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木の雑記帳
  護摩木には何が一番か


 時代劇でしばしばみられる場面として、恐ろしい形相をした修験者が激しく炎を上げる護摩壇の前で汗にまみれながら腹の底から絞り出すような声を上げ、怪しげな呪文を唱える情景がある。ある目的を成就せんがための情念の極限的な高まりを見せる儀式である。宗教的な儀礼としては最高の演出、舞台装置である。【2010.4】


 この護摩壇に投じられ、音を上げて燃えているのが「護摩木(ごまぎ)」である。別名として「護摩薪(ごままき)」「護摩柴(ごましば)」の名もある。
「護摩」の語はサンスクリットのホーマ homa(havan) の音写で、焚焼、,祀火の意味とされる。本来はバラモン、ヒンドゥー教の儀礼で、供物を火中に投じ、煙にして天上の神に捧げて、祈願する祭式で、紀元前から行われる。【平凡社世界大百科事典】
 元祖インドやネパールでは現在でも健在であることは、homa ritual の語を検索すれば、怪しい雰囲気の漂う哲学的なホームページが多数存在することで確認できる。

 我が国では護摩焚きは天台宗、真言宗などの密教修験道で広く行われているほか、神道でも見られるそうで、護摩焚きに当たっては各宗派の作法があるという。いずれも演出効果をかなり意識していると思われ、中には地域での恒例の巨大イベントとして有名になっているものもある。屋外では護摩壇に薪を積んで檜葉で覆う方法も見られる。

 修験道では五穀や米、油、丸香、散香、華などを護摩木が燃える炉中に投じる【目からウロコの修験道:学習研究社】という。
 
(注)  屋外での護摩焚きの呼称に関して、天台系・本山派では採燈(灯)護摩と呼び、真言系・当山派では柴燈(灯)護摩と呼んでいる。
 
 
 護摩木の形状

 販売されている製品の事例を見ると、4面が鉋(かんな)掛けされた断面が正方形または長方形の棒(板)で、長さは20〜30センチくらいである。多分棒状のものは焚くための燃料(檀木)として用いるもので、板状のものは購入者が名前や願いことを書く(あらかじめ利益を印字したものがある。)ことを考慮した大きさ、形状、表面仕上げとしたもの(供養のための乳木)で、主催者に利益をもたらす仕様と理解できる。
 本家のインドでは護摩木(homa wood)は護摩壇(kund)の大きさに適合するように8インチほどに切るべしとだけ講釈している記述例が見られた。
 
 護摩木の本来の用材及び使用されている用材

 護摩木用材として国内で昔から知られているのは、ウルシ科ウルシ属のヌルデである。「護摩木」の名はヌルデの異名にもなっている。一般的な木材利用の観点からは、ヌルデは存在感が薄い。ヌルデはその材よりも「五倍子(ごばいし、ふし)」「付子、附子(ふし)」の名を持つ虫えい(虫こぶ)が、タンニンを採取するための重要な素材であり続けた歴史があり、江戸時代まで続いたお歯黒もこれに依存していたという。
 
    
ヌルデは葉軸に翼があるのが特徴。
 ヌルデの雌花
ヌルデの雄花
    ヌルデの果実
 果実が分泌する白い物質(リンゴ酸カルシウム)。べちゃべちゃしていて、なめると酸っぱくて塩辛く、かつては塩の代わりになったという。
     ヌルデの果実
 きれいな色合いの果実である。油分を20〜35%含むという。
   ヌルデの熟した果実
 残念ながら、これを利用したという話は聞かないが、中国樹木誌には種子の利用に関して「可供制p(石鹸?)或作潤滑油」とある。
    ヌルデの虫こぶ1
 ヌルデシロアブラムシが作る虫こぶの形はユニークである。
    ヌルデの虫こぶ2
 赤みを帯びたものもある。ヌルデは中国にも存在し、同じ五倍子の名で同様に使用された。
    ヌルデの虫こぶ3
 見た目にはきれいであるが、中味を見るとゾッとする。
 
 
 ヌルデが護摩木として利用された理由については次のような説明がある。
 
@  ヌルデは燃やすとぱちぱちと音を立てることから好まれたとする説
 之(ヌルデ)を焚けば爆発聲(声)をなす故に僧家にて護摩木となす【大日本有用樹木効用編】
 ヌルデの材は勢いよくさかんに燃え、道管内にチロースを含むため、ぽんぽん音を立てて爆跳(ばくちょう)するので景気がよく護摩木に用いられ、また縁起がよいとされたという考えもある。【木の大百科】
A  ヌルデは護摩の儀式発祥のインドで利用された護摩木の代替品であるとする説
 日本の真言宗ではヌルデをもって護摩木とするが、これは金剛頂瑜伽中略出念誦経などに「吉祥樹(インドボダイジュ)を以て護摩木となし、この木なければ白汁ある木を以て之に代うべし」とあることによったものであろう。ヌルデは一名白膠木ともよばれ、枝を折ると白色の粘っこい樹液を出す。インドボダイジュ(書籍版「仏典の植物」の記述では、「ウドンゲノキ」を併記。)のない中国ではもっぱらこの木を護摩木に用い、それがそのまま日本に伝えられたものであろう。
【仏典の中の樹木 その性質と意義(3):満久崇麿】
 
