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樹の散歩道
  赤い葉で寒さに耐える木々 など


 最近は「杉」の文字を見ただけで目がかゆくなったり、クシャミが出るなどという冗談も耳にするが、冬から花粉を飛ばす時期である春先にかけて、日本全国のほとんどのスギが葉を赤らめていることは広く知られている。もちろん暖かくなってくれば、やれやれとばかりにまた元のみずみずしい緑色に戻ることになる。
 実は、この他にも同様の現象を示す複数の樹木も知られているが、いずれの場合もその意味、メカニズムに関しては秋の紅葉、黄葉の場合の講釈のレベルまでは達しておらず、未だ推定の域を出ていない。【2010.4】


   系統の異なるスギ群
 (関西育種場山陰増殖保存園内)  
   系統別に列植栽された原種園
 見事な色の違いを確認できる。
   (関西育種場内)
 葉を赤くしたスギの姿は、何の変哲もない日本の冬のごく普通の風景となっている。よく見るとヒノキでもやや赤みがかって見える。また庭先や庭園でよく見かけるサツキツツジは、この時期には全ての株の葉が見事に赤くなっていることに気づく。さらに、寒さの厳しい北海道では数少ない常緑広葉樹のひとつであるつる性のツルマサキは、一面雪に覆われた環境で葉を赤くして、ただひたすら寒風に耐えているように見える。こうした姿を見ると、そんなに我慢しないで、さっさと葉を落としてしまえばいいのにと言いたくなってしまう。一方ナンテンの部分的な赤い葉は見た目に美しい。
   冬のナンテン    冬のサツキツツジ    冬のテイカカズラ
 左の写真は、北海道では数少ない常緑広葉樹のツルマサキである。寒さが厳しい積雪期に、なぜか頑なに葉を落とさないでがんばっている姿である。
 素直に進化していれば、間違いなく葉を落とす道を選択したことであろう。
 また、まだ寒い春先、新葉の赤い樹木が比較的多いことも知られている。
   アカメガシワ    オオベニガシワ      ネジキ
    ナツハゼ     ウスノキ     チャンチン
     アセビ      シロダモ   アメリカイワナンテン 
(広葉樹の赤い新葉と常緑広葉樹の冬の紅葉)

 冬の紅葉 に関しては、広葉樹の場合は、多くの樹木の新葉が赤いのと同様で、赤色の色素であるアントシアニンに由来するとされる。アントシアニンは秋の紅葉の色素でもある。したがって季節を問わず、赤い葉の色素はアントシアニンによるものであるということになる。
 赤い新葉が見られることや冬の紅葉が見られることに関して、次のような説明を目にする。
@  「若葉の紅葉も秋の紅葉と同様アントシアニンで起こる。アントシアニンの赤い色素は若葉が成長してクロロフィルを生産できるようになるまで、紫外線から葉を守る働きをしている。また、日光を吸収して、温度を上げる役割もしている。葉緑体の保護という意味で紅葉する常緑植物として、スギ(注)、テイカカズラ、ナンテン、ヤブコウジなどをあげることができる。」
【朝日百科 植物の世界(松下まり子)】
(注)スギの紅葉についてはアントシアニンによるものではないことが知られている。(後述)
A  「アントシアン色素は紫外線を吸収しますので「過剰な光から葉緑体を保護している」とは推定できます。しかし、紅葉は葉が老化し始めたときに起こることで、この時期には葉緑体の光合成活性は極めて低下しておりわざわざアントシアン色素を合成して葉緑体を保護する生理的意義は大きくありません。春先の若芽や発芽した幼植物が赤くなりあたかも紅葉のようになることがあります。生垣に使われているカナメモチ(アカメモチ)などはその例ですが、果たして葉緑体保護効果があるのかどうか科学的証拠ははっきりしません。残念なことですがアントシアン色素やフラボン色素などは試験管内の試験ではいろいろな活性が認められますが、「生きた植物で生理的に働いている」とするには証拠は十分でありません。
【日本植物生理学会・みんなのひろば0425(今関英雅)】
 これらによれば、広葉樹の赤い新葉、常緑広葉樹の冬の紅葉に関しては、アントシアニンが葉緑体を保護する役割を果たしている可能性はあるものの、科学的には立証されていないようである。

 一方、冬のスギの赤い(黄褐色、赤褐色)葉については。広葉樹の場合とはその発現の態様が異なっているようである。

(冬のスギ葉の場合)

