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樹の散歩道 平成椿油事情
椿油(ツバキ油)はヤブツバキの種子から採油されるもので、古くから髪に艶と潤いを与える髪油(水油)の主要な素材として、サザンカ油等の植物性の種実油と共に利用されてきたとされる。現在では髪用化粧品は極めて多様化していて、こうした中では慎ましやかな存在となっているが、商品としては変わらず存在し、むしろ、椿油を素材のひとつとして配合したヘアケア製品、スキンケア製品、シャンプーなどが、大手の宣伝が上手なこともあって、最近は販売が好調なようである。 ところで、国内の椿油の生産地は限られていて、国産専門の事業者は小規模で、量産型の製品の素材にはなり得ないはずである。そこで、人気の真っ赤な容器のシャンプーの成分表示を見ると、その一つに「ヤマトウツバキ種子油」の名を確認した。はて、聞き慣れないツバキである。【2011.5】 |
1 | ヤブツバキの果実の表情 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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2 | 髪用椿油の製品例 まずは、身近な製品についてみてみよう。ドラッグストアには必ず髪用の椿油の小瓶が販売されていて、よく目にするのは株式会社大島椿本舗(会社は都内)の「大島椿」と株式会社黒ばら本舗(こちらも会社は都内)の「純椿油」の名の製品で、長きにわたって変わらぬ国民的商品である。 なお、国産の椿油がすべて伊豆諸島(利島、大島)産(言い換えると〝東京都産〟)というわけではなくて、かつて百貨店の物産展で、長崎県五島産の椿油が販売されていて、その存在を初めて知って購入したことがある。瓶の形が当時はシンプルで小型の一升瓶といった印象であった。また、鹿児島県桜島産の製品の生産もあるという。 |
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以下は両製品の説明書きである。(その内容について当方が理解し、応援しているものではないので、念のため。) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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両製品とも国産ヤブツバキの椿油100%というわけではなく、中国産のツバキ類の種子油に多くを依存していることが伺える。「カメリア種子油」の語は実質的に中国産のツバキ属樹種の種子油であることを意味している。(後述。配合比率は表示されていない。) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
3 | ツバキ類の種子油の名称と素性 先の製品パッケージ等の説明では ① 椿油(ツバキ油) ② カメリア種子油 ③ ユチャ種子油(アブラツバキ種子油) ④ ヤブツバキ・ヤブツバキ系の品種を選び・・・ とした表現が見られる。これらについて調べてみた概要は以下のとおりである。 |
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① 椿油(ツバキ油): 国内で椿油(ツバキ油)といえば、通常はツバキ科ツバキ属の自生種であるヤブツバキ Camellia japonica(五花弁の赤花で、まれに白花が存在する)の種子を圧搾して得られる種子油を指している。ヤブツバキは単にツバキとも呼び、ヤマツバキの名もある。椿油は古くから利用されてきた歴史があって、同じツバキ属のサザンカの種子油(サザンカ油)も椿油と混和して同じように用いられてきた(平凡社世界大百科事典)という。現在では国内で小粒のサザンカの種子まで使用している実態はないと思われる。 製品説明では、「純椿油」、「椿油100%」とした表現が普通に見られるが、原料がツバキ属から逸脱していないのであれば、まあ現状では仕方がないかと考える。ただし、原料産地の明示が必要であろう。なお、会社名としての「大島椿」は伊豆大島産のヤブツバキ由来の製品と思わせる効果があって気になるところであり、さらに、製品名としての「大島椿」は、大島産のヤブツバキを原料としていないのであれば、消費者に大いなる誤解を与えるものであり、名称として使用すべきでない。 ② カメリア種子油: カメリアの名は、ツバキ属の学名 Camellia そのものであり、ツバキ類を意味する英語のカメリア(Camellia)でもある。「カメリア油」の呼称は中国(一部に韓国産が見られる)から輸入されるツバキ属の多様な樹種の種子油を総称する語として、輸入統計で使用されている。 ツバキ属の樹種は日本ではヤブツバキ、ユキツバキ及びサザンカの3種のみであるが、中国では何と170余種が分布している(中国樹木誌)という。要はツバキ属の樹種の本場は中国であり、これらに由来する種子油(中国名は「茶油」)の生産量も圧倒的に多く、多様性にも富んでいる。製品によってはカメリアオイルの名称を使っているものもある。 中国ではツバキ属は「山茶属」で、当該属の種名は基本的に○○茶の呼称となっていて(*)、例えばヤブツバキも中国にも分布があって「山茶」(紅山茶、山茶花とも)と呼んでいる。そして、採油対象となっている多くの樹種から搾油されたものは茶の油であるから「茶油」、「油茶籽油」、「山茶油」、「山茶籽油」の名がある。英語名は Tea seed oil 又は Camellia oil である。 ちなみに、緑茶、紅茶、ウーロン茶の原料となる同じくツバキ属のチャノキ Camellia sinensis の中国名は、ただの「茶」(茗、檟とも)である。 (*)地域の多様な呼称にはこの原則からはずれたものもある。 ③ ユチャ種子油(アブラツバキ種子油): これは中国に自生し、茶油生産のために広く栽培されている中国名「油茶」 Camellia oleifera カメリア・オレイフェラ(茶子樹、茶油樹、白花茶とも)の名のツバキ属の樹種で、多くの品種が存在し、種子含油率は25.22%~33.5%、種仁含油率は37.96%~52.52%で、中国では食用或いは工業用の油を生産している(中国樹木誌)という。 ④ ヤブツバキ・ヤブツバキ系の・・・: ヤブツバキは日本以外には中国にも存在し、日本で花木となっている多くのツバキはヤブツバキから選抜、人工交配で作出されたものであるが、ここで “ヤブツバキ系” と表現している意味はよくわからない。国内では採油のためにヤブツバキの品種改良、品種開発を積極的に行った歴史があるとも聞かない。 ツバキは、実生、さし木、つぎ木により容易に増殖可能で、国内の椿油の産地ではヤブツバキの造林地が存在するという。 |
