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木の雑記帳 都内のさり気ないところにあった栂普請の建物
栂普請(つがぶしん)の建物と言えば、特に関西・西日本方面では格調の高い和の建築仕様として位置付けられていることは承知するも、身近では全く見る機会もないままとなっていた。あるとき、久しぶりに都内の浜離宮恩賜庭園を徘徊していたところ、普段は公開していない2つの茶屋の付近に人が集まっていて、その中にガイドもいることを確認した。聞けば、本日は茶屋のひとつである「松の御茶屋」の内部を案内する予定とのことであった。これ幸いと、早速ながら参加して、拝見することにした。 【2018.6】 |
浜離宮恩賜庭園は都の財政に余裕があることから施設の整備に熱心で、既に湯水の如く税金が投下され続けており、それでもまだ造り足りないとして既に御茶屋が3棟も復元されている。都民としては強い不満を感じるところであるが、今回はそのことは取りあえずは横に置き、この御茶屋のひとつを採り上げる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1 | 松の御茶屋の様子 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2010年12月に復元完成した御茶屋で、柱や縁側の板(縁甲板)などにツガ材が使用されているとのことである。杮葺き(こけらぶき)の数寄屋造り(すきやづくり)で、建築面積は63.62平方メートルとされる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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経年変化したツガの縁側の板(縁甲板)を観察すると、年輪の夏材部の色が濃く浮き出てザラザラ感があり、艶は生じていない。このことからツガは春材と夏材の堅さの差が大きいことと、艶が生じにくい性質があることがわかる。実際に松の御茶屋の縁側の表面をなでてみると、不思議と懐かしいような感触があった。また、例えば汗ばんだ肌にはベタつき感がなくて快適かもしれない。ただし、肌がしばらく密着していたら、木目模様(縁甲板は柾目材である。)が肌に転写しそうである。ヒノキではこういったことにはならず、全体に年輪の堅さにムラがなくしっとりと艶が出る。 また、高価な四面無節のツガ柱もシンボリックに使用されていて、これに対しても、たぶん法外な金額が税金で支出されたはずである。 さて、この建物の目で見える部分を物色して部材の樹種をピタリと当てるのはなかなか菜困難で、ボランティアガイドでもそこまでは把握しているものではない。できれば、ツガ材がどの範囲で使用されているのかを知りたく、資料の存在を調べてみると、復元工事の記録資料が存在することが判明した。そこには幸い部材別の使用樹種が明記されており、 具体的にはツガ材は、柱、桁、縁板、長押、敷居、鴨居等々の肝心な部分にしっかり使用されていることがわかった。栂普請の資格ありである。主要な部材別の樹種を要約して示せば以下のとおりである。 |
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松の御茶屋の部材別材種 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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2 | いつでも見られる他の栂普請の建物 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この機会に、総栂普請の建物を見物してみたいと思ったところ、都立小金井公園の「江戸東京たてもの園」に由緒ある建物が存在することを確認した。移築されここに存在する高橋是清邸の主屋部分である。案内パンフレットにはこれが「総栂普請」であるとしている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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「総栂普請」としているが、部材別の樹種の内訳についての詳細は情報が整理されていない。常駐しているボランティアガイドの話では、柱、縁側、長押、軒桁丸太はツガ材と聞いているとのことであった。 内部の材面は経年変化で総じて暗色となっていて、木造の古い建物としか見えない。一般の見学者の関心は、建物の仕様よりも、これが歴史上の事件の舞台となったことのほうに向いてしまう。人が住んで磨いた状態での経年変化であれば、もう少し印象の違うものとなっているように思われ、その点は少々残念であった。 |
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3 | ツガの様子 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
【樹に咲く花】ツガ Tsuga sieboldii マツ科ツガ属の常緑高木。 高さ20メートル、直径60センチほどになる。 葉は長さ1~2センチの扁平な線形で、同じ枝でも長短の差が激しい。先端はへこむ。裏面は白い2本の気孔帯目立つ。 |
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4 | なぜツガ材(栂材)に対するこだわりがあったのか | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
不思議なことに、なぜツガ材に対して一部で高い評価があったのかについて、わかりやすい言葉による説明を目にしたことがない。しかも、歴史的にもツガ材が一般的な建築用材として特に好まれたとは聞かないし、平気でパルプ用材にも利用されてきたともいうから、必ずしも普遍的に高価格材でありつづけたわけでもない。 ツガ材をつとめて客観的に見れば、
しかし、このことだけでグレードの高さに直結するはずがない。つまり、単なる希少性、控えめな外観、素直な感性による嗜好に由来するものではなく、やはり恣意的な価値観が支配している世界としか考えられない。 つまり、世俗的な普通感覚の嗜好を避けた上から目線によるへそ曲がり的な嗜好と理解される。茶道文化のある意味へそ曲がり嗜好と同様である。 結局のところ、ツガ材が特に物理的な特性が特に優れているわけでもなく、材の表面が特に美しいわけでもないし、かといって他のものに代え難い雅致があるわけでもないのにグレードの高いものとして、普通感覚とは全く異なる上から目線によって精神性の高いものとして作為的な価値観がすり込まれてしまった現象と理解され、またこの作られた価値観と一体となったビジネスが存在したということなのであろう。たぶん、柾目材が得易い大径材が特に高値で取引されたものと推定される。こうした慣習が疑いも無く継承されてきたという印象である。 ツガ材が建築用の構造材、造作材として普通に多様な選択肢の一部を構成するものであったならば、素直にこれを見ることができたはすであるが、ゆがんだ価値観が蔓延してきた現実を意識すると、もはやツガ材を素直に見ることができなくなってしまう。 総栂普請の住宅の住人が果たしてどういった心境にある(あった)のかを想像すれば、密かな優越感に浸ることができたであろうことは間違いないが、誰もが心からツガ材自体の質感に対して心底愛着を感じていたとは到底思えない。決して華やかではない質感から来る高い精神性を思わせる枯れた雰囲気はわかる人にはわかると信じることが心の支えとなっていたのかも知れない。 しかし、これも歴史のなかの一つの風景であり、また栂普請の礼賛は一般市民にとってはほとんど縁のない世界であるから、多様な文化の一面としてやさしく眺めるのがよいと思われる。 |
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