 上記のどちらが真実かはわからない。道管にチロースを含むとされる樹種はいろいろ知られていて、有名なのはウイスキー樽用材となるホワイトオークがある。ウルシ科ではハゼノキのほかにウルシ、ヤマハゼでも見られる模様である。これらがぽんぽん音を立てて燃えるかはわからない。ヌルデは山間部の道端でいくらでもみかけるが、不思議と大きな木は見かけない。現在のようなこぎれいな護摩木を製材できるヌルデの素材は多くないと思われ、ヌルデが護摩木として利用されている実態はほとんどないのではないかと思われる。

 なお、密教の各教典によれば、一般に乳木(護摩木)には吉祥樹(インドボダイジュ)、優曇鉢羅樹(Ficus glomerata ウドンゲノキ、優曇華の木)、○[人偏+去]陀羅木、阿没羅樹(Amra、マンゴー)、遏迦木を用い、息災法には甘き味の木、敬愛法には花ある木、増益法には果ある木、降伏法には若き木、鉤召法には刺ある木を用い、この外各修法によっていろいろの樹木が引用される【仏典の中の樹木 その性質と意義(3):満久崇麿】という。

 古い時代のインドや中国で何の木が最も多く使われていたのかについては、残念ながら正確な情報を確認できない。近年の状況に関しては、インドではマンゴーの木(ウルシ科マンゴー属)の材がもっとも頻繁に使用されているとする記述【http://www.sanatansociety.com/index.htm】が見られた。

 また、使用すべき木材として複数の樹種名を掲げた次のような記述もみられた。
 「木材としては mangoマンゴー(Mangifera indicaウルシ科マンゴー属)、 banyanベンガルボダイジュバンヤン樹(Ficus benghalensisクワ科イチジク属)、vilva (Crataeva religiose)、sami (Mimosa suma マメ科アカシア属), palasaハナモツヤクノキ花没薬(Butea frondosaマメ科ブテア属)、 balkula ?⇒bakulbakulavakulaミサキノハナ(Mimusops elengi アカテツ科ミムソプス属)、 pippalインドボダイジュ(Ficus religiosa クワ科イチジク属), champakaキンコウボク金厚朴金香木(Michelia champacaモクレン科オガタマノキ属) の木の材を使用すべきである。湿った木材、汚い場所で生産された木材、汚染された木材、いやな臭いやとげのある木材、虫食いの木材は使ってはならない。」【www.salagram.net/CBR-page.htm 】

 なお、「仏教の知識百科」(主婦と生活社)には、護摩木に関して「(国内で)用いられる木の種類は、桑、柏(かしわ)、松、檜、杉など。ただし、筋目がまっすぐで、虫くいや腐食部のない浄木でなければならないとされている。」とある。
 
 
 販売されている護摩木の用材

  現在販売されている護摩木は正確に製材・鉋掛けされていて、まるで小綺麗な工作材料のようである。特に字をを入れる場合には節がなく色が白くて目が整っていて表面仕上げが良好なものが都合がいいに違いない。また、製造する側の事業からすれば、価格が比較的安く製材歩留まりのよい大きさがあり、加工性良好なものがよい。こうなると,必然的に、卒塔婆、絵馬、まな板などでも活躍している輸入材のスプルースは最適な材の一つと考えられ、現にこの材の護摩木が存在する。さらに、国産のスギヒノキ北海道産のマツ類も利用されていて、中国から白松(沙松)の製品も輸入されている模様である。残念ながらヌルデは確認できなかったが、同じウルシ科のハゼノキを小割したハゼ護摩木が供給されているのを確認した。ハゼノキの名前は決して爆ぜるからこの名があるわけではない。これをヌルデの代用品としている理由はわからない。販売されているハゼ護摩木をみると、そもそも本来の護摩木はこうした小中径木を単に小割りしただけの形状のものであったのではないかと感じられる。なお、ハゼノキの護摩木は、全国展開するある大手仏教系新興宗教団体が九州で一定量を調達しているとも聞いた。

 インド系の護摩では牛糞(神聖なものとされている。)を含めた燃焼材料に関する講釈が多くて多様性があるように見えるが、国内では儀式の作法が細かい割には燃焼材料の種類には特に意義付けがなされていないようで、特にこだわりはないようである。(仏典では詳細の記述があることが知られている。)

 護摩としての利用実態から木材の燃焼の特性に関して興味を感じるため、出来れば、上質の鋳物製の薪ストーブか暖炉を利用して、ヌルデやその近縁種を含めていろいろな材の燃焼試験をして、その個性を体感してみたいが、残念ながらそうした豊かな生活環境にないことを嘆くのみである。
 
