向柔組織で折線方向に連なる1〜3細胞層の帯状のものが著しく、また年輪界にターミナル柔組織があって年輪を割合はっきりとさせている。
C  シラカシ、アカガシなどより軽軟なため加工しやすく、中でも軽めの材質のものは「アラメ」と呼び、優良材として槍の柄に用いられ、また櫓材に一番よいとされた。
 
 こうして、ポイントを抽出してみたが、光学顕微鏡で3断面のプレパラートをじっくり観察し、それぞれの木材の細胞の構成要素の特徴をよく勉強して判断しないと駄目である。

 次に、実際の外観を写真(デジカメ写真)で見てみよう。
 
  アカガシ・板材(無塗装)

   イチイガシ・板材(無塗装)
 道管が細い溝として目立ち、肉眼で容易に確認できる。。
   
  アカガシ・木刀(透明塗装)
 放射組織の色がイチイガシより濃い。
   イチイガシ・木刀(透明塗装)
 塗装してあるが、道管が細い溝として確認できる。
   
    アカガシ・木口面
 道管が放射方向に配列するが、イチイガシほどは目立たない。
    イチイガシ・木口面
 放射方向に配列した道管がよく目立つ。
 色については、アカガシよりイチイガシの方がやや赤味があるよう見える。色で言えばアカガシは茶褐色に近く、イチイガシは赤褐色に近い。放射組織もイチイガシよりアカガシの方が色が濃い。

 材面については、イチイガシでは放射組織と同じように放射状に配列した道管が比較的大きくてよく目立つことが肉眼で確認できる。しかし、イチイガシでは経験的に木によって重量のばらつき、なわち道管に由来する空隙の量に幅のあることが知られていていることにも注意が必要である。

 なお、重量については、同じ形状の木刀を計量したところ、アカガシで580グラム、イチイガシで520グラムと差があり、シラカシの重さが感覚的にわかっていればイチイガシはずっと軽いため、容易に認識できる。

 以上のとおりで、肉眼で識別する場合は、イチイガシは他のカシ類よりも道管が非常に目立つ(細い溝として材面で観察できる。)ことが最も確実なポイントとなろう。

 シラカシ、アカガシ、イチイガシと、どの材料を使っていても強度的には似通っているから重大な問題とはならないが、商いとしては、アカガシと思い込んでもらうことを期待して紛らわしい呼称を採用することは好ましくないし、本当はもう少し誠実な扱いを望みたいところである。しかし、残念ながら木材製品の呼称については、業界のよろしくない習慣として、誠実さに欠けた自由奔放なネーミングがまかり通ってきた歴史がある。

 身近に見られる赤味の強い「アカガシのように見える材」が本当は何なのかを個々に識別するのはなかなか難しいことであろう。しかし、木刀や鑿の販売広告では「赤樫」と「本赤樫」の素性が何であるかを説明している例がしばしば見られるのは救いである。もともと、この呼称のややこしさは、美観に優れたアカガシ材の不足感に由来するものである。

 目を肥やすためには、機会があれば、アカガシとイチイガシの大径木(せめて切り株でも)の木口面をじっくり見て、心材と辺材の色合いを鑑賞してみたいものである。

 最後に参考として、「木材の工芸的利用」に掲げられた明治時代における用途を掲げる。
あかゞし 材堅重摩擦衝動に堪ゆるを利用す 槌の頭,楔,荷車及荷馬車の?材,壟歯[ウスバ],下駄歯板,鉋及毛引台,杵,機械台
材堅重にして狂ひ少きを利用す 度器,菓子型
材の弾力性を利用す 農具の柄,艪羽
材堅重にして特に水湿に強きを利用す 和船の舵
材の紋理色沢を利用す 猟銃床,三味線棹,床柱
材の音響を利用す 柝木[キボク]→拍子木
材の表面にシボあり雅なるを利用す 床柱
いちゐがし 材の弾力性を利用す 艪羽,槍の柄,鍬鋤柄,器械体操用平行棒,洋傘柄
材腐朽し蜂巣状をなし雅致あるを利用す 和風指物材(煙草盆,額縁,短冊掛等)
材堅重抗折及抗圧強を利用す 荷車材,軍用砲車材,下駄歯板
材堅緻にして色の美なるを利用す 算盤枠