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樹の散歩道
 
  山帰来の名前の起源は何処に
    
            


 山帰来サンキライ)は中国に産するユリ科のつる性木本である土伏苓ドブクリョウ)を指す俗称とされてきた。追って、これによく似た同じくユリ科のつる性木本であるサルトリイバラの俗称ともなっている。
 そして、孫引きの連鎖現象なのか、山帰来はサルトリイバラの別名であるとして、その名前の由来に関するさまざまなパターンのストーリーを見かけるところとなっていて、その出所については怪しさを感じざるを得ない。しかし、残念ながら依然として山帰来の名前の起源がどこにあるのかさっぱりわからないままである。
【2009.2】
 


 冒頭で、2種の植物を紹介したが、いずれも中国の本草綱目での記述があり、生薬としての効能が知られている。また、日本の和漢三才図会でもこれらの記述をそのまま引用していることが知られている。しかし、両者が混同されるなど、やや混乱が見られるため、頭の整理を兼ねてよろず情報を次表に整理してみた。  
 
学 名 Smilax china (ユリ科シオデ属) Smilax glabra (ユリ科シオデ属)
分 布 日本、中国等に分布する。 中国等に分布する。
種 名 サルトリイバラ
俗称:山帰来
ケナシサルトリイバラ
ナメラサンキライ【樹木大図説】
土伏苓(中国名から)
俗称:山帰来
生薬名 菝葜(バッカツ) 土伏苓(ドブクリョウ)
サンキライ 山帰来(日本薬局方)
(注)生薬としての土伏苓は従前より全て中国からの輸入品である。
漢 名 菝葜
別名:金剛藤、山歸來(山帰来)、金剛頭、鐵菱角
土伏苓 
別名:地茯苓、奇良、奇糧、岐良、山牛、飯塊、山歸來(山帰来)、過山龍、地粟、山豬糞、山奇糧
効 能  根茎は足の厥陰・少陰の薬【和漢三才図会】
(注)ケナシサンキライの代用とされたとする記述も見られるが、期待される効能があったのか疑問。
 かつて梅毒治療に利用した軽粉薬(はらや。水銀粉。塩化第一水銀の白色粉末。)に由来する水銀中毒の解毒剤としてその根茎が広く利用されたという説明例を見る。
広辞苑 サルトリイバラ:ユリ科の落葉小低木。高さ二~三メートル。茎は細く他物にもたれて伸び、節ごとに曲り、強い角質のとげをもつ。葉は円形ないし楕円形で基部に二本の巻鬚(マキヒゲ)がある。初夏、黄緑色の小花を球状に多数つけ、雌雄異株。エンドウ大の赤い液果を結び、それを花材とする。山帰来。(山帰来はサルトリイバラの俗称でもある。)
わが国ではサルトリイバラを土茯苓の代用ともした。
山帰来:ユリ科の多年生蔓性低木。中国・インドなどに自生。サルトリイバラに似るが、とげがない。葉は長楕円形、三縦脈がある。葉間から花茎を出し、白色の小花をつける。は生薬で土茯苓・山帰来といい梅毒の薬とする。
土茯苓:サンキライの根茎。特にこれを乾燥した生薬。漢方で、悪瘡・梅毒・瘰癧(ルイレキ)などの薬として知られる。
樹木大図説
(上原敬二)
(漢名)菝葜、菝葜茨、土伏苓、抜葜、芭葜、蔓荊、金剛根、山硬飯、鉄菱肉、王爪草、地伏苓、仙遺糧、山奇根、鉄稜角、和山帰来、山帰来、木猪苓、木猪腰子、冷飯、冷飯塊、岐良、奇良、奇糧、硬礬、黄牛根、過山竜、老君鬚、金剛林、金剛刺、金剛骨、荊崗揺(猿取茨は当字で俗言) (漢名)三奇糧土伏苓、仙遺根、刺猪苓、冷飯団、土草薢、硬飯、山猪糞、山地栗
 サンキライは三奇糧で即土伏苓のことである。
 台湾、中国の産、享保五年長崎に渡来したという薬用植物である。
和漢三才図会 ・和名は佐流止里(さるとり)また於保宇波良(おほうばら)俗に恵比豆伊波良(えびついばら)とも五郎四郎柴とも云ふ
・俗に和の山帰来と云う
俗に山帰来と云ふまた加天草とも云ふ
大和本草 【樹木大図説の引用より】
・世俗あやまりてこれを山帰来とす、山帰来は土伏苓なり、別物なり
・菝葜を土伏苓と云ふは非なり
・屠蘇(散)に用いる。
(注)近年の屠蘇散には調合されていない模様。
【樹木大図説の引用より】
・中華より来る、白きを良とす、国俗之を山帰来と云ふ
その他 本草啓蒙【樹木大図説の引用より】
・俗に誤て和の山帰来と云ふ

