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樹の散歩道
   平成椿油事情


 椿油(ツバキ油)ヤブツバキの種子から採油されるもので、古くから髪に艶と潤いを与える髪油(水油)の主要な素材として、サザンカ油等の植物性の種実油と共に利用されてきたとされる。現在では髪用化粧品は極めて多様化していて、こうした中では慎ましやかな存在となっているが、商品としては変わらず存在し、むしろ、椿油を素材のひとつとして配合したヘアケア製品、スキンケア製品、シャンプーなどが、大手の宣伝が上手なこともあって、最近は販売が好調なようである。
 ところで、国内の椿油の生産地は限られていて、国産専門の事業者は小規模で、量産型の製品の素材にはなり得ないはずである。そこで、人気の真っ赤な容器のシャンプーの成分表示を見ると、その一つに「ヤマトウツバキ種子油」の名を確認した。はて、聞き慣れないツバキである。【2011.5】


  ヤブツバキの果実の表情
   
 
 ヤブツバキとその変種とされる大型果実のリンゴツバキヤクシマツバキとも)の果実
 まぶしいほどに赤く艶やかなリンゴツバキの果実。その名前にふさわしい姿である。
 直径6センチほどもあるリンゴツバキの果実。手にするとずっしり重く、うれしくなってくる。
   
 
 リンゴツバキは果皮がやたら厚く、種子の数は多いが、種子そのものが大きいものではない。 
 普通のヤブツバキでは種子が2~3個入っていた。
 リンゴツバキでは、種子が7~8個入っていた。
   
 
       ヤブツバキの種子 1
 硬い外種皮を剥がした状態で、さらに薄い内種皮(渋皮)の一部をはがしている。
       ヤブツバキの種子 2
 ヤブツバキの種子は無胚乳種子で、ほとんどが肉質の子葉であり、これが油分を抱え込んでいる。
   
      ヤブツバキの種子 3 
 2個の子葉を引き離した状態である。ヤブツバキの種子は不定形であるが、2個の子葉も対象形ではない。
       ヤブツバキの幼芽部分
 片割れの子葉を剥ぎ取られた状態である。幼芽部分は小さくて分かりにくい。発芽に際しては、子葉はたぶん地表存置型であろう。 
   
 髪用椿油の製品例 
 
 まずは、身近な製品についてみてみよう。ドラッグストアには必ず髪用の椿油の小瓶が販売されていて、よく目にするのは株式会社大島椿本舗(会社は都内)の「大島椿」と株式会社黒ばら本舗(こちらも会社は都内)の「純椿油」の名の製品で、長きにわたって変わらぬ国民的商品である。

 なお、国産の椿油がすべて伊豆諸島(利島、大島)産(言い換えると〝東京都産〟)というわけではなくて、かつて百貨店の物産展で、長崎県五島産の椿油が販売されていて、その存在を初めて知って購入したことがある。瓶の形が当時はシンプルで小型の一升瓶といった印象であった。また、鹿児島県桜島産の製品の生産もあるという。
   
 
      大島椿本舗 「大島椿」
 パッケージのツバキは、ヤブツバキにしては平開し過ぎであり、中国のツバキなのであろうか。
      黒ばら本舗 「純椿油」
 こちらのツバキの絵は、ヤブツバキ風である。
   
   以下は両製品の説明書きである。(その内容について当方が理解し、応援しているものではないので、念のため。) 
   
 
 製品名  大島椿
 (株式会社 大島椿本舗)
 黒ばら純椿油
 (株式会社 黒ばら本舗)
 成分表示  成分:カメリア種子油  全成分表示:
 カメリア種子油ツバキ油
(ホームページ)  全成分表示:
 カメリア種子油
 ユチャ種子油アブラツバキ種子油
 ツバキ油
 パッケージ
 宣伝文
 カメリア種子油100%
 カメリアとは椿のこと。カメリア種子油は椿の種子から採った椿油です。「大島椿」は、良質のオイルが採れるヤブツバキ・ヤブツバキ系の品種を選び使用しています。
 
