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樹の散歩道 ゾンメルスキーはなぜ「ゾンメルスキー」なのか
昔からスキー板の裏にアザラシの毛皮(本物のシールスキン Sealskins )を貼ったスキーが実用品として存在し、北海道では何と現在でも老舗スポーツ店の秀岳荘がこれを取り扱っている。長く使い込めばやがては天然の毛皮が傷むから、貼り替えにも応じている。ところで、当地ではこれを当たり前の如くにゾンメルスキーと呼んでいるが、あるとき、これをゾンベルスキーを呼んでいる例にも出くわした。ゾンメルは何やらドイツ語調の響きがあるが、ゾンベルは訛ったものなのか。そもそも、ゾンメルとは一体なんだんねん! 【2012.2】 |
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承知している範囲では、ゾンメルスキーは昔から北海道内の森林調査(踏査)に利用されていた。もちろん竹ストックの時代からである。現在でも実用品として利用されていて、現場ではスノーモービル、ゾンメルスキー、ヤマグワ製の輪かんじきは積雪期の森林調査の必需品となっている。 その他の世界でも利用されている模様で、秀岳荘の広告によれば、ハンターや送電線整備の会社で多くの利用のある〝大人気商品〟とのことで、スノーハイク需要も増えているのことである。 これをレジャー用(お散歩用か?)として持っている知り合いがいて、シールを貼り替えた際に随分高かったとブーブー言っていたのを記憶している。 さて、早速ながらゾンメルスキーの呼称について調べることとしよう。 |
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1 | 辞典・事典で認知された名称なのか ざっと見たところでは、三省堂の「大辞林」(web版もあり)で辛うじて認知されていた。他の広辞苑(岩波書店)、日本語大辞典(講談社)、大辞泉(小学館)、国語大辞典(学研)、平凡社世界大百科事典のいずれもが残念ながら採り上げていない。 大辞林の説明は次のとおりである。
まずは第一歩であるが、これを見てもなぜ夏なのか、まさかドイツでの夏スキー用の道具であったとも思えないし、さっぱりわからない。夏のジャリジャリ状態の残雪をこれで滑ったら、毛皮をひどく痛めてしまいそうで、もったいなくてとても使えそうもない。そもそもゾンメルスキーとは、必ずしも毛皮張りではない、単に短いスキーを指した一般的な呼称であったのであろうか。 とりあえずは、ゾンメルはドイツ語の Sommer (夏)の意であることが判明した。したがって、冒頭で紹介した「ゾンベル」の呼称は訛りではなく、聞き間違いから生じた誤用であることも判明した。 |
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2 | 独和辞典をひもとくと・・・ | ||||||||||||||||||
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ということで、Sommerski の発音は 「ゾメルシー」に近いが、日本読みで「ゾンメルシー」が当初の呼称であったということなのであろう。 これが転じて「ゾンメルスキー」となったとするのが大辞林の説明である。スキーに対して k を読まない「シー」の音では直感的に何のことかよくわからないことから、改変したとすればわからなくはない。但し、ドイツ語ではスキーの意で schi [skíː , ʃíː] の綴り(こちらの発音はスキー又はシー)もある。 したがって、「シーハイル!(スキーヤーの挨拶)」は Ski Heil! 又は Schi Heil !となる。 |
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3 | Google ドイツ語版を見ると・・・ Sommerski は夏スキー(夏期の残雪スキー)の意味で使用している場合がほとんど( Sommerschi でも同様 )で、たまに、遊具として、何人かで履ける長い便所下駄のようなものが存在し、その呼称として使用されていることを知るのみであった。 道具としてのアザラシのシールスキンを貼ったスキー板が一般的に存在するのか、さらに存在するとすればそれを一般的に何と呼んでいるのかは確認できなかった。さらに、夏スキー専用のスキー板の存在も確認できなかった。 |
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4 | 秀岳荘に聞いてみれば・・・ 植物の名前の由来にはわからないものが多いのと同様で、やはり長い歴史を持つ製品も昔のことが忘れ去られることもあるのであろうか。期待を抱いて秀岳荘に問い合わせたのであるが、なぜ Sommer なのかについては、残念ながらその呼称を使用するところとなった由来、経緯を確認することはできなかった。歴史の生き証人が記した記録でもない限り、これを知ることは困難なようである。 |
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5 | 書籍を調べてみれば・・・ まれに、スキー、登山用品を紹介した書籍で「ゾンメルシー」として紹介している事例はあったが、〝希少種〟となっているためか、来歴に言及した記述は発見できなかった。 古い登山関係の書籍で、このスキーに触れた部分を以下に紹介する。 |