大和本草批正【樹木大図説の引用より】
・菝葜を和の山帰来又草山帰来と云て偽る
【長崎大学薬学部】
 梅毒の治療薬としては山帰来(サンキライ)[別名:土茯苓(ドブクリョウ)]が広く用いられた。江戸時代、多くの薬が中国から長崎に輸入されていたが、最も多く輸入されたのが山帰来である。1754年(宝暦4年)にはおよそ四百トンが輸入され、これはその年の中国船による輸入薬物の46%に当たる。この量は九十万人以上の患者一ヶ月分の用量に当たると推測されている。
 
     
 
    おなじみのサルトリイバラの紅葉と赤い果実
    サルトリイバラの大きな根茎
 つるの太さは1センチにも満たなかったが、根茎は随分立派で、実に掘りにくい。相応の年数を経過しているのであろう。(伸びた細根は切断した。)
 
 都立薬用植物園でケナシサルトリイバラとしている個体。

 中国の写真図鑑や下の図鑑の図と較べると、葉の形が異なっている点が気になるところである。これは、同じく中国産の同属の Smilax mairei (中国名「無刺菝葜」)かも知れない。

 無刺菝葜の果実は藍黒色で、ケナシサルトリイバラ(土茯苓)の果実は紫黒色とされる。(中国樹木誌)

 なお、明治24年8月刊の「有用植物図説」には享保年間の中国渡来種としてサンキライ(山歸來)の名で漢名土伏苓を採り上げていて、色刷木版画では上の写真と似た形態の葉となっているが、学名は Hetetosmilax japonica としていて、これはカラスバサンキライであるから、明らかに混乱している。ひょっとすると、土伏苓の名で複数の別物が誤認されていたのかも知れない。
 
     
 
サルトリイバラ
(和漢三才図会(部分))
ケナシサルトリイバラ
(和漢三才図会(部分))
 
     
 
サルトリイバラ(湖北植物誌)
ケナシサルトリイバラ(湖北植物誌)
 
     
 山帰来の名称の由来とされる典型的なストーリーの骨子は、「梅毒を罹った者が山に追いやられ、そこで山帰来の根を食して元気になって山から帰った」とする内容であるが、以下のように様々なバリエーションが見られる。口述の昔話が時間の経過とともに派生・増殖する如く、ネット上の引用で派生形が生じた可能性が強い。和漢三才図会に記述があるとしているもの以外は出典について明らかにしていない。

物語の
誕生地
「中国の昔語り」としている例【湯浅明】があるほか、故事としているものがあり、その他は特に明記がない。
主 役 「梅毒に感染した人」、「男たち」、「梅毒にかかり村を追われた男」、「梅毒にかかり山に迷い込んだ男」、「姥捨て山に捨てられた老婆」、「重い病のため山に捨てられた老婆や淋病(梅毒)に罹り山に追いやられた若者や山で病気になった者」などの例が見られる。
なお、「毒消しの必用がある時に山に入り(誤りであろう。)を食べて帰って来るという利用がされていました。」としているものまである。
食した物  サルトリイバラの根、山帰来の根茎、山帰来の(誤りであろう。)が登場している。

 さて、次に以下の点について整理してみたい。

 
 和漢三才図会には山帰来の名称の由来を記述しているか?  
 
