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樹の散歩道
  ゾンメルスキーはなぜ「ゾンメルスキー」なのか


 昔からスキー板の裏にアザラシの毛皮(本物のシールスキン Sealskins )を貼ったスキーが実用品として存在し、北海道では何と現在でも老舗スポーツ店の秀岳荘がこれを取り扱っている。長く使い込めばやがては天然の毛皮が傷むから、貼り替えにも応じている。ところで、当地ではこれを当たり前の如くにゾンメルスキーと呼んでいるが、あるとき、これをゾンベルスキーを呼んでいる例にも出くわした。ゾンメルは何やらドイツ語調の響きがあるが、ゾンベルは訛ったものなのか。そもそも、ゾンメルとは一体なんだんねん! 【2012.2】 


 
 札幌 秀岳荘ゾンメルスキー。秀岳荘の企画製品で、サイズはワンサイズのみ。これは少々前の製品で、板はオーストリア製であるが、近年は世の趨勢で中国生産となっている。クロスカントリー用のスキーを使いこなせなくても、これなら安定感もあって、雪中お散歩にも具合がいい。
 
 テレマークブーツを固定した状態。皮革の質感は実にいい。プラスティックの靴がおもちゃに見えてしまう。つま先にコバのあるビブラム底が採用されている。選択肢として、コバ付きの防寒長靴もある。ただし、その場合は足が少々遊ぶのは避けられない。  ブーツのつま先の底には3つのピン穴があって、これをテレマーク金具のピンとかみ合わせて締める最も取り扱いが楽でシンプルな構造のタイプである。革バンドのタイプも用意されている。 
   
   左は秀岳荘オリジナルのゾンメルスキー用の「ゴムスキー長靴」で、上のテレマーク金具に適合している。ただし、写真のゾンメルスキーの場合は締め具がケーブルタイプで、つま先にピンはなく、靴のつま先を差し込んでケーブルで締める方式である。
 ゴムスキー長靴で試したところ、この締め具にはやはり剛性のある靴の方が使いやすい印象であった。 
   
 
 スキー裏面のアザラシ毛皮の様子で、いい感触である。アザラシの毛皮の小物もしばしば見るが、いい値段である。北海道ではかつては遠軽町の株式会社遠軽毛皮がアザラシの毛皮製品を製造していたが、姿を消してしまったようである。  秀岳荘の店内展示販売品で、左がモヘア張りで、右がアザラシ毛皮張りである。価格差は、モヘアとアザラシ毛皮の素材の価格差で、やはりアザラシの毛皮は少々高い。 
   
   承知している範囲では、ゾンメルスキーは昔から北海道内の森林調査(踏査)に利用されていた。もちろん竹ストックの時代からである。現在でも実用品として利用されていて、現場ではスノーモービルゾンメルスキーヤマグワ製の輪かんじきは積雪期の森林調査の必需品となっている。

 その他の世界でも利用されている模様で、秀岳荘の広告によれば、ハンターや送電線整備の会社で多くの利用のある〝大人気商品〟とのことで、スノーハイク需要も増えているのことである。

 これをレジャー用(お散歩用か?)として持っている知り合いがいて、シールを貼り替えた際に随分高かったとブーブー言っていたのを記憶している。

 さて、早速ながらゾンメルスキーの呼称について調べることとしよう。
 
   
1    辞典・事典で認知された名称なのか

 ざっと見たところでは、三省堂の「大辞林」(web版もあり)で辛うじて認知されていた。他の広辞苑(岩波書店)、日本語大辞典(講談社)、大辞泉(小学館)、国語大辞典(学研)、平凡社世界大百科事典のいずれもが残念ながら採り上げていない。

 大辞林の説明は次のとおりである。
 
ゾンメルスキー 【 Sommerski 】
  (ドイツ)〔補説〕 ゾンメルシーの転
  残雪期または夏の雪渓をすべるのに用いる、1~1.5mほどの短いスキー。  

 まずは第一歩であるが、これを見てもなぜ夏なのか、まさかドイツでの夏スキー用の道具であったとも思えないし、さっぱりわからない。夏のジャリジャリ状態の残雪をこれで滑ったら、毛皮をひどく痛めてしまいそうで、もったいなくてとても使えそうもない。そもそもゾンメルスキーとは、必ずしも毛皮張りではない、単に短いスキーを指した一般的な呼称であったのであろうか。