 
 九州産のハゼノキの小径木を小割りした自家製ハゼ護摩木(ただの割り材)である。ハゼノキは径が細いと、鮮やかな黄色の心材の比率は低くなる。
 できれば、ヌルデの材も手に入れて、興味本位の屋外燃焼試験をしてみたいと思っているところである。


 【2010.7追記】
 ヌルデ、ハゼノキの燃焼試験へ
 
 
<参考メモ>
(ゴマギについて)
 スイカズラ科の落葉小高木にゴマギがあるが、これは「胡麻木(ごまぎ。ごまきとも)」で、葉にゴマに似た匂いがあることからこの名があり、護摩木とは関係ない。
(ヌルデ五倍子について)
 ヌルデ五倍子は、タンニンの原料として皮革のなめし用、インクの原料、薬用として貴著品である。
 【樹木大図説】(注)現在では国内産はほとんどないと思われる。
 五倍子を臼にて砕き粉末とし歯染めに用ゆ所謂ふしのこ是なり【大日本有用樹木効用編】
 お歯黒は「かねつけ」と称し、かつて既婚婦人に使われたもので、ふしの粉を鉄漿(鉄錆を溶かした水)と混合して歯に塗り黒く染めるもの。【木の大百科】
(ヌルデの果実について)
 果面に塩の如き白粉あり、酸味あり、晩秋寒気の進む頃はこの酸味を増加す、これは塩ではない、信州人は山間にいるものこの果を煮て塩分をとり代用する。【樹木大図説】
(マンゴーの材について)
 果実の名声の陰にかくれて、マンゴウの材は一般にあまりぱっとしないが、なかなか用途の広い木で、辺材は淡褐色、心材は褐色で、比重は0.6〜0.7、木理はカシ類に似ていて、しかしソフトな感じがする。【仏典の植物:満久崇麿】
 マチン、アサムの現地名でマンゴー属の材の輸入例があるという。
(一般の薪材の樹種による特徴(特性)について)
 薪はミズナラなどの堅くて重い材が火持ちがよくて昔から評価が高い。樹種によって割りやすいものと割りにくいものがあることも知られている。
 針葉樹は広葉樹に比べて容積密度が低い(軽い)から、その薪は着火はよいが火持ちは広葉樹には及ばない。また煙突に煤が付き易いともいわれるが、入手できるものを承知して使用すればよいのであって、欠点でも何でもない。
 生材でもよく燃えるといわれる樹種がしばしば語られていて、次のような記述を目にした。

@  奥多摩山上の湯の木下さんは生でも燃える樹種として、ズサアブラチャンの方言)、シオジツツジを挙げられた。【続樹木と方言:倉田悟 】
A  生木でよく燃えるのはヤチダモイタヤ(カエデ)アオダモハンノキ、それにイヌコリヤナギなどである。
 ヤチダモは冬でも生木のままよく燃えて火力が強い。
 アオダモはヤチダモなどと同じように生木のままでもバリバリとよく燃えるので、白老辺では山の神の松明などとも呼んでいる。【コタン生物記T:更科源蔵・更科 光】
 スモークチップの場合と同様に、リンゴサクラ(ヤマザクラ)の薪は燃焼中に甘い香りがするといわれるが、実際に閉鎖タイプの薪ストーブでは暖炉のような解放性がないから、香りを体感しにくいと思われる。それ以前に、薪の樹種を選択する自由度はそれほど高くないから、話のネタとしては面白いが、体験は難しい。 
(恐ろしい薪材) 
 なかなか経験する機会はないが、この世には「恐ろしい薪材」が存在するようである。例えば、キョウチクトウは毒性があることは広く知られているところであるが、この生木を燃やした煙も有毒(日本の有毒植物)とされ、また、かぶれを引き起こすヤマウルシでは、燃料にしたときに煙を浴びてもかぶれる(植物観察図鑑)とされる。体験的レポートがなくて、その症状の程度等の詳細についての情報が得られないのは残念である。 
   
  資料

【現代林業 2013年7月号 編集部】


 薪で使われる樹種
 薪の樹種で人気があるのは広葉樹、特に堅くて火持ちがよいナラカシといった堅木と呼ばれるものが最高級のランクに位置します。また、サクラや果樹園のリンゴなどは香りがよく人気があります。広葉樹でもシイ(注)ホオノキなどの雑木は密度が軽くて火持ちが悪いので価値が低く、堅木と混ぜたミックスと呼ばれる商品で販売されることが多いようです。スギヒノキなどの針葉樹は着果しやすく一挙に燃える長所がありますが、逆に火持ちが悪く、特にマツ類はススが多く高温になりやすいため、ストーブを時に壊してしまう恐れがあると考える薪ストーブユーザーからは敬遠されていました。しかし、焚き付け用の薪やキャンプ用の薪として利用されるのが一般的です。

注:  シイは決して軽いという印象はないが、意外にも火持ちが悪く、針葉樹程度の火力しか得られないという評価を聞く。