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木の雑記帳
  北海道のエリマキとは


 寒いときはやはりエリマキ(襟巻き。近年は毛皮のものを除き、一般に「マフラー」と呼ばれるようになってしまった。)は有用であるが、ここではそのエリマキではない。「エリマキ」は北海道などでは特定の樹種を指す名称(地方名)となっている。しかし、この説明に関しては複数の樹種に渡っているため、明解な翻訳が困難で何とももどかしい。【2012.5】 


 
        エリマキ材の輪切りサンプル
  非常に堅くて緻密な材で、ツゲ材を思わせる。径は8.2
 センチ程である。
      左のエリマキ材の部分拡大写真
  木口は磨けばツルツルに仕上がることを確認した。 
   
   微細な彫刻を施す木製小物の素材としてこのエリマキ材が重宝していて、北海道では現在でもこの材を加工した木彫りの土産物が販売されている。但し、木材の種類に関心を示す人はほとんどいないし、エリマキ材の表示をしても特段のメリットもないことから、材の名称は表示されていないの普通である。

 そこで、仮に店頭でこの製品を指さして、材料は何という樹なのかと問うてみれば、(ただの店番でなければ)多分「エリマキ」の名前が返って来るであろう。そこで、さらに執拗に一般の図鑑ではどんな名前になっているのかを問えば、その答えについては予想ができる。「エリマキはエリマキだべさ。」として、この忙しいのに、何をアホなことを聞いてくるんだ。この暇人めが・・・とでも言いたげな迷惑そうな顔つきとなることは間違いない。

 そこで、植物方言の辞典を見ると・・・

 「日本植物方言集成(八坂書房)」によれば、次のとおりである。
 注:  地方名は便宜上都道府県単位で整理しているケースが多いが、決して県境で明確に異なるものではないことはいうまでもない。さらに個々の県内で同じ樹種に対して、様々な地方名が存在することも知られていて、書籍で紹介されている方言は、比較的多く聞かれた一部の事例として理解しなければならない。 
   
 
@ ツリバナをエリマキと呼ぶ地域 ・・・・・ 北海道、青森(津軽) 
A マユミをエリマキと呼ぶ地域  ・・・・・・・ 北海道 
B コマユミをエリマキと呼ぶ地域  ・・・・・ 青森(津軽) 
   
   さらに、北海道のローカル版の図鑑を見ると・・・

 北海道の樹(北海道大学出版会)及び北海道樹木図鑑(亜璃西社)のいずれもが、エリマキの名をツリバナの別名として掲載している。

 情報は限られているが、これらを荒っぽく総括すると、概ね以下のような感じとなろうか。

 エリマキの呼称は、北海道では一般にツリバナを指しているが、マユミも含めている場合もある。青森ではツリバナ又はコマユミを指してエリマキと呼んでいる地域がある。 
   
   目にする製品素材としてのエリマキ材

 冒頭に掲げた「エリマキ」とされるサンプルであるが、これが標準和名で何かとなると、ほぼツリバナで間違いなさそうであるが、ひょっとするとマユミかもしれないし、コマユミかもしれないと、何とも歯切れの悪いコメントとなってしまう運命にある。

 しかし、幸いにもこのサンプルは樹皮付きであるため、これが重要な手がかりになりそうである。ツリバナ、マユミ、コマユミのそれぞれの樹皮の様子は下に掲げた写真のとおりで、これと比べると、やはり、ツリバナと考えて良さそうである。 
   
 
      ツリバナの樹皮 
 十数センチほどの径の例で、樹皮の表面は滑らかで、マユミのように割れが生じない。
       マユミの樹皮
 十数センチほどの径の例であるが、樹皮には割れが目立つ。太くなればさらに樹皮の割れは深くなる。      
      コマユミの樹皮
 十センチ弱の径の例で、平滑な樹皮に浅い縦の割れが生じている。
   
   森林が日常の生活空間と密接な条件で育ったお年寄りであれば、どの樹を昔からエリマキと呼んできたかは承知しているのであろうが、地域によって異なることは大いにあり、これが正に地方名ということになる。

 一方、木彫りを生業とする者は、他人の山で勝手に木を伐って来るわけにはいかないから、エリマキの素材を供給者に依存することになる。この場合、注文のエリマキの内訳は、供給者の認識に委ねられることになる

 こうしたことから、厳密な意味での製品の樹種の確認は、なかなか難しいものとなるのは避けられない。 
   
 
 
     ツリバナの小枝サンプル

 左の写真は、ツリバナの1cmほどの径の小枝のサンプルで、木口を斜めに切断し、剥皮したものである。
 白くきれいな材で、硬くて緻密であり、印材、櫛にもなりそうな印象である。


  
   
 
   
    マユミの小枝サンプル

 こちらの写真は、マユミの2cmほどの径の小枝のサンプルで、同様に木口を斜めに切断し、剥皮したものである。ツリバナと同様の印象である。
   
   
   エリマキ材を使用した製品の例

 エリマキ材の製品としてはアイヌ模様を彫ったペンダント、ストラップが特に北海道で土産物として販売されているが、淡色の素地を生かした製品はほとんど見当たらない。
 ツゲのような色合いであれば材色をそのまま生かした利用ができるが、マユミのよう材は象嵌や寄せ木細工の淡色系の素材には利用されているが、淡色の素地を単体でそのまま生かした製品はほとんど見られないことに改めて気付く。

 エリマキの材は色が白くて非常に緻密な材で、細かい細工・彫刻を施すには都合のよい魅力的な材であるが、色合い自体に個性がなく、素地を生かした単独の利用はしにくいのは理解できる。そもそもどんなに微細な彫刻をしても、手を掛けた部分が目立たないし、ちっとも映えない。そこで定着した手法が、濃い目の色のラッカー塗装後に微細な彫刻を施すいわゆる“後彫り”である。本来の素地の質感は全くわからないが、彫った箇所の白い下地が覗いて、模様がきれいに映える効果が発揮されるというわけである。 
   