 生搾り 生の椿油100%
 生搾りだからトランス型脂肪酸ゼロ。
 水を加えず低温で精製した椿油は吸収性に優れています。
 黒ばらだけの純生ろ過精製技術
 活性炭と触媒を用いた無添加低温精製の技術から生搾りの椿油が誕生します。
 添付チラシ
 宣伝文
 大島椿は椿油100%です。香料や酸化防止剤など他の成分は一切使用されておりません。  トランス・ゼロとはトランス型脂肪酸やアレルギー性物質などの不純物を含まないことを意味します。ヨーロッパでは、トランス・ゼロの油だけがバージンオイルと呼ばれています。黒ばら本舗の「純椿油」は、品質にこだわったトランス・ゼロの椿油です。
 価格例  60mℓ ¥1,280
 単価:21.3円/mℓ
 72mℓ ¥980
 単価:13.6円/mℓ
 会社名
 所在地
  販売元:大島椿株式会社
    東京都港区芝大門2-9-16
  製造販売元:株式会社大島椿本舗
    東京都八王子市市兵衛2-35-4
   (創業:1927年(昭和2年))
  株式会社黒ばら本舗
    東京都墨田区本所2丁目17番7号
   (創業:大正12年11月3日)
   
   両製品とも国産ヤブツバキの椿油100%というわけではなく、中国産のツバキ類の種子油に多くを依存していることが伺える。「カメリア種子油」の語は実質的に中国産のツバキ属樹種の種子油であることを意味している。(後述。配合比率は表示されていない。) 
   
 ツバキ類の種子油の名称と素性

 先の製品パッケージ等の説明では

 ① 椿油(ツバキ油)
 ② カメリア種子油
 ③ ユチャ種子油(アブラツバキ種子油)
 ④ ヤブツバキ・ヤブツバキ系の品種を選び・・・

 とした表現が見られる。これらについて調べてみた概要は以下のとおりである。 
   
   ① 椿油(ツバキ油): 

 国内で椿油(ツバキ油)といえば、通常はツバキ科ツバキ属の自生種であるヤブツバキ Camellia japonica(五花弁の赤花で、まれに白花が存在する)の種子を圧搾して得られる種子油を指している。ヤブツバキは単にツバキとも呼び、ヤマツバキの名もある。椿油は古くから利用されてきた歴史があって、同じツバキ属のサザンカの種子油(サザンカ油)も椿油と混和して同じように用いられてきた(平凡社世界大百科事典)という。現在では国内で小粒のサザンカの種子まで使用している実態はないと思われる。
 
 製品説明では、「純椿油」、「椿油100%」とした表現が普通に見られるが、原料がツバキ属から逸脱していないのであれば、まあ現状では仕方がないかと考える。ただし、原料産地の明示が必要であろう。なお、会社名としての「大島椿」は伊豆大島産のヤブツバキ由来の製品と思わせる効果があって気になるところであり、さらに、製品名としての「大島椿」は、大島産のヤブツバキを原料としていないのであれば、消費者に大いなる誤解を与えるものであり、名称として使用すべきでない。

 ② カメリア種子油:

 カメリアの名は、ツバキ属の学名 Camellia そのものであり、ツバキ類を意味する英語のカメリア(Camellia)でもある。カメリア油」の呼称は中国(一部に韓国産が見られる)から輸入されるツバキ属の多様な樹種の種子油を総称する語として、輸入統計で使用されている
 ツバキ属の樹種は日本ではヤブツバキ、ユキツバキ及びサザンカの3種のみであるが、中国では何と170余種が分布している(中国樹木誌)という。要はツバキ属の樹種の本場は中国であり、これらに由来する種子油(中国名は「茶油」)の生産量も圧倒的に多く、多様性にも富んでいる。製品によってはカメリアオイルの名称を使っているものもある。

 中国ではツバキ属は「山茶属」で、当該属の種名は基本的に○○茶の呼称となっていて()、例えばヤブツバキも中国にも分布があって「山茶」(紅山茶山茶花とも)と呼んでいる。そして、採油対象となっている多くの樹種から搾油されたものは茶の油であるから「茶油」、「油茶籽油」、「山茶油」、「山茶籽油」の名がある。英語名は Tea seed oil 又は Camellia oil である。
 ちなみに、緑茶、紅茶、ウーロン茶の原料となる同じくツバキ属のチャノキ Camellia sinensis の中国名は、ただの「」(茗、檟とも)である。
)地域の多様な呼称にはこの原則からはずれたものもある。