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【冬山入門:碓井徳蔵(昭和34年11月15日、株式会社池田書店)】
【登山技術と用具:日本登山学校編(昭和49年3月1日、株式会社日本文芸社)】
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6 | スキーの参考品 | ||||||||||||||||||
(その1) | |||||||||||||||||||
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【この項の追記 2013.3】 メイドイン・こりん星の可能性を秘めていたこのスキー板の素性が判明した。北海道旭川の「興林産業株式会社」(会社合併で現在の名称は「株式会社旭友興林」)の扱った製品であった。Kolin の正体は「興林(こうりん)」で、少々がっかりの結末であった。現在の会社ではこのデザインの製品は扱っていない。 |
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(その2) | |||||||||||||||||||
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(その3) | |||||||||||||||||||
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(その4) | |||||||||||||||||||
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(その5) | |||||||||||||||||||
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7 | とりまとめ ここまで、大雑把に調べきたところでは、ゾンメルスキーの名称は、一般的には必ずしもアザラシの毛皮張りのスキーを指すものではなく、残雪スキー(春スキー、夏の雪渓スキー)に適合した短めのスキーを指した呼称であった模様である。 従前から秀岳荘がアザラシの毛皮張りのスキー板をゾンメルスキーの名で販売してきたところであるが、これは秀岳荘限りの固有の呼称となっていると考えられる。(ゾンメルスキーの名称自体は、決して秀岳荘の登録商標ではない。) 現在では、ゾンメルスキーの名で事業的に生産された製品を販売しているのは、事実上、秀岳荘のみとなっているところであり、このため、アザラシの毛皮張りのスキー板イコール(秀岳荘の)ゾンメルスキーと認知されているものと考えられる。 こうしたことから、販売されている製品の呼称と実態の間に元々ギャップが生じていて、呼称の意味を理解すると、却って「何でだろう?」との疑問がわくところとなっている。
スキーは日本への導入の歴史からドイツ語の用語が多いから、ゾンメルスキーの呼称もドイツ語圏から初めて製品が紹介・導入されたものなのであろう。何とか辞典でも採り上げてもらっているというこということは、国内である程度の一般性があったということになる。 しかし、言葉としてのゾンメルスキーの呼称は一般性を失うところとなって、特定の商品で実態が変質する中で生き残っているということである。 遡れば、山スキーではかつては登坂用の着脱できるアザラシのシールスキン(sealskins 、skins とも。seal はアザラシ、アザラシの皮の意。)が海外に存在した(ukclimbing.com)。また、テレマークスキー自体の元祖はノルウェーとされる。一方、アザラシの毛皮を張ったスキーは北方系民族が古くから使用していたという。 日本にとってはスキーはそもそも外来文化で、かつてはこれを登山で利用する場合は、やはりシールスキンを張ったタイプのものを使用するか、登高に際してベルト状のシールスキンを取りつけたとされ、シールスキン自体は大正末期以降に外国から導入された(野沢温泉スキー誌)もののようである。 現在のスキーシールは人工のナイロン又はモヘア(アンゴラヤギの毛)製で、特製の粘着剤(グルー glue )で反復着脱できるタイプのものが一般的になっている。一方、お散歩用なら、ナイロンシールを接着・固定した「スノーハイク」の名のミニスキーも見られる(秀岳荘扱い)が、シールを接着・固定したタイプは現在では特殊な存在となっている。 (現在の実態上の)ゾンメルスキーは登りは毛並みが抵抗して滑り止めとなるから具合がよい。一方、下りもそのままとなるから、快適・軽快に滑り降りたい場合はいまいちとなる。したがって、どちらかというと、コバ付きの防寒長靴をテレマーク金具に固定して一定距離をラッセルするなど、仕事向きの利用に適合したもののように感じる。 奇妙な呼称にもかかわらず、現に実用の具として一定の支持があり、アフターケアもある点は共感が持てる。利用する者にとっては、ややクラシカルなイメージがあって、上質の天然素材を活用している点も魅力になっているものと思われる。 現在では実にユニークな存在となっており、是非ともこうした製品は生き続けて欲しいものである。 |
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<参考品> | |||||||||||||||||||
以下は、先に触れた「遠軽毛皮」の製品の例である。 | |||||||||||||||||||
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