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木の雑記帳
 
  「扇の要(かなめ)にカナメモチ説」の周辺
  カナメモチの名前の由来に関する怪しい説


 最近、夏季の通勤には扇子を肌身離さず携帯しており、しかも、職場置き用、散歩用、さらには予備用と多くの扇子がそれぞれの場所に納まっている。なぜこうしたことが可能となったかといえば、中国製の扇子が百円ショップでザクザク売っているからである。種類も豊富で、時に仕上げの精度にかなりの幅があるが、百円の価格には感心することしきりである。しかし、この扇子には弱点があるようで、肝心な要(かなめ)の両端のアタマの強度が少々弱いようである。既に二本ばかり破損してしまった。特定の製品に固有の現象という可能性もある。もちろん修理が大好きなのですぐに素人仕事の修理をしたのは言うまでもない。【2007.7】 


 
    扇の要(カナメ) 1
 京都の山岡白竹堂の製品で、かなめはプラスティックである。
       扇の要 2
 素性不明の古い扇子。かなめに穴が通ったタイプである。
     扇の要 3
 新橋駅構内の臨時店舗で見かけた製品写真。金属製のかなめが使用されている。
       扇の要 4
 おなじみの百均もの。かなめはプラスティック製
      扇の要 5
 これも百均であるが、かなめが壊れて修理したもの。3ミリ径の小ねじがぴったりで、これを袋ナットで留めたもの。ねじのゆるみ止め用接着剤を使用。


 さて、この扇子の要であるが、かつてはクジラのヒゲが利用されたという。現在見かけるものはほとんどがプラスティックで、しばしば金属製のものも見る。価格が高いものに金属製が利用されているというわけでもない。そこで改めて銀座鳩居堂の店内を検分してみた。この店では数千円の製品が主であるが8割くらいはプラスティック製の要で、残りが金属製であった。ただし、「飾り扇」は別で、こちらは実用の扇子よりも強く扇骨を締めていてプラスティックではもたないことから、すべて金属の要を使用しているとのことであった。ちなみに、さすがに現在ではクジラのヒゲの要を使った製品は全く見られないそうである。

 この要に関して、モチノキ科の常緑高木である「カナメモチ」が扇の要に利用されたとする記述が広く見られる。まずはその事例を紹介する。

「カナメは要(かなめ)説」~カナメモチの解説例

1-① 大日本有用樹木効用編
 
材は車輪,車軸、艪臍を作るに用い又扇の要、鎌柄、牛の鼻木となす
 (諸戸北郎 編著、明治36年7月29日 大日本山林會)

1-② 山渓ハンディ図鑑3 樹に咲く花 離弁花1

 材はかたく、日本産の木材のなかでは最も比重が大きい木のひとつ。鎌の柄、扇の要などに利用する。(名前の由来は)モチノキに似ていて、材が扇の要に使われたからという説がある。(2000 株式会社山と渓谷社)

1-③ 原色木材大図鑑
 気乾比重0.98内外で非常に重い。材は器具(鎌の柄・扇の要・牛の鼻輪)、船舶(艪臍)、車両(車輪・車軸)、薪になる。(木島恒夫、岡元省吾、林 昭三、昭和37(1962) 保育社)

1-④ 民族民芸双書 続・日本の民具
 木偏に要を書けば「楆」であるが、この木も大変硬く、扇の要に用いられる。
 (民族民芸双書 続・日本の民具:磯谷 勇、1973 岩崎美術社 )

1-⑤ 新宿御苑(環境省)HP(2007)
 材木が堅く、昔、扇の要(骨どめ)をつくったことが名前の由来です。

1-⑥ ウィキペディア
 カナメモチという名は、扇の要に使い、モチノキ(黐)に似るためといわれる。

 一方、要(かなめ)説は誤りであることを指摘、あるいはカナメモチは扇の骨に利用されたことを淡々と記述した文献も多い。

「1」と異なる記述~カナメモチの解説例

2-① 木材の工藝的利用
 材硬し扇の骨となす(材堅重ナルヲ利用ス)(農商務省山林局編纂、明治45 大日本山林會)