 ③ ユチャ種子油(アブラツバキ種子油):

 これは中国に自生し、茶油生産のために広く栽培されている中国名「油茶Camellia oleifera カメリア・オレイフェラ(茶子樹茶油樹白花茶とも)の名のツバキ属の樹種で、多くの品種が存在し、種子含油率は25.22%~33.5%、種仁含油率は37.96%~52.52%で、中国では食用或いは工業用の油を生産している(中国樹木誌)という。

 ④ ヤブツバキ・ヤブツバキ系の・・・:

 ヤブツバキは日本以外には中国にも存在し、日本で花木となっている多くのツバキはヤブツバキから選抜、人工交配で作出されたものであるが、ここで “ヤブツバキ系” と表現している意味はよくわからない。国内では採油のためにヤブツバキの品種改良、品種開発を積極的に行った歴史があるとも聞かない。
 ツバキは、実生、さし木、つぎ木により容易に増殖可能で、国内の椿油の産地ではヤブツバキの造林地が存在するという。
   
 赤いTSUBAKI のヤマトウツバキとは何か

 TSUBAKI の成分を記載したラベルには、実は「トウツバキ種子油」と「ヤマトウツバキ種子油」の名がみられる。

 そこで「トウツバキ」からである。

 和名トウツバキ唐椿)は、中国原産の「滇山茶Camellia reticulata (中国樹木誌、中国植物誌)を指し、古くから茶油の採取と観賞用の両方の目的で栽培されてきたとされる。このため、多くの品種が知られている。「唐椿」は中国から伝来したツバキの意であるが、中国にはツバキ属の樹種が238種知られている(中国植物誌)中で、その一つだけに唐椿の名を与えたのは、それだけ鑑賞価値のある普及品として日本に導入されたものということなのであろう。

 さて、トウツバキに関する図鑑等での記述を見ると、その内容に随分バラツキがあることに気づく。
 そこで、気づきの点を整理してみると、以下のとおりである。

   ・  原産国である中国の図鑑ではトウツバキ(の原種)は一重花としていている。 
   ・  園芸系の専門性の高い内外の図鑑でも同様の認識に立っている。  
   ・  しかしながら、国内の一般的な図鑑等では、トウツバキは八重であるとしていたり、一重と八重のものを包括して(原種と品種の区別なく)トウツバキとして説明している例が見られる。 

 こうした、国内の一般的な図鑑で見られるトウツバキの認識の混乱は、古くに中国から導入されたトウツバキのひとつの品種(ヨーロッパで「キャプテン・ロウズ」と呼んだ品種)を、国内で長きにわたり唯一の「トウツバキ」として呼び慣らしてきた(真正のトウツバキの原種と理解してきた)ことに原因があり、さらに、ヤマトウツバキの認識が混乱に拍車をかけた印象がある。(後述)
 