冬のスギ山を見てみると・・・
@  スギ山を眺望すれば、葉の色には個体差が認められる。(前掲写真) 
A  日当たりがよい面が赤味が強い。このため、樹冠の外側が相対的に赤い。
B  幼木では全身に日を浴びるせいか全体に赤くなる場合が多い。
今までに知られていることは・・・
@  冬期のスギの葉の色(赤変の程度)に関しては、系統(品種)による差があることが古くから知られている。
A  スギの紅葉は、クロロフィルキサントフィルなどが減少するとともに、赤色の色素として知られるカロチノイドの一種であるロドキサンチンが新たに合成されることによって起こる。
B  ロドキサンチンの蓄積は低温下における光ストレスによって引き起こされると考えられるが、蓄積したロドキサンチンは光障害の進行を防止する働きがあることが明らかになった。【向井譲ほか:第116回日本森林学会学術講演会2005】
C  冬期に全く赤くならないスギの存在が古くから知られていて、ミドリスギの呼称がある。これは遺伝的には劣勢(メンデルの法則に従って劣勢ホモの場合のみに発現)であることが確認されていて、比較的暖かい地方で見られるという。
D  ロドキサンチンの蓄積量はクローン間で有意な差があり、ロドキサンチンを蓄積できないミドリスギは野生型のスギ以上に光阻害を受けている。【向井譲ほか:2002科研成果報告書概要】
素朴な疑問が・・・
 赤くなって上手に環境適応しているのなら、特に赤い個体が寒冷地で緑色のスギよりも成長が優るなどの(圧倒的な)優位性が認められればわかりやすいが、そうした話は聞かないし、実質的に何の役に立っているのかよくわからない。
 際立つ効果がないのであれば、一生懸命に色素を合成するよりも、そのままクロロフィルを減少させないで光合成を続ける方が合理的なのではないか。
 冬期に色の変わらないミドリスギは、赤色の原因物質であるロドキサンチンを合成する能力がなく、普通のスギよりも光阻害を受けているといわれるが、成長が特に劣るとも聞かないし、実質的に何も支障がないのではないか。
 さらに広葉樹に関して科学的ではない感想を言えば、春先の赤い新葉は単に葉緑体の準備態勢が整っていない状況に見えるし、冬の紅葉は単に葉緑体が営業を停止している風景に見えて、いずれも赤いことに積極的な意味があるとは思えない印象がある。
 結局のところ、普通の種内の多様性、個体の変異の一面で、ヒトでも頬の赤い子供がしばしば見られるのと同様で、ある環境で特別の能力を発揮するものでもないような印象である。
 本当のところは当の樹木に聞いてみなければ何もわからないが、樹木は無口で何も答えてくれない。いろいろな一面を知ることができても、赤い葉の本当の意味、真実を知ることはなかなか難しいようである。

(参考:雪の中で葉を付けたままで堪え忍ぶド根性広葉樹)
 
 ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属に「ナニワズ」の名の落葉小低木があって、北海道の雪深い環境でがんばっている。夏に落葉するためナツボウズ(夏坊主)の名をもらっているオニシバリとよく似ていて、やはり夏に葉を落とす。
 びっくりするのは、決して肉厚ではない葉を付けたままで深い雪の中でじっと我慢し続け、雪が解けるとぺちゃんこになったヨレヨレの葉が息を吹き返して直ちに活動を再開し、あっという間に黄色い花を付けることである。
      雪解け時のナニワズの葉
 雪解け直後で、全身ペチャンコの無惨な姿。煤のような汚れにまみれている。(4月中旬)  
 
          ナニワズの花 
雪解け後に驚くほど早くきれいな花を付ける。(5月上旬)花弁に見えるのは萼とされる。
 
         ナニワズの果実
 おいしそうに見える鮮やかな赤い液果を付ける。しかし、残念ながら有毒植物であるという。葉は既にあったりなかったりである。(8月上旬)
        ナニワズの果実
 果実を付けたまま、秋に新葉を出す変わり者でもある。(9月中旬)
 寒冷地の木々は、本当はもっと暖かいところで生活したいはずであるが、種の競争の結果、厳しい環境で我慢しているのであろう。樹は移動できないから、その我慢の仕方も様々である。ナニワズの選択は随分変わっていて、雪解け後にいち早く活動を開始できるメリットは確かに感じるが、せっかく冬を越したのであれば、夏に落葉しないで、そのまま常緑樹の道を歩んだ方が合理的ではないかと感じてしまう。