 
   
  エリマキ材のストラップ その1
 この手の製品は、形態、表面の彫りのバリエーションが実に多様で、微細な手のかかる彫りが施されているものほど価格が高い。長さ25mm。 
  エリマキ材のストラップ その2
 これはエリマキ材によるフクロウの彫刻で、珍しい。高さは18mm。
あらき木彫製作所 荒木 繁
          
   
   ニシキギ属樹種の材の用途
 

 書籍等の記述を調べてみれば、やはり堅く、緻密で均質な材であれば適合する用途の事例が見られる。弓としての利用は粘りもあるということなのであろう。 
   
 
ツリバナ   【原色木材大図鑑】
 材は版木(くし)・細工物になる。
【コタン生物記T】
 (アイヌ社会では)昔はもっぱらこの木はイチイと同じようにや矢にする重要な木であった.弾力があって曲げても容易に折れるということがないからである。 
【北海道の樹木図鑑:北海道国土緑化推進委員会】
 材質はかたく弾力があり,木理は美しい光沢をもち、印材版木、寄せ木細工に用いられ,古くはの材料にされた。アイヌ語でツリバナの仲間をコンケニー(まがる木)といい、反発力が強いので弓を作った。 
【北海道の樹木:鮫島惇一郎 北海道新聞社】
 ツリバナをエリマキともいうが、ツリバナ全体を指すらしい。弾力のある堅い木なのでを作るのに用いられた。アイヌ民族はツリバナの仲間から弓を作った。 
マユミ    【大日本有用樹木効用編】材は机卓、函箱及室内の装飾に用い又器具を旋作す木曽にてはを作る又丸 木のに用ゆる故にまゆみと云ふ  
【原色木材大図鑑】
 材は彫刻(版木印判),器具(小箱・・ステッキ・木釘・ペーパーナイフ・玩具・寄せ木細工・木象嵌・・柄・刀の鞘),家具,建築(室内造作),旋作(挽物)に,実は薬用になる。 
【コタン生物記T】
 エゾマユミ:(アイヌは)材質が堅く木理が緻密なので杓子や箆(へら)をつくるのはもっぱらこの木であった。釧路地方ではクマ送りのときの神の土産にする花矢の鏃(やじり)ももこの木でつくり,その他の小細工ものなどや、海獣をとる銛先(キテ)もこの木でつくったという。 
【北大植物園】
 〔アイヌ〕枝や材でへらやしゃもじ、酒箸、小刀の鞘(さや)、や仕掛け弓矢の柄、花矢などを作る 
【天童市観光物産課】
 昭和30年頃、外材の「シャムツゲ」が導入されて使われるようになるまで、(将棋の)彫駒(ほりごま)には「いたや」、「まき(注:当地の方言で、マユミのこと)」が使われました。 
ニシキギ  【大日本有用樹木効用編】
 材は、杖、木釘、等を作り又寄せ木細工及旋作工用に供す 
【原色木材大図鑑】
 材は版木に賞用され,・杖・木釘などにもなる。.樹皮は薬用になる。 
コマユミ  【コタン生物記T】
 (アイヌは)齲歯のやむときにこの木を箸にして食べると治るといい,普段もこれを箸に用いた。木質が堅いことによる呪術的な意味によるものかもしれない。
(注)ニシキギの変種でもあり、材質的にはニシキギや他のニシキギ属の樹種とほぼ同様と思われる。 
 
   
 ニシキギ属の仲間たち(花、果実の様子)

 ニシキギ属の果実はそれぞれ個性的で、並べてみると面白い。   
   
 
@ マユミ     
        マユミの花 
 北海道から九州に自生。花弁は4個。
    マユミの裂開前の果実
 刮ハは倒3角形で基部はくさび形、4稜がある。
     マユミの裂開花実
 4裂するがきれいに放射状に開いた姿は見ない。
A コマユミ     
      コマユミの花
 北海道から九州に自生。次のニシキギの品種で枝にコルク質の翼ができないもの。花弁は4個。
 
   コマユミの成熟前の果実
 1〜2(3)個の分果が見られる。
    コマユミの裂開果実 
B ニシキギ     
     ニシキギの花 
 北海道から九州に自生。枝の板状の翼が特徴。
   ニシキギの成熟前の果実
 心皮は4個、成熟すると1〜2(4)個の離生する分果となる。
    ニシキギの裂開果実 
C ツリバナ     
      リバナの花
 北海道から九州に自生。花弁は5個。
   ツリバナの裂開前の果実
 
刮ハは球形で、5裂し、翼はない。 
   ツリバナの裂開果実 
D オオツリバナ     
     オオツリバナの花
 北海道から本州に自生。花弁は4〜5個。
 
  オオツリバナの成熟前の果実
 
刮ハは球形、低い5翼又は4翼がつく。  
   オオツリバナの裂開果実
 刮ハも4〜5裂する。 
E ヒロハツリバナ     
    ヒロハツリバナの花
北海道から四国に自生。花弁は4個。
 ヒロハツリバナの成熟前の果実 
 刮ハは個性的で、水平に張りだした長い4翼がある。
   ヒロハツリバナの裂開果実
 下側から見た様子で、まるで傘が開いたような形態である。 
F マサキ     
       マサキの花 
 北海道から九州に自生。常緑で、しばしば生け垣として見かける。
     マサキの成熟果実
 
刮ハはほぼ球形で4裂する。 
     マサキの裂開果実