 こうした混乱を象徴しているのが、新牧野日本植物図鑑の記述である。

<参考:トウツバキ(唐椿)の説明例>

牧野新日本植物図鑑(抄) とうつばき(唐椿) Camellia reticulata
支那原産の常緑亜高木で、昔日本に渡ってきたものである。観賞用として人家に植えられるがそんなに多くはない。一見ツバキと似ている。葉は厚く表面はつるつるして、葉柄があり、互生し、楕円形で両端は尖り、ふちに細かい鋸歯があり、葉面は脈がへこんでみぞとなっている。花弁は赤色、淡紅色、帯紅白色あるいは白色で5個あるいは多数、ヤブツバキなどとの交雑品種がある。子房には毛があって、花柱は3分する。 
新牧野日本植物図鑑  トウツバキ Camellia reticulata
 宝永(注:延宝の誤り)年間(1673~80年)に中国から日本に渡来したヤマトウツバキ(雲南省南部に自生、一重紅花、Camellia reticulata f. simplex Sealy )の一園芸品種(???ここまでの文は意味不明)で、昭和初期以前には唯一の品種として珍重された。奇妙なことにこの品種は中国では実態不明となっていて品種名さえなかった。英国には1827年(注:一般に1820年としている。)に中国から輸入され Captain Rawe's camellia と命名され、その後広く南欧で栽培されている。中国には1973年に日本からあらためて輸入され帰霞(归霞)と命名された。300年目に祖国に帰ってきたとの意が込められている。
 葉上面の葉脈は細脈に至るまで凹入し、青味のある粉白をおびる。花はやや紫色を帯びた紅色の半八重で、花弁は大まかに波打ち妖婉なおもむきがある。
 雲南省に多くの品種があり、ヤブツバキなどとの間に多くの美大な花を開く園芸品種が作出されている。
注1  トウツバキの特定の品種について説明した内容となっている。 
注2  トウツバキ Camellia reticulata の特定の品種が 東インド会社の the captain Richard Rawes により、1820年に英国にもたらされ、'Captain Rawes' (キャプテン・ロウズ)と名付けられたという。本種は国内でも古木があちこちに見られるという。他の園芸品種の染色体数 n=45 に対して、唯一 n=45/2 であるという。   
APG原色牧野植物大図鑑(抄)  トウツバキ Camellia reticulata
中国原産、日本へは延宝年間(1673-1680)に渡来したといわれる。観賞用としてまれに植栽される常緑小高木。・・・・花は春、ふつう重弁で茎10cm位、花弁は赤、淡紅、白色などがあり、雄しべは半ばまで合着して筒状になる。 子房には毛がある。
小石川植物園植栽樹  樹名板に「トウツバキ Camellia reticulata Lindl.  ツバキ科」 として、半八重の大輪のツバキ(写真は後ほど)が植栽されている。
日本国語大辞典(抄)  トウツバキ
・・・春、枝先に径10cmの大きな花が咲く。花弁は紅色、淡紅色、あるいは白色で、多数集まって八重咲きとなることが多いが、五枚の一重のものもある。 
中国植物誌(抄)  滇山茶 Camellia reticulata Lindl.
灌木ないし小喬木で、時に15メートルに達する。
花は直径10cm
、花弁は紅色6-7片。雲南産ツバキ類中、葉と花は最も大きい。 
中国樹木誌(抄)  滇山茶 Camellia reticulata Lindl.
小喬木。花は紅色径8-12センチ花弁6-7、子房は毛に覆われる。 
Flora of China (抄訳) Camellia reticulata Lindley  滇山茶
花は直径7-10cm(ある品種では20cm以上)、花弁は5-7個(ある品種ではこれ以上)で、淡紅色(rose)からピンクで、まれにほぼ白色。本種は、種子油作物として雲南省で栽培又は半栽培されてきた。特に大きな八重又は半八重の花をつける選抜品種は園芸種として大理、昆明、麗江、騰冲ほか近隣地域で数百年間にわたって増植されてきた。いくつかの現存する栽培種は、少なくとも明代に遡る。 
A-Z園芸植物百科事典 (抄)  Camellia reticulata (レティキュラタ)
和名 トウツバキ
花は春、一重咲き、ローズ桃色の径最大11cmの花が咲く。園芸品種の花は一重咲き~半一重咲き、ボタン咲き。花色は桃、赤、白色とさまざま。 
園芸植物大事典(抄)  トウツバキ Camellia reticulata
中国名:雲南山茶花
中国雲南省騰冲を中心にサルウィン川流域に分布する高木で、現地では種子から採油している。花は桃色一重杯状咲きで、枝先に着花する。花径10cm花弁は5~11個。子房には毛がある。
本種に関しては、園芸品種のみが18世紀前半に渡欧したが、野生種は近年まで知られていなかった。2n=90の6倍体。多くの園芸品種、サザンカ節との種間雑種も育成されている。 
植物の世界(抄)  トウツバキ(雲南山茶花) Camellia reticulata
中国のツバキの代表的な種で、直径10センチ桃色から赤色の花をつけ多数の園芸品種がつくられている。雲南、四川、貴州の3省にピンクから赤色の一重の花をつけるトウツバキが自生する。6倍体に加え、2倍体、4倍体、5倍体も見つかっている。中国では種子を収穫して油を採っている。

