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樹の散歩道 |
ウツクシマツ(美し松)とタギョウショウ(多行松)は 何が違うのか |
庭園や公園で、しばしばほうき状の株立ちとなったアカマツに「タギョウショウ」の名の看板が添えられているのを見かける。また、特定の公的機関のスペースでは同様のものに「ウツクシマツ」の名の看板が添えられているのを見る。いずれも同じように見えるが、看板の説明内容は微妙に違っている。【2008.9】 |
まずは、既製品の樹名板での説明事例を紹介する。 |
ウツクシマツ Pinus densiflora form. umbraculifera |
タギョウショウ Pinus densiflora form. umbraculifera |
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例 1 | 滋賀県の美松山に自生することで有名なアカマツの品種です。根元から多数の幹がほうき状に分かれます。 | アカマツの園芸品種。根元からたくさんの枝を出して、かさを広げたように茂ります。成長が遅い種類です。 |
例 2 | 分布=本州(滋賀県美松山) 樹が根元で多く枝分かれして傘状となる アカマツの品種 |
アカマツの園芸品種で根元から多数の幹が棒立ち状になる 野生種にウツクシマツがある |
例 3 | − | アカマツの園芸品種で、高さ4m位まで根元付近で多数の枝を出す。樹型が丸形や刈込みのような樹冠が可能な品種である。 |
例 4 | − | Pinus densiflora 'Umbraculifera' 多行松。アカマツの園芸品種。根元から分岐し傘状の樹形になります。 |
(参考) 樹木大図説 |
Pinus densiflora f. umbraculifera Miyoshi | Pinus densiflora var. umbraculifera Mayr |
庭園や公園で見られるタギョウショウ(多行松)は、園芸品種として古くからつぎ木で増殖したものが広く流通して普及しているのであろう。 しかし、ウツクシマツ(美し松)は滋賀県の湖南市(旧 甲賀郡甲西町)の美松山(びしょうざん)に自生し、国指定の天然記念物「平松のウツクシマツ」となっている(1921年指定)。したがって、自生地以外のものは研究目的等でつぎ木で増殖したものと考えられ、一般的な園芸的利用の実態はない。 両者を比較すると、ウツクシマツは5メートルを超える樹高のものが普通であるが、タギョウショウの場合はなぜか一般的にウツクシマツよりもはるかに樹高が低いようであり、見かけるものは概ね5メートル以下である。また、枝振りに関して、タギョウショウはウツクシマツより枝の広がる角度が広い【山渓 日本の樹木】との指摘もある。 以下に、サンプルの写真を並べてみよう。試験研究機関のウツクシマツはすべてつぎ木で増殖されたものである。ただし、関西育種場のタギョウショウは新見市に所在するもので、「タギョウショウ」の名で天然記念物に指定されているもの及びその子供と思われる2個体からつぎ木増殖したものであるが、現地の指定木の樹高は11メートル程で、樹形からは世に言うウツクシマツに限りなく近いものと思われ、育種場では便宜上ウツクシマツとして整理している。 ウツクシマツ(美し松) |
ウツクシマツ・湖南市 (関西育種場提供) |
ウツクシマツ・湖南市 (関西育種場提供) |
ウツクシマツ・湖南市 (関西育種場提供) |
ウツクシマツ・湖南市 (関西育種場提供) |
ウツクシマツ・湖南市 (関西育種場提供) |
ウツクシマツ・関西育種場 |
ウツクシマツ・関西育種場 |
ウツクシマツ・関西育種場 |
ウツクシマツ・関西育種場 |
ウツクシマツ・関西育種 |
ウツクシマツ・関西育種場 |
ウツクシマツ 岡山県森林研究所 |
ウツクシマツ 岡山県森林研究所 |
ウツクシマツ 岡山県森林研究所 |
ウツクシマツ・関西育種場 (幼齢木) |
ウツクシマツ・関西育種場 (幼齢木) |
タギョウショウ(多行松) |
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タギョウショウ・皇居大手門手前 | タギョウショウ・皇居大手門手前 クロマツの実生台木に接ぎ木されているのはふつうの風景である。つまり、上はアカマツで下はクロマツである。 |
