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木の雑記帳
  北米生まれの異形のクルミ
   ブラックウォルナットの果実、堅果、そして材の個性


 ブラックウォルナット(黒グルミ、単にウォルナットとも)といえば、格調高い濃い色調の高級材としてのイメージが定着していて、各種クラフト、小物類に多用されているのをよく目にする。その他、全く縁はないが、高級家具、さらには高級フローリングとしての利用例もあるという。ウォルナットであるからクルミ類であることは間違いないと理解するものの、現物の樹や果実を見る機会はないままであった。しかし、あるとき某所に植栽されているこの樹を運良く確認し、さらに頃合いを見計らって再訪したところ、幸いにも果実を数個拾うこともできた。この果実、見慣れたクルミとは全く様子が違っていて、久しぶりの心ときめく教材であった。【2011.12】 


 1  ブラックウォルナット(黒グルミ)の概観
     
 
  ブラックウウォルナットの樹皮
 樹皮は暗色で深い溝がある。
    ブラックウォルナットの葉
 葉は奇数羽状複葉。
   ブラックウォルナットの小葉
 小葉はオニグルミよりはるかにスリムである。  
   
 
   北アメリカ中東部に分布するクルミ科クルミ属の落葉高木。 中サイズの樹で、樹高は70〜90フィート(21m〜27m)、胸高直径は2〜3フィート(60cm〜90cm)ほどであるが、ときに樹高で150フィート(46m)、胸高直径で8フィート(244cm)に達する。【USDA】
 国内での呼称の実態としては、ブラックウォルナットの名称は主として材を指し、時に短く単にウォルナットとも呼んでいる。樹を指して、黒クルミクロクルミ)、黒グルミクログルミ)としている場合もあって、この樹木自体が一般的ではないため、まれに学名の種小名を使ってニグラグルミとしている場合も見られるなど、和名は収束していない。
 ブラックウォルナット Black walnut (Juglance nigra)はイースタンブラックウォルナット(eastern black walnut)、アメリカンウォルナット(American walnut)ともいい、最も僅少で、求められる米国産の広葉樹である。良質で通直な木目の材は優良な家具や銃床となった。供給が減少したため、残存する上等のブラックウォルナットは主としてツキ板として利用されている。独特の味のナッツは焼き菓子やアイスクリーム用として需要があるが、人々はリスよりも早く収穫しなければならない。殻は粉砕されて、多くの製品での利用に供される。【USDA】
  食べられるナッツを産するが、ナッツを殻から取り出しにくい点は悪名高く、食べるためには入念な準備が必要である。ブラックウォルナットと呼ばれるのは、材が暗色であるだけでなく、樹皮が暗褐色から黒色であることにもよる。【Kew Gardens】
   
   ブラックウォルナット(黒グルミ)の果実と堅果
   
 
 ブラックウォルナットの果実にはライムのような柑橘系風の変わった匂いがあるのにはビックリする。
樹上の果実をひとつ発見!! ブラックウォルナットの果実 
   
 
      ブラックウォルナットの堅果


 
左写真のようなギザギザの堅果を初めて見たら、まさかこれがクルミの仲間であるとは誰も予想しないであろう。      
             
       堅果の縫合線の様子

  左写真のとおり、縫合線は不明瞭である。 
   
   
   青い外果皮を剥がしにかかると、黄色い汁がポタポタと滴り落ちる。ゴム手袋なしの作業では、手は黄色に染まり、やがて茶褐色と化し、爪の中が真っ黒けになってしまう。多分、豊富なタンニンの仕業と思われる。

 堅果は微細・複雑で深いしわのある殻が覆っていて、とてもこれがクルミの仲間とは思えない。この形状のため、外果皮のカスが非常に除去しにくい。コイアファイバーの亀の子束子でゴシゴシやることになった。.本当はさらに硬いカルカヤの束子の方がよかったのかもしれない。

 作業後に手を見ると、特に活躍した親指と人差し指はブラックウォルナットの材の色と化してしまったことに気づいて、ため息をつく羽目になった。わずか3個のブラックウォルナット果実の外果皮によって、厳しい試練を受けてしまった。