トウツバキの種小名 reticulata は「網状の」の意で、葉表の葉脈が凹んでいることに由来するするものと思われる。

 次に「ヤマトウツバキ」である。

 ヤマトウツバキの和名は、何やらトウツバキの原種を思わせるような奇妙な和名である。
 小石川植物園では、和名ヤマトウツバキ(山唐椿)の学名を、Camellia reticulata f. simplex としている。ということは、この学名は和名の印象とは逆にトウツバキの品種とみなしたものである。この認識に立って、「ヤマトウツバキは野生品種である。」としたり、「ヤマトウツバキは枝変わりである。」と説明している例がみられる。しかし、この学名は一般に認知されておらず、トウツバキの学名のシノニムと見なす見解(The Plant List)がある。しかも、ヤマトウツバキの学名(とされているもの)は中国で認知されておらず、また、園芸植物大事典でもヤマトウツバキの名は学名を含めて全く掲載されていない。
 
  そこで、このゴタゴタを整理すると、要は近年導入されたトウツバキの原種に対して、これをトウツバキの品種とした適正でない学名を受け入れるとともに、これに奇妙な和名(ヤマトウツバキ)を与えたことに問題があったと思われる。
注:「色分け 花図鑑 椿」では、一重の原種系のトウツバキは1985年頃に日本に導入されたとしている。


 この混乱を解消するためには、

 トウツバキの原種は一重の花であることを腑に落とし込んだ上で、Camellia reticulata f. simplex の学名と「ヤマトウツバキ」の和名の両方を直ちに抹消することが必要である。

 念のために付記すれば、新牧野日本植物図鑑のトウツバキの説明の冒頭の一文は、「国内では古くに日本に渡来したものを、トウツバキと呼んできたが、実はこれはトウツバキの(原種の)一園芸品種であることが近年明らかになった。」とすればふつうの説明文となる。

 ということで、「トウツバキ種子油」の語は、中国産トウツバキ類の種子油と考えれば、表現としてはあり得る。
 ただし、「ヤマトウツバキ種子油」の語は、表現としては適正を欠くと思われる。

 なお、「トウツバキ」及び「ヤマトウツバキ」とした樹名板を付した植栽樹が次のとおり小石川植物園に存在する。
   
 
        トウツバキの花
 小石川植物園でトウツバキとしているものである。半八重・大輪の園芸品種で、キャプテン・ロウズの可能性が高いと思われるが、樹名板はあくまで Camellia reticulata と原種の学名を付している。
            トウツバキの葉
 葉表では、葉脈部分が凹んでいる。

 トウツバキ系のツバキでは、こうした葉と、花の子房に毛があることが大きな特徴となっている。  
   
       ヤマトウツバキの花
 小石川植物園でヤマトウツバキとしている謎のツバキである。ピンク色のヤブツバキといった風情である。むしろ、こちらがトウツバキの原種と思われる。そこで、Camellia reticulata f. simplex としている学名は抹消すべきと思われる。
           ヤマトウツバキの葉
  こちらも葉表で葉脈部分が凹んでいる。葉が灰緑色に見えるのは、光の反射によるものである。
   
   ところで、先の製品ではなぜ一般的な樹種の油茶ではなくこれらの樹種なのか、あるいは製品表示名の「トウツバキ」や「ヤマトウツバキ」が現地の実態で何を指しているのかなど、真相はわからない。一方、興味深いことに ASIENCE の場合は成分として「ツバキ油」の名を掲げているが、この場合は国産椿油を意味するものではないと思われる。

 そもそも、中国で樹種別に茶油が厳格に生産・管理されているとは考えにくく、これらは来源樹種に基づく厳密な呼称の使用ではなく、単に「中国産ツバキ属種子油」の表示を嫌って「トウツバキ種子油」、「ヤマトウツバキ種子油」、「ツバキ油」としているのかもしれない。 品質管理が適性になされていれば、中国産でも国産でもこだわる必要は全くないが、こうしてわかりにくい表示となっているのは迷惑である。そもそも、産地に応じた消費者にわかりやすい呼称のルールが全くないことに問題がある。この点は改善してもらいたいものである。
   