 とりあえずは、ゾンメルはドイツ語の Sommer (夏)の意であることが判明した。したがって、冒頭で紹介した「ゾンベル」の呼称は訛りではなく、聞き間違いから生じた誤用であることも判明した。
   
 独和辞典をひもとくと・・・ 
   
 
 Sommer [zɔ'mər] は英語の Summer と同じ「夏」の意で、発音は「ゾンメル」というより「ゾメル」が近い。

 砂漠の狐と呼ばれた有名なドイツ陸軍の名将 Erwin Rommel の Rommel [zɔ'mər] も、「ロメル」の表記が発音に近く、この表記を採用している独和辞典もあるが、伝統的に「ロンメル」と表記されている場合が多い。
 Ski [ʃíː] は英語の Ski と同じ「道具としてのスキー」の意で、発音が何と 「シー」で、k の発音はない。
 
 独和辞典など普段決して開くことはないが、ひとつ覚えることができた。
 
   ということで、Sommerski の発音は 「ゾメルシー」に近いが、日本読みで「ゾンメルシー」が当初の呼称であったということなのであろう。
 これが転じて「ゾンメルスキー」となったとするのが大辞林の説明である。スキーに対して k を読まない「シー」の音では直感的に何のことかよくわからないことから、改変したとすればわからなくはない。但し、ドイツ語ではスキーの意で schi [skíː , ʃíː] の綴り(こちらの発音はスキー又はシー)もある。

 したがって、「シーハイル!(スキーヤーの挨拶)」は Ski Heil! 又は Schi Heil !となる。 
 
   Google ドイツ語版を見ると・・・

 Sommerski
夏スキー(夏期の残雪スキー)の意味で使用している場合がほとんど( Sommerschi でも同様 )で、たまに、遊具として、何人かで履ける長い便所下駄のようなものが存在し、その呼称として使用されていることを知るのみであった。

 道具としてのアザラシのシールスキンを貼ったスキー板が一般的に存在するのか、さらに存在するとすればそれを一般的に何と呼んでいるのかは確認できなかった。さらに、夏スキー専用のスキー板の存在も確認できなかった。 
   
   秀岳荘に聞いてみれば・・・

 植物の名前の由来にはわからないものが多いのと同様で、やはり長い歴史を持つ製品も昔のことが忘れ去られることもあるのであろうか。期待を抱いて秀岳荘に問い合わせたのであるが、なぜ Sommer なのかについては、残念ながらその呼称を使用するところとなった由来、経緯を確認することはできなかった。歴史の生き証人が記した記録でもない限り、これを知ることは困難なようである。 
   
   書籍を調べてみれば・・・

 まれに、スキー、登山用品を紹介した書籍で「ゾンメルシー」として紹介している事例はあったが、〝希少種〟となっているためか、来歴に言及した記述は発見できなかった。

 古い登山関係の書籍で、このスキーに触れた部分を以下に紹介する。
   
  【冬山入門:碓井徳蔵(昭和34年11月15日、株式会社池田書店)】

 「登行用(の山スキー)にはシールがある。これはアザラシ皮とナイロン製があり、ナイロンシールは登りにはアザラシより効果があるが、傷みやすく横滑りする欠点と滑降のときは、かなりの急斜面でも歩いて下りられるような短所があって評判はよくないが、雪がつかず乾きやすいという長所もある。アザラシには取りつけと張りつけがあり、昔は張りつけシールのほうが実用的だといわれていたが、「ゾウムの赤」という特製ワックスが入手困難で、しかも張りつけるとずれる恐れと、時間的ロスが多いため、最近では取りつけシールが主に使われている。・・・私は春山になるとゾンメルシー(短スキー)を使っているが、これは思うように廻転できるが、短いだけに不安定であるという欠点もある。しかし軽い点と持ち運びやすい点で、現在でも盛んに愛用されている。・・・」
(注)以上はもちろん昔の話である。ここで言っているゾンメルシーは毛皮張りのものとは説明していない。