2-② 牧野新日本植物図鑑
 カナメモチ(の名は)この材で扇のカナメを作るからであるというが、これは誤りで恐らくアカメの転訛と思われる。(牧野富太郎、初版昭和36 北隆館)
(注)牧野植物図鑑では、本種はアカメモチの名を優先して掲上している。

2-③ 木の大百科
 材の用途は鎌などの農具・工具の柄、扇の骨その他の器具材、和船の艪(ろ)べそ、荷車の車輪・車軸、下駄などであって、また薪炭材にも用いられる。
 「カナメ」の名は材が扇の要に使われるからといわれるが、材は扇の骨に使われるのであって、樹の若芽が赤いことによるアカメモチが変わったものであろうと牧野富太郎はいっている。(平井信二、1996 株式会社朝倉書店)

2-④ 広辞苑 第四版
 古来扇の骨としたことによる命名ともいい、車軸・鎌の柄などにもする。(岩波書店)

<参考>

 カナメモチと同属で中国にも分布するオオカナメモチの中国名は石楠(日本では誤ってシャクナゲにこの字を充ててしまっている。)であるが、別名に「扇骨木」がある。和漢三才図会では、これに「かなめのき」と仮名を振って、「正字不詳」としている。興味をそそられるが詳細は不明。


 ということで、カナメモチが扇の要にされたという説は、恐るべき孫引きの連鎖現象の余韻と考えたほうがよさそうである。木材はその特性を生かして使い分けがなされてきたが、カナメモチに限って要とする理由は理解しにくい。

 木材の使い分けの歴史の記述は孫引きのオンパレードで、時代が変われば確認することさえも難しくなってしまうものがある。我がバイブル「木材の工藝的利用」には扇の骨は「苦竹,淡竹,煤竹,カナメモチ」とあるが、骨がカナメモチでできた扇子がはたして現在残っているのか、利用は普遍的なものであったのか、あるいはなぜ扇骨に特にカナメモチが用いられたのか、これらさえ確認することも難しいと思われる。

 なお、平凡社の世界大百科事典では、カナメモチの項で材の用途については全く触れていない。危ないことは書かないと言う良識か。
   
  【追記 2015.6】 
   
   牧野富太郎が自著でこの件についてとうとうと述べているくだりがあった。関係分を抜粋すれば以下のとおりである。 
 
 今一般に生籬(いけがき)に作られているカナメだとか、カナメモチだとかいっている者は実はカナメでも無ければまたカナメモチでも無く、これは宜しくアカメあるいはアカメモチとなすべき者である。即ちそれは誰もが知っている様にその新芽が特に赤いからである。・・・(中略)・・・ しかるに私の考えでは、この樹の材で扇のカナメを作るという事は全然ウソだと確信する。この樹の材は堅いには堅いが存外脆く粘力に乏しく、決して強靱では無いから、その細かいカナメを作るには固(もと)より不適当である。ゆえに広い世間に一向それで拵(こしら)えたカナメを見ないで、カナメは皆金属か、骨か、あるいは鯨のオサか、また近来はセルロイドで作られている。もし幸いにこの樹がその適材であったならば、その用途として何んで世間がこの得易い材を見逃そうゾ、今実際に少しもそれが用いられて無い所を以て観ると、それが全く用に中(あた)らぬ樹であるからであると直ぐに合点が行くのであろう。ゆえにこの樹で扇のカナメを作るからそれでそれをカナメモチというのだとの古人の説は実にヨイ加減な机上の空論で、何等実態と合っていなく、何等権威のあるものでは無い。そしてこれをそのまま信ずる人は疑も無く実際的の知識を欠いているわけである。(植物記:牧野富太郎(筑摩書房))