 和漢三才図会に命名の由来が記述されているとして紹介している例が多いが、本書の「土伏苓」(ケナシサルトリイバラ)の説明では、「梅毒の重傷者が山野に捨てられたりしたが、近来は多く土伏苓を服用させ、病人は山から連れ帰らせている」(平凡社口語訳による。)としているのみで、名前の由来については直接言及していない。

〔原文〕其重者或棄於山野近來多土伏苓用使病人自山歸來 
 
 樹木大図説(上原敬二)では、和漢三才図会の記述を随所に紹介していて、その中に次の引用が見られた。
「土伏苓、俗に山帰来といふ、楊梅瘡(梅毒)を病みて目鼻の腐爛せるものを山野に棄つ、土伏苓を服したれば癒えて山より帰り来れりとしたるは借字に因りての附会なり。」としている一文である。一瞬、結論を見たような気分になった。漢名の「三奇糧」名を思い浮かべると非常にわかりやすい説明であるが、和漢三才図会でこの一文がどこに記述されているのかを未だ確認できない。版の違いによる可能性も考え、3種類の版を見たが、関係する植物種の箇所では確認できなかった。しばしの課題である。
 
 
 
 山帰来の名前の出所は中国か、それとも日本か?  
 
 中国語のホームページでは、繁字の山歸來(山帰来に同じ)の名が多数ヒットする。先の当て字説が正しいとすれば、土伏苓大量輸入国たる日本での呼称が輸出された可能性も否定できない。
 一方で、知り合いに依頼して、中国国内で漢名としての山帰来の存在の有無を植物に詳しい中国人に確認してもらったところ、その存在を確認できなかった。また、中国の複数の図鑑をみても、中国名としての山帰来の呼称は見られなかった。したがって、「山帰来」の呼称は日本発である可能性が高いと考えられる。
 
 
 山帰来は現在でも国内で利用されているのか  
 
 日本薬局方の解説書によれば、「経験的に慢性の皮膚疾患に応用され、家庭薬製剤原料とする。中国では解毒薬として湿疹あるいは梅毒性皮膚疾患や水銀中毒による皮膚炎に応用する。」とある。

 梅毒の治療は現在では抗生物質に委ねられているため、これに関連して山帰来(ケナシサルトリイバラの根茎)が登場することは考えられない。
 
 しかし、驚いたことに、「サンキライ」の名称で、ケナシサルトリイバラ又はサルトリイバラの根茎であるとして、乾燥して刻んだものが煎じ薬としてふつうに販売されているのである。ケナシサルトリイバラについては梅毒淋病解熱等に用いるとしている。またサルトリイバラについては解毒利尿の効用を掲げている。500グラムで2千円ほどの相場である。全て中国からの輸入の模様である。

 ここで注目しなければならないのは、販売側が前述のとおりケナシサルトリイバラ又はサルトリイバラのいずれかの種名を掲げていることである。しかし、これらがどの程度厳密に区分されているかはわからない。なぜなら、サルトリイバラは古くからも輸入されてきたケナシサルトリイバラ、すなわち土伏苓のあくまで代用として、宿命的に格下のものとされてきたからである。

 実際問題として、その名前で輸入されたものが本当はいずれの種であるのかに関しても、刻みとなっていれば多分見た目で区別はできないと思われる。こうした場合は、いつものことながら輸出者のみぞ知るということになるのであろう。  
 
     
  【追記 2011.10】

  日本薬局方の解説書(廣川書店)に、興味深い記述が見られた。以下のとおりである。

「サンキライ(ケナシサルトリイバラ Smilax glabra の塊茎を指す。)の内皮を確認することはむずかしいが、サルトリイバラ Smilax china に基づく生薬では内皮は明瞭でその細胞膜は内側及び両側は通例著しく硬膜化し、石細胞環のような形態を示すので容易に判別できる。」

 つまり、サルトリイバラをサンキライ(土伏苓)として虚偽表示してあった場合、その気になって顕微鏡で調べれば、ウソを見破ることができるということである。
 
     
  【追記 2015.1】   
 
 都立薬用植物園の生薬標本の中に、ケナシサルトリイバラの根茎(日本薬局方 サンキライ 山帰来)の標本も展示されているのを確認したので、写真を追加する。
 ちゃんと出所を意味する「中国」の文字が付されている。
  