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4 | 赤いTSUBAKI のヤマトウツバキとは何か TSUBAKI の成分を記載したラベルには、実は「トウツバキ種子油」と「ヤマトウツバキ種子油」の名がみられる。 そこで「トウツバキ」からである。 和名トウツバキ(唐椿)は、中国原産の「滇山茶」 Camellia reticulata (中国樹木誌、中国植物誌)を指し、古くから茶油の採取と観賞用の両方の目的で栽培されてきたとされる。このため、多くの品種が知られている。「唐椿」は中国から伝来したツバキの意であるが、中国にはツバキ属の樹種が238種知られている(中国植物誌)中で、その一つだけに唐椿の名を与えたのは、それだけ鑑賞価値のある普及品として日本に導入されたものということなのであろう。 さて、トウツバキに関する図鑑等での記述を見ると、その内容に随分バラツキがあることに気づく。 そこで、気づきの点を整理してみると、以下のとおりである。
こうした、国内の一般的な図鑑で見られるトウツバキの認識の混乱は、古くに中国から導入されたトウツバキのひとつの品種(ヨーロッパで「キャプテン・ロウズ」と呼んだ品種)を、国内で長きにわたり唯一の「トウツバキ」として呼び慣らしてきた(真正のトウツバキの原種と理解してきた)ことに原因があり、さらに、ヤマトウツバキの認識が混乱に拍車をかけた印象がある。(後述) こうした混乱を象徴しているのが、新牧野日本植物図鑑の記述である。 <参考:トウツバキ(唐椿)の説明例>
*トウツバキの種小名 reticulata は「網状の」の意で、葉表の葉脈が凹んでいることに由来するするものと思われる。 次に「ヤマトウツバキ」である。 ヤマトウツバキの和名は、何やらトウツバキの原種を思わせるような奇妙な和名である。 小石川植物園では、和名ヤマトウツバキ(山唐椿)の学名を、Camellia reticulata f. simplex としている。ということは、この学名は和名の印象とは逆にトウツバキの品種とみなしたものである。この認識に立って、「ヤマトウツバキは野生品種である。」としたり、「ヤマトウツバキは枝変わりである。」と説明している例がみられる。しかし、この学名は一般に認知されておらず、トウツバキの学名のシノニムと見なす見解(The Plant List)がある。しかも、ヤマトウツバキの学名(とされているもの)は中国で認知されておらず、また、園芸植物大事典でもヤマトウツバキの名は学名を含めて全く掲載されていない。 そこで、このゴタゴタを整理すると、要は近年導入されたトウツバキの原種に対して、これをトウツバキの品種とした適正でない学名を受け入れるとともに、これに奇妙な和名(ヤマトウツバキ)を与えたことに問題があったと思われる。 注:「色分け 花図鑑 椿」では、一重の原種系のトウツバキは1985年頃に日本に導入されたとしている。 この混乱を解消するためには、 トウツバキの原種は一重の花であることを腑に落とし込んだ上で、Camellia reticulata f. simplex の学名と「ヤマトウツバキ」の和名の両方を直ちに抹消することが必要である。 念のために付記すれば、新牧野日本植物図鑑のトウツバキの説明の冒頭の一文は、「国内では古くに日本に渡来したものを、トウツバキと呼んできたが、実はこれはトウツバキの(原種の)一園芸品種であることが近年明らかになった。」とすればふつうの説明文となる。 ということで、「トウツバキ種子油」の語は、中国産トウツバキ類の種子油と考えれば、表現としてはあり得る。 ただし、「ヤマトウツバキ種子油」の語は、表現としては適正を欠くと思われる。 なお、「トウツバキ」及び「ヤマトウツバキ」とした樹名板を付した植栽樹が次のとおり小石川植物園に存在する。 |
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ところで、先の製品ではなぜ一般的な樹種の油茶ではなくこれらの樹種なのか、あるいは製品表示名の「トウツバキ」や「ヤマトウツバキ」が現地の実態で何を指しているのかなど、真相はわからない。一方、興味深いことに
ASIENCE の場合は成分として「ツバキ油」の名を掲げているが、この場合は国産椿油を意味するものではないと思われる。 そもそも、中国で樹種別に茶油が厳格に生産・管理されているとは考えにくく、これらは来源樹種に基づく厳密な呼称の使用ではなく、単に「中国産ツバキ属種子油」の表示を嫌って「トウツバキ種子油」、「ヤマトウツバキ種子油」、「ツバキ油」としているのかもしれない。 品質管理が適性になされていれば、中国産でも国産でもこだわる必要は全くないが、こうしてわかりにくい表示となっているのは迷惑である。そもそも、産地に応じた消費者にわかりやすい呼称のルールが全くないことに問題がある。この点は改善してもらいたいものである。 |