【登山技術と用具:日本登山学校編(昭和49年3月1日、株式会社日本文芸社)】

 「北海道の秀岳荘などでは「山スキー」用の板を作っているから、その旨を申し込めば取り寄せてくれる。秀岳荘のスキーは昔ながらの単板で、トップベンドは深雪でも首を突っ込まないように大きく曲げられている。そして、トップにはシールを張ってうまくスキーに固定されるように突起が出ている。テールの部分もシールが外れないように、シール止めの金具が取り付けられている。・・・」
(注)以上の記述は、現在のようなグルーによらずにシールを着脱するタイプの山スキーの説明である。
 
 「山スキーに用いるスキーの全長は、やや短めで幅が広いものがよい。全長160~180センチ位の長さが最適だと思う。ゾンメルシーと呼ばれる極端に短いスキーがあるが、これは雪の落ち着いた春山には最適のスキーである舶来品ではエルバッハ、クナイスルなどがメタルでゾンメルシーを出している。トップベンドが柔らかく、テールが堅いのは山スキーを志す人にとって有り難い条件である。また、ノルウェー製のミニスキーなども、春スキーに利用できると思う。」
(注)かつて外国の製品が存在したことがわかるが、その仕様や本国での呼称はわからない。必ずしも毛皮張りのスキーを指しているようでもない。
   
 スキーの参考品
   
  (その1) 
 
   
 
 これもアザラシの毛皮を張ったスキー(たぶんゾンメルスキーの呼称は使っていないと思われる。)で、少々使い込まれている。靴の直下とトップ、テール部の毛がかなり薄くなっている。シールスキンの幅はやや細いが、革の締具もなかなか渋くて味がある。
 素性は不明であるが、スキー板には Kolin とある。

  は鉛筆の とは異

なるから、ひょっとして“こりん星”の製品かもしれない。
  【この項の追記 2013.3】 
 メイドイン・こりん星の可能性を秘めていたこのスキー板の素性が判明した。北海道旭川の「興林産業株式会社」(会社合併で現在の名称は「株式会社旭友興林」)の扱った製品であった。Kolin の正体は「興林(こうりん)」で、少々がっかりの結末であった。現在の会社ではこのデザインの製品は扱っていない。  
   
  (その2) 
 
   
 
トップ部分拡大写真  テール部分拡大写真 
 
 上の写真は普通のアルペン用のスキー板に、本物のアザラの毛皮の真正シールスキン(スキーシール)を装着したものである。毛皮の裏側にはナイロン地が裏打ちされている。トップ部はナイロンベルトを掛けて固定し、テール部はベルトで3点を固定、さらに中央部もベルト巻き固定している。こうした仕様の製品が現在でも存在するということは、大好きな人がいるということである。 
   
  (その3) 
   
 
 秀岳荘の展示品で、ロシアで手に入れたものとのことである。板はたぶん単板で、アザラシの毛皮を釘で固定している。生活のための実用の具といった印象であり、素材から来る圧倒的な存在感がある。
   
  (その4) 
   
 
 日本スキー博物館の展示品で、説明表示には次のとおり記している。

 「ゾムメルシー 夏山の雪渓下りに用いるスキー 雪渓用山スキー」 
 (写真は日本スキー博物館 宮崎 孝春氏提供)  
   
  (その5) 
 
 
 同じく、日本スキー博物館の展示品で、「雪渓用山スキー」としている。単板スキーである。

 同博物館には、これらのほかにアールベルクスキーの名前で、アザラシの毛皮を釘付けした山岳スキーを展示しているほか、モンゴル、中国の毛皮を張ったスキーも展示している。
:アールベルクはオーストリアの地名。
(写真は日本スキー博物館 宮崎 孝春氏提供)

日本スキー博物館
 
長野県下高井郡野沢温泉村豊郷8270
   
   とりまとめ

 ここまで、大雑把に調べきたところでは、ゾンメルスキーの名称は、一般的には必ずしもアザラシの毛皮張りのスキーを指すものではなく、残雪スキー(春スキー、夏の雪渓スキー)に適合した短めのスキーを指した呼称であった模様である。

