樹の散歩道
山帰来の名前の起源は何処に
山帰来(サンキライ)は中国に産するユリ科のつる性木本である土伏苓(ドブクリョウ)を指す俗称とされてきた。追って、これによく似た同じくユリ科のつる性木本であるサルトリイバラの俗称ともなっている。 そして、孫引きの連鎖現象なのか、山帰来はサルトリイバラの別名であるとして、その名前の由来に関するさまざまなパターンのストーリーを見かけるところとなっていて、その出所については怪しさを感じざるを得ない。しかし、残念ながら依然として山帰来の名前の起源がどこにあるのかさっぱりわからないままである。 【2009.2】 |
冒頭で、2種の植物を紹介したが、いずれも中国の本草綱目での記述があり、生薬としての効能が知られている。また、日本の和漢三才図会でもこれらの記述をそのまま引用していることが知られている。しかし、両者が混同されるなど、やや混乱が見られるため、頭の整理を兼ねてよろず情報を次表に整理してみた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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山帰来の名称の由来とされる典型的なストーリーの骨子は、「梅毒を罹った者が山に追いやられ、そこで山帰来の根を食して元気になって山から帰った」とする内容であるが、以下のように様々なバリエーションが見られる。口述の昔話が時間の経過とともに派生・増殖する如く、ネット上の引用で派生形が生じた可能性が強い。和漢三才図会に記述があるとしているもの以外は出典について明らかにしていない。
さて、次に以下の点について整理してみたい。 |
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1 | 和漢三才図会には山帰来の名称の由来を記述しているか? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
和漢三才図会に命名の由来が記述されているとして紹介している例が多いが、本書の「土伏苓」(ケナシサルトリイバラ)の説明では、「梅毒の重傷者が山野に捨てられたりしたが、近来は多く土伏苓を服用させ、病人は山から連れ帰らせている」(平凡社口語訳による。)としているのみで、名前の由来については直接言及していない。 〔原文〕其重者或棄於山野近來多土伏苓用使病人自山歸來 |
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樹木大図説(上原敬二)では、和漢三才図会の記述を随所に紹介していて、その中に次の引用が見られた。 「土伏苓、俗に山帰来といふ、楊梅瘡(梅毒)を病みて目鼻の腐爛せるものを山野に棄つ、土伏苓を服したれば癒えて山より帰り来れりとしたるは借字に因りての附会なり。」としている一文である。一瞬、結論を見たような気分になった。漢名の「三奇糧」の名を思い浮かべると非常にわかりやすい説明であるが、和漢三才図会でこの一文がどこに記述されているのかを未だ確認できない。版の違いによる可能性も考え、3種類の版を見たが、関係する植物種の箇所では確認できなかった。しばしの課題である。 |
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2 | 山帰来の名前の出所は中国か、それとも日本か? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
中国語のホームページでは、繁字の「山歸來(山帰来に同じ)」の名が多数ヒットする。先の当て字説が正しいとすれば、土伏苓大量輸入国たる日本での呼称が輸出された可能性も否定できない。 一方で、知り合いに依頼して、中国国内で漢名としての山帰来の存在の有無を植物に詳しい中国人に確認してもらったところ、その存在を確認できなかった。また、中国の複数の図鑑をみても、中国名としての山帰来の呼称は見られなかった。したがって、「山帰来」の呼称は日本発である可能性が高いと考えられる。 |
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3 | 山帰来は現在でも国内で利用されているのか | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
日本薬局方の解説書によれば、「経験的に慢性の皮膚疾患に応用され、家庭薬製剤原料とする。中国では解毒薬として湿疹あるいは梅毒性皮膚疾患や水銀中毒による皮膚炎に応用する。」とある。 梅毒の治療は現在では抗生物質に委ねられているため、これに関連して山帰来(ケナシサルトリイバラの根茎)が登場することは考えられない。 |
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しかし、驚いたことに、「サンキライ」の名称で、ケナシサルトリイバラ又はサルトリイバラの根茎であるとして、乾燥して刻んだものが煎じ薬としてふつうに販売されているのである。ケナシサルトリイバラについては梅毒、淋病、解熱等に用いるとしている。またサルトリイバラについては解毒、利尿の効用を掲げている。500グラムで2千円ほどの相場である。全て中国からの輸入の模様である。 ここで注目しなければならないのは、販売側が前述のとおりケナシサルトリイバラ又はサルトリイバラのいずれかの種名を掲げていることである。しかし、これらがどの程度厳密に区分されているかはわからない。なぜなら、サルトリイバラは古くからも輸入されてきたケナシサルトリイバラ、すなわち土伏苓のあくまで代用として、宿命的に格下のものとされてきたからである。 実際問題として、その名前で輸入されたものが本当はいずれの種であるのかに関しても、刻みとなっていれば多分見た目で区別はできないと思われる。こうした場合は、いつものことながら輸出者のみぞ知るということになるのであろう。 |
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【追記 2011.10】 日本薬局方の解説書(廣川書店)に、興味深い記述が見られた。以下のとおりである。 「サンキライ(ケナシサルトリイバラ Smilax glabra の塊茎を指す。)の内皮を確認することはむずかしいが、サルトリイバラ Smilax china に基づく生薬では内皮は明瞭でその細胞膜は内側及び両側は通例著しく硬膜化し、石細胞環のような形態を示すので容易に判別できる。」 つまり、サルトリイバラをサンキライ(土伏苓)として虚偽表示してあった場合、その気になって顕微鏡で調べれば、ウソを見破ることができるということである。 |
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【追記 2015.1】 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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4 | 本家中国の現在の図書では梅毒等への効用を記述しているか | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
事例的に調べた結果は以下のとおりである。 |
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5 | 関連参考 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
梅毒治療の歴史の中で、水銀療法と並び重要な役割を果たしたのが、世界で最も重い木材として有名なリグナムバイタから採れるグアヤック樹脂である。リグナムバイタはメキシコから中南米に産する木材であるが、その樹脂が梅毒先進国のヨーロッパでその治療に有効であることがわかり、高値で取引されたという。 そのため、リグナムバイタの和名はそのものズバリの“癒瘡木”(ユソウボク)とされている。ただし、日本における薬用としての癒瘡木の利用の歴史についてはほとんど情報を見ない。 |
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忌まわしい病である梅毒を日本に持ち込んだのは日本海賊の和冦であったといわれている。この病のやっかいな点は、遊び好きのオヤジに止まらなかったことである。しかし、つらい思いをしながらも、江戸の人々は「瘡(かさ)かかぬ者は男でない」と強がったり、これを笑い飛ばそうとしている。川柳でもこれを知ることができる。
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