  【追記 2011.11】

 資生堂の「新TSUBAKI」(2011年6月からリニューアル)で、説明振りが変化していることに気付いた。製品タグには「厳選椿オイル配合」とあり、また、成分表示中、従前の「トウツバキ種子油」及び「ヤマトウツバキ種子油」の文字が消えて、新たに「ツバキ種子油」となっていた。さて、これはどういうことであろうか。

 実は、報道にもあったとおり、資生堂がイメージ戦略の一環として、五島列島の新上五島町とヤブツバキの森を育てる協定を締結し、若干の資金を提供するとともに保育活動に協力し、同島産椿油(ヤブツバキ由来)を自社製品に利用することとしたと謳っていることと関係しているのかも知れない。
 実際問題として、量産製品であるから、中国産椿油から、五島列島産椿油に全量を切り替えたものでもないと思われ、多分、五島列島産椿油をわずかながらブレンドすることにしたいということなのだと思われる。
 元々製品で使用している量もごく僅かなものであり、中国産ツバキ油100%としても実質的には何も変わりないと思われる。相変わらず素性に関する説明はわかりにくいままであるが、これを契機として、地場産品の振興に少しでも資するのであれば、その点は結構なことである。
   
 国産ヤブツバキだけの椿油は存在するのか

 国産ヤブツバキの種子油100%の椿油は、東京都(伊豆大島・利島)、長崎県(五島)、鹿児島県(桜島)産の製品が存在し、いずれも食用の製品も存在する。しかし、生産量が少ないため、通常はスーパー、百貨店、ドラッグストアでは販売されていない。多数の店舗で常時製品を並べるだけの量がないのである。もちろん産地では手に入るし、ネット通販であればいつでも購入は可能である。

 こうした事情から、量産品の髪用椿油には価格が安く量の確保が容易な中国産茶油が多用されている模様で、さらに量産品のヘアケア製品、スキンケア製品、シャンプーに利用されている椿油は基本的に中国産茶油と考えて間違いないようである

 製品表示としては、一様に中国産とした表記は頑なに避けている模様である(前述)。このため、時に奇妙な表示を目にすることがある。例えば、椿油の製品の中には「利島産椿油配合」とした製品もあり、これは明らかに「中国産茶油に国産の椿油を少し混ぜています。」ということであり、表記としては全く滑稽である。 
   
   食用椿油は化粧用椿油と何が違うのか

 かつて伊豆大島で、有限会社高田製油所のピンク色の5合缶入りの食用椿油(現在は円筒形の缶に変わっている。)を購入したことがある。もったいなくて、天ぷら油などにはできないから、小分けしながらもっぱら髪用、刃物用に使用した。従って、残念ながら食用油としては使ったことはない。現在使っているのは瓶入りのタイプである。
 
   ところで、食用の椿油と、化粧用の椿油の両方が販売されているが、そもそもこれらは何か違いがあるのかはについては、気にはなっていたが知らないままであった。そこで、この両方を生産しているこの大島の高田製油所に電話で聞いたところ、おじいちゃんが親切に教えてくれた。

 結論的には両者に実質的な違いはないということである。要は食品の登録と化粧品の登録の違いで、販売に際しても仕分けて明示しているということである。なお、細かいことを言えば、高田製油所にあっては、化粧品の場合はうるさいので、食用の場合よりも2回多く濾過しているということであった。改めて本製油所の両製品を比べてみたところ、化粧用の方が手間が少々かかることによるものか、食用よりも単価が少々高くなっていた。

高田製油所 東京都大島町元町1-21-1 TEL:04992(2)1125

 (参考製品価格)
 食用缶 500mℓ 4,968円
 食用瓶 130mℓ  1,836円
 化粧用丸瓶 100mℓ 1,728円
 化粧用丸瓶 150mℓ 2,160円  
     高田製油所の椿油  
   
  刃物用椿油は成分が異なるのか
   
 