 従前から秀岳荘がアザラシの毛皮張りのスキー板をゾンメルスキーの名で販売してきたところであるが、これは秀岳荘限りの固有の呼称となっていると考えられる。(ゾンメルスキーの名称自体は、決して秀岳荘の登録商標ではない。)

 現在では、ゾンメルスキーの名で事業的に生産された製品を販売しているのは、事実上、秀岳荘のみとなっているところであり、このため、アザラシの毛皮張りのスキー板イコール(秀岳荘の)ゾンメルスキーと認知されているものと考えられる。

 こうしたことから、販売されている製品の呼称と実態の間に元々ギャップが生じていて、呼称の意味を理解すると、却って「何でだろう?」との疑問がわくところとなっている。

(注) 北海道内で、サクラやクルミの単板スキーにアザラシ(ゼニガタアザラシ又はゴマフアザラシ)の毛皮を張ったスキーをハンター用を意識して製作している者(原子弘美氏)がいて、やはり、「ゾンメルスキー」の名を使っている。製品には SOMMER SKI の表示とともに、製作者の名字のHARAKO のロゴが入っている。

 スキーは日本への導入の歴史からドイツ語の用語が多いから、ゾンメルスキーの呼称もドイツ語圏から初めて製品が紹介・導入されたものなのであろう。何とか辞典でも採り上げてもらっているというこということは、国内である程度の一般性があったということになる。 

 しかし、言葉としてのゾンメルスキーの呼称は一般性を失うところとなって、特定の商品で実態が変質する中で生き残っているということである。

 遡れば、山スキーではかつては登坂用の着脱できるアザラシのシールスキン(sealskins 、skins とも。seal はアザラシ、アザラシの皮の意。)が海外に存在した(ukclimbing.com)。また、テレマークスキー自体の元祖はノルウェーとされる。一方、アザラシの毛皮を張ったスキーは北方系民族が古くから使用していたという。

 日本にとってはスキーはそもそも外来文化で、かつてはこれを登山で利用する場合は、やはりシールスキンを張ったタイプのものを使用するか、登高に際してベルト状のシールスキンを取りつけたとされ、シールスキン自体は大正末期以降に外国から導入された(野沢温泉スキー誌)もののようである。

 現在のスキーシールは人工のナイロン又はモヘア(アンゴラヤギの毛)製で、特製の粘着剤(グルー glue )で反復着脱できるタイプのものが一般的になっている。一方、お散歩用なら、ナイロンシールを接着・固定した「スノーハイク」の名のミニスキーも見られる(秀岳荘扱い)が、シールを接着・固定したタイプは現在では特殊な存在となっている。

 (現在の実態上の)ゾンメルスキーは登りは毛並みが抵抗して滑り止めとなるから具合がよい。一方、下りもそのままとなるから、快適・軽快に滑り降りたい場合はいまいちとなる。したがって、どちらかというと、コバ付きの防寒長靴をテレマーク金具に固定して一定距離をラッセルするなど、仕事向きの利用に適合したもののように感じる。

 奇妙な呼称にもかかわらず、現に実用の具として一定の支持があり、アフターケアもある点は共感が持てる。利用する者にとっては、ややクラシカルなイメージがあって、上質の天然素材を活用している点も魅力になっているものと思われる。
 現在では実にユニークな存在となっており、是非ともこうした製品は生き続けて欲しいものである。 
   
  <参考品>
   
   以下は、先に触れた「遠軽毛皮」の製品の例である。 
 
   
         アザラシの毛皮の靴べら

 アザラシの毛皮の面白い使い方である。すべりは極めて良好で、手触りもよい。
     モヘア(アンゴラ山羊の毛皮)の靴べら

 アザラシの毛よりもはるかに繊細で、手触りはバックスキンに似たしっとり感があって、すべりがよい。それでいて毛並みの逆向きにはしっかり抵抗感があるから、スキーシールに利用されてきたのであろう。