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【追記 2011.11】 資生堂の「新TSUBAKI」(2011年6月からリニューアル)で、説明振りが変化していることに気付いた。製品タグには「厳選椿オイル配合」とあり、また、成分表示中、従前の「トウツバキ種子油」及び「ヤマトウツバキ種子油」の文字が消えて、新たに「ツバキ種子油」となっていた。さて、これはどういうことであろうか。 実は、報道にもあったとおり、資生堂がイメージ戦略の一環として、五島列島の新上五島町とヤブツバキの森を育てる協定を締結し、若干の資金を提供するとともに保育活動に協力し、同島産椿油(ヤブツバキ由来)を自社製品に利用することとしたと謳っていることと関係しているのかも知れない。 実際問題として、量産製品であるから、中国産椿油から、五島列島産椿油に全量を切り替えたものでもないと思われ、多分、五島列島産椿油をわずかながらブレンドすることにしたいということなのだと思われる。 元々製品で使用している量もごく僅かなものであり、中国産ツバキ油100%としても実質的には何も変わりないと思われる。相変わらず素性に関する説明はわかりにくいままであるが、これを契機として、地場産品の振興に少しでも資するのであれば、その点は結構なことである。 |
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5 | 国産ヤブツバキだけの椿油は存在するのか 国産ヤブツバキの種子油100%の椿油は、東京都(伊豆大島・利島)、長崎県(五島)、鹿児島県(桜島)産の製品が存在し、いずれも食用の製品も存在する。しかし、生産量が少ないため、通常はスーパー、百貨店、ドラッグストアでは販売されていない。多数の店舗で常時製品を並べるだけの量がないのである。もちろん産地では手に入るし、ネット通販であればいつでも購入は可能である。 こうした事情から、量産品の髪用椿油には価格が安く量の確保が容易な中国産茶油が多用されている模様で、さらに量産品のヘアケア製品、スキンケア製品、シャンプーに利用されている椿油は基本的に中国産茶油と考えて間違いないようである。 製品表示としては、一様に中国産とした表記は頑なに避けている模様である(前述)。このため、時に奇妙な表示を目にすることがある。例えば、椿油の製品の中には「利島産椿油配合」とした製品もあり、これは明らかに「中国産茶油に国産の椿油を少し混ぜています。」ということであり、表記としては全く滑稽である。 |
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6 | 食用椿油は化粧用椿油と何が違うのか かつて伊豆大島で、有限会社高田製油所のピンク色の5合缶入りの食用椿油(現在は円筒形の缶に変わっている。)を購入したことがある。もったいなくて、天ぷら油などにはできないから、小分けしながらもっぱら髪用、刃物用に使用した。従って、残念ながら食用油としては使ったことはない。現在使っているのは瓶入りのタイプである。 |
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7 | 刃物用椿油は成分が異なるのか | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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8 | 国産と中国産の製品に品質格差があるのか 国産のヤブツバキの椿油は国内のわずかな小規模事業者がこつこつと生産してきたもので、伝統の圧搾・精製技術に基づくいわば安心の製品といった印象があるが、量的に少ないためか、製品規格は存在しない。平成21年の生産量は50.7キロリットル(46トン程度)である。 |
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つばき油の生産動向 単位:キロリットル
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対する中国の茶油は生産量も多くツバキ属の来源樹種も多様である。中国国内の年間生産量は27万トン(百度百科)とされる。輸入統計によれば、平成21年に主として中国から日本の国内生産を遙かに上回る288トン(142,963千円)のカメリア油が輸入されている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
カメリア油輸入統計 単位:トン
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国産でも中国産でも、適正な品質管理の下に生産されたものであれば、一方が必ず優位にあるとは言い切れない。重要な点は中国の多様な製品の品質水準を掌握して輸入しているかということである。徹底されているかどうかはわからないが、中国には茶油の分類標準や品質等に係る国家標準が存在する。 いつものことながら、中国製品の圧倒的な価格優位性の前に国産椿油は厳しい環境に置かれているが、安心の伝統的製品が引き続き評価・支持され、存続することを祈りたい。大宗を占める伊豆諸島の椿油は何と東京都の地場産品でもあるのだから。 |
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<椿油に関する参考メモ> 椿油は不乾性油であるから、オイルフィニッシュのオイルと同様の利用実態はないが、木材への利用の例がないわけではない。
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【追記 2011.6】 あのカインズに椿油が!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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【追記の追記 2014.5】 カインズの扱う本製品が、残念なことにいつの間にか姿を消していた。 アキュレット・ビューティが供給する椿油は別途存在する。 |
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