 ホームセンターには、刃物用の錆止めを目的とした椿油が昔から普通に販売されている。ポンプスプレー式の容器が一般的である。製品としては鉱物油と椿油の混合であることを明示したものと、椿油100%としているものが見られる。

 前者では、さらに機能性を高めるため添加剤を加えたものがあり、後者では「他の油は一切含まれておりません」として念押しているものもある。価格的には椿油100%の製品の方が高い。椿油自体は当然のことながら中国産であろう。

 椿油100%としていても、(髪用の市販椿油より随分安いが)気持ちの上でこれを髪用に転用する勇気は未だ湧かない。

 個人的には刃物用としては椿油と鉱物油のCRCを併用している。椿油は鉱物油のような不快臭はないし、指にとって小さな刃物に塗っても手を洗わずに済むことや、時に食品をカットするときに使用するナイフにも使えるから誠に都合がよく、重宝している。小瓶に小分けした椿油を引き出しに一つ入れておくと便利である。

   刃物用椿油
紅椿化学工業所
食用の国産椿油を自分でアロマの小瓶に小分けしたもの 
 
   
 国産と中国産の製品に品質格差があるのか

 国産のヤブツバキの椿油は国内のわずかな小規模事業者がこつこつと生産してきたもので、伝統の圧搾・精製技術に基づくいわば安心の製品といった印象があるが、量的に少ないためか、製品規格は存在しない。平成21年の生産量は50.7キロリットル(46トン程度)である。 
 
   つばき油の生産動向                      単位:キロリットル
 区分 東京都   長崎県  鹿児島県   計
 平成20年  41.4   28.8  5.4  75.6
 平成21年  27.3   19.0  4.4  50.7
 
   対する中国の茶油は生産量も多くツバキ属の来源樹種も多様である。中国国内の年間生産量は27万トン(百度百科)とされる。輸入統計によれば、平成21年に主として中国から日本の国内生産を遙かに上回る288トン(142,963千円)のカメリア油が輸入されている。 
   
     カメリア油輸入統計                     単位:トン                  
 区 分  18年   19年  20年  21年 
 中国  401  378  294  286
 韓国  1  1  -  2
 台湾  -  -  -  1
 計  401  379  294  288
 
   
   国産でも中国産でも、適正な品質管理の下に生産されたものであれば、一方が必ず優位にあるとは言い切れない。重要な点は中国の多様な製品の品質水準を掌握して輸入しているかということである。徹底されているかどうかはわからないが、中国には茶油の分類標準や品質等に係る国家標準が存在する。

 いつものことながら、中国製品の圧倒的な価格優位性の前に国産椿油は厳しい環境に置かれているが、安心の伝統的製品が引き続き評価・支持され、存続することを祈りたい。大宗を占める伊豆諸島の椿油は何と東京都の地場産品でもあるのだから。
   
 
<椿油に関する参考資料>

【平凡社世界大百科事典(抄)】
 椿油はツバキ Camellia japonica L. の種子から種皮を除き、圧搾法によって採取される淡黄色の植物性不乾性油。脂肪酸組成はオレイン酸87%、リノール酸2%、飽和酸11%。古くから髪油として用いられてきた。効用としては毛髪の毛切れ・抜毛・裂毛防止、かゆみ止め、皮膚の炎症防止など。精製したものは食用油、潤滑油にも用いられる。

【朝日百科植物の世界(抄)】
 油を採る目的でよく栽培されている種に、カメリア・オレイフェラ(油茶)C. oleifera がある。カメリア・ポリオドンタ(宛田紅花油茶)C. polyodonta 、カメリア・ケキアンオレオサ(浙江紅花油茶)C. chekiangoleosa 、トウツバキの品種のカメリア・レティクラタ・シムプレクス(雲南紅花油茶)C. reticulata f. simplex などを含めて、18種が油を採るために栽培されている。