ウツクシマツもタギョウショウも手入れされたものは美しいが、まだ樹高が低いもので、園芸的管理下にないものでは枝がごちゃごちゃしてとても鑑賞には堪えないことがわかる。 そもそも、この両者は形質的に何が違うのであろうか。ウツクシマツのことをタギョウショウと呼ぶこともあり、逆にタギョウショウの別名をウツクシマツとしている例もある。つまり、具体的な根拠に基づく明確な区分の基準がないのである。 上原敬二は「樹木大図説」で、「ウツクシマツは園芸品ではなく、滋賀県甲賀郡甲西町大字平松美松にある部落有林18.9ヘクタールの中に約500本が寄植状に天生しているものである。」とし、さらにタギョウショウについて、「この樹の来歴は不明だが恐らく埼玉県安行地方で江戸末期偶然にできた多行型の枝を接いで作りだしたものあろうといわれている。生長に伴って下枝が枯れ上がること、寿命が短く35〜50年であるのが欠点とされる。」としている。 (注)自生地では昔より本数が減少したようで、滋賀県のホームページでは、「大小のウツクシマツ約220本が群生している。」としている 学名に関してはそれぞれにいろいろな名称が発表されてきたが、一般には両者とも Pinus densiflora form. umbraculifera とされている。アカマツの品種として位置づけていているもので、変種又は園芸品種として明示するものでもなく、「品種」として扱っている。 北村四郎は、「タギョウショウは江戸末期に安行地方で偶然にできたものといわれているが、江戸末期に滋賀県のウツクシマツが江戸に運ばれて、安行に入り、それがつぎ木で現在まで伝えられて広がったと考えてはどうか。」として、同一のものである可能性も指摘している。(「ウツクシマツとタギョウショウ」:日本植物分類学会誌) 印象としては樹型が少々違うようであり、また樹高については明らかに差があるが、何らかの結論を出すのであれば、現在であればDNAを確認すればおもしろい結果が得られるであろう。これをやらない限りは引き続く謎のままである。 |
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【追記 2011.2】 | ||||||||
興味深い話を追記する。つぎ木増殖されて現在各地に多数植栽されているタギョウショウであるが、ソメイヨシノの場合と同様にすべてがクローンなのか否かということは前から知りたい点であった。この点について、少しだけ情報が得られた。 関西育種場の磯田圭哉育種研究室長によれば、都内2カ所と地方都市1カ所の公園にそれぞれ複数植栽されているタギョウショウのわずかばかりの葉のDNAを調べてみると、次のとおりであったという。 |
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また、ウツクシマツの複数個体について、そのDNAを確認すると、さすがにこちらは天然生(実生繁殖)で人の手で接ぎ木増殖されたものではないから、それぞれが別物で、しかも、先のタギョウショウと一致するものは認められなかったということである。 外観からは何もわからないが、DNAはいろいろなことを教えてくれるものである。 |
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<参考メモ> | |
1 | ウツクシマツの樹型は劣性遺伝することがわかっている。つまり、これを普通のアカマツと交配すると子はすべて普通のアカマツの樹型になるが、子同士を交配するとメンデルの法則どおりに4分の1がウツクシマツの樹型になる。そこで、滋賀県ではマツクイムシに対して抵抗性のあるアカマツと交配して、マツクイムシに強いウツクシマツの創出に取り組んでいる。劣性遺伝ということは無花粉スギのケースと同じである。 |
2 | 岡山県新見市蛇家平松のタギョウショウは、旧哲多町時代に町指定の天然記念物となって、現在に至っている。樹形は滋賀県のウツクシマツに近くて10メートル以上あり、公園等に植栽されているタギョウショウとは印象が異なる。(昭和41年6月指定。名越綜一氏所有。前出掲載写真中、「タギョウショウ?」としたもの。) |
3 | 同様の樹型で、長野県松本市五常の東北山の千本松は松本市指定天然記念物(2005年9月26日指定)となっている。 |
4 | 岩手県二戸市にもウツクシマツと呼んでいるアカマツがあるという。 |
【追記 2018.4】 朝鮮半島にもタギョウショウがあるのか? | ||||
2018年04月27日の朝鮮半島の南北首脳会談に際して、記念として「松」が植樹(お手植え)されたとの報道があった。 映像を見ると、植栽されたという松は、樹形がタギョウショウそのものであった。しかも、根際を見るとクロマツの台木にアカマツであるタギョウショウを接ぎ木した痕跡がクッキリとわかる状態となっていた。 朝鮮半島にもタギョウショウと同様の形質を持ったアカマツが存在しているのかを、念のために「樹木大図説」で復習すると、「チョウセンタギョウショウ」の名の品種が掲載されているのを確認した。 |
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関係する記述を以下に抜粋する。 | ||||
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報道された松が日本のタギョウショウなのか、朝鮮半島のチョウセンタギョウショウなのかは映像を見てもさっぱりわからないが、万が一、記念植樹されたものが日本から渡来したタギョウショウであったのなら、担当者は間違いなく切腹ものであろう。 | ||||