 こうして厄介な印象のあるこの外果皮であるが、サプリメントとしての利用実態があって、抽出液を液剤(チンキ剤)あるいはカプセルとした製品がふつうに輸入・販売されている。名称は「ブラックウォルナット(黒クルミ)のサプリメント」としていて、腸に対するキレイ効果≠うたっている。たぶん、主としてタンニンによる殺菌、収れん効果を期待したものと思われる。 
   
   
 
 ブラックウォルナットの堅果がこれほどギザギザであるに対して、中味の子葉の表面がツルッとして滑らかであるのは意外である。

 やや小振りであるが味は安心のクルミの味である。 
 
   ブラックウォルナットの堅果の断面  
 縫合線の面に対して直角の縦断面で割ったもの。オニグルミで見られるような実を伴わない小さな空隙が見られる。子葉は右写真を参照。 
    左の堅果から取り出した子葉
 セイヨウグルミのしわの多い子葉とは随分印象が異なる。
   
   ブラックウォルナット(黒グルミ)の材

 米国産のブラックウォルナットは、西ヨーロッパから西アジアに産するヨーロピアンウォルナット European walnut , English walnut, Persian walnut , Circassian walnut (セイヨウグルミ、ペルシャグルミ Juglans regia )の代替材と見なされていたこともあったとされる。ヨーロピアンウォルナットは、ブラックウォルナットと同様に茶褐色で濃い茶色の縞が入った色合いが美しく、評価の高い材であるが、材の利用にふさわしい径の原木が不足し、高価で入手困難になっているという。

 それぞれのウォルナットの高い評価の視点は美しい材色にあり、仮にこの材が淡色で縞模様もなければ、その材質特性のみが命となるから、現在のような評価は考えられない。

 なお、米国には クラロウォルナット Claro Walnut (注:Claro は“bright” あるいは “clear”の意のスペイン語とされる。 )の名前で材が流通する同じクルミ属の ヒンズウォルナット Juglans hindsii (注:種小名の hindsii は英国の植物学者 Richard B. Hinds の名前に由来するもので、ヒンズー教とは関係ない。)が存在し、ヒンズブラックウォルナット Hinds' black walnut 又は ノザンカリフォルニアウォルナット Northern California walnut の呼称がある。この樹は、栽培目的のセイヨウグルミのつぎ木の台木として広く利用されていることで、経済的に重要なものとなっている。また、材の色はブラックウォルナットと同様で、さらにしばしばカーリー杢(波状杢)、クロッチ杢、バール杢(瘤杢)が現れる点も同様とされ、量的には多くないものの高級家具、ギター、ライフル銃床等にも利用されているという。
 
 
 ウォルナットのサンプル材(素地)    ウォルナットのサンプル材
   (オイルフィニッシュ)
 ウォルナットのテーブル天板(部分)
 ウレタン塗装された製品の例で、もちろん表面はツキ板である。
   
 
(株)ササキ工芸の都内直営販売店の製品の一部。ウォルナットとミズナラ、ハリギリ等の色の対比が美しい。

 ■ ササキ工芸 東京店 NOCRA(ノクラ)
  東京都台東区上野5−9(2K540内)
      ササキ工芸の製品の一例 

     
ウォルナット製のデザートプレートである。
   
   ブラックウォルナットの豪華な家具やフローリングは高価で一般性がないが、材色と質感を楽しむのであれば、多様な木製品が用意されている。北海道旭川市の(株)ササキ工芸はウォルナット(ブラックウォルナット)を多用した実に多種多様な木製品、小物類を製造・販売していて、通販にも対応している。

 直営販売店舗は製造拠点のある北海道旭川市のみで、札幌市にさえ店舗を持たなかったが、2011年9月に都内に進出した。場所は(株)ジェイアール東日本都市開発により、秋葉原駅と御徒町駅の間のガード下に登場した「ものづくり」をテーマにした街「2k540 AKI-OKA ARTISAN」の一画で、店の名は「NOCRA (ノクラ)」としている。ここには多数の面白い店が集合している。この街自体が2011年9月にオープンしたもので、2011年度の「コミュニティ・地域社会のデザイン」部門でグッドデザイン賞を受賞している。 
   