【「中国樹木誌」で種子油に関する記述のある樹種】
大苞山茶(中山大学学報) Camellia granthamiana
高州油茶(中山大学学報) C. gauchowensis
油茶(浙江、湖南) 茶子樹(湖南)、茶油樹(広西)、白花茶(広東) C. oleifera
   種子含油率25.22%-33.5%、種仁含油率37.96%-52.52%
紅皮糙果茶(中山大学学報)、博白大果油茶(中国高等植物図鍳) C. crapnelliana
多歯紅山茶(中山大学学報)、宛田紅花油茶(植物分類学報) C. polyodonta
南山茶(中山大学学報)、広宁油茶、華南紅花油茶 C. semiserrata
   種子含油量約30%
滇山茶 Camellia reticulata 和名トウツバキ
   出油率約30%   
香港紅山茶(中山大学学報)、香港山茶(中国植物図譜)、広東山茶(中国高等植物図鍳) C. hongkongensis
   種仁含油量44.1%
浙江紅山茶(中山大学学報)、紅花油茶(中国高等植物図鍳) C. chekiangoleosa
   
種子含油量28%-35%
山茶(本草綱目)、紅山茶(中山大学学報)、山茶花(中国樹木分類学) C. japonica 和名ヤブツバキ
   種子含油量45.2%、種仁含油量73.29%
全縁紅山茶(南京林産工業学院学報) C. subintegra
   種仁含油率は67.04%に達する
金花茶(広西) C.chrysantha
(唐本草) 茗(陸羽茶経)、檟(尓雅) C. sinensis 和名チャノキ
尖連蕊茶(中山大学学報)、尖葉山茶(中国高等植物図鍳) C. cuspidata
   種子含油約20%
 上記図鑑では日本特産で、中国内にも植栽があるとされるサザンカ(中国名茶梅C. sasanqua は掲載されていない。他の図鑑では本種の種子からも搾油可能としている。

【中草薬図譜】
 薬用としての茶油の来源植物として、油茶 Camellia oleifdra 及び 小葉油茶 Camellia meiocarpa を掲げていて、その用途について「作為注射用茶油的原料及軟膏基質」としている。
 
<椿油に関する参考メモ>

 椿油は不乾性油であるから、オイルフィニッシュのオイルと同様の利用実態はないが、木材への利用の例がないわけではない。

 ツゲの櫛を購入した際に、説明書で、使用に当たってしばらくの間椿油に漬け置けば、髪のとおりがよくなって使いやすくなるとした記述を見たことがある。
 屋久杉の製品を購入した際に、説明書で、製品表面の脂気が減少したときに、ツバキ油を薄く引いて拭くとよいとした記述を見たことがある。
 個人的には、上記以外に肥松(こえまつ)の製品の手入れや硬木の小物に椿油を擦り込むことがある。
 鉋の台に油を含浸させたものを油台と称し、狂いが出にくく滑りもよいとして市販されているものがあるほか、好みで自分で調製するケースもある。この油に椿油も使用されている。 
 家具の手入れに椿油の使用を勧めている例がある。広葉樹素地の家具やフローリングに椿油を擦り込むのは個人の自由である。浸透して落ち着くまでに時間がかかり、そのことはしっとり感をも意味するが、自分の服がウェスと化す可能性を覚悟する必要があるかもしれない。 
  【追記 2011.6】 あのカインズに椿油が!! 
   
 
 株式会社カインズが発売元となっている椿油は左の写真の製品である。
 60mℓ入りで598円の低価格で、10.0円/mℓ  の単価であるからかなり安い。しかも、天然国産椿油100%と明記している。
 
 国産椿油の生産量からすればこうした供給は難しいとするのが通説であるが、これはどうしたことであろうか。しかもこの単位の製品単価としては国産では厳しい印象がある。

 カインズは自社ブランドの堅実な低価格商品を数多く提供していて、お世話になっているが、この商品の「国産」とする表記については謎であり、また、パッケージの花は国内で採油源となっているヤブツバキとは全く異なっていて、これも謎である。

 なお、製造販売元の会社は他社にも椿油を提供していて、その製品では成分を「ユチャ油、ツバキ油」としている。

発売元:株式会社カインズ
  製造販売元:アキュレット・ビューティ株式会社
   【追記の追記 2014.5】
 カインズの扱う本製品が、残念なことにいつの間にか姿を消していた。
 アキュレット・ビューティが供給する椿油は別途存在する。