 
          生薬サンキライ(山帰来)
 
 
 本家中国の現在の図書では梅毒等への効用を記述しているか  
 
 事例的に調べた結果は以下のとおりである。
 
 図書名(例)    サルトリイバラ    ケナシサルトリイバラ
中国樹木誌   塊茎含澱粉、可醸酒、含鞣質14.35%、可提栲胶;薬用、袪風利湿、消腫解毒、治跌打損傷、風湿骨痛、胃腸炎、感冒、消化不良;治燙傷、瘡療。    根茎富含澱粉、可醸酒;含鞣質、可提取栲胶;薬用、去湿解毒、治鈎状螺旋体病、腹瀉、風湿関節痛;作獣薬、治牛膨脹病、小猪白痢。 
湖北植物誌  有袪風、活血、利尿、止渇効能  有清熱解毒、舒筋健胃効能、治悪瘡、腹脹、利腎水
中草薬図譜 〔煎服〕:用治関節疼痛、肌肉麻木、泄潟、痢疾、水腫、淋病
〔外用〕:用治疔瘡、腫毒、瘰癧(注:頸部リンパ節の慢性腫脹)、痔瘡
〔煎服〕:用治湿熱淋濁、帯下、癰腫、瘰癧、疥癬、梅毒・水銀中毒所致的肢体拘攣、筋骨疼痛
薬用木本植物
野外鑑別手帖
 (掲載されていない)  根茎入薬、有清熱除湿、泄濁解毒、通利関節的効能、用於梅毒、淋濁、筋骨攣痛、脚気、疔瘡、癰腫、瘰癧
中薬大辞典
(日本語翻訳版) 
〔基原〕:菝葜(サルトリイバラ)の根茎
〔薬効と主治〕
:風湿を去る、小便を利す、腫毒を消す、の効能がある。関節の疼痛、筋肉麻痺、水様性下痢、痢疾、水腫、淋病、疔瘡、腫毒、瘰癧、痔瘡を治す。
〔用法と用量〕:<内服>3~5銭、大量につくるときは1~3両を煎じる.酒に浸すか丸剤、散剤にして服用する。<外用>煎液で薫洗する。
*以下、多数の処方例、臨床報告を紹介。
〔基原〕:土茯苓(ケナシサルトリイバラ)の根茎
〔薬効と主治〕:解毒する、湿を除く、関節を利す、の効能がある。梅毒、淋濁、筋骨痙攣痛、脚気、疔瘡、癰腫、瘰癧を治す。 
〔用法と用量〕:<内服>0.1~1両を煎じて服用する。<外用>研って粉末にし、調えて塗布する。
*以下、多数の処方例、梅毒治療を含む臨床報告を紹介。
 
 
 関連参考  
 
 梅毒治療の歴史の中で、水銀療法と並び重要な役割を果たしたのが、世界で最も重い木材として有名なリグナムバイタから採れるグアヤック樹脂である。リグナムバイタはメキシコから中南米に産する木材であるが、その樹脂が梅毒先進国のヨーロッパでその治療に有効であることがわかり、高値で取引されたという。

 そのため、リグナムバイタの和名はそのものズバリの“癒瘡木”(ユソウボク)とされている。ただし、日本における薬用としての癒瘡木の利用の歴史についてはほとんど情報を見ない。
 
 忌まわしい病である梅毒を日本に持ち込んだのは日本海賊の和冦であったといわれている。この病のやっかいな点は、遊び好きのオヤジに止まらなかったことである。しかし、つらい思いをしながらも、江戸の人々は「瘡(かさ)かかぬ者は男でない」と強がったり、これを笑い飛ばそうとしている。川柳でもこれを知ることができる。

 ・  いただいて飲むもくやしき山帰来
 ・  山帰来干してへのこを眺めてる
 ・  薬種屋のやっと聞き取る山帰来 
  (症状が進行して鼻声になり、発音不明瞭。)
 ・  巻き添えに逢って女房も山帰来
 ・  笠森へ女房仏頂面で行き
  (瘡毒患者が笠森(瘡守)稲荷で祈願した。)