  【材に関する説明の例】 
   
 
 ブラックウォルナットの材はヨーロピアンウォルナット(Juglans regia)と同様に重くて強い一方で割裂性がよいことから評価が高く、心材は古くから家具、棺、銃の製造に利用されてきた。【Kew Gardens】

 ブラックウォルナット Black walnut , Eastern black walnut , American walnut (イースタン・ブラックウォルナットアメリカンウォルナット)の最も知られた用途は製材品と単板(ベニア)である。材はあらゆる種類の高級家具、内装パネル、特別の製品、銃床に利用される。ブラックウォルナットの果実は多くの用途に供される。実(子葉)は野生動物や人の食用となる。粉砕した殻は特別の製品となる。第二次世界大戦中、航空機のピストンはクルミ殻ブラスターで汚れを落とし、このアイディアは自動車工業に導入され、製造事業者は精密なギアのバリ取りに殻を使用した。粉砕した殻はジェットエンジンの汚れ落としのほか、石油掘削作業の際の掘削泥への添加剤として、ダイナマイトの充填物として、自動車タイヤの滑り止め配合剤として、塗料剥離用の空気圧噴射物として、煙突の集塵洗浄装置のフィルター素材として、様々な殺虫剤の小麦粉様のキャリアー(増量剤)として利用される。【USDA】
 最も重要なステップはウォルナット(ブラック・ウォルナット)材の乾燥である。いくつかの方法があるが、それぞれその手順がある。特にこだわりがある場合は天然乾燥がおすすめである。これには数年を要し、製品に対して幾何級数的なコストが付加されることになるが、それだけの価値をもたらす。天然乾燥の間に、ウォルナットの材色は最も豊かなものとなる。 適正に天然乾燥された材は濃い紫の色調をわずかに帯びた素晴らしく豊かなチョコレートブラウン色の独特の色合いとなる。・・・次の工程は人工乾燥である。これはもちろんはるかに手間がかからないが、色彩をグレイがかったものとし、自然状態でのパティナ patina を減ずる。最後の工程はスチーミングとして知られている。スチーミングをする理由は、淡色の辺材を暗色にするためである。これにより、辺材はしばしば心材と識別困難となり、ある業者はこの辺材を心材グレードの材として流通させようとさえする。これはいささか問題がある。(以下略) 【thewoodguide.com】
   
   
  <参考:オニグルミの材> 
 
 国内で家具等の用材でクルミ材と呼ぶのはオニグルミの材を指し、色は淡色で、個性に乏しい点で損をしていているが、この材にこだわった家具づくりも一部に見られる。

 オニグルミの材に関して特筆すべき点は、これが軍用銃の銃床材として賞用されてきたことである。多分、クルミ材が銃床の用材に適合していることを西洋文明として学んだ日本では、外国産クルミに代えて国産のオニグルミを軍用銃の銃床材として選定して利用してきたものと思われる。

 現にオニグルミは、古くは三八式歩兵銃にも使用されたことが知られている。
 
 現在、軍用銃の銃床素材は合成樹脂や金属が主体となっている模様であるが、趣味性の高い散弾銃(ショットガン)やライフルの銃床は、ほとんどがクルミ(ということはオニグルミの場合は染色しているのであろうか?)、ウォルナット製として製品表示している。

 なお、明治期の「木材の工藝的利用」では、「銃床材は軽くして強靱なるを要すオニグルミに勝ものなし」、「銃床は物に衝突して殺(そ)げず且割れざる材を要す故にオニグルミを用ふ」とある。
オニグルミのサンプル材 
   
   ウォルナットを名乗る非ウォルナット材

 いつものことながら、ブラックウォルナットの材の評価が高いために、全く異なる材にウォルナットの名を勝手に借りて製品に命名するという好ましくない実態が見られる。

 具体的には「アジアン・ウォルナット」の名の材がフローリング材として広く販売されている。中国で加工されているものが多いようである。海外でも Asian Walnut の表記が見られる。この正体は宣伝文を見ているうちに見えてきた。結論を先に記すと、

@  熱帯アジア産のシクンシ科モモタマナ属(テルミナリア属)の クチナシミロバラン(テルミナリア・トメントサ)Terminalia tomentosaタイでの名称は ロクファー  Rok-far
A  アカシア属の複数のアカシア類

 のいずれかのようである。商品の説明例は以下のとおりである。  
   
 
   宣伝文の例  気づきの点
A  ウォールナットは大別すると、南北アメリカ大陸産と東ヨーロッパ・アジア産の2種類に分けられます。  アジアン・ウォルナットはクルミ属ではないから、説明としては全く不適当である。 
B  東南アジアに生育するロックファーは、北米の胡桃の樹(ブラック・ウォールナット)に大変良く似ており、近年はアジアンウォールナットの名前で親しまれています。  ロックファー(ロクファー)の名前を出してくれたおかげで調べることができた。 
C  アジアンウォールナット(ロックファー・月桂樹)  「月桂樹」の名は異質な印象があるが、インドでは自国でも産するロクファーを英語で Laurel( Indian Laurel ) と呼んでいることから、そのままの訳語が括弧書きされているものと思われる。 
D  タイが原産国のロクファーフローリングです。  原産国がタイであることを説明している。他にインド、ビルマでも産するという。  
E  永年に渡りアジアンウォルナットでご贔屓になっておりましたが2008年5月より本名の「ロクファー」を名乗る事になりました。  紛らわしい呼称を使わないよう悔い改めたことは好ましいことである。 
F  人気のアジアンウォールナット(アカシア)をウォールナット色に着色。変化のある木目がシックな空間演出に最適です。耐久性にも優れています。  ロクファーとは別にアカシア系の Asian Walnut が確かに広く流通していて、これを説明した英語のホームページ(wisegeek.com 等)も存在する。
 なお、着色してグレードの高い材を装うのは勘弁してもらいたいものである。  
 
   南方系の材を見て、果たしてどれだけの輸入・販売者が樹種を同定できるのか、よくわからない世界であるが、紛らわしい表記を意図的に採用することは明らかに誠実さに欠けている。なお、アジアンウォルナットの名前で流通している商品の写真を見ると、なかなかいい感じで、デパートの高級品を扱うコーナーのフローリングとしても使えそうな印象である。素性を明らかにして堂々と販売すべきであり、偽装的取り扱いは材が気の毒である。   
   
  <ロクファーに関する参考資料1> (「熱帯の有用樹種」より)

 ロクファーの名はシクンシ科(Combretaceae)ターミナリア(モモタマナ)属(Terminalia)の Terminanalia tomentosa のタイでの呼称である。本種はインド、ミャンマー、タイなどでは最も価値のある材として比較的高木となってよく生育している。材は淡褐色、赤褐色、ときに暗褐色の条斑がある。本種の国別の呼称は以下のとおり。

 ・ インド: Laurel (Indian Laurel)
 ・ ミャンマー: Taukkyan , (Burma laurel)
 ・ タイ: Rok-far


 なお、ターミナリア(モモタマナ)属の樹種は約200種類あって、熱帯アジア、熱帯アフリカ、中南米や北オーストラリア、太平洋諸島に広く分布している。 
   
<ロクファーに関する参考資料2>

 以下は英国の製品販売者による比較的詳しい説明の例である。

 「ロクファーの名は一般にアジア産のウォルナット製床板を意味している。非常に美しく個性的な外観の材で、フローリングとして理想的である。ロクファーの色がアメリカ産のブラックウォルナットに似ていることから、しばしばアジア産のウォルナット製床板を指すところとなっている。ロクファーの木肌は非常に緻密・通直で、しばしばマホガニーやメルバオの外観と比較される。材は非常に美しく、木目が目立つ黒い縞模様がある。材がウォルナットに似ていて、より耐久性があって硬いことから、広くウォルナットの代わりに利用されている。」 【woodenfloors.uk.com(抄)】