トップページへ   樹の散歩道目次へ
樹の散歩道
 
  スイリュウヒバとヒヨクヒバの違いは?
  樹名板の間違いなどがしばしばあるような・・・
  


 ヒノキ科各属の変種は多数知られていて、そのうちヒノキ属のサワラの変種(園芸品種)である「ヒヨクヒバ」については、緑化樹として、あるいは見本樹として樹名板付きで植栽されているのをしばしば見かける。同じヒノキ科で、ヒノキ属の「スイリュウヒバ」の名のヒノキの変種(園芸品種)も知られている。両者は非常に似ているとされるが、並んで植栽されていることなどないため、両者を見比べて確認する機会がない。しかし、調べているうちに、何やら怪しい樹名板がしばしば見られることを確認した。【2009.9】 


 スイリュウヒバヒヨクヒバをここで採り上げるに当たり、最大の問題は、自分自身がスイリュウヒバを見たことがないということである。こうした事情にあるが、順序を追って整理してみる。
 既製品の樹名板

 ヒヨクヒバに誤って取り付けられていたスイリュウヒバの樹名板である。もちろん樹名板を販売しているアボック社に責任はない。
 これもヒヨクヒバに誤って取り付けられていたスイリュウヒバの樹名板である。こんなことでは幻のスイリュウヒバとなってしまう。
 
 これは、つくば市の森林総合研究所(かつての国立林業試験場)のヒヨクヒバに正しく取り付けられていた樹名板である。
 同左
 
 この学名は、ヒヨクヒバの葉が黄色の園芸品種を意味する。黄金ヒヨクヒバとも。
(品川区東五反田 ねむの木の庭)
 
   
   
 スイリュウヒバの簡潔な説明文を見れば、スイリュウヒバとヒヨクヒバの違いが理解できる。いずれも枝葉が下垂することは共通しているが、要はそれぞれの基本種たるサワラとヒノキの葉の違いの認識をそのまま適用すればよいということである。
 図鑑での識別ポイント
区 分 スイリュウヒバ(垂柳檜葉) ヒヨクヒバ(比翼檜葉)
分 類 ヒノキ科ヒノキ属 ヒノキ科ヒノキ属
Chamaecyparis obutusa Endl. var.pendula Mast
Chamaecyparis obutusa‘Suiryuhiba’
Chamaecyparis pisifera var. Filifera
注:学名では変種としている場合と園芸品種としている場合がある。
注:学名では変種としている場合と園芸品種としている場合がある。
別 名 イトヒバシダレヒバ 等
イトヒバシダレヒバ 等
特 徴 ヒノキの変種(園芸品種)で、葉は葉先がとがらず鈍頭で、光沢があり、ひも状に分岐して垂れる。結実はまれ。

サワラの変種(園芸品種)で、小枝・細枝は伸長・下垂して長く、葉先は鋭先頭で先端が外反し、下面は白色。まれに結実し、球果はサワラと同じ。
類似種1  −  サワラの園芸品種のフィリフェラオーレア Chamaecyparis pisifera ‘Filifera Aurea’は通年黄金色。
類似種2
 スイリュウヒバ、ヒヨクヒバと類似するものとして、ヒノキ科コノテガシワ属の変種であるイトヒバ Biota orientalis Endl. var. pendula Parl.が知られていて、枝は下垂して丸紐状を呈し、葉の多くは鋭頭、球果で識別できるという。個性的なコノテガシワの球果の形状を承知していれば、これもクリアできそうである。
参考資料 樹木大図説
牧野日本植物図鑑 ほか 
 検証
(1)  まずは小石川植物園のヒヨクヒバで目慣らし
 

 今まで全く意識していなかったが、小石川植物園の正門の両脇ヒヨクヒバが植栽されていて、さらに構内の事務所付近にも庭木的にヒヨクヒバが植栽されている。
サワラのように葉先がとがり外反する。
葉裏の気孔帯はサワラそのものである。
小石川植物園正門のヒヨクヒバ
 
(2)  サンプル調査
   
 スイリュウヒバの樹名板を付けた3箇所(いずれもたまたま巡り会ったもの)の樹木について、よーく見ると、いずれもヒヨクヒバであることを現物確認した。
  
 スイリュウヒバの樹名板が付いていたが、葉先がとがるなど、サワラの特徴が見られる。
 左の拡大写真。球果もサワラと同じで、ヒヨクヒバそのものであることが分かる。
   
 確認した数は限られているが、誤りが広く一般化しているようである。公的な試験研究機関にあっても例外ではない。。
 なお、庭木を取り扱う業者の広告でも、スイリュウヒバをサワラの園芸品種であると誤った説明をしている例も見られた。
 庭園や緑化用としてこうした樹木を植栽する場合、発注者、事業者のいずれにとっても、例えばスイリュウヒバやヒヨクヒバはヒノキ系の枝垂れタイプのコニファーであり、分類や正確な種名などは多分たいした問題ではないと思われる。これらはあくまで景観、デザインを構成するパーツであり、植物学的講釈などは面倒なだけである。こうしたなかで、商品名として伝え聞いた呼称を踏襲している間に、時に誤りが生ずる可能性がある。

 しかし、樹名板をしっかり取付ける場合は、やはり責任が生ずるわけであり、とりわけ公的なエリアであれば一般市民を混乱させることのないよう留意すべきであろう。

 なお、今のところ、本物のスイリュウヒバと出会う機会がないが、写真を撮影できたら紹介することとしたい。
<参考>サワラ・フィリフェラオーレア /オウゴンヒヨクヒバ(黄金ヒヨクヒバ)
ヒヨクヒバの黄金葉種である。(品川区東五反田 旧正田邸跡地「ねむの木の庭」)
  【追記 2011.2】 
   幸いにも正真正銘の「スイリュウヒバ」を見ることができたので、葉の様子を以下に紹介する。 ついでに黄金ヒヨクヒバについても改めて同じように並べて比較の便に供することとしたい。
   
     本物の「スイリュウヒバ」
 
ヒノキでは葉の裏と表がはっきりしているが、本種ではヒノキほど葉の裏表がはっきりしていない印象がある。

 ヒノキでは葉裏で全面に気孔帯を確認できるが、本種では左の写真のように目視できる気孔帯は部分的なものになっていた。

(林木育種センター長野増殖保存園)
    枝が随分長く伸びている。
明らかにヒノキの葉の形態である。  ヒノキと同様の気孔帯が確認できる。 
   
     <比較用:オウゴンヒヨクヒバ(黄金ヒヨクヒバ)> 
 
 遠目には上記とそっくりであるが、よく見ればサワラの葉であることがわかる。

 (林木育種センター長野増殖保存園)
   こちらも枝がシュルシュルとよく伸びている。
 葉の形はスイリュウヒバとは全く異なるサワラ型である。
葉裏ではサワラ型の気孔帯を確認できる。
   
     <参考:フイリイトヒバ(斑入りイトヒバ、斑入糸檜葉)>
 
 次第にややこしくなってきた。これは「フイリイトヒバ」の名で呼ばれているものである。

 イトヒバ(糸檜葉)の名は、サワラ、ヒノキの枝垂れ品種の呼称であると共に、コノテガシワ属の枝垂れ品種の呼称にもなっているようである。
 さて、この素性は何かであるが、葉裏がはっきりしているからコノテガシワの親戚とは思えないし、気孔帯もサワラ風であるから、ヒヨクヒバの斑入り品種と理解した。

 (林木育種センター 関西育種場)
先の品種と同様に枝が長く垂れている。